文野
2023-12-03 17:29:37
3975文字
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無題

零敬。モブが喋ります。零と薫の会話があります。零と敬人の会話はないけど零敬のつもりです。


「蓮巳くんってその……そういう経験ってあるのかなと思って。あ、これってセクハラになっちゃうのかなあ。答えたくなければ答えなくても構わないよ。役柄上そういうシーンもあるから、確認させてもらったほうがいいかと……

 言いにくそうに眼をそらしながらそう聞かれる。それは確かに監督としては考慮に入れるべき点かもしれないなと思う。さて、どう答えるべきか。

(俺の経験なんて、朔間しかいない。しかしここで話題に出すのはまずいだろう)

 当たり障りなく笑顔で受け答えする。

「いえ、俺はそういう経験には疎くて。しかし、やるとなった以上は全力で挑戦させていただきます」

「難しい役柄だけど、蓮巳くんだから心配はしていないよ。何か迷うことがあったら相談してね」

「お気遣いありがとうございます。自分なりに役の心情に寄り添ってみます」

 この役は、相手役とは相思相愛で、ふたりが結ばれるシーンは重要な見せ場になるだろう。
 経験はあったけれど。現実はそうそう甘いものではない。少なくとも自分の経験は、この作品で描かれているような優しい思い出ではなかった。
 ある意味そんな経験はない、も嘘ではないだろう。

「うん、今日はお疲れ様でした。明日からの撮影もよろしくお願いします」

 監督はこの話はこれでおしまいだと自分から挨拶して去っていった。彼の作品には何度か出演させてもらっているので、距離感は理解しているし、特に不快には感じなかった。
 しかしながら、明日の撮影にどう気持ちを持っていけばいいのか、悩みの種が増えた。



 ドラマの撮影は順調に進み、クランクアップを迎える。まだ宣伝のための番組出演や雑誌のインタビューなど、関連の仕事は残っているが、いったんの区切りだ。打ち上げの席ではお酒の力も借りスタッフたちが和やかに撮影の苦労話で盛り上がっている。

 結局、敬人は経験がないと断ったうえで撮影に臨んでいた。シーン自体は本番を求められるわけではなく、疑似的にそういう行為をしているとわかる程度のものだった。しかし、監督からの評価も上々だったし、現場のスタッフたちも放映が楽しみだと語っていた。

 敬人は原作の漫画をよく読み込み、台本も何度も確認して撮影の日を迎えた。それでも衆人環視の中での撮影は緊張したし、うまく求められた役を演じられているのか、不安になった。何せ経験がないと仄めかしておきながら、実際はそうではないのだ。逆におかしなところはないだろうかと、初めての経験を嫌でも意識し思い出してしまう。あのときは、どうやってその場を切り抜けたのだろう。自分はどんな顔をしていたのだろう。まさかあの日の経験が活きる日など来るとは思いもしなかったが、演技の糧にしてしまった。まあ、内心など悟られないだろうから、これでよかったのだと自分を納得させる。

 相手役の俳優との共演は初めてだったが、すぐ打ち解けることができた。年上だが気さくな人で、自分もこういう経験がないから、何か粗相があったら遠慮なく言ってほしいなどと撮影間際まで笑顔を見せていた。しかし、流石と言うべきか、やはり長年演じることを仕事にしてきた人間とあって、いったんカメラが回ると圧倒される迫真の演技だった。未経験者だなどと嘘だと言いたいくらいだ。まあ、相手が男なのは初めてだ、程度の話なのだろう。実際色男で名を馳せる俳優であった。自分が相手役では荷が勝ちすぎるような気もしたが、気が引けてばかりもいられない。視線で求められて応えるように身体を交わす。何度かリテイクを重ねたが概ねスケジュール通りに撮影を終え、ほっと一息つく。

「蓮巳くんってその……上品そうな顔して結構大胆だね」

「何か失礼でもありましたか」

「ううん、なんだか狐にでも抓まれた気分だよ」

 不可解な言葉を残して相手役の俳優は休憩スペースに足を向ける。とりあえず気分を害したわけではないと判断し、俺も彼に続いた。

 その後の撮影は際どいシーンはなく、物語は結ばれたふたりのその後の心情描写や周囲の反応がメインとなっていく。
 一貫して恋愛の幻想みたいな柔らかな部分だけ集めたストーリー構成で、すれ違いの描写さえその後の仲直りの為のスパイスになるような物語。王道の恋愛ストーリーの受けは確かにいいのだろう。
 こんなふうに陳腐とも言えるハッピーエンドを迎えられたら幸せだったのだろうか。ハッピーエンドのその先に、何が残るのだろう。何を残せただろう。
 こんな何の得にもならない想いの残骸を抱えたまま、この先ずっと人生は死ぬまで続いていく。それは幸せでも不幸でもなんでもない。ただの感傷だった。



「そういえば、零くんは蓮巳くんが出てるドラマ見た?」

 リズムリンクのミーティングスペースに零と薫がいた。後輩たちが合流するまでの間、手持ち無沙汰な薫は、雑談タイムだと零に話しかける。

「はて?この前やってた学園ドラマかのう?教師役も板についておったが」

「あ~違う違う。その反応だとまだ見てないんだね」

「薫くんはちゃんと事務所のアイドルの出演作を隈なくチェックしていて偉いのう」

「あ~、うん。SNSで話題になっていたからチェックしただけなんだけどね?零くんはあんまりSNSでファンの動向とかチェックしてないからなあ」

「ちくちく言葉やめて」

「それで、たまたま話題になっていたから気になって見たんだけど」

「そういえば、薫くんが他のアイドルの出演作を話題に挙げるのって結構珍しいのう。何か思うところがあったということじゃろうか。どんな役だったの?」

「最近人気の恋愛漫画の、相手役って感じかな」

 薫は漫画のタイトルをあげるが、零は首をかしげる。

「恋愛漫画のう。我輩あんまり詳しくないからタイトル聞いてもピンとこないのう」

「まあそうだよね。女の子に人気がある漫画みたい。俺も原作を読んだわけじゃないからよくわからないんだけどね、いわゆるBL漫画なの」

「男の子同士がイチャイチャするやつかのう」

「俺は男なんてゲロゲロって感じだけど、最近ではそういう需要が多いからね」

「そうじゃのう、UNDEADのファンはそういう層も多いし、ファンサではそういうのも受けるのじゃが」

「俺は正直嫌々なんだからね~?あんまりやりすぎないでよね」

「なんだよ薫~?つれないじゃん?そんなこと言って、本当は嬉しい癖に~?」

 零がおちゃらけた雰囲気で絡んでくる。全くこの人は。嫌がるとわかっていてあえて地雷を踏んでくる。

「そういうのが嫌だって言ってるの。ステージ上ならまだしも、ここには誰も喜ぶ人間いないんだからこういうときまで絡んでこないでよね」

「薫くんが冷たいのじゃ」

 これも零の行き過ぎたコミュニケーション手段だと思えばなんとか許せる範囲だが、やられるほうはたまったものじゃない。もちろん相手は選んでいるだろうが、だからこそ性質が悪いとも言える。

「もう!零くんが混ぜっ返すから話題が逸れちゃったじゃん」

「ふむ、蓮巳くんはそのBL漫画の相手役ってことじゃろう?話題になったのはそういう層に受けたからってことかのう」

「巷ではリアル過ぎて過去にそういう相手がいたんじゃないかって話で盛り上がっているみたい」

……

 ほんの一瞬零の纏う空気が鋭利になったが、薫でなければ気に留めない範疇だろう。

(うーん。鎌かけてみたつもりだったけど、これ以上踏み込むと危険だよね)

「うん、まあそういう感じだから。ちょっと気になっただけ」

 引き際を理解した薫は、さっさと話題転換する。聞き出せないならこの話題はここまでだ。
 黙り込んでしまった零に適当な話題を振る。どうにも意識が他に集中しているようだが、零は聞いているのかいないのか、ふわふわした相槌を打っている。
 間もなく後輩たちが合流し、今後の活動方針の話し合いが始まった。



 先刻話題になったドラマが気になり、結局零は今放映されている分までは一気見してしまった。

 自室では同室者の迷惑になるだろうと、事務所の視聴ブースでである。私的利用だと言われればそれまでだが、一応同じ事務所所属のアイドルの出演作品だからと自分に言い訳をした。時間も遅いし偶然にも空室だった為、使用許可を取るのは簡単だった。視聴ブースには事務所に所属している俳優やアイドルの出演作品がずらりと棚に並べられているが、最近の作品はオンデマンド配信が主流である。いつでも事務所所属のタレントが出演している作品をチェックできるように、主流のオンデマンド配信サービスには事務所名義で契約が成されている。全ての作品を網羅しているわけではないが、少し操作すれば難なく話題の作品を見つけることができた。

 濡れ場に差し掛かったとき、流石に見ていられないと一時停止してしまった。そもそもそんなシーンがあるなんて聞いていなかったのだが。どうやらその回が最新回らしい。
 こんな顔をしていただろうか。お互い余裕などなかったし、どんな表情だったかなんて気に留めなかった。惜しいことをしたと思う。
 他に相手がいたのだろうか。そうかもしれない。自分以外にこんな表情を見せていたとしたら、負けたようで悔しい気持ちになる。
 零はなんとも言えない気持ちでモニターの電源を切り、深いため息をつく。
 利用時間はもうすぐ終わりだ。とりあえず一通り片付けてブースを出る。







 ここから、零が件の俳優と番組が一緒になって無自覚マウントを取ったり、零と敬人がふたりきりでドラマを見て会話したりするシーンがあるはずだけど力尽きた。