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いまち
2022-12-01 09:58:18
5616文字
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たしかにここにいた母へ(とちゅー)
<a href="
https://privatter.net/p/8898001">過去への展望</a>の子シルサイドの話。
1
セベクがその人を連れて来たのは、茨の谷にしては珍しく陽の眩しい暑い日だった。
親父殿は朝食後から家の奥に閉じこもって顔を見せない。陽の光が苦手な親父殿にはよくあることだ。食事の後片付けをして、洗濯を済ませ、セベクを待っているとその人は現れた。
「えっと、リリアさんに会いに来たの。今いるかなぁ?」
にこにこと笑うその人は茨の谷では珍しい、人間の、大人の、女の人だった。夏の陽に照らされて、枯葉のような色の髪が金色に光って見えた。
その女の人は親父殿と二人で話がしたいと二人は家に入り、俺とセベクは鍛練に出ることになった。
いつものように木剣を振るいながらの鍛錬、セベクは終始不機嫌そうだった。ここに来るまでの間にあの女の人となにかあったんだろうか。そんな感じがした。
そして、機嫌の悪いまま集中できなかったんだろう、体術の鍛錬でセベクは受け身を取り損ねて、岩場へ身体を打ち付けてしまった。幸い、頭は打たなかったものの、膝から腿にかけてひどい擦り傷ができてしまい、ところどころ皮膚が裂けていた。
傷自体は浅いものの、このまま放っておくわけにはいかない。鍛錬は一旦中止。取り急ぎ沢で傷口を洗ってから手当をするため、家に戻ることにした。セベクは平気だと強がるけれど、今にも泣きそうな目で言ってきても説得力なんてありはしない。
家に入ると女の人はまだ親父殿と話をしていたらしい、入ってきた俺たちを見て、セベクのケガに気付いてか二人は驚いたような顔をした。そんな二人に傷薬を取りに来たと伝えると、親父殿はいつものように笑いながら薬箱を取りに席を立った。
女の人は心配そうにセベクの足を見つめると、おもむろに席を立って詠唱を始めた。
すると、途端に空気が変わった。
力の強い妖精族が魔法を使う時のような張り詰めた空気だ。セベクもそれに気付いてか、不安そうに顔をしかめている。それもそうだ、この人はどこをどう見ても人間だ。目も、耳も、間違いなく人間のそれ。けれど、気配は妖精のもので、それが不気味でから恐ろしく感じてしまう。
その人が静かに手を振ると何もなかったそこに、赤い液体が入った瓶が現れた。何が起きたんだろう、あの瓶はなんなのだろう。驚いていると、女の人は屈んで、瓶の液体をセベクの傷へ塗り始めた。
「すぐ終わるからじっとしててね」
液体が沁みるのか、セベクの足は震えている。けど、塗るごとに傷は癒えていき、あっという間に塞がって、元通りの脚に戻っていた。その人が言うには、セベクに使ったのはユニーク魔法で作った薬なのだそうだ。面白い魔法だと思った、薬箱を持ってきた親父殿も楽しそうな目で見ている。
「ありがとうございます」
二人で女の人にお礼を言って、話の邪魔をしたことを詫びてもう一度、家を出た。出る間際に見えたその人は優しそうな笑顔だった。
家から離れて鍛錬を再開した。怪我が治ったからか、セベクはすっかり元気を取り戻していた。掴みかかってきたところをいなしても、今度はきちんと受け身を取った。さっきのように転んだりはしない。
「セベク、あの女の人はなんなんだ?」
「知らない」
「知らない人間についていくなと親父殿から教わっただろう」
「あの人間はリリア様の知り合いだと言ったぞ。僕のこともシルバーのことも
……
僕のおじいさまのこともよく知っていた」
それに、とセベクは珍しく怯えたような顔を見せた。
「あの人間、リリア様の料理を食べて気絶したことがあるんだそうだ。だから、いいと思ったんだ」
「
……
なるほど」
たしかに、それだけ俺たちの周りのことを知っているのであれば、知らない人間でもないのかもしれない。それでも、セベクの行動は軽率な気がしなくもない。どうなんだろう、考えたけれど、どうすれば正解なのか分からなかった。
鍛錬を重ねるうちに陽はずいぶんと高くなっていた。時計がないから時間は分からないけれど、もう昼を過ぎた頃だろう。腹も減ってきているからそろそろ帰りたいところだ。そうは思えども、あの女の人が気になって躊躇われた。親父殿とはどういう関係かは分からないけれど、さっき話していた時の雰囲気では、ずいぶんと親しいようだった。まだいたらどうすればいいんだろう? 二人の話の邪魔をするわけにはいかない。
「シルバー、まだ続けるのか?」
セベクも腹を空かせてるのだろう、少しばかり不機嫌そうな目でこちらを見上げていた。腹を空かせたままでは鍛錬にならない、行きづらい気はするけど、家に戻ることにした。
家に近付くにつれ、いやに強い魔法の力と妙に食欲をそそる匂いがしてきた。セベクも不思議そうな、けど、嬉しそうな顔をしている。料理をしているらしい匂いではあるが、この匂いは親父殿のものとは思えない。となると、あの女の人がまだいるということだろう。
知らない人が家で料理をしている。そう思ってなんだか胸がざわざわした。
ざわざわしながら家のドアを開けると、案の定あの人が料理をしていたようで、キッチンにから俺たちに「おかえり」と声をかけてきた。我が物顔でこの家にいることに、また、胸がざわついて、お腹の底が冷えるような気持ちになった。
それから食事にしようと声をかけられて、その人の作った料理を食べた。なんだか不思議な感じがして、悪くは思わないものの、どう表現すればいいのか分からなった。
ただなんとなく、親父殿にも食べてもらいたい、隣でせっせとおかわりをするセベクを見ながらそう思った。
このまま食べてしまえば親父殿の分までなくなってしまいそうで、食べたくはあるけれど、手を付けられない。
「えと、おいしくなかったかなぁ」
そうしていると、女の人は不安そうな顔で俺の顔を覗き込んだ。その言葉を聞いて、この料理が「おいしい」ということに気付いた。「料理」と「おいしい」は結び付くものなのかと、当たり前のはずなのに、何故か腑に落ちなかった。それでもこの美味しい料理を親父殿と食べたいと思った。
それから、親父殿も来て、四人で昼食をとった。女の人が作った料理はどれも美味しくて驚いた。家にある材料でこんなに美味しい物を作れるなんて、と、とても驚いた。
驚くと同時に、親父殿と女の人が親しそうに話をしているのが気になった。
セベクが言うには、この人はこの家の事を知っていて、親父殿から俺やセベクの話を聞いていて、料理を振る舞われたこともあるらしい。そうであれば、ただの知り合いというわけではなさそうだ。けれど、この人が家に来たのは今日が初めてだと思う。少なくとも、俺が知る限り。
この人は親父殿とどういう関係なのだろう。それが気になって、美味しいはずの食事があまり喉を通らない。二人があまりにも親しげにしているものだから、恋人なのではないかとも思ってしまった。もやもやした気持ちでいると、親父殿は思い出したように「あぁ」と声を上げた。
「お主の部屋は用意したからな」
「すみません、わざわざ」
「えっ」
あまりに自然なやりとりに、つい聞き流しそうになった。けど、幸か不幸か、それはきちんと聞き取れて、けどその意味が理解できなかった。
部屋? 誰の? この女の人の? どうして? どこに?
疑問はわいてくるのに、喉の奥が焼けたように痛い。俺の声は届いていないのか、二人は何か話し合っている。
二人の会話にセベクが割って入ったようだけれど、何を言ってるのか聞こえない。
怒ったような、疑うような顔をするセベクを親父殿がたしなめてるようで、女の人はそれをにこにこ聞いている。セベクは怯んだような顔をして、女の人が焦り出す。
そんな、家族のようなやりとりが目の前で行われているのに、恐ろしく現実味がない。三人のその様子はセベクの家で見る一家団欒の様子そのものだった。
けど、そんなことより、この女の人がここに住む。その意味を考えて、腹の底から冷える思いがした。
俺は拾われた身であって、この家には親父殿に住まわせてもらっている立場。親父殿は俺の事を息子だと言ってくれているし、俺自身も親父殿は父と思って慕っている。けど、セベクの家のように血が繋がっているわけではない。親父殿の心ひとつで簡単に解消される間柄だ。
だから、親父殿がこの女の人と生きることを選んで、そのために俺が邪魔になってしまうのであれば、その時は
……
。
一人で生きる術はないこともない。親父殿に教わっていたから。
……
もしかしたら、親父殿はこんな日がくることを見越して、俺たちに叩き込んできたのかもしれない。
けれど、それでも、まだ親父殿の傍にいたかった。投げ出されるのは構わない、でも、ここまで育ててもらった恩はお返ししたかった。
そう思って、同じ屋根の下にいなくとも、せめて近くにいることは許してもらいたいと、震えそうな手を抑えながら聞こうと思った。まずは、この女の人が親父殿にとってどういう人なのかと。
「あの!」
……
けども、俺の考えていたことはまるで見当違いのようだった。
女の人は親父殿の古い友人で、すでに夫のいる身。訳あって親父殿を頼ってきただけなのだそうだ。女の人は困ったような顔で、ここにはほんの一時留まるだけだと言って、親父殿もそれに頷いた。
「分かってもらえたかな?」
この人は親父殿の妻になるわけでも、恋人というわけでもない。それにほっとしたものの、少しだけ、がっかりした気分にもなった。
セベクの傷を癒したように、この優しい人が親父殿を支えてくれたら、と思ってしまったのだ。
親父殿との生活に不満があるわけではないけども、セベクの家に少しだけ憧れがあったから。両親がいて、温かい食卓があって、美味しい料理がある。そんな家に。
そう思ってしまったのも、この人なら俺の母になってくれそうな気がしたからだ。セベクの傷を治してくれたこと、料理を作って俺たちを迎えてくれたこと、そして、今俺に真剣に向き合ってくれていること。
それらは母親がどういったものか知らなくとも、目の前のこの人は間違いなく「お母さん」だと思わせた。
「
……
はい」
だから、夫のいる身と聞いてがっかりもした。帰る家があるのなら、ずっとここにいるわけではない。
いや、夫のいる女の人をそんな目で見るのはいけないことだ。そう思い直して、作ってもらった美味しい料理を戴いた。
……
セベクがずいぶんと食べてしまったから、満足いく量は食べられなかったけど。
それから、少しだけ休んでから午後の鍛錬に向かった。
……
けど、俺もセベクも今一つ、集中しきれなかった。考えるまでもなく、あの女の人のせいだ。二人の様子から察するに、あの人は親父殿と親しい間柄だというのは分かった。
でも、あの人自身のことはよく分からない。知っているのはセベクから聞いたビオラという名前、結婚していて、仕事は商売をやっている。と、それだけ。
妖精族のような魔法の力を持っていたけど、あの女の人は間違いなく人間だ。目も、耳も、俺と変わらない。だからこそ、不思議に思った。そう思って、俺は人間の大人の女の人を初めて見たのだと、今更ながらに気が付いた。
「シルバー、もっと集中しろ! まさかもう眠くなったんじゃないだろうな!」
「目は覚めている」
「だったら!」
「
……
一つ、気付いただけだ」
「なにかあったのか?」
言いながらセベクは怪訝そうな顔を見せた。
答えようとして、もう一つ気付いた。俺は茨の谷の外に出たことはない。
けど、セベクは親父さんに連れられてよその、人間の国に行ったことがあった。俺は人間の女の人のことは分からないけど、セベクならあの人が普通なのか、そうでないのか分かるかもしれない。
「セベク、お前は大人の女の人に会ったことはあるか?」
「はぁ!? いきなり何を言い出すんだ!」
素っ頓狂なセベクの声に、言葉が足りなかったことに気付く。大人の女の人であれば、茨の谷にもたくさんいる。
セベクの母親だってその一人だ。セベクにしてみれば、俺が彼女に会ったことがないようなことを言ったようなものだ。そりゃあ、変な顔もされる。なら、きちんと訂正しよう。
「あぁ、すまない。人間の女の人だ」
「だから、なんでそんな話になるんだ! 意味がわからないぞ!」
「会ったことはないのか?」
「ある!」
「そうだろう? それで、聞きたいんだが
……
」
「だから! なんでいきなりそんな話になるんだ!」
セベクは語気を強めた。おかしい、俺はそんなに変なことを言っただろうか。
もしかしたらセベクは勘違いをしてるのかもしれない。そう思って、一から説明しようと思った。
「あの人、ビオラのことを聞きたかったんだ。あの人は人間のようだが、魔法の力は妖精族のようだっただろ? 俺は人間の女の人を見たことがないから、ああいうのが普通なのか分からなくて、セベクに聞きたかったんだ」
「
……
。そういうことは先に言え!」
なぜかセベクは顔を赤くして怒鳴った。
たしかに、言葉が足りなかったかもしれない。そこは反省しよう。
「それで、どうなんだ?」
「
……
女の人の魔法士に会ったことはある。でも、ビオラのような魔法の力は感じなかったぞ」
「
……
そうか」
「でも、見た目は他の人間と一緒だ。ユニーク魔法って言っていただろ? そのせいじゃないのか」
「なるほど。ありがとう、セベク」
「ふん! それよりも、鍛錬の続きだ!」
少しだけ頬を赤くして、セベクは木剣を構え直した。セベクがあぁ言うのであれば、やはりあの人は普通の人間なんだろう。
そう確認できたことに安心して、改めて木剣を構えた。
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