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文野
2023-05-11 20:43:13
2379文字
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両心のみ知る
零敬。3年冬、節分祭での一幕。幼少期を捏造しています。
夕暮れ時の柔らかな光が射し込む夢ノ咲学院の保健室に、ふたつの人影があった。
今日一日、節分祭と称した鬼ごっこが学院内で繰り広げられていた。学生生活という残り少ないモラトリアム。子どもの様に無邪気に追いかけっこをしていられる時間も、もうあと少し。
「愛し子たちもこれで少しは息がしやすくなるかのう」
遠くを見るように目を細めて、朔間零は微笑む。独り言のような、虚空に問いかけるような呟きだった。
「相変わらずのお節介だな」
眼鏡のブリッジを抑える仕草をしながら、投げかけられた問いに蓮巳敬人が答えた。
「あの子らの危うさを見ていると、昔の自分を重ねてしまうんじゃ。なんとかしてあげたいと思ってしまったんじゃよ。それは罪ではないじゃろ?」
「最終的にはあの子たちの問題は、あの子たち自身で答えを見つけるしかないんだろうが、だからといってこのまま放置したら最悪の事態になりかねん。出過ぎた真似かもしれないが、周りのサポートで状況が良い方向に少しずつでも変化するのを見守るしかない。あの子たちの意思を汲まずにこちらが強引に解決策を示しても、無理に道理を押し通した分、将来的に亀裂が大きくなるだけなんだろうな。ある程度時間をかけて、自然に任せることも必要だ」
「そうじゃの。ずいぶん穏やかで優しいシナリオじゃった。腕を上げたのう、蓮巳くん」
蓮巳の肩がぴくりと揺れる。怒っているのか悔しがっているのか、表情は読み取れない。
蓮巳くんには都合が悪くなると俯く癖があるようだ、朔間としては、ただの照れ隠しだろうと微笑ましく思っているのだが。
二人の間にむず痒い沈黙が落ちる。それを破ったのは朔間だった。
「
……
そうじゃ。ほら、あの約束、まだ覚えておるかの?あれじゃよ、あれ。あの約束」
「約束だと?おい、貴様まだ覚えていたのか?子どもの戯言だ。出し難い」
「うむ。その様子だとちゃんと覚えておるようじゃの。あの約束、まだ有効かの?」
◆
幼い日、蓮巳敬人が朔間零と行き逢ったのは、薄暗く死の気配が漂う葬儀場だった。
その頃から、朔間はずっとどこか神秘的でその他大勢とは違ったところがあった。その存在が本当に現実のものかを疑ったほどだ。幼心が描いたどこか奇妙な幻想の友達。月日が経つにつれ、本当にあれは現実のものだったのかと自分を疑うことすらあったほどだ。
夕暮れの墓地で、ふたりは時間を忘れて議論した。人はどこから生まれたのか、死んだらどこへ行くのか。そんなあやふやで答えのない問いに、哲学やら禅問答やら持論をぶつけたものだ。俺のこんがらがった説明に、朔間はときに興味深そうに頷き、ときに不思議そうに首を傾げる。でも一度も否定的な態度は示さなかったように感じた。だから何度も会いに行ってしまったのだろう。無力な子どもでしかない自分を肯定してほしくて。
『敬くん、敬くんが死んだら私と同じお墓に入ってくれる?』
あるとき、朔間は真剣な目で蓮巳に問うてきた。
蓮巳はその突拍子もない提案に目を瞬く。まだ現世に生まれたばかりの子どもにとっては、自身の死など雲を掴むような朧げな話だ。
あの日、俺は朔間になんと答えただろう、真剣さは伝わってきたものだから、無碍にはしなかったはずだ。おそらく。
『約束だから』
月光を背に朔間は凄絶な笑みを湛える。
朔間がそんなふうに笑うところを初めて見たことは、記憶していた。
◆
「仕方ない、大腿骨でも、喉仏でも、好きなものを持っていけ」
「えっ、それだけ?我輩全部ほしいんじゃけど
……
」
「それは難しいんじゃないか?俺は寺生まれだから、遺骨は代々寺に葬られるだろうからな。まあ、少しくらいなら分けてやらんこともない」
「我輩お寺の慣わしってよくわからんのじゃが」
「まあそのときになったらちゃんと問題ないように取り計らってやるから安心しろ」
「どうもおぬしのほうが先に死ぬような言い草じゃの」
「俺は英智より先には死ねないが、生憎あんたより長生きする必要はないからな」
「ひどいのう。我輩のことも弔ってはくれんかや?」
「あんたとそんな約束した覚えはないな。それに、あんた、殺しても死なないだろう」
「だからって殺そうとするのはどうなんじゃ
……
」
「俺は無益な殺生はしない主義だ。抗争のおかげで血に塗れてしまったが、それは単なる比喩であって、結果としては誰も死んでない。この先、この学院に残した後輩たちが、血塗られた革命を乗り越えて、悲劇を喜劇に塗り替えるなら、すべては無駄じゃなかったんだと思える」
「
……
お互いここまで来るのは長かったな、敬人」
再びの沈黙。胸を過ぎるのは過去への懺悔と未来への希望。まだやりたいことがいっぱいある。そう思えることが、どれだけ幸せか。
「きっとあんたは俺より長生きするんだろうな。そうでないと困る。吸血鬼なんだろう?」
「さあの、未来のことは我輩にもわからぬ」
朔間は満足そうに微笑んだ。
「さあ、貴様との昔話はそろそろ終わりだ。まだ仕事が残っている。衣更のヘルプに行くと連絡してあるからな」
「やれやれ。我輩ももう一仕事終わらせるとするかの」
「貴様も確か最後のステージには出演する予定だったな。こんなところで油を売っている暇は無いぞ」
「我輩は今宵の主役に花を添える役回りじゃから、あまり目立たんようにおとなしくしておるよ」
「あんたもちゃんと今日のステージを楽しんでくれ」
「もちろんそのつもりじゃよ。大豆が苦手な蓮巳くんには悪いがそうさせてもらうのじゃ」
もう日は暮れかかり、夜の帳が下りようとしていた。
間もなく、節分祭を締めくくるステージの幕が上がる。
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