何かをしたいと思いながら物事に手を付けて中途半端に放りだし結局のところ何もせぬまま悪戯に時間を垂れ流してしまった。これではいけない、何かせねば。頭のうちにある、この、むずがる怪物どもを吐き出さねば。思うのに、それらが指先か口元か、出てくるにはどうも膨大な手間というものがかかるらしい。だものだから、いつまでたっても何かを飼ったまま、気づけばそいつらは外に出る気力を無くして勝手に消えている。消えるならば問題なかろうと、考えてはみるものの何やら惜しまれてならない。もしまた次に似たことがあれば、今度こそは腰を据えて踏ん張ろうと決意するのだが、その次が来るころには決意などすっかり奥にしまい込まれて、それを引き出すまでの間にこれまた二の舞になる始末。さてもまあ僕は学習しない。
そもそも手段が多すぎるのだ。
絵筆を買おうと家を出れば、すぐそこの表通りで子どもが座りこんでいる。何をやっているのかと見てみれば、立て膝の上に画用紙を置いて、その上で走る様にして色鉛筆を動かしていた。出来上がる絵はもはや写実の粋だ。自分より数回り下の子どもがこれほどの才を持つのかと驚き、同時に、このような才ある若者がいるのならば、今さらになって僕が絵を描く必要などないのではと考える。子どもが言う。
「ぼくの前に、立たないでください。前が見えないと、この絵が、描けなくなるので」
それで僕はその場を離れる。
しかし思わぬ出会いのせいで、絵筆の必要はなくなった。ならばどこへ行こうかと、辺りを見回せば遠くから叫び声が聞こえる。なんとなしに足を向ける。露天商か何かの呼び込みのようだ。僕と同様、声に引かれてきた者が多いようで、老若男女がざわめきながら集まっている。集まりの中心では、へらへらと笑みを浮かべた男が、紙切れを振りまわしている。
「やあやあ、こちら、見事でしょう!?」
人だかりでずいぶん見づらかったが、目をこらして紙切れを見れば、なるほど確かに見事な風景画だった。先ほどの子どもに勝るとも引けをとらぬ出来だ。
「それは売り物かい」
誰かが言う。
「いいやァ、ただ自慢したいだけで」
絵を持った男が答える。
「あんたが描いたのかい」
誰かが言う。
「そうさ、すごいだろう?」
絵を持った男が答える。
「この場で何か描いてくれよ」
誰かが言う。
「いくら出してくれるんだい?」
絵を持った男が訊ねる。
誰も答えない。
男も答えない。
静かになる。
「そうやって」
誰かが口火を切る。
「自慢したいんだろう? 俺に絵を描いてくれたら、周りの奴らにあんたのこと、自慢してやろう。だから、どうだ。値段はなしで描いちゃくれないか」
誰かが言う。
「…………馬鹿じゃないのか」
男が答える。
すると突然、周りの皆が騒ぎ始める。常識知らずだのパチモンだの外道だの盗人だのといった言葉が飛び交って、ひたすら誰かにぶつけられる。騒ぎを聞きつけたのか、どこからともなく誰かがやってきて、手にはバケツに水一杯、ためらいなくぶちまけた。水を被った誰かが誰かを殴りつけ、暴言が飛び、もはや誰が誰に何を怒っているのやら、そんな惨状を前にして、文壇気取った連中がこれみよがしに、まったく君達は心が貧相で云々と、
付き合いきれずに逃げ出した。
絵を描くというのは存外面倒くさいようだ。
騒ぎから離れてしばらくすると、耳に心地よい音楽が届いてきた。どこからだろうかと見回せば、やたら大きな機械を抱えた男が立っている。弦を爪弾いて鳴らす音は、その荒い所作から出るとは思えないほどに繊細だ。少しばかり憧れる。
そうだ、楽器店に行くのも良いかもしれない。踵を返して店を探せば、存外近くに見つかった。ショウケースに飾られた数々の品を眺めやる。視線を落とし、値札を見る。書きつけられているゼロを数える。はて、これは、書き間違いではあるまいか。店主を呼んで確認すれば、鼻で笑われた。
繊細な音には繊細な技巧が、細工が、労苦が必要なのだろう。そして僕の財布はその繊細さが理解できるほど寛大ではなかった。すごすごと立ちさる。
やることもなく立ちつくす。店の前では居たたまれず、誰もいない路地裏で一人、侘しい。ぼうっと立っていると、足にだるさを感じる。疲れてしまった。家へ帰ることとしよう。
身体だけだろうか、いやきっと、心も少し疲弊した。布団にもぐりこみ、身体を横たえて、明日に備えることにする。目を閉じる。
…………気づけば何かしたいなどという高尚な考えはどこかへ追いやられている。日々は常に浪費されていく。
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