わんほり
2024-01-17 23:21:23
1756文字
Public 小説
 

knmf吸血鬼パロ

Xにあげた深夜の思いつきと勢いで書いた話。
一旦保管用に置いておきます。

 奏――吸血衝動はね、恋をすると目覚めるのよ。

 何十年も生きてきて、吸血鬼の血が目覚めたことは一回もなかった。あのお母さんの言葉は実は嘘だったんじゃないかと疑い始めた頃、わたしは生まれてはじめて、恋を知り、お母さんの言葉が本当だったと、この身をもって知った。

 †

 わたしが牙をたて、血を啜った跡から、赤く濃い血液が零れる。
 まふゆの白い首すじに、赤い命の花が咲いて流れ落ちていく。

 一滴残らず自分のものにしたくて舌を伸ばす。胸を痺れさせるまふゆの甘い肌に吸いつき、血と汗を舐めとり、己のものにする。じわじわと熱が上がり、心と体が奥底から満たされていく。

 ふと視線を上げてまふゆの顔を覗き見る。
 
 女優を生業としている彼女は、美しく人形のように整っていた。まふゆは幼い頃から母親に連れられ、子役の『雪』として望まれるままカメラの前で演技をしていたそうだ。台本を読み込み、その背景を想像し、必要とされている役柄をつくりあげる。現場で望まれていることが何かを知るために、共演者にもスタッフにも分け隔てなく、笑顔で察しの良い役者であろうとした。業界でのウケも良く、その卓越した役への掘り下げと演技力も相まって業界内外問わず、高い評価を得てきた。そしてまた何度も舞台に立ち、演じ続ける。仕事が終わっても、母親や周りが期待する若手人気女優の『雪』の仮面を外すことは出来なかった。周りにいてくれる人たちの、がっかりする顔を見たくなかったから。そうやってひたすらに己を磨き、研鑽を積み重ね、演じ続ける中で、いつしか『朝比奈まふゆ』は摩耗し、どこかへ消え去って見つけられなくなってしまったのだと言う。

 そう語った素のまふゆは、わたしの前では感情の抜け落ちた無表情でいることが多い。口調も抑揚のない淡々とした低いものに変わる。

 そんなまふゆが、わたしに血を吸われて、表情を変えている。
 
 眉間に皺を寄せて苦しげに細められた目は、虚ろなまま宙を泳いでいる。血を奪われ貧血で冷え始めるはずの身体は熱を持ち、まふゆはその整った顔を上気させ、息を弾ませていた。
 
 滅多に見られないその変化と、煽情的な美しさに眩暈がする。満たされたはずの欲が、また頭をもたげてくるのがわかった。唾液がとめどなく溢れてくる。わたしの瞳孔が、細長く獲物を狙う眼に変わっていく。

「まふゆ……もう一回、いい?」

 胸元から首すじへ唇を這わせながら問いかける。
 まふゆはふるりと体を震わせ、熱い息を吐くと、低い声で答えた。

「奏が欲しいのなら……好きなだけ、吸っていいよ」

 明日から二週間ほどオフだから。
 次の撮影までにリカバリーできるのなら、肌に跡が残っても、しばらく貧血でふらついても構わない。

 まふゆはそんなふうに、人気女優らしいのか、らしくないのかよくわからない発言をして、わたしに向かってふっと微笑んだ。

 その笑顔に息をするのも忘れて見惚れてしまう。

 仕事の時の多彩なものに比べればずいぶんと控えめなその笑顔が、一番わたしの胸を打つと、この人は知っているのだろうか。

 わたしだけが見れる、本当のまふゆの笑顔。

「なんなら、全部吸い尽くしてくれてもいい。奏になら――全部あげる」

 色と諦念を混ぜた掠れた声で、まふゆがわたしを揺さぶる。

 ただなんとなく、消えてしまいたいなって。
 あの日、白み始めた空を見上げながら、そう呟いた彼女は、今でもどこかで終わりを願い続けている。

「吸い尽くしたりしないよ。そんな勿体無いことしない」

 まふゆへの熱を込めて囁いた声は、普段より低く響いた。わたしを見つめる紫紺の瞳が、一瞬揺れてその濃さを増す。

「そうなんだ。じゃあ、消えてしまう前に私を救ってね」
「うん、必ず――まふゆを救う曲を作るよ」

 見つめ合い、くちづけと約束を交わす。

 わたしを満たしてくれるあなたに、いつか必ず救いの曲を。
 幸せを願う歌を。

 人ならざるわたしの紡ぐ旋律が、愛しい人の子の魂を満たしますように。

 やさしく穏やかな願いとは裏腹に、暴れ出す心臓と欲情を感じながら、まふゆの首すじに牙をたて、わたしはその甘い血の味と香りに酔いしれた。