kako1412
2020-09-20 11:39:38
13458文字
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執筆中サンプル1

SFちっくでパラレル設定な快青です!快青ウェブオンリーで公開していたものと同じです。

 それはとても懐かしく感じる風景だった。
 すこし繁華街から離れた丘の上の住宅地に建つ築浅の一軒家。2階のベランダからは都会の街並みが見渡せる。天気の良い日は太陽がビルの窓にきらきらと反射して街がまぶしく息吹き、夜になれば闇の中で無数の光が煌々と燈る、そんな場所。
 ベランダからはまた、隣の家も見えた。
 それはたぶん昼下がりの放課後のこと。おーいなのか、名前なのか、何かしらを叫ぶと顔を見せた小学生の男の子。そこで、自分も小学生であることに気づく。自分たちはどうも、とても親しいようだ。そう、幼馴染だった。
「ねー、あのまんが、読み終わった?」
 そう声かけると、男の子は面倒臭そうに答える。
「読み終わったけど、持ってくのめんどくせーからいまから読みに来いよ」
「やーね、すなおに青子と遊びたいって言えばいいのに」
「あ?んなんじゃねーし!」
 その反論を聞かず、笑い声をあげながら部屋の中に戻る。鏡で髪を整えて、階段を駆け下りて外に出ると玄関ドアに鍵をかけて。そのまま隣の敷地に入ってドアを引くと開いていた。
「おじゃましまーす」
「はい、いらっしゃい青子ちゃん」
 若々しい彼の母親が出迎えてくれて、青子は靴を揃えて上がると二階へ向かう。まんがを読んだら、何をして遊ぼうかな。すぐいじわるされるのに、やっぱり楽しくて遊んじゃう。
 階段を登りきると、2階のドアの一つがガチャリと開いた。



 ふ、と目が開いた。カーテンから漏れる光がゆらめいている。
 視線を少し動かすと目の前には山積みの参考書があった。え?いま、どこで、なにを。
 ぐるりと考えて勢いよく身体を起こした。
「やば!何時!」
ベッドに登り時計を引っ手繰ると、起きる時間をとうに超えていた。
「あああ〜〜もう!やっちゃった」
 部屋には誰もいないのに思わずそんな声が出てしまう。
 テスト日に寝坊だなんてあり得ない!中森青子、一生の不覚。夜遅くまで勉強していたのが水の泡になるのだけは勘弁だ。
 部屋から出て玄関に目をやると、父である銀三の靴がある。
「帰ってたんだ」
 明け方に捜査から帰宅したのであろう父を起こさぬよう、顔を洗い歯を磨き、髪を適当にとかして、部屋干ししているワンピースを何も考えずに引っ張り、上からかぶって一瞬で着替えは完了。超高速の身支度を終えると玄関を飛び出した。
 こんな時に限ってなかなかこないエレベーター。同じ階の住人が「おはようございます」と挨拶して通り過ぎるが愛想笑いするのも精一杯。焦りから顔が険しくなりそうだ。ようやく青子の住む20階のフロアにエレベーターがやってきて、滑り込むと壁にもたれかかった。
「うー、ギリギリだぁ……
 はぁ、と大きくため息をついてふと思い出す今日の夢。なんだか最近よく見るあの夢。
 知らない街なのに懐かしい。あの男の子も知らない子なのに幼馴染という設定で。夢の中では時々ああやって遊んだり、一緒に学校に行くようなこともあった。しかし目が覚めると、肝心な顔や、名前を忘れてしまう。まぁ、夢とはそういうものだ。
 エレベーターが1階に着いた。ここからは殆ど小走りで駅へ。そう遠くないのですぐに辿り着き、ホームに滑り込んできた電車に間一髪、なんとか乗車することができた。
 「(あ、しまった。)」
 ここで思い出した。今日は1限からなので通勤ラッシュと重なる時間帯の乗車。つまりはこの先の駅で乗車率が大変なことになる。そういう時は必ずパンツスタイルを選ぶのに、今日は焦ったあまり丈の短いワンピースを着てきてしまった。
 何もありませんように……という願いは、あと1駅というところで潰えた。太ももに触れる不快な感触。怒りと不快感で吐き気が込み上げてくる。
 逃げたいけれどそうもいかないのが満員電車だった。なぞるようなその動きが大胆になり、下着に近づいてきて頭が真っ白になった。ここまで触られるのは初めてだ。なんとか抵抗しようと身体を捻ろうとしたその時だった。
「オメー、バレてんだよ」
 頭上で響いた若い男性の声。瞬間、触れられる感触がなくなり、振り返ると至って普通の若いサラリーマンが、大学生風の男に腕を引っ張り上げられていた。
「な、なんだよ、なんのことだよ」
「この女の子のこと触ってたじゃねーかよテメェ、いますぐこの指、鑑定したら結果すぐ出っから」
 こんなことは初めてで、どうしたらいいかわからない。そうこうしているうちに目的地の駅に着いてしまった。皆チラチラとこちらの様子を見ながらも降りていく。同じ大学と思われる人もいてかなり気まずい。
 痴漢の犯人は彼によって車両から降ろされた。青子も被害者として後に続いたが、ホームに降りだった瞬間、今が一刻を争う状況であることを思い出した。
 正直いって、こんなことしている場合じゃない!
 恩人は犯人を捕まえたまま駅員を探しているようだった。このままだとまずい。急いで彼に声を掛けた。
「あの、あの!助けてくれてありがとうございます、でも、実は時間がないんです、だから、もういいです!ほんとごめんなさい!」
 ぺこり、とお辞儀をして逃げるようにその場を立ち去った。
 ごめんなさい、でも、痴漢の犯人を捕まえることよりテストに間に合うことの方が大事なの!!心のなかで謝罪しながらも、人々の間を縫いながら脚がもつれそうになるほど先を急ぐ。
 駅から出るとキャンパスまではもうすぐだ。
 同様に小走りで門へと吸い込まれていく時間ギリギリ組の流れに乗り、時計を何度も確認しながら最後はほとんど駆け足だ。無事、開始1分前に教室に滑り込んだ。
 ……
 ……あ。
 そういえばさっきの人、どうなったんだろう。
 おそらく被害者がその場にいなければ証拠が取れないし、逃すしかなかっただろう。
 助けてくれたのに、悪いことしたな……。そんな事を考えていると、テストという現実がスタートし、慌てて気合いを入れ直した。



「はー。疲れたぁ。ぜんっぜんわかんないし」
「あたしもー!ヤマ外れた終わった」
 バラバラと食堂に集まってきた友人たちが口々にテストの感想を並べている。青子はもはやため息しか出ない。点数が恐ろしい。
「とにかく全部終わったし!後悔してもしょーがない!やーっと前期おわりっ!」
 隣に座った中村あかねが両手を上げて叫んだ。青子も思わずつられて笑顔になってしまう。
 あかねとの出会いは大学の入学式で、並び順が隣だった青子に話しかけてくれたことから付き合いが始まった。カラッとした夏の陽気のような明るい性格に惹かれてすぐに仲良くなった。比較的、落ち着いた印象の学生が多い中で、栗色の髪とくっきりした目鼻立ちのおかげでいつも目立っている。
「あ!そうだ!」とあかねが叫んでグループの注目を集めた。いつもの5人組でどこにお昼に行こうかと話しているときだった。
「なに、どっかいいランチある?」
「いや、違う!来月、合コンやるよ、医学部と!!行くよね?行くよね?」
 あかねが一人一人に指差して、行くと言わないと許さない、という雰囲気を醸し出している。
「医学部かぁー。……それは……行く……
「行くでしょー」
 他の3人も追随した。そして4人の視線が青子に集まる。今まで何かと理由をつけて断ってきたけれど、このメンバーなら良いかなと思わなくもない。
「あの……変なひと、いない……?」
「いないよ、いない!医学部だよ?」
 そうそう、うんうん、と頷きながらみんなして青子の腕を掴んでいる。1度くらい、経験してみても良いかもしれない。大学生になったというのに、まだ恋の一つも経験していないのだ。
 青子にも恋愛への憧れがないわけじゃない。
いつかきっと、運命的な出会いがありますようにと、そう願っているのは事実だ。ただ、中高は女子校だったし、この大学を目指して勉強ばかりしていたせいで、あまりにも機会に恵まれなかった。
「わかった……行ってみようかな」
「ハイ5名いきなり決定ー!やったー!」
 あかねは全員とハイタッチをして直ぐに誰かにメールを送り始めた。
 これが全ての始まりとなることは、まだ何も知らなかった――



 人生初の合コンは、思い返せば滑り出しから最悪だった。
 いや、本来は喜ばしいことなのかもしれない。なんせ礼もお詫びもできないままだった恩人と再会できたのだから。しかし気まずいことこの上ない。できれば一生会わないまま忘れてしまいたかった。
 互いに『あの時の人ですよね』と目配せで確認し合っていると、皆が即座に反応した。
「え、なに、2人知り合い的な?」
 男子チームから声が上がるものの、事情が事情なだけに彼は首を傾げて苦笑いするのみだ。
 そう、テスト最終日、痴漢の被害から助けてくれた男性が合コンの相手の1人として目の前に座っていた。
「いや、なんか前に、喋ったことある気がするけど、記憶が……
 青子が曖昧に答えると、彼が指を立ててさらっと言った。
「あ!駅で定期拾って渡した人だ」
……あ、ああ!そうかも」
 彼の機転に感謝だ。みんなもたいした接点がないとわかると、偶然だねーなどとありがちな感想を述べるにとどまった。
「じゃまぁとりあえず、合コンつってもあんま変な感じじゃなくてさ、ふつーに仲良くなりましょみたいな、いつもの飲み会みたいな感じで、楽しくやろーぜ!はいカンパーイ」
 医学部の幹事の号令でスタートした。一応、腰を上げて全員とグラスを合わせてみたりする。そして元の位置である端っこの席に戻る。
 それからすぐに自己紹介がスタートした。
「じゃオレから。今日の幹事させてもらってます、医学部の山吹でーす」
 青子から一番遠い向こうの端に座っている山吹くんは、短髪で背が高くて体ががっしりとした、みんなのリーダー的存在のようだ。おでこに『良い人』と書いてありそうなほど、裏表を感じない気持ちの良い人だ。
 それから他の3名も医学部ということで挨拶されたが、実はこの日、この人達とは軽いやり取りをした程度であまり印象に残っていない(とても失礼だとは思うけど。ごめんなさい!)。
 それからついに、恩人の名を知ることになった。
「黒羽快斗です。オレは残念ながら、医学部じゃなくて教養学部なんだけど。よかったら気軽にしゃべってくださーい」
 あれ、医学部じゃないんだ、とその場にいた女子5名は思ったけれど、清潔感ある見た目と人懐っこそうな笑顔、しなやかな身のこなしは目を引くものがあった。きっとお洒落が好きな人なんだろう。線の細い身体にふわっと着たスタンドカラーのストライプシャツは爽やかで、毛先を無造作に跳ねさせた髪型は都会的に見えた。
 あかねがすかさず声を上げた。
「ぜんぜん、学部とか関係ないよー!教養学部もすごいよね、幅が広くて」
 その声には甘さが乗っている。合コンモードのあかねを初めて見た。すでに戦いは始まっているということなのか……
「黒羽はマジですごいよ。どの分野でもいけるんじゃねーのってくらい、知識量もハンパねーし頭の回転も……ってコイツ褒めてオレに得ねぇじゃん」
 山吹くんが豪快に笑って皆もつられて笑う。青子の恩人さんは医学部の人からも一目置かれているような、凄いひとなんだなぁと素直に思った。
 しばらくは山吹くん中心に全体でとりとめもない会話がすすみ、そのうち医学部ネタが始まった時に黒羽くんが聞き側に回った。皆が盛り上がる隙を狙って、彼に視線を向けるとすぐに目があった。すかさず小さな声で話しかける。
「こないだは、ありがとうございました……
 軽く頭を下げると、黒羽くんは柔らかい笑みを浮かべた。ああ、とても懐の広い人なんだろうな、と思った瞬間。
「どういたしまして。オレはすげぇ大変だったけど」と返されてしまい、胃がキュッと締まった。お、怒ってる?
「ごご、ごめんなさい、あの日実は……
 そこまで口にして気付く。同じ大学ということは恐らく――
「テストだろ。オレもだったんで」
 唇は笑っているのに目が笑ってない。そう感じて頭を殴られたような気持ちになった。
 ああ。なんてことをしてしまったんだろう。助けてくれた人を犯人と置き去りにするなんて。助けてくれとは頼んでいないけれど、助けてもらえなかったら何をされていたか考えるだけで身震いが止まらない。ほんとうに感謝している。であれば、あの場に留まるべきだったのかもしれない。でも、留まっていたら遅刻じゃ済まなかったのも事実だけれど、この人はおそらくそのテストに間に合わず――
「ぷっ、ははは、スゲー顔」
 予想だにしなかった軽い調子が目の前から飛び出して驚いた。
「え?」
「いや、あんたが逃げた隙に犯人にも逃げられてさ。被害者が諦めたんじゃ追いかける意味もねーし。オレもさっさと教室向かって、テストは無事に間に合いました」
 ニッと表情を一変させて、今度は少年のように笑った。ホッとしつつも、からかわれたことにちょっとだけイラっとしてしまう。それを顔に出さないように「あぁ、よかったです、ほんとにすみませんでした……」と呟いた時。
「ねぇなに話してるのー?私もまぜてー!」と、隣にいたあかねが青子に抱きついてきた。
「こないだのお礼してただけだよ」
 青子がそう返すと、あかねがさらに首元に絡みつきながらヒソヒソ声で囁いた。
「(あたし、黒羽くん狙い)」
 あ、そうなんだ。医学部一択だと思ってたから意外だった。こういう時は何を協力すればいいんだろう。そう思った瞬間、黒羽くんの隣の男の子がトイレへと席を立った。すかさず、あかねはその空いた席へと移動した。
「はいはい、宜しくお願いしまーす!」
 両隣と乾杯してテンションを上げていくあかねの姿に、ただ感心することしかできない。
「あかね!オメー、何勝手に席移動してんだよっ!」
 山吹くんがあかねを指差して笑った。今回、この合コンをセッティングしたあかねと山吹くんは、同じ高校出身で家も近所らしい。なので2人だけは旧知の仲というわけだ。
「うっさい!ブッキーも好きなとこ座ればいいじゃん」
 あかねにそう言われたブッキーこと山吹くんは立ち上がると、必然的にもともとあかねがいた席――青子の隣へとやってきた。となりに男の子がやってくると、免疫のない青子はちょっと身構えてしまう。
「よろしくねー、中森さん」
 グラスを上げながら山吹さんが話しかけてきた。さすが、一度の紹介で全員の名前を覚えているらしい。
「あ、どうも。よろしくお願いします……
 軽くグラスを合わせる。ちなみに一応言っておくと、全員未成年なので中身はソフトドリンクだ。
 山吹くんは青子以外の女の子とも同様にグラスを合わせたが、すぐにまた青子の方に大きな身体を向けた。そりゃそうだ、そうしないと青子が孤立するから気を遣ってくれているのだ。
「中森さんの話はあかねから聞いてたんだよね。入学式で美少女と友達になったって」
「え!?びっ、びしょ」
 驚きのあまり吃ってしまった。人違いではないだろうか、と思ってあかねのほうを見たが、黒羽くんとのお喋りに夢中らしかった。
「それは……残念ながら誤情報ですね……
「っはは!!間違いじゃなかったでしょ。いや、あかねの言うことだから信用してなかったけど、写真見せてもらってビビった!よくこんな可愛い子とお前が友達になれたなっつって」
 ちょっと……そんなこと大きい声で言われたら恥ずかしい。しかもさりげなくあかねへのディスが含まれていて反応しづらい。それを察知してか、あかねがパッと山吹さんの方を向いた。
「言っとくけど、全員あたしの大事な友達だからね!変なことしたら承知しないから!!」
「するかよ!つーか何だよ変なことって!?」
「へ!?変なこと……そんなの自分で考えろ変態っ!!」
 この後も言葉の応酬は続いてそれを聞いてるだけで面白い。同じように放って置かれている黒羽くんと顔を合わせて笑いあったところで二人は我に返ったらしい。
「あ、ゴメン中森さん! オレ中森さんと喋りたいんだよ」
「あたしだって黒羽くんと話してたのに!もうあたしの名前出さないでよ!」
 そう言って睨み合ったのを最後に二人の言い合いは終止符を打った。仲が良いんだな、という感想しかなかった。けれど彼はあかねのことを妹分のようにしか思っていなくて、今はできれば同じ大学内に彼女が欲しいのだそうだ……
 山吹くんは、面白い話のネタをたくさん持っているし、青子の話も上手に聞いてくれて、会話をしていて本当に楽しかった。男性と会話するのは難しいと思っていたのに、全然そんなことがなくて。さすが、あかねの友達なだけはある。
「あ、そーだ。夏休み明けの学祭さ、2日目のステージ一緒に見ない?」
 唐突に山吹くんに提案された。いきなり2人では……そう思ったのが伝わってしまったのかもしれない。山吹くんが今度はあかねに話しかけた。
「おいあかね!学祭さぁ、このメンツで集まらねえ?」
 その提案にあかねは表情を明るくした。
「いいね、それ!ね、黒羽くんも」
「あーそれ、俺は――
 黒羽くんの言葉を遮って山吹くんが声高らかに言った。
「黒羽がメインステージでショーやるんだよ、それ見に行こうぜ」
「ショー!?」
 一気にみんな食いついた。それまで別の会話をしていた他のメンバーもこちらの話題に引き寄せられる。
「なんのショーやるの?」
 興奮気味にあかねが詰め寄ると、向かいから山吹くんが黒羽くんの唇に人差し指を当てながら制止した。
「あー、ダメダメ!それは、企業秘密!」
「なんでよ!ブッキー関係ないでしょ」
「いいから!まだ内緒だよなー?黒羽!」
 有無を言わさない山吹くんの勢いに黒羽くんは苦笑いしながら頷いた。

 後から聞いた話によれば、何のショーかを明かしてしまったら、あの合コンの場が黒羽くんのマジックで全部持っていかれるから誤魔化したのだそうだ。
 そう。黒羽くんの演目は「マジックショー」だった。

 後期の初日、学校の至る所に学祭のポスターが貼られた。ステージ演目の箇所にはまず、ゲスト芸能人の歌手が写真付きで大きく掲載されていて、その下に彼の演目が小さく載っていた。『教養学部 黒羽快斗のマジックショー』は2日目。ゲスト歌手が大トリとすると、一つ前のトリが出番だ。
「楽しみだね!」
 食堂に貼られたポスターをじっと見つめていると、後ろからあかねが抱きついてきた。
「うん、楽しみ」
「まさか黒羽くんがマジシャンの卵だったなんてなぁ〜」
「ね、びっくり。マジックショー見るなんて初めて」
 現実では。
 そう心の中で付け加える。

 実を言うと夏休み中、また何度かあの夢を見た。知らない街に青子は住んでいて、隣には幼馴染の男の子が住んでいるという、謎の夢。
 見始めたのはここ1年くらいで、これまでは断片的なワンシーンを見ることが多かったのだけれど、今回はかなり変化があった。目が覚めたとき、覚えていることがたくさんあったのだ。
•どうやら青子のほうがお隣に引っ越してきたようだ。
•男の子の名前は「カイト」といって、同じ小学校に通う同級生。
•お父さんがプロのマジシャンで、彼もマジックが得意。
•このお父さんはどこかのタイミングで亡くなっている。
•親同士も仲がよく、子どもを預けあっている。
 と、こんな感じの内容なのだけれど、合コンで出会った黒羽くんと同じ名前を、夢の中の男の子に名付けてしまったようだ。そして顔立ちもまた、どことなく彼を幼くしたような雰囲気があった。そんなに彼のことを気にしているつもりはなかったんだけど。
 そして、カイトのお父さんのマジックショーに行く夢も見た。それはテレビのバラエティ番組で見るようなマジックとは全然違うものだった。ステージをいっぱいに使ったイリュージョンは小さな青子にはまるで魔法の世界に迷い込んだように見えた。『カイトのお父さんは魔法使いだ』と真剣に思った。その印象は、誇らしげなカイトの横顔とともに、目が覚めたあとも強烈に胸のなかに残っている。
 なので、貼り出されたポスターを見て静かに驚いていた。『カイト』とマジックが現実でも繋がっていたことに。
 とはいえ『ショー』といえばどんなジャンルなのか、考えるとそう多くはない。ライブや芝居なら『ショー』とは言わないだろう。その予想されるジャンルの中からマジックを無意識に拾い上げて夢の中のストーリーに落とし込んだのかもしれない。そう思えば何も不思議なことはない。

 そもそも、こんな夢を見てしまう理由は何なのか。ひとつだけ思い当たる。夢の中の青子は自分にないものを持っている、憧れを形にしたような存在だった。
 丘の上の新築一戸建てに住み、幼馴染が隣にいて、お父さんが夜勤の日でも寂しくない。ワクワクするようなことが毎日起こる、そんな世界だ。
 青子は理想の世界を疑似体験しているのかもしれない。夢の中で叶えているなんて、なんだか子供じみてるし、恥ずかしくて誰にもいえない秘密だった。

 学祭の日の朝、山吹くんから『今日はよろしく。楽しみだね』とメールが来た。青子も同じような内容を返信した。山吹くんとはあのあと何度か食堂で会ったりして、連絡先を交換していた。
 恋愛偏差値ゼロの青子でも、なんとなくアプローチされていることには気付いている。というか、あかねや周りの友達が、あとは青子次第なんてことを言ってくるから、意識しないわけにはいかない。
 正直、これが恋になるのかとか、よくわからない。山吹くんはこれまで出会った(数少ない)男性の中でもダントツに良い人で、友達として好きだ。じゃあその好きが特別なものかというとわからない。というか恋とか愛とかその感情自体が理解できていない。友達や家族を好きと思うのとは全く違うらしいのだ。そもそも、好きにも種類があると知ったのは高校に入ってからだった。
 この日のためにと、あかねと買い物に行って勧められた紺色のロングワンピースに身を包む。誰に見せたいということもなくて、ただ自分が気に入っただけ。
 けれど、あの夢のなかでカイトのお父さんのショーを観に行く日、小さな青子は下ろしたての水色のドレスをカイトに見せたくてたまらなかった。抱いたことのない不思議な感情だった。結局カイトは青子を見て、顔を赤くするだけで何も言ってはくれなかった。そんなことをふと思い出した。
「よし。楽しんでこよう」
 部屋を出るとお父さんも仕度をしているところだった。
「お父さん、行ってくるね。今日は少し遅くなるかも」
「ああ、学祭か。楽しんできなさい。今夜はワシも何時になるかわからんからな、帰り気をつけるんだぞ」
 ネクタイを締めながらお父さんが青子を玄関まで見送ってくれる。昨日も帰りが遅かったのに大丈夫かな、と不安になる。
「お父さんこそ、ちゃんと食べてね!」
 そう言って玄関を開けると、お父さんは満面の笑みで見送ってくれた。
 青子のお父さんは警視庁刑事部捜査二課の警部で、知能犯による特殊詐欺などを捜査している。最近は手口も様々で忙しそうに見えるが、『あの頃』に比べたら全然だ、が口癖だった。

 青子も少しだけ記憶に残っている、昔々のこと。
 真っ白なスーツにマント、シルクハットという風変わりな出で立ちで、世界中の宝石を狙う泥棒がいた。警察が威信をかけて計画した包囲網を鮮やかなトリックで軽々とくぐり抜け、対象を盗み出したかと思えば警察に返したり、もともとが盗品であれば元の持ち主に返したりする。ただの泥棒とはいえないその怪盗のことを世界はこう呼んで熱狂した。
『怪盗キッド』。
 当時はどのチャンネルもこぞってテレビ中継を流し、有識者を集めて正体を明かそうとする特番も頻繁にあった。
 日本でその怪盗を追う専任の警部がまさに、青子のお父さんだったのだ。
 しかしある時、怪盗はなんの前触れもなく姿を消した。予告状が出されなくなって1ヶ月、半年、1年が過ぎていく。青子のお父さんは日に日に覇気が薄れていくようにみえた。怪盗キッドが出没しなくなっても変わらず仕事には精を出していたのだと思うけれど、感情の起伏が少なくなっていく様子に子どもながら心配したのをよく覚えている。
 あれから……ちょうど10年だ。そんなに月日が流れたのかと少し驚きながら回想の幕を閉じ、土曜ダイヤの電車に乗り込んだ。

 待ち合わせ場所の中庭には、すでにあかねと山吹さんがいた。家が近所なので一緒に来たようだ。
「青子ー!おはよー」
「おはようあかね!山吹くんも、おはよう」
「おはよー中森さん!ワンピース似合ってるね」
 さらっとそんなことを言われて急に恥ずかしくなる。本当にこういうのは慣れない。
「あ、ありがとう……
「なによぉ、私にはそういうのないのね、初めて着る勝負服なんだけどっ」
 すかさずあかねが不平を口にすると「お前に言ったら雪が降る槍が降るって茶化すだろーが」と、いつもの口喧嘩が始まった。
 ふたりは高校どころか小学校から同じらしい。いわゆる幼馴染というやつだ。青子が夢で見るような毎日を送ってきたのだと思うと、少し羨ましく感じた。

 結局他のメンバーは都合がつかなかったらしく、3人でサークルが出す屋台を回って食べ物を買い込んだ。それから、中庭のステージ前に並んだベンチの3列目を無事に確保して、ショーの時間を待つことにした。
 有志のダンスが終わり、転換に入ったところで、紙コップに入った玉こんにゃくをつつきながら山吹くんが青子のとなりに座るあかねに尋ねた。
「で、あかねはどーなの、黒羽と」
「んー?ふつうにいい感じ。結構メールもするし、こんどご飯行こうって話になってる」
「へー。お前もやるなー。良かったじゃん」
 山吹くんは嬉しそうに笑った。
「ふたりは?どーなの?」
 あかねが青子と山吹くんを交互に指差す。青子は何を返したらいいかわからずあかねの顔を見て固まってしまった。すると横から山吹くんの呆れ声が聞こえてきた。
「お前さぁ、聞くなよ両名揃ってるとこで」
「だって友達には幸せになってもらいたいし。青子にも、ブッキーにも」
「いや、まだこれから、お互いのこと知っていきましょーみたいな段階だし。こいつの言うこと気にしないで中森さん」
 でも、友達として好きですって言おうとしてやめた。それもなんだか違うと思ったから。
「そーねー、青子はこういうの初だしね。焦ることないか。ゴメンゴメン」
「いいよ、ありがとあかね。あの、」
 今度は山吹くんの方に振り返る。爽やかで整った顔立ちがすぐ近くにあって恥ずかしくなったけれど、頑張って言葉を探した。
「山吹くんは話してて楽しいし、これからも、仲良くはしたい……かな」
 すると山吹くんは小さくうなずいて優しく笑った。その笑顔が、なぜか一瞬、曇ったように見えた。何か変な事を言ったのかと思ってどきりとすると、すぐにいつもの顔で「じゃあ青子ちゃんって呼んでイイ?」と元気に返してくれた。
「えっ、もちろん、いいよ!」
「ほんと?ありがと、青子チャン」
 さっきのは気のせいだったのか。やっぱりもう、いつもの山吹くんだ。
「良かったねブッキー。ね、今度さぁ、4人でどっか行かない?」
「あ、それいい!」
 2人が次の予定で盛り上がり始めたところで、次の団体が演奏を始めた。黒羽くんのショーは、この次だ。
 ステージは1メートルくらいの高さで、その上手(かみて)に控え室となるテントが置かれている。ビニールシートで覆われて中の様子は見えないが、もう黒羽くんが入って準備をしているはずだ。
 マジックショー目当ての客がどんどん集まり始めた。周囲の観客席の密度が上がっていって、青子までなんだかドキドキしてしまう。
 バンドの演奏が終わった。けれど席を離れるお客さんはいなくて、みんなこの後のマジックショーを楽しみに待っているらしい。振り返ると立ち見席も人で埋め尽くされていた。
 夢で見たようなショーだったりして。
 その予想はある意味はずれ、ある意味当たった。

「Ladies and gentlemen!」
 司会者の流暢な英語が青い空いっぱいに響きわたる。これまでの有志紹介とは打って変わった雰囲気に、会場全体が息を呑むのがわかった。
「Please welcome Kaito Kuroba with round of applause!」
 その言葉とともに軽快なリズムのBGMが左右のスピーカーから流れ始める。同時に真っ白い煙幕が左右から噴射されてステージを覆った。高揚感で押し上げれるように皆が拍手をして声援を送り始めたその瞬間、煙の中から現れたその姿に青子は言葉を失った。
 風に靡く大きなマント、身体の一部のように着こなす真っ白なスーツ、ロイヤルブルーのシャツに赤いネクタイ。白いシルクハットの唾を指で摘んで半分隠す顔の左側にはモノクルが陽の光を弾いて煌めいていた。
 ――怪盗キッドだ。
 歓声はますます大きくなった。女性の悲鳴とも取れる声援が飛ぶ。立ち見席から「オレ怪盗キッドすげぇ好き!」という声が聞こえてくる。まだ何も始まっていないのに客席が熱狂の渦に呑まれていた。
 何故か、涙がこみ上げてくる。
 凛とした佇まいを崩すことなく、よく通る声で怪盗は告げた。
「紳士淑女の皆様。ようこそ、この怪盗キッドのステージへ。今宵狙うお宝は、この大学に眠るとされる世界最大級のサファイア、ヴェルダッドアズール。予告状は既にみなさんの足下へお届けしております」
 そう言われて皆の顔が下を向く。瞬間、どよめきや悲鳴といった歓声が再び湧いた。驚くことに、いつのまにか地面に名刺サイズの予告状が散らばっていた。それを手にしようと、ワッと皆が屈んで手を伸ばす。その隙に、溢れかけていた涙を急いで拭いながら、ステージに佇む彼を見た。目があった気がして、会釈してみたけど彼は顔色ひとつ変えなかった。
 無事にカードを拾うことができたあかねが嬉しそうに青子に見せてきたから、笑顔で頷いてからステージに向き直った。そこからは、まばたきを忘れそうになるほどの展開が待っていた。
 ただマジックを披露するだけではなく、怪盗キッドが予告した宝石を盗み出すまでのストーリーに乗せてマジックを披露していく。観客もあっという間にその世界観の中へと引きずり込まれてしまった。
 怪盗キッドは警察の敵だ。ということは青子の敵でもある。そんなにっくき泥棒姿で歓声を浴びるなんて腹が立ちそうなものなのに、鮮やかな身のこなしは感心するばかりで胸の高鳴りが止まらない。
 ふと、思った。お父さんに見せてあげたら喜ぶんだろうな、と。顔を真っ赤にして「今すぐ監獄にぶち込んでやるっ!!」て意気込みながら。

 彼が繰り広げる奇術は古典的なようで、今まで見たことのない驚きをくれる。
 どんどん観客は増えていって、ステージ周辺の建物の窓に人がびっしり並んで鑑賞していた。
 そこにいる全員が惹きつけられ彼に夢中にさせられてしまう。この感じ、知っている。夢の中で見た、カイトのお父さんのショーと同じだ。
 黒羽くんの手から息をつく間も無く次々に繰り出されるマジックの凄さは素人にも桁違いだとわかるほどだった。その道の人から見てもハイレベルだろうなんて思ってしまう。
 魔法使いが、ここにもいたなんて。
 キッドが箱の中に消えて、かわりに笑わない事で有名な名物教授が、笑顔で講義しながら出てきたとき会場は最も沸いた。そして、それが彼の変装だと分かった時、その精巧さに驚きと興奮が頂点に達した。ウンチクを語るものは口を閉ざし、「スゴい」「ヤバい」しか聞こえてこなくなった。
 クライマックスにさしかかり、警備の仕掛けを破るという脱出マジックを成功させ、宝石を盗みおおせた彼はステージの真ん中でそれを太陽にかざした。
 その大きな宝石は、周辺に光が散りばめられるように作られているようで、観客席に青い細かな光がきらきらと無数に降り注いだ。
 光を浴びながらその姿を見た時、急に胸が苦しくなった。
「キッド……かい、と……
 なぜかまた熱いものが勝手にこみ上げてきて、その名を小さく呼んでいた。
 なに、この感覚。どうして、こんなに感情が掻き乱されるんだろう。
 頬に伝うものを感じて急いで拭った。泣いてるのを見られたら変に思われてしまうし、理由を聞かれても答えを持っていない。幸い2人には見つからずに済んだ。

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