いまち
2023-01-10 01:07:32
16655文字
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12話・ティナとスマホと決起集会


 見慣れてきたお部屋で起きて、ちょっぴり慣れないお洋服を着て、ご飯を食べて、寮を出る。
 教室に着いたら、先に来てるイグニハイドの子や、後から来た子たちにおはようを言いながら先生が来るのを待つ。
 始業の鐘が鳴る少し前にウキウキ顔のセベクくんが来て、遅刻ギリギリで駆けこんでくる子たちにもおはようを言って、鐘が鳴ると同時にトレイン先生が教室に入ってくる。
 それから出欠の確認をとって、連絡ごとと聞いて、授業が始まる。
 この世界に来て、この学園に通うことになってから、もう5日目になる。朝の流れもにも、少しずつ慣れてきた。慣れてきた分前ほど不安は感じなくなったかもだけど、このままで本当にカボックに帰れるのかなって、ちょっとだけ、心に引っ掛かる。焦ったところで、どうにもならないとは思うけど。

 それから分かるような、分からないような授業を受けているうちに、お昼休みになった。
 さすがに5日目ともなれば、1人で食堂に行けるから。と、セベクくんとは別れて、私は食堂へ向かった。
 食堂へ向かう人の流れに乗りながら、少し考えた。こうして慣れてくると、私一人でも大丈夫なんじゃないかなって。
 リリアさんは私が困らないように、とセベクくんを宛がってくれている。けど、当のセベクくんがそれをよしと思っていないのは、ずっと感じていた。
 休み時間のたびにソワソワしたり、さっきのように別れた後なんかは、あからさまにほっとしたような顔をしている。そんな様子を見るたびに、邪魔をしているような気分になる。そんなだから、これからは私一人でも大丈夫だ、って2人に言っちゃおうかな。
 そう考えているうちに、辺りの人の数が増えて、美味しそうな匂いがしてきた。ユウくんたちもいるかな? ちょっぴり期待しながら、食堂のドアをくぐった。

 食堂はいつものように、私含め、お腹を空かせた子たちで溢れかえっていた。混み合う中で、何を食べようか考えていると、見覚えのある赤と黒の枷が視界の隅をかすめた。
 もしかしてと思って見ると、昨日のエースくんと同じ首輪を付けた、知らないハーツラビュル生の子だった。
 エースくんじゃなかったと、ちょっぴり残念に思うと同時に、他にも寮長さんのお仕置きを受けた子がいるのかと少し驚いた。クラスの子には首輪はついてなかったから、てっきりエースくんだけだと思ってたんだもん。
「んー?」
 意識して周りをよく見ると、首輪をしているハーツラビュル生は、案外多い。それを見て、ハーツラビュルって、厳格な精神っていうわりには、悪さする子が多いのかもって気がしてきた。
 お仕置きする寮長さんも大変そうだなぁ……なんて、ぼんやり思っていると、人混みの中から、見覚えのあるねこのような耳がはみ出しているのが見えた。青白い火が点いているから、間違いなくグリムくんの耳だ。
 グリムくんがいるならユウくんもいるはず。それならと思って、グリムくんの耳が見える方へ向かった。

 近付くとグリムくんを肩に乗せた、ユウくんたちらしい4人組がお料理を選んでいるようだった。
 また一緒にご飯が食べられるかも、嬉しくなって、ユウくんたち4人に声をかけようとした。

「あ……

 瞬間、その声を飲み込んだ。
 近付いてみると、4人には首輪が付いているのが見えた。昨日、エースくんが付けていた、お仕置きの首輪と同じものが。

 寮長さんへ謝るの、失敗しちゃったんだ。

 咄嗟にそう思ってしまい、声をかけるのが躊躇われた。デュースくんにまで首輪が付いているのを見るに、相当怒らせてしまったんだろうと察せられた。
 ……けど、ユウくんとグリムくんにまで、首輪がついてるのはおかしいとも思った。
 エースくんとデュースくんはハーツラビュル生だから、寮長さんにお仕置きされるのはまぁ、わかる。
 でもユウくんたちは、付き添っただけの、いわば部外者だ。それなのになんで一緒にお仕置きされなきゃいけんだろ?
 なにがあったのかは分からないけど、漠然と、間違ってるんじゃないかって気持ちになった。
 首輪のせいか、グリムくん以外の3人は浮かない顔をしていて、とてもじゃないけど、声をかけられるような雰囲気ではなかった。でも、見かけたからには何もしないでいるのも気が引ける。
 どうしようかと迷っていると、きょろきょろと辺りを見回しているグリムくんと目が合った。

「ティナじゃねーか。オメーもメシなんだゾ?」
「えっと、うん」

 グリムくんの声で、3人が私の方を向いた。なんて言ったらいいのかか迷ったけど、こう声をかけられちゃ、知らんぷりなんてできないよね。
 気まずいなぁと思いつつ、4人のところへ向かった。
 昨日の今日で、首輪のことは触れない方がいいよね。そう思って、首輪を見ないように意識しながら、一緒にご飯を食べていいかと聞いてみれば、4人とも構わないと頷いた。

 それぞれにお料理をとってから、ぎゅうぎゅうに混んでる中で、どうにか空いてる席を見つけて5人で座る。
 首輪を付けた子が3人に、魔物であるグリムくん、それに私。そんな組み合わせだからか目立っちゃうんだろう、周りからの視線をイヤでも感じる。ジロジロ見られるのは気になるし、気分も良くはない。

「ね、首輪消そっか? そのままだとご飯も食べ辛いよね?」

 だから、提案した。私とグリムくんはどうにもできないけど、みんなの首輪がなくなれば、少しは目立たなくなりそうだから。聞いてみると、ユウくんとエースくんは、ほっとしたような顔で頷いた。

「あー、うん。頼むわ」
「デュースくんのも消そっか?」
「あぁ……頼む」
「任せて」

 さっそく、マジカルペンでそれぞれの首輪を叩いて還元した。この前みたいに、時間が経ったら戻るだろうけど、そうなったらまた消せばいいよね。

「サンキュ。助かったわ」
「ティナ、ありがとう」
「オレ様、肩が凝ったんだゾ。ついでに揉んでくれー」

 首輪がなくなって楽になったのか、3人はあからさまにほっとしたような顔をして、それぞれにとってきたご飯を食べ始めた。
 けど、デュースくんだけは暗い顔でじっと俯いていた。

「デュース」

 エースくんは少し怒ったような顔をして、デュースくんの脇腹を小突いた。小突かれたデュースくんは一瞬、我に返ったような顔をして小さな声で「助かった」とだけ呟くと、また俯いて、オムライスをもそもそ食べ始めた。
 デュースくんはあぁは言ったけど、もしかしたら「ちゃんと罰を受けよう」って気持ちがあったのかもしれない。
 だとしたら、余計なことをしちゃったかも。ただでさえデュースくんからはよく思われてないようなのに、気の使い方まで間違っちゃった。そう感じて、私の気分もちょっとだけ落ち込んだ。

 本当に、どうしてこんなことになったんだろ? そもそもの原因も分からなければ、寮も違う私には、なにも言うことができなかった。なにがあったのか聞ければいいんだろうけど、それも無神経な気がして聞き辛い。
 どことなく重たい空気の中、とりとめのない話をしながら、明るくなるような話題はないかなぁ、なんて考えながらイチゴジャムのパンを齧った。

 なんかいい話題はないかなぁ、なんて考えていると、エースくんが例の光る板を触っていた。
 そういえば、この板がなんなのかって、誰にも聞けないでいたんだよね。せっかくの機会だし聞いてみようと思って、エースくんに声をかけた。

「ね、エースくん。その板ってなぁに?」
「ん? あー……スマホ、つっても分かんないよな?」
「うん。さっぱり」

 出た、ここに来てから何度も聞いた「すまほ」。なんとなく、そんな気はしてたけど、この光る板のことを「すまほ」っていうらしい。
 すっきりした気分になっていると、エースくんが困り顔で「だよなぁ……」って、ため息をついた。そして、少しだけ考えるような素振りをみせた。

「あー、お前んとこってさ、遠くにいる相手に連絡をとる時って、どうしてる?」
「連絡? えっと、お手紙を書くかな? 送るのってすっごく高いけど」

 急になんの話だろ? 分からないけど、すまほと関係あるのかな? 答えると、エースくんは苦笑いをしながら、私のいた世界に「でんわ」はないかと聞いてきた。もちろんないから、そう答える。
 でんわ、はイデアさんから言葉だけは聞いていた。といっても、単語を聞いただけで、それがなんなのかは知らないけど。

「スマホってのは、あー、離れた相手と連絡する手段? メールとか電話とか全部使えて……まぁ、他にも色々できるんだけど」
「んー?」
「つっても、分かんねーよな?」
「えぅ……

 エースくんは説明しようとしてくれてはいるんだけど、いかんせん、分からない言葉が多すぎた。
 ちんぷんかんぷんな私にグリムくんは「オレ様だって知ってるんだゾ」と小ばかにしたような顔を見せてきた。魔物でも知ってるくらいなんだから、あまりにも当たり前の物ってことなんだろう。反論できないでいると、グリムくんはそれはそれは嬉しそうに、にんまりと笑った。

「にゃはは! ティナ、オメー遅れてんだゾー」
「じゃあ、なんなのか教えてよぅ……
「ふなっ!? えっと、そういうのは子分の仕事なんだゾ!」
「えっ?」

 急に話を振られて、ユウくんはちょっとだけ困ったような顔をした。そういえば、ユウくんがいた世界にも、すまほってあるんだっけ。
 そう思うと、なんだか私だけ除け者な気分になった。ちょっぴり寂しいなぁ、なんて思っていると、ユウくんが説明してくれた。

「えぇと、そもそも、ティナがいたところに機械ってある? 油とか電気で動く道具? みたいなの」
「うん、ある。でんき? は分からないけど」
「よかった。えぇと、スマホっていうのは機械の一種で……

 ユウくんが言うには「スマホ」は離れたところにいる相手と、連絡をとるための道具なのだそうだ。これはエースくんも説明してくれた通り。

「連絡する方法っていうのが、話ができる、って言って分かるかな?」
「えっと、離れた人同士で?」
「うん」

 ユウくんの話を聞いて、思い出したのが、この前のシュラウドさんたちとのお話だった。あの時、イデアさんは寮長会議に出ているのに、ディアソムニア寮にいた私とお話していた。
 あの時、私もオルトくんもスマホは持っていなかった。けど、もしかしたら似たようなことをしていたんじゃないかって、思った。勘だけど。

……ね、ユウくん、離れた人とお話しするのって、その、スマホじゃないとできないの?」
「え? えぇと、電話機とか無線機とかあればできるよ」
「やっぱり!」

 「でんわき」も「むせんき」も分からないけど、スマホ以外のものでもできるのであれば、シュラウドさんたととしたお話は、きっと、そういうことだ。不思議に思っていたものがなんなのか分かって、ちょっと嬉しい。口元が緩むのを感じる。……原理とかはさっぱりではあるんだけど。
 そんな私にエースくんは不思議そうに首を傾げた。

「やっぱりって?」
「スマホじゃないけど、遠くにいる人とのお話ってしたことあるよ!」
「ふーん。ま、電話くらいはあるか」
「でんわは知らない!」
「なんだよそれ……あぁ、アプリ通話かなんか?」
「あぷ……?」
「あー。いい、いい。ユウ、続けて」

 おかしいなぁ。ちゃんと理解したつもりなんだけど、エースくんの様子からすると、そうでもないかも?
 でも、もっとお話を聞いたら分かるかも。そう思って、ユウくんの説明を聞いた。

「うん。えぇと、連絡手段は他にもあって、手紙みたいに文章も送れるよ」
「お手紙?」

 それを聞いて、オルトくんが言っていたことを思い出した。

「うん。でも、手紙って言っても中身、って言えばいいかな。文章そのものを送る?」
「あー、うん。それに、送るのも、受け取るのも一瞬」

 オルトくんはラナフレームを調べた結果を、ディアソムニア寮の廊下からイデアさんに送ったと言っていた。もしかして、それと同じようなことなのかな? ユウくんとエースくんの話を聞きながら、オルトくんの言葉を思い出した。

「えっと……
「つっても分かんねーよなぁ」
……見えないお手紙?」

 たしか、オルトくんはそう言っていた。口にすると、ユウくんは「感覚的に近いかも」と、納得したように頷いた。エースくんも「たしかに」と感心したような顔をした。私にはいまいち分からないけど、オルトくんの言っていたことは合ってたみたい。
 文字だけを送る、なんてまるで想像がつかない。私の頭の中では、書いた文字が浮かんでそのまま飛んで行く様子しか思い浮かばなかった。
 文字が飛んでるとこなんて見たことはないから、この想像は間違いなんだろうなっていうのは、なんとなく分かるけど。
 どういうものなんだろう、って考えてみても、これっぽっちも想像できなかった。

「なんでお前が分かんないような顔してんだよ」
「うー、だって、想像つかないんだもん」

 想像はつかないけど、それほど高度なことを、この板でできる。それだけは二人の話から理解できた。やり方もなにもかも分からないけど。
 そんな私に、エースくんは「実際に触れば分かるんじゃね?」って、使って教えてくれた。
 エースくんがスマホに触ると、板の表面がくるくる変わった。指を滑らせればその通りに動いて、つつくとなんだか分からないけど、表面が変わる? のかな? 絵とか字とかが出てくる。

「こーやって画面を触って操作すんの」
……画面?」
「あー、この表面。操作は分かる?」
「動かしたりすること?」
「そーそー。そんでアプリ、機能? 使って……とにかく、色々できんの」
「はぇー……?」

 説明しながら色々見せてくれるけど、私には理解できなかった。それどころか、目まぐるしく変わるスマホの画面? を見ていたせいか、目が回ってきた。それに、光ってるものを見続けたせいか視界がチカチカする。
 けど、面白そうだなって思った。どんな技術を使って、どういう理屈でこんなことができてるのか分からないけど、触った通りに動いたり変わったりする画面を見ていると、わくわくするものを感じた。

「で、ここがメッセで、これで通話。分かる?」
「うん。自分も似たようなアプリ使ってたから」
「マジ? 同じ異世界出でもそんな違うワケ?」
「そうみたい。自分がいたところはここと同じ電化製品とか、結構あるよ」
「へー」

 わくわくする私をよそに、ユウくんとエースくんは私には分からないお話をしていた。
 なんなんだろうなぁ、って思っていると、突然目の前にスマホを突き出された。訳がわからないまま受け取ると、エースくんがにぃっと悪そうな笑顔を浮かべて「んじゃ、使ってみてよ」なんて言ってきた。

「うぇ!?」
「デュースにメッセと通話、してみてよ」
「へっ!?」

 あそこらへんから、とエースくんが指さしたのは食堂の奥、ディアソムニア生の席あたりだ。
 あそこから、ここにいるデュースくんに、なにをするって?
 エースくんの言ってることが分からなくて、いきなり知らないものを使えって言われて、ものすごく困った。デュースくんも驚いたような、困ったような顔をして固まってる。

「そんな、分からないよ……

 見た目のわりに重さのあるそれを返そうとすると、ユウくんが小さくかぶりを振った。

「大丈夫、自分が教えるから使ってみよ?」
「えっと、うん」

 不安だけど、ユウくんが教えてくれるなら大丈夫かも?
 納得して、「余計なコトするんじゃねーぞ!」なんて言うエースくんの声を背中に聞きながら、ユウくんと席を離れた。

 特等席の周りは他と比べて人出は少ない。まばらに空いてる席を見ると、こっちで食べればよかったって気がした。
 混んでないとはいえ、ここからではエースくんたちの声は聞こえない。それどころか、姿だって背伸びをしないとよく見えない。こんなに離れてるけど、本当に、お話なんてできるのかな? 半信半疑に思いつつ、エースくんのスマホを使ってみた。

「まずは縁にあるボタン、えぇと、出っ張ってるやつの大きい方を押して」
「これ?」
「そうそう次に、画面の下から上まで指をすべらせてみて」

 ユウくんに教わりながら、みんながそうしているように、スマホの光っているところを触る。画面? は見た目の通りにつるっとしていて、触り心地はとてもいい。ずっと触っていたいくらい。

「次は『マジックカメラテレグラム』って四角いのをタ、押して」

 それに、触る度に画面が動くのもとても面白い。指を滑らせればその通りに動いて、つついたら震える。動かしたりしてる感覚なんて全然いから不思議に思う。これ、どういう仕組みなんだろ?
 ユウくんに教わるままスマホを触り続けて、今の画面には丸っこい、よく分からない絵と、デュースくんの名前が載っている。

「で、ここを押して、こう、耳につけてみて」

 説明しながら、ユウくんは右手を物を掴むような形にして耳元にやった。そういえば、学園長さんやほかの子たちも、同じようにしてるのを見た気がするかも。なんなのかなって思ってたけど、こういうことなのかなって、なんとなく納得した。
 言われた通り、丸い、ハンドルのような形の絵をつついて、スマホをほっぺに当てる。

「こ……えぅ?」
「うん、それで合ってる」

 合ってるか聞こうとすると、途端に聞いたことのない、妙な音がした。音楽? でも、こんな音のする楽器なんてあるかなぁ?
 そもそもどこから聞こえてくるんだろ? 不思議に思ってスマホをほっぺから離すと、途端に音は遠ざかった。

「あれ?」
「ティナ、それじゃ喋れないよ」
「え。うん?」

 ユウくんに言われて、スマホをほっぺに戻した。途端、また音がした。……もしかして、とはちょっと思ったけど、この音はスマホからしていたみたいだった。
 こんな小さな板のどこに、こんな音を出せる機構を組み込めるんだろ? 訳が分からなくて、頭の中がぐしゃぐしゃになるのを感じていると、急にその音が途切れた。

『あ……
「うぇ?」

 人の声のようなものが一瞬聞こえた。けど、それだけで、後はざわざわしているような音しかしない。昨日のイデアさんとのお喋りとは違う気がした。イデアさんとお喋りした時は、こういう雑音みたいなの聞こえなかったもん。

『おい、デュース! なにも言わないんならオレ様によこすんだゾ!』
『ちょ、グリム待てって!』

 よく分からないなぁ、なんて思っていたら、グリムくんとエースくんらしい声が聞こえてきた。
 もしかして、と思って席の方を見ると、私と同じようにスマホをほっぺに当ててるデュースくんと、デュースくんに前足を伸ばしているグリムくん、それと、グリムくんを押さえているっぽいエースくんの姿があった。
 ユウくんを見ると、呆れ顔でグリムくんたちの方を見てる。

「ね、ユウくん。このまま喋ったらデュースくんとお話できるの?」

 聞くとユウくんは「もちろん」と頷いた。それなら、この前イデアさんとお話したのと同じようなもので合ってるのかも。そう思って、スマホに向かって声をかけた。

「えっと、デュースくん、だよね? えぇと、ティナです。聞こえるかなぁ?」
『え、あ、あぁ。うん、聞こえている』
「わぁ……!」

 デュースくんの声が耳元から聞こえた。離れていてもお話できて、今までちゃんとお話できなかったデュースくんの声が聞けて、なんだかとても嬉しくなった。
 ユウくんを見ると、にっこり笑って頷いた。

「そのまま話してみたら?」
「うん! えっと、デュースくん?」
『あぁ、うん』

 ユウくんはそう言ってくれたけど、何を話せばいいのか分からない。
 なんせ、デュースくんとはお互い自己紹介をしたきり、お話したことなんてまるでないんだもん。

「えっと……ごめんなさい」
『えっ』

 何か言わないと。そう思って口をついて出たのは、言いそびれていたこの一言。けど、昨日エースくんにも言ったように、謝るのには勇気がいる。
 その上、一昨日から今日まで、デュースくんと顔は合わせども、どうしてか言う機会がなかった。声をかけようにも、曖昧なお返事だけで、さっと目を逸らされてきた。
 そんなデュースくんを見ると、嫌われてるんだな、ってイヤでも自覚させられた。やったことを思えば、仕方ないんだけど。

「その、私、グリムくんにひどいことしちゃったでしょ? それで、その、デュースくんが怒ってるんじゃないかって思って……
『えっ、あっ、へ?』
「だから、ちゃんと謝らないとって、思ってたの。その、ほんとにごめんなさい……

 けど、デュースくんが許してくれるかどうかは別として、イヤな思いをさせたんだからちゃんと謝らなきゃいけない。もしそれで、余計に怒らせたらどうしようとは思うけど。
 面と向かって話すべきことなのに、こうやって道具越しに話すのは、卑怯な気がしなくもない。けど、こうやって、話せる機会があってよかった。
 スマホからは他の人の声や物音、デュースくんの微かな息遣いしか聞こえてこない。

『なん、で』

 短い沈黙の後、ようやく返ってきたひとこと。でも、なにに対しての「なんで」なのか分からなくて、返事に困る。やっぱり怒ってるのかな? 席の方を見ると、デュースくんは驚いた顔で私の方を見て、目が合うとまた目線を戻した。

「えっと」
『あ、いや、えぇと……なんでそう思ったんだ?』
「えと、デュースくん、私とお話したくないみたいだったから。その、グリムくんのことで怒らせちゃったのかな、って思って。えぇと、それで、ちゃんと謝らないとって」
『へっ!?』

 席の方を見ると、デュースくんは落ち着きのない様子で、きょろきょろと周りを見て、私の方を向いては慌てて目を逸らして、としている。
 
『違う! お、や、僕は、キースリンクを嫌ってるとか、そんなつもりはないんだ』
「そうなの?」
『あぁ』

 そうは言うけど、さっきまでのデュースくんの態度からして、本心だとは思えなかった。
 どう返せばいいのか悩んで、ユウくんを見ると静かにかぶりを振った。
 沈黙が重たい。これじゃあ面と向かってお話する方がまだマシだったかも。どうお話を続けようかと悩んでいると「その」と、デュースくんが呟いた。

……慣れてないだけなんだ』
「えっと、なにが?」
『んんっ!? その、キースリンク、みたいな女子と話すのは……だから、少し、緊張して』
……。うぇ?」

 もしかして、女の子が苦手ってことなのかな? おじいちゃんのお店でも、そういうお客さんはいたから、ちょっと分かるかも?
 そうだとしたら、デュースくんの態度は、怒ってるとか嫌われてるとか、そういうことじゃなかったんだ。……よね? 知れて、胸が軽くなった。だって私が悪いとはいえ、お友達のお友達から嫌われたら、悲しくなっちゃうもん。

『だっさ』
『ダセーんだゾ』

 よかったなぁ、って思っていると、エースくんとグリムくんの声がした。
 そこにすかさず『うるさい!』とデュースくんの大声が席からとスマホからと二重に響いた。耳にきたけど、セベクくんの大声よりはマシ。たぶん。

『あ、すまない。キースリンクに言ったわけじゃないんだ』
「うん、それはなんとなくわかった。えと、デュースくん?」
『ん?』
「デュースくんは、その、私のこと怒ってるわけじゃないんだよね?」
『あぁ!』
……よかったぁ」

 言い切ったデュースくんに心の底からほっとした。嫌われてないのなら、また一緒にお食事したり、お話したりしていいってことだよね。これからもユウくんたちと付き合っていけると思うと、本当に嬉しい。
 女の子が苦手ってことなら、イヤに思われないように、デュースくんとは距離感を考えれば、たぶん大丈夫だもんね。
 本当によかった、うれしくなっていると、ふいにスマホの音が途切れて、話し声も、物音も、なんの音もしなくなった。

「ね、ユウくん、声がしなくなっちゃったよ!」

 もしかして壊しちゃったのかもしれない。だとしたら弁償とかしなきゃいけなくなる。怖くなってユウくんにスマホを見せると、ユウくんは「大丈夫だよ」とにっこり笑った。

「通話を切っただけ、あっちに戻ろっか」
「んと、うん?」

 もしかして、イデアさんが話をやめた時のようなやつかな? よく分からないけど。席を見ると、エースくんがデュースくんのスマホを取り上げて、取っ組み合いが起きていた。
 ……なにやってるんだろ?
 不思議に思いながら、スマホのデュースくんの名前を見ていると、スマホが不思議な音を立てて、震え出した。

「うわっ!?」
「どうしたの?」
「なんか、急に動いたんだけど、なんなんだろ?」

 スマホを見せると、ユウくんは慣れた様子で画面を触った。

「あぁ、メッセだね。たぶん、エースから」
「めっせ?」
「『見えないお手紙』だよ」
「はぇー?」

 ほら、とユウくんが見せてくれた画面には言葉でのやりとりが並んでいた。一番下には「コーラ」と書いてある。
 これがお手紙? 不思議に思っていると、またスマホが震えて「コーラ」の下から「あとホットココアとオレンジジュース」と文字が生えてきた。

「え? え? なにこれ?」
「ん?」

 ユウくんがスマホを見ると「あぁ」と苦笑いした。

「これを持ってこい。って、エースが言ってるんじゃないかな? ほら」

 ユウくんが3人のいる席を指さすと、エースくんがニヤニヤしながら手を振って、飲み物を飲むようなジェスチャーをしてみせた。

「はー……? えっと、じゃあ、エースくんがこの言葉をスマホに送ってきた、ってこと?」
「そうそう」
「うー、分かるよーな、分からないよーな……

 さっきデュースくんとしたお喋りをお手紙にした感じかな、というのはなんとなくわかる。けど、仕組みもなにも分からなければ、想像もつかなくて、「なんで?」って気持ちが強い。でも、便利な物だということは分かった。
 理解しきれないでぼうっとした気分でいると、ユウくんは「返事はこうするんだ」と、触る。すると、ユウくんが書いたのかな? わかった、の一言が言葉の一番下に生えた。

「これで返事ができる」
「えと、デュースくんのスマホにお返事が届いた、ってこと?」
「そうそう」
……どうやって?」
「ごめん、それは自分もよく分からないんだ」
「そーなんだ?」

 仕組みが分からなくても使い方が分かるって、ままあることだもんね。
 そういうものかと納得して、飲み物コーナーへ向かった。さっきのめっせ? はその飲み物をとって来いって言ってるんだよね、たぶんだけど。

 飲み物コーナーにはけんばいきに似たような機械と、おっきなアイスペールに入ったジュースの瓶がある。他にも色々あるけど、コップくらいしか分かるものはない。
 ユウくんは使い方を知ってるようだった。慣れた様子で、機械からカップにホットココアを注ぐと、私の方を振り返った。

「ティナは何飲みたい?」
「え? えぇと、じゃあ、ミルクティー」
「はい、ちょっと待ってね」

 ユウくんは細々あるものの中から小さな包みを出して、その中から紐の付いた小さな紙袋を取り出すと、袋をカップに入れて、今度は機械からお湯を出した。
 あの機械、さっきはココアを出してたよね? どうなってるんだろ?
 カップに注がれたお湯はみるみるお茶の色が染み出してきた。ユウくんが紐を揺すると、いよいよ色が濃くなって、一杯のお茶に変わった。……多分だけど、あの包みの中にお茶の葉っぱが入ってるんだろうね。
 それにで、あの紙袋も布かなんかなんだろう。紙だったら水に溶けるし、水に溶けないものだと今度はお茶にならないもん。
 便利だなって思った。これならカボックに帰ってもすぐ作れそう。……でもなぁ、飲み物にするなら、清潔な布が必要だよね。それだと結構高くついちゃうかも。
 私があぁのこうのと考えてる間に、ユウくんは小さな入れ物からミルク二杯、それと砂糖を入れてミルクティーを作ってくれた。

「はい、ティナ」
「あ、ありがと! ……ね、ユウくんのいたところにも、この飲み物のってあったの?」
「うん。ファミレスとか、カラオケとか、わりとどこにでもあったからね」
「そーなんだ……

 人でも、物でも、この世界のものにあっさり馴染めるユウくんがちょっとだけ、羨ましいと思った。
 同じように異世界から来たことには変わりないのに、なんでこう違いが出てるんだろ。こういう考えは良くないとは思いつつ、それでも、つい妬ましく感じてしまった。

「じゃ、今度こそ戻ろう」
「え? でも、エースくんたちの飲み物はまだ用意してないよ?」
「? あぁ、コーラとか?」
「うん」

 コーラ、は分からないけど、流れからして飲み物なんだろうとは、察せられた。ユウくんだって、エースくんが持ってこいって言ってる、ようなことを言ってたのに。
 不思議に思ってると、ユウくんは「いいんだよ」と、いじわるそうに笑った。

「『持ってこい』なんて書かれてなかったでしょ?」
「あ……そうかも」
「だから、律儀に持ってかなくていいんだよ。多分、持っていったところで『真面目~』とか言ってバカにされるだけだよ」
「えぅ……エースくんなら言うかも」

 あまりにも容易に想像がついてしまった。
 ユウくんはあっけからんと笑うと、「戻ろ」とココアを持って席に向かった。

 飲み物を持って席に戻ると、顔を真っ赤にしたデュースくんをエースくんとグリムくんでからかっているようだった。誰だって苦手な物はあるんだから、そういうのはよくないと思うんだけどな。
 私たちに気付いたのか、エースくんは「人のスマホでいちゃついてんじゃねーよ」なんて、ニヤニヤしながら言ってきた。

「いっ!?」
「いちゃつく?」

 エースくんの言ってることがよく分からない。ユウくんに使い方を教えてもらったこと? デュースくんとのお話のこと? どっちにせよ、いちゃいちゃとは違う気がする。デュースくんはまた顔を赤くしてるけど。
 何を言ってるのか分からないでいると、エースくんはつまらなさそうに唇を尖らせた。

……いや、そこは『うえぇ!?』とか言うとこじゃねーの?」
「? なんで?」
……ま、いーけどさ」
「んー? ありあえず、スマホ返すね。ありがと」
「はいはい、どういたしまして」

 エースくんにスマホを返して、ジャムパンの残りを食べた。

「ん、飲み物それだけ? オレらのは?」
「自分でとってきたら?」
「は? お前『わかった』つったじゃん!」
「え、あれ『持ってこい』って意味だったの? ちゃんと書かないと分からないよ」
「はぁ!?」
「自分、てっきり『ティナとジュースでも飲んできたら?』って意味だと思ったよ」

 とぼけた顔をするユウくんにエースくんは悔しそうに唸った。けど、すぐ諦めたように笑った。……やっぱり、持ってこいって意味で合ってたんだ。
 悪い事しちゃったなぁ。って思ったけど、悔しそうにするエースくんを見ていると、ほんのちょっとだけ面白く思ってしまった。
 4人の戻った首輪を消し直して、学園とか授業とかの話をした。さっきのお話で誤解が解けたからか、デュースくんからはさっきまでの暗い感じはなくなっていた。

「ね、今日はユウくんのお屋敷に行ってもいーい?」
「えっ」

 今日こそはユウくんのお屋敷のお掃除をしたい。そう思って聞いてみるも、ユウくんはかぶりを振った。

「ごめん。今日もハーツラビュルに行くから」

 ユウくんは困ったような顔をしているけど、正直そんな気はしていた。
 昨日、エースくんが謝るのに付き添っただけなのに、ユウくんにまでお仕置きの首輪を付けられてる。ハーツラビュルで何があったかは知らないけど、こうなってしまっては、ユウくんもハーツラビュルの寮長さんに謝りに行かないとだもんね。

「そっかぁ。許してもらえるといいね」
「はは……

 困り顔のままユウくんは曖昧に笑った。
 そういうことなら、今日もお屋敷のお掃除はできない。早くあのお屋敷のお掃除をして、ユウくんたちが過ごしやすくするお手伝いをしたい。それなのに、なかなか都合が合わない。物事ってなかなかどうしてままらない。
 もどかしく思っていると、ユウくん以外の3人が顔をむつけていて、エースくんが大きくかぶりを振った。

「ちげーし」
「え? でも、謝らないとそれ、外してもらえないんでしょ?」
「それがさ、もう一つ方法があったんだよ」

 エースくんはイヤらしく笑うと、学園長さんから聞いたのだと前置きして続けた。

「寮長と決闘して勝てば、外せんの」
「けっとー? えっと」

 一瞬、意味が分からなかった。けっとーって、血統? なんて思ったけど、話の流れからして「決闘」の方だと想像はついた。けど、何を言っているのか分からなくて、言葉が呑み込めない。
 言えないでいると、エースくんが呆れたような、うんざりしたような顔をして手をひらひら振った。

「決闘は決闘。オレらと寮長が戦うの」
「え……うえぇ!? なんで!? どうしてそうなっちゃうのよぅ!」
「まー、流れで?」

 ヒヤヒヤする私の気持ちは真逆に、エースくんの態度はしれっとしたものだった。
 やっぱり、決闘で合っていたらしい。エースくんは涼しいような顔をしてるけど、決闘なんて、下手したらケガをする。どう考えても危ないことだ。
 いくらお仕置きされて腹が立ったにしても、なにも、そんなに危ないことをしなくてもいいじゃない。
 それに、そんな危ないことにユウくんを巻き込んでほしくない。この流れだと、ユウくんだって一緒に行くみたいだもん。
 ユウくんがお仕置きされたこともだし、なにかの間違いであってほしい。そう思ってユウくんたちを見ると、三人とも、真剣な顔で頷いた。

「そんなそんな……だって、危ないでしょ。なんで決闘なんて」
「あー、いやね?」

 分からない私にエースくんが説明してくれた。
 寮長さんとの決闘はこの学園の制度の一つであること。生徒であれば誰にでもある権利だということ。そして、決闘で勝てば新しく寮長になれるのだそうだ。そう説明されて、エースくんたちが見当違いな無茶をしようとしているわけじゃないと分かって、ちょっとだけ安心した。

「だから、オレらで勝って、首輪を外すよう命令するってワケ」
「えぅ……

 けど、無茶であることには変わりないし、どうしてそんな発想になったのかも分からない。エースくんの言う通り、自分たちで寮長になれば、そういう命令はできると思う。だけど、エースくんたちが寮長さんに勝つ、というのがいまいち想像できなかった。
 ハーツラビュルの寮長さんがどういう人か分からないけど、寮長なのであばきっと、リリアさんやマレウスさんみたいに強い人なんだろうと想像がつく。
 とてもじゃないけど、エースくんもデュースくんも、そんな人たちと渡り合えるとは思えない。現に、お仕置きの首輪も外せないでいるんだもん。正直、戦う前から結果が見えていると思った。

……ちゃんとごめんなさいした方がいいんじゃない?」
「ぜってーヤだ」
「男ならテッペンとろうって思うモンだろ」
「えぇ……

 それとなく止められないかと思ったものの、二人は聞く気はないようで、やる気まんまんの顔を見せた。グリムくんも「オレ様も二人に賭けてるんだゾ!」なんて、応援する素振りを見せている。
 なんだろう、私の考えがおかしいのかな? ここは異世界だし、カボックとは考え方が違うのかもしれない。そう理解しようとは思うものの、決闘と聞くとどうしても不安になった。
 だって、戦うってなったらケガもするし、下手したら死んじゃうことだって考えられる。学園長さんが立ち会うそうだから、そこまでは行かないとは思うけど。
 それでもやっぱり、お友達がケガをするとか、そんな悲しいことは、絶対イヤ。やっぱり止めたい、そう思って、ああのこうのと話し合う二人に声をかけた。

「でも、なにかあったらって思ったら心配だよ? やっぱりやめた方が」
「心配とかいらねーし」
「あぁ、確かに手ごわいだろうが、負けるつもりはない」
「でもでも、ケガとかしたら」
「しねーっつの! つーか、そーいうお前はどうなの? 寮長になれるって、興味ねーの?」

 よっぽど止める気はないようで、少しイライラしたような顔でエースくんが聞いてきた。
 寮長になるなんて興味はない。この世界のことなんてロクに知らなければ、自分のこともままならない。それなのに、寮長なんて務まる気がしないもん。
 ……というか、マレウスさんと戦おうなんて思えないし、考えたこともない。

「あるわけないでしょ! 寮長さんと戦うなんて怖いもん」

 そう言うとエースくんは「それもそっか」と、肩を落とした。デュースくんも「さすがにドラコニア先輩はな……」と、ため息を吐いた。この感じからすると、二人とも寮は違うけど、マレウスさんのことを知ってるのかな?
 そんな二人とは対照的に、ユウくんとグリムくんはきょとんと首を傾げている。

「ディアソムニアの寮長ってそんなにヤベー奴なのか?」
「そういえば、入学式にはいなかったね。怖い人なの?」
「あぁ、お前らは知らないか。コイツんトコの寮長、すげー有名人なんだよ」

 エースくんはそう前置きして、マレウスさんがこの世界で5本の指に入るような、すごい魔法士だと説明した。そんな話、私も初耳なんだけど。
 リリアさんはマレウスさんのことを「強い子」なんて言ってたし、実際、そんな雰囲気は感じていた。けど、まさかそこまですごい人だとは思ってなくて、ものすごく驚いた。

「そんなすごい人でも学校に通うんだ」
「つまりそのドラなんとかってヤツを倒せば、この学園で一番つえーヤツってことになるんだな!」

 感心したような顔をするユウくんに対して、グリムくんはやたらとはりきった顔で前足をぶんぶん振り回した。振り回すのはいいんだけど、私にも当たってるんだよねぇ。痛くないからいいんだけど。
 そんなグリムくんにエースくんは「グリムにゃ無理だって」と、手をひらひら振った。悪いけど、私も同意見。心の中でひっそり頷いていると、エースくんは半笑いで私を指差した。

「お前じゃコイツにも勝てねーよ」
「へ?」

 なんでそこに私に振るんだろ。不思議に思っていると、エースくんは今日一番のいじわるな顔をして両手を開いた。

「すぐ消されて終わりだっつの」
「ふなっ!?」
「うえっ!?」

 グリムくんを見ると怯えたような顔で耳をぺたんと伏せた。……ちょっとかわいいかもって思ってしまった。

「そんなことしないもん!」
「うぅ、子分~」

 しないって言ってるのに、グリムくんは目に涙を浮かべながら、ユウくんの胸に顔を埋めてしまった。
 ユウくんはそんなグリムくんの頭を撫でながら、やれやれとため息を吐く。

「なんでもいいけど、ケンカはやめてよ。学園長に怒られたくないでしょ?」
「だから、しないもん。というか、決闘もどうかと思うよ……

 そうは言ってみたものの、エースくんもデュースくんも、寮長さんとの決闘をやめる気はさらさらないようだった。ユウくんとグリムくんも一緒になって、寮長さんを倒すための作戦を立てている。
 やっぱり、ちゃんとお話合いをする方がいいと思うんだけどなぁ。けど、そう言ったところで、三人とも耳を貸してはくれなさそう。
 それならせめて、危ないことにならないといいなって思う。そう考えながら、ユウくんにいれてもらったミルクティーを飲んだ。お砂糖がいっぱい入ってるから、甘くてとっても美味しい。
(おくすり用意しとこっかな)
 とても上手いとは思えない作戦を横で聞きながら、明日のことを考えた。
 戦いとケガは切っても切れないもの。止めることができないなら、せめて後にどうするかを考えることにした。
 ここに来た時に持っていたお薬、効果は弱いけど、軽いケガならすぐに塞がる。明日、二人がケガをしてるようなら使おう。そう決めて、今日の放課後はどうしようかと考えた。