いまち
2023-09-04 00:41:49
3577文字
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春風便り

🐊おじーちゃんと孫と孫の嫁(予定)

 長い冬の終わりが見えてきたその月の頭、バウル・ジグボルトは一通の手紙を受け取っていた。送り主は2年前より王城で働く末の孫、セベクだ。
 かわいい孫がなんの用だろうか。バウルはすぐ封を開けたい衝動に駆られるもそれを抑えた。じっくり読もうと、少しいい茶葉で茶を淹れ、日当たりのいい窓際に揺り椅子を寄せ、ゆっくり腰掛けた。
 丁寧に書かれた宛名を愛おしそうになぞり、さてどういった用件なのかと浮かれつつ封を切り、若草色の便せんを広げる。しかし、慈しむよう細められた目は大きく見開かれた。
「なッ!?」
 落としそうになったティーカップを慌てて押さえ、どうにか難を逃れる。

『親愛なるお爺様へ
結婚を考えている女性がおります。彼女をお爺様に紹介したく思い、手紙を差し上げました。つきましては、お爺様のご都合が宜しければ今月末の休暇に伺いたく存じます。
セベク・ジグボルト』

 実に簡潔であるが、簡潔であるがゆえにとんでもねぇ破壊力を有していた。バウルは混乱する頭をどうにか落ち着かせ、孫の歳を数えた。
 たしか、あれは先日誕生日を迎え、22歳になったばかりのはずだ。思い出し、バウルはまた頭を抱えた。
 バウルに人間の年月の感覚は分からない。けれど、いくら人間の血を引いてるとはいえ、早すぎるのではないのかと考えた。
 バウルの感覚でいえば22歳など読み書きもままならない幼児だ。とはいえ、それは妖精族の感覚で考えればだ。孫は人間の血が混じっている分早熟であってもやむなしとは思っている。けれどそれはそれとして、所帯を持つにはいくらなんでも早すぎるのではなかろうかとも思ったのだ。
 傍らに置いたままの茶を一気に飲み干し、大きく息を吐き、バウルはどうにかざわつく心を落ち着かせた。落ち着いてくると、次に胸のうちに湧いて出たのは不安だった。
 あれは人間の魔法学校を主席で卒業し、それから間もなく20という若さで王城に勤めている。人間の血は混じっていようと有能であり、将来性のある若者だ。ゆえに、見る目のありすぎるメイドにでもにちょっかいを出されているのではなかろうかと思ってしまったのだ。
 それもこれも、自身とかつての上官であるリリアが手塩にかけて育てた結果だ。まさか愛でた結果が変な虫にたかられるなぞ、誰が想像できただろうか。
 かつて人間に娘を攫われた(※逆である)時の思いが蘇るのを感じ、バウルは歯噛みした。
 娘はあぁなってしまってはいるが、孫はなにがあろうと守り切ってみせる。かつて護国に燃えていた頃と同じ炎を瞳に宿し、バウルはカレンダーに印をつけた。そして、了承する旨の手紙を書くため、最近新たにできた、孫娘の勤め先でもある雑貨屋へレターセットを買いに出かけたのだった。

 そして、瞬きの間にその日は訪れた。丹念に掃除を済ませ、最高級の茶葉と娘婿に取り寄せさせた菓子を用意し、準備は万端だった。一分の隙も見せぬ支度に、この程度で怯むような半端者に孫はやらぬと強い意志を込めてのことだ。
 そして、定刻通り孫はやってきた。ノックの音が響き、いざ二人を出迎え、バウルはまた固まった。
「お久しぶりです、お爺様」
 普段より少し堅い表情をする孫、その斜め後ろに控えていた女は人間だった。女は孫の影から姿を現すとぎこちなく頭を垂れた。
「初めまして。えと、ティナ・キースリンクと申します。その、セベクくんのこ……ぅ、お付き合いをしてます」
……は?」
 緊張しきった様子の女は丸い瞳孔に丸い耳、どう見ても人間の女だ。
 背は孫より頭ひとつ低く、自身と比べればふたつは低いのではないかという小柄な、バウルからすればどう見ても幼子だった。なんなら赤子のような雰囲気すら漂わせている。

 愛する孫は小児性愛者に育ってしまったのだろうか。

 あまりのショックに怯みそうになるも、ここは戦場を生き抜いた近衛兵だ。動揺を悟られまいと、孫と幼子とを居間へ通した。孫の嗜好はショックではあったものの、こんな幼子であれば反対もしやすいというものだ。バウルは内心ほっとしながら、二人を席に着かせた。
 断るにしても、一応、孫本人は何を考えてのことなのか聞いておきたい。闇雲に反対すれば力ずくで押し切られてしまうと、バウルは娘の件で学んでいたのだ。本音としては、孫の性的嗜好に触れたくはないとは思っている。けれど、孫はまだ若い。更生の余地は十分にあった。
 とはいえ、孫を問い詰めるにしても、ここには当の幼子もいる。幼くとも淑女は淑女だ。バウルは育ちのいい男である、感情的になるきらいはあれど、夕焼けの草原出身の男であるが故、女性の扱いにはいささか慎重だったのだ。
 ゆえに、人間である幼子に伝わらぬよう、音に魔力を乗せた古代妖精語で孫を問い詰めることにした。
『セベク、お前は何を考えている。まさか、こんな赤子を娶ろうなどと考えているのではなかろうな?』
 人間の血は混ざれど、妖精族の血を引く孫にはバウルの言葉は伝わったようだ。孫は慄いたように目を泳がせ困惑の色を浮かべている。
 はっきり答えを出さないあたり、当の孫はこの幼子に謀られているのかもしれない。そう考え、バウルは少しだけ安堵した。孫本人の意思が強いものでないのであれば破談もしやすい。
 まったく人間というものは恐ろしい、こんな幼子でさえも女の武器を行使しようとは。当の幼子は意味が分からないでか、小さく肩を竦めていた。
 あぁ、やはり話をして良かった。孫の将来と性癖を守ることができたのだ。そう、バウルがある種の勝利感に浸っていると、孫がおずおずと口を開いた。
「お爺様、大変申し上げにくいのですが、これは妖精の言葉を解しております」
……は?」
 水を差され、今度はバウルがきょとんとした。孫の言葉をバウルが理解するより先に幼子が遠慮がちに口を開いた。
「えと、私、成人してます。その、セベクくんの一歳下ですけど、赤ちゃんじゃないです、一応」
 しっかり的を射た返答にバウルはまた動揺した。
 妖精語は人間には聞き取れないはずだ。なのになぜこの人間には伝わっているのだ。
 夜の眷属による祝福こそ受けているようではあるが、本人の纏う気配は人間に他ならない。あまりに理解し難い状況にバウルはまた目を見開いた。

 半ば放心するバウルに二人は娘の話をした。それによれば、娘はマレウスがかつて遊学に赴いた際、賢者の島より連れ帰り、元老院の頭でっかち共を説き伏せ、この地に住まわせ祝福を与えた人間だという。
 バウルもそんな話を耳にした覚えがあった。若宮ともあろう方がなんてふざけたことを、と、少しばかり解せぬ思いを抱いたのも記憶に新しい。まさかその人間が孫の妻になる娘とは思わなかったが。
 王室にその存在が認められ、年の頃が孫と変わらぬ娘であれば、バウルとしては反対する理由がなくなってしまった。とはいえ、受け入れ難さがあるのもまた事実、照れ混じりに先の展望を話す孫に内心頭を抱えながら、その話に耳を傾けた。

……はぁ」
 孫たちが帰り、空のカップを眺めながらバウルは一人ため息をついた。それもこれも、孫が連れてきた娘がバウルの想像をはるか上を行くとんでもない娘だったからだ。
 小さき妖精の力を使役できる精霊つかい、そして近頃できた雑貨屋の主であり孫娘の雇用主。聞けば娘婿の医院に薬まで卸しているという、盆暗そうな見た目に反し甲斐性のある娘だった。自立しており、互いに思い合っているのであればバウルとて反対する理由はない。
 けれど、娘の姓を名乗るつもりだと言い出した孫にはつい反発してしまった。バウルとて、孫が軽率に家名を捨てるような考えなしだとは思っていない。孫なりの考えあってのことだとは想像がつく。だけども、娘の件がちらつき、つい反発してしてしまったのだ。
 思わず吐いて出た言葉に傷付いた表情を浮かべた孫の顔を思い出し、バウルはまたため息をついた。愛する末の孫のことは純粋に祝福せんとする思いはあった。けれど、あまりに突然のことと予想外の情報量に頭が追い付かなかったのだ。
 しかし、孫の幸せを願いバウルの思いは言葉どころか顔にも態度にも出ていなかった。ゆえに、二人は歓迎されていないものと思ったらしい。そんな気配にバウルは遅れて気が付いた。来た時は笑顔だった孫が帰り際、ひどく気落ちした姿をしていたものだから。
 いずれ手紙でも書いて、娘との婚姻を歓迎するの旨、そして好きな姓を名乗るよう伝えた方がいいだろう。そう思い、寄り添いながら歩く後ろ姿を窓越しに見つめて、バウルは一人呟いた。
「年若い二人に、夜の祝福を」
 瞬間、娘が振り返り、驚いたような顔をバウルに向けた。