いまち
2022-11-27 01:23:04
12058文字
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6話・ティナの長い一日


 リリアさんについて行った先は、ランドリールームという小部屋だった。中には丸い窓がついた機械がたくさん並んでいた。
 そこでリリアさんに言われるまま、濡れた制服を機械の中に入れてボタンを押した。すると、低く唸るような音と共に、私の制服が機械の中でぐるぐると回り出した。
 突然のことに驚く私にリリアさんはここの説明をしてくれた。ここにあるのは汚れたお洋服なんかを洗う「洗濯機」と、洗ったり濡れたりしたものを乾かす「乾燥機」がそれぞれあるそうで、今私の制服が入っているのは乾燥機らしい。
 お洗濯の魔法を使えるようになるまでは、ここを使うことになるから、と、その場で機械とアイロンの使い方を教わった。それがまた、便利で簡単で驚いた。お洋服を入れてほっとくだけでキレイになって、干さなくても乾くなんてどういうことだろ?
 それに、このお洗濯機ってどうやって動かしてるんだろ? 個人の魔法の力ではないんだろうな、というのはなんとなくわかる。でも、マナの力とか、魔法の導力が込められてる感じもない。とても不思議だった。
 乾燥機を見上げていると「さて」とリリアさんが部屋の外に目を向けた。

「お主の制服が乾くまで寮内を案内するか」
「あ、はい。お願いします」

 それからリリアさんから寮の設備や使い方を教わった。
 寮の中では基本的にこの皮のお洋服(寮ごとに決まったデザインで、寮服というらしい)を着ること、絶対ではないけど朝と夜のお食事はキッチンに併設された食堂でとること、キッチンにある食べ物は名前が書いてあるもの以外は好きに使ったり食べたりしていいこと、お料理したり食器を使ったりした場合はきちんと後片付けもすること。部屋のお風呂以外にも大浴場はあるけど私は使っちゃいけないこと(なんで?)。などと色々だ。ちゃんと覚えられるかちょっと心配かも。
 設備と一緒にリリアさんとマレウスさんのお部屋の場所も教わった。何かあった時は遠慮なく訪ねてくれ、だそう。そしてディアソムニアに限らず、信頼できる相手でない限り個室で二人きりになったりしないよう言われた。

「お主はちと無防備が過ぎるからなぁ」
「そうですか? 一人で野宿もできますし、過ぎるというほどではないと思いますけど」
「そういう意味ではないのじゃが……まぁよいわ。ついでにひとつ気を付けてもらいたいことがある」

 急に真面目な顔をするリリアさんに、少し怖くなった。なんだろう?

「気を付ける、ですか?」
「うむ。オクタヴィネルの連中には近付かぬよう気を付けてくれ」
「オクタヴィネル……

 確か優しい人が多い、巻き貝の寮章を付けてる寮だっけ。鏡舎では隣の鏡だった覚えがある。お昼にも同じようなことを言ってたけど、どういうことだろ。

「えぇと、お昼にも言ってましたよね? どうしてですか?」
「おぉ、そうじゃったな。あやつら、なかなかに厄介な契約を持ってくるのよ」
「契約、ですか?」
「うむ。それで去年、ちぃと困ったことになってしまったんじゃよ」
「えぇと、騙されたとか?」

 サギとかそういうのかな? でも、学園内でサギなんがしたら、学園長さんとかにすぐ怒られそう。
 そもそも、優しい人がそんなこと、するのかな? そうは思うけど、リリアさんの顔は真剣そのものだ。ふざけている感じはしない。

「そう言えなくもないな。いずれにせよ、オクタヴィネルの連中に契約や約束事を持ち出された時は、一度保留にしてわしの所に持ってくるといい」
「えぇと、はい」
「物も受け取らないようにするんじゃよ、押し売りなんてされては困るじゃろ」

 押し売りと聞いて途端に不安になった。サギと聞いてもよく分からなかったけど、押し売りなら分かる。確かに、そんなことされたら困るもんね。お金、あまり持ってないし。

「えと、分かりました。何か持ちかけられたらリリアさんに相談すればいいんですね」
「うむ、そうしてくれ」

 答えるとリリアさんはにっこり笑った。

「お主はすぐ騙されそうじゃからな」

 ……なんて付け足して。そんなことはない。と、思いたいけどこの世界の常識とか何も分からないから、否定するにしきれなくてちょっと悲しい。
 でも、頼ってくれって言ってもらえてるし、お言葉に甘えておくことにしよう。もちろん、頼りきりはよくないとは思うけど。
 そんな話をしながら、制服が乾いたか確認しようとランドリールームへ向かっていると、どこからともなく鈍い音が聞こえてきた。なんの音かと思っていると、リリアさんは立ち止まっておもむろにみんなが持ってる光る板を取り出した。

「マレウスが戻ってきたようじゃな」
「会議終わったんですね」
「よし、ではお主を紹介するか。付いてくるがいい」
「え? あ、はい」

 急に回れ右をしたリリアさんに手を引かれて付いて行く。……制服は後でとりに行こう。
 マレウスさんって、今朝の拗ねてた? ツノの人かな。王子様なんてえらい人に会うことなんて今までなかったから少し緊張する。やっぱり「ごきげんよう」みたいな挨拶をすればいいのかな? そんな言い方、したことないけど。

 そんなことを考えながら連れてこられたのは談話室だった。
 リリアさんと入ってみると、今朝と同じようにマレウスさん? が奥の椅子に掛けていた。椅子を挟むようにセベクくんと、今朝お皿を片付けてくれた銀色の髪の子が立っていて、じっと私たちに目を向けている。
 そういえば、セベクくんは護衛がどうのってずっと言ってたっけ。セベクくんのことは昨日から迷子になってたり、リリアさんにからかわれて泣いたりしているところばかり見たものだから、見た目のわりに頼りないのかもって思ってた。けど、今こうやってマレウスさん(仮)の側に控えているのを見ると、なるほど確かにそれっぽく逞しく見える。……あの人、ほんとにセベクくんだよね?
 もう片方の子も服の上からでは分かり辛いけど、ずいぶんと体格がいいようだった。それにとってもキレイな顔をしてる。おとぎ話の王子さまのような雰囲気がしていた。
 そして、マレウスさん(仮)はそんな二人に挟まれて、玉座のような椅子に堂々と座って、しかもそれが様になっているんだから、王子様なのだといやに納得できた。

 物々しい三人の様子に気圧されていると、隣に立っていたリリアさんがいつもの魔法を使ったんだろう、三人のところまでひとっ飛びして、にっこり笑いながら私に手招きをした。

「ほら、お主も来ぬか」
「うえっ!? えと、はい」

 たしかに、ここからだと離れてるからお話し辛いもんね。お話をするなら近くに行かないといけない。
 少し緊張しながら階段を上る。リリアさん以外、誰もにこりともしていない三人は迫力があるというか、圧を感じる。上がりきって、いよいよ間近に来ると威圧感に潰されそう。もっと近づいた方がいいのかな? でも怖いかも……思う間もなく、リリアさんが私の背中を押してマレウスさん(仮)の前に立たせた。

「えっと……

 マレウスさん(仮)の出されたはいいけどどうしよう。挨拶の一つでもすればいいんだろうけど、なんて言えばいいのか分からない。なんせ相手は王子様だ、下手なこと言えば「無礼者!」とか怒られるかもしれない。
 さすがに捕まったりはしない、と、思いたい。けど、異世界の常識なんて分からないもん。こんなことなら、ちゃんとお作法とかお勉強すればよかった。

……
……

 いざ目の前にしたはいいけど、マレウスさん(仮)は何も言わずに、じっと私を見つめている。
 リリアさんは自分たちを妖精さんだと言ってたけど、マレウスさん(仮)は私の知ってる妖精さんとはなにもかもかけ離れているみたいで、正直かなり怖い。私の知ってる妖精さんはちっちゃい子みたいですごくかわいいのに、マレウスさん(仮)は身体も大きければ目付きも鋭い、王子様らしくキレイな顔なんだけど、それにもまた怖さを覚えてしまう。
 そして、マレウスさん(仮)からはリリアさんと同じかそれ以上の力を感じる。マナの長老さんたちだって、ここまで強い力は感じなかった。ともすれば丸呑みされそうな迫力に、逃げ出したい気持ちになる。
 挨拶でもすればいいのかな? でもなんて言えばいいのかな? なんて迷っていたら、リリアさんが助け船を出してくれた。

「マレウスよ、お主から名乗ってやらんでどうする?」
「あぁ、そうだったな」

 やっぱりこの人がマレウスさんで合ってたみたいだった。リリアさんの言葉にマレウスさんは小さく頷くと「そう怯えるな、人の子よ」なんて声をかけてきた。薄く笑ってはいるけど、それがまた怖く思えてしまう。でも、笑いかけてくれてるんだもん、怖がっちゃ悪いよね、たぶん。
 そしてマレウスさんは茨の谷の次期当主と前置きして「マレウス・ドラコニア」と名乗った。

「それで、お前は?」
「あ、はい。えと、ティナ・キースリンクです。その、よろしくお願いします」

 促されて、私も自己紹介をする。緊張してうまく喋れないし、マレウスさんのような立派な肩書なんてないから、なんとなく寂しいような気がするけど。

「キースリンクか」
「えと、はい」
「それで、キースリンク。お前は何者なんだ?」
「なにもの、ですか?」

 マレウスさんもまた、リリアさんと同じ事を聞いてきた。そう何度も聞かれるなんて私、そんなにアヤシイかな? ……アヤシイから聞くんだろうけど。とはいっても、誰に何度聞かれても答えは変わらないから、同じように答えた。

「えと、こことは別の世界? から来ました。カボックっていうんですけど、そこでは錬金術士で……あ、でも、錬金術っていっても――
「あぁ、あぁ、そこまででいいよ」

 こことは違う錬金術を使っていたとを説明しようとすると、横からリリアさんが止めてきた。せっかく精霊つかいって呼び方を覚えたから言ってみたかったのに。ちょっと残念。

「異世界か」

 そう呟いたマレウスさんは驚いたような顔をしていた。そりゃあそうだろうねぇ、と思うと同時にマレウスさんの変わりようにぎょっとした。
 ちょっと前までの王族らしい貫禄がある雰囲気とは打って変わって、いやに目をキラキラさせている。わくわくしてる子供ような、そんな感じがした。そのせいか、さっきまでの怖い雰囲気はすうっと消えたように感じて、少しだけほっとした。

「それは興味深いな。詳しく聞かせてもらえるか?」
「えっと……
「これ、あまり困らせるでない」

 くふくふ笑うリリアさんにマレウスさんは少しだけむっとしたような顔をするも、わかったと素直に頷いた。リリアさんはああ言ってくれたけど、カボックに興味を持ってもらえたのはちょっと嬉しいかも。
 ……とりあえず、挨拶と自己紹介は終わったけど、他にお話するようなことってあったかな? リリアさんの誤解(?)も解けてるし、あとはお世話になりますとか挨拶して、部屋に戻ってもいいかな?

「その、ご迷惑にならないよう頑張りますね。えと、失礼しま――
「これこれ、話はまだ終わっとらんよ」
「へ?」

 戻ろうとしたらリリアさんに引き止められた。話は終わったと思ったけど、早とちりだったようでちょっと恥ずかしい。
 他にどんなお話があるのかと思っていると、リリアさんはセベクくんともう一人の子に席を外すよう言いつけた。セベクくんはイヤそうにしていたけど、もう一人の子に引きずられるようにして出て行った。
 部屋のドアが閉まって、二人が出て行ったのを見届けるとマレウスさんは私――の後ろにいるリリアさんに目を向けた。

「それで、リリア。この人の子が何なのか分かったのか?」
「くふふ、分からねば連れて来んよ」
「もったいぶるじゃないか、なんなんだ?」
「それがもったいぶりたくもなろう。この娘、なんと精霊つかいじゃったわ」
「精霊つかい……?」

 マレウスさんの目が驚いたように見開かれた。どうでもいいけど、二人でお話をするなら私を挟まないで欲しいな。私がお話していいんだかちょっと悩んじゃうよ、この状態。
 そんな私をよそにマレウスさんはじぃっと私を見つめながら「初めて見たな」とか「まだいたのか」とか呟いている。……やっぱり、ジロジロ見られるのは落ち着かないし。品定めされてるみたいで少しばかり、イヤな気持ちになる。

「えと、そんなに見られると恥ずかしい、です」
「あぁ、すまない」

 マレウスさんは面白そうにくすくす笑った。どことなく含みのある笑い方だ、これもまた居心地が悪い。そう思っているのが顔に出てしまったのか、マレウスさんは「そんな顔をするな」なんて笑いかけてきた。……そうだった、うっかり忘れそうになったけど王子様の前だったね。お行儀よくしないとだ。

「リリアがお前に気を付けろ、なんて言っていたから、どんな物騒な人間かと思っていたが、普通の人の子だな」
「なっ!? ……ん。えと、暴力とかは好きじゃないです」

 そういえば、ないことないこと疑われてたんだっけ。暴力、と思ってついリリアさんに目が向いてしまった。目が合って、慌ててマレウスさんに目を戻す。さっきのことを思い出してしまい、ちょっと気まずい気持ちになった。付けられた傷は治してもらったし、リリアさんのことを悪く思うつもりはないんだけど。

「リリアがお前のことを分からない分からないと焦っていてな。あれにも分からない事があるのだと面白く思ったものだ」
「忘れておっただけじゃよ。意地の悪い言い方をするでないわ」
「はぁ……

 面白そうに笑うマレウスさんにリリアさんは呆れたようなため息をついた。リリアさんがどういう思いで気を付けるように言ったのか、想像できる身としてはあまり笑わないでほしいと思ってしまう。
 笑い合う二人を見ながら、リリアさんやマレウスさんの言葉の意味を考える。二人の口ぶりから察するに、精霊つかい? とかいう人たちは昔はいたけど今はいないってことなのかな? 明らかに長く生きているであろうリリアさんが忘れた、なんていうくらいだし。
 私のいたところでも錬金術士はあまりいないってパパも言っていたし、どこもそうなのかもしれない。そうだとしたら、ちょっと寂しい気がする。

「そういえば、聞きそびれておったが、お主の父親も錬金術士と言っとったが、同じ精霊つかいなのか?」

 そんなことを考えていると、リリアさんがどことなく期待の籠った目で聞いてきた。

「あ、はい。そうです。錬金術はパパから教わったので」
「おぉ! それは結構なことじゃのう」

 リリアさんはとても嬉しそうに「そうかそうか」と頷いた。私の話をした時もだけど、なんでそんなに気にかけてるんだろう。私が錬金術士だと知った時の態度の変わり方もあって、ちょっと気になった。

「あの、リリアさんも錬金術に興味があるんですか?」
「錬金術自体はそうでもないな。じゃが、お主らには思うものがあるのよ」
「私たち、ですか?」
「うむ。わしら妖精族とは縁深い存在じゃからな、気にもなろう」

 たしかに、私もマナとか、ここの小さな妖精さんとか気になるし、リリアさんがそう言うのもちょっと分かるかも。
 そうは思ったものの、リリアさんの表情が気になった。明るい口調とは裏腹に、その目はどことなく暗く、悲しんでるような感じがする。どうしたんだろうと思いながらマレウスさんに目を向けると、こちらもじっと目を伏せていた。
 どうしてそんな顔になるのか引っ掛かる。けど、二人の表情からするに深入りしていい話題でもなさそうかも。だから、触れないで相槌を打つだけにしておいた。

 それから、マレウスさんがどうしても聞きたいと言うので、ちょっとだけ私がいた世界のことを話した。どんな場所なのか、とか、どういう生き物がいるのか、とか。
 マレウスさんはドラゴンについてかなり興味があるようで、ずいぶんと詳しく聞いてきた。ここの寮はドラゴンのマークを付けてるし、寮長さんだから気になるのかも?
 だから聞かれるまま答えた。街や村の近くにはいないけど、人里から遠く離れたところにとても危険な魔物として存在すること、火や雷を吹いてとても危険なこと。だけど、その素材はとても貴重で、調合材料やお守りとして重宝されていることを話すと、マレウスさんはとても愉しそうに聞いてくれた。
 けど、素材の使い道の話をすると、途端に顔をしかめてしまった。よく考えたら素材を剥いで使うなんて生々しいというか、残酷な話だもんね。王子様にするような話じゃなかったかも、反省。
 ……でも、ドラゴンから採れる素材ってお酒や角笛にお洋服、色々な物を作れるんだよね。竜の舌で作ったタンシオとかとっても美味しいんだけどね。ドラゴン退治をした時なんか、おじいちゃんに作ってもらったなぁ。って思い出して、懐かしいような、寂しいような気持ちになった。

「ごめんなさい、生々しいお話でした」
「気にせんでよい、マレウスはいじけておるだけよ」
……いじけてなんかいない」

 やっぱり怖がらせてしまったようだ。さっきと一転して面白おかしくくふくふ笑うリリアさんとは対照的に、マレウスさんは不機嫌そうな顔をしている。そんな様子を見て、失敗したかもと、内心ヒヤヒヤしていると、ドアをノックする音が響いた。
 リリアさんが出ると、顔を見せたのは銀髪の子で、そろそろお夕食の時間だから声をかけたらしい。ここには窓がないから気付かなかったけど、もうそんな時間なんだ。

「もうそんなに経っておったか。キースリンクよ」
「あ、はい」
「時間をとらせてすまなんだ。しかし、興味深い話を聞かせてくれて感謝する。マレウスも喜んでおるよ」

 マレウスさんが喜んでる? さっきまですごく不機嫌そうにしてたのに? 
 そう思って恐る恐るマレウスさんを見ると、機嫌は直ったのか不機嫌そうな色はなくなっているようで、最初のようにうっすら笑顔を浮かべている。王子様らしい、とても品のいい笑顔だ。……ヘンな話を聞かせちゃったけど、怒らせたわけじゃないようで、ものすごく安心した。

「えと、こちらこそ」
「夕飯をとったら、あとはゆっくり休むといい」
「ありがとうございます。えと、失礼します」

 リリアさんに促されて談話室を出ると、入れ違いにさっきの子とセベクくんが入っていった。もしかして、お話してる間ずっと待ってたのかな?
 なんとなく気になったけど、それよりもほったらかしにした制服とお夕飯だ。
 どんなご飯があるのかな、まさか昨日のビーフシチュー(?)みたいなものはないよね? なんて半分わくわく、半分こわごわしながら、さすがに乾いたであろう制服を取りにランドリールームへ向かった。

 からからに乾いた制服を乾燥機から出して、少しシワになってたからアイロンをかけて、部屋に持って帰った。
 お日様に当てたわけでもないのに、こうも気持ちよく乾くなんてすごいなぁ。なんて思いながらハンガーにかけてクローゼットにしまった。

 お昼の食堂みたいに座るところがなくなる前に行かないと、と思ってキッチンに併設された食堂に向かうと、すでに何人かの人たちが楽しそうにお喋りをしながらお食事をしていた。
 校舎の大食堂ほどは混んでいなくて、席はたくさん空いているようだった。これなら急いで座るところを探す必要はなさそうで、ほっとしながら食堂に入った。――とたん、お喋りの声が止んだ。
 ついで、あちこちからヒソヒソ話とジロジロ見られるような視線を感じて、またか、なんて気持ちになった。
 今ここに入ってきたのは私だけで、他に入って来た人はいない。となれば、この妙な空気はまず間違いなく私のせいだ。その証拠じゃないけど、私がテーブルに目を向けると、そこにいる人たちはイヤそうな、難しそうな顔をして目をそらした。
 リリアさんとマレウスさんに受け入れてもらったとはいえ、こういう扱いをされると、やっぱり私はこの世界では異物扱いなんだと思い知らされる。
 思い知ったところでお腹は膨れないから諦めるしかないんだけど。リリアさんの言う通り、今日はもうさっさとご飯を食べて寝ようと、メニューに目を通した。
 好きなお料理を好きなだけ食べられる校舎の食堂とは違って、ここでは何種類かのメニューから注文するか、自分で作るなりするんだとリリアさんから説明を受けていた。今日はちょっと疲れたし、作って食べる元気はないいから注文しようかな。

 貼り出されているメニューにはお肉、お魚、お野菜の定食と一品料理らしいお料理の名前が書かれている。お料理の方はよく分からないから、焼き魚の定食を頼むことにした。お昼はお肉ばっかりだったし、お野菜だけだとちょっと物足りないもんね。
 頼んで、お料理を受け取っている間にも「異世界の」とか「女が」とかヒソヒソお話しているのが聞こえてくる。それがなんだか仲間外れにされたような気になってしまった。
 お腹は空いてるけど、こんな空気の中で食べる気にはなれなかった。お行儀は悪いけど自分の部屋で食べたいと思った。そうしてもいいのかユーレイさんに確認をとると、きちんと食器を下げればどこで食べてもいいらしい。
 安心すると同時に、悪いこともしてないのに、なんでコソコソしなきゃいけないんだろう、と、ちょっぴり苦しくなった。……この世界に来たこと自体が悪いことだったら、ごめんなさいではあるんだけど。

 人目につくのがいたたまれなくて、あまりすれ違わないよう避けながらお部屋に戻る。鍵をかけて、お行儀が悪いと思いながら机でご飯を食べた。
 焼き魚は海のお魚を焼いたものだった。カボックではもっぱら川のお魚を食べていたから、美味しいけどなんとなく慣れない感じがする。それだけで、また疎外感を覚えてしまった。おまけにひとりぼっちでお食事をとるなんて寂しさも相まって、気付けば涙が落ちていた。
 こんな所で一人で泣いていても仕方ないんだ。そんな暇があるなら一日でも早く帰れるようお勉強をするべきなんだ。
 ……それでも、やっぱり悲しくて、クローゼットから元々着ていた服を取り出した。抱きしめて顔を埋めれば、まだカボックのにおいが残っている。ばくだんを作って、使ってついた火薬のにおい、おくすりのにおい、酒場のお酒やお料理のにおい、それらが混ざり合った故郷のにおいだ。
 それを胸いっぱいに吸い込めば、気持ちはすっと落ち着いた。寂しいけど、居心地が悪いくらいがちょうどいいのかもしれない、そうすれば早く帰ろうって気になれるから。先生やリリアさんみたいに親切にしてくれた人たちには悪いかもだけど、私が早く帰ればそれだけ迷惑かけずに済むもんね。我ながらとんでもない強がりだとは感じるけど、そう考えようと心に刻む。

……がんばろ」

 気を取り直して、お食事に戻った。慣れない味だけど海のお魚も美味しい。明日のお昼もお魚にしようかな? せっかく異世界に来たんだもんね、ここのお料理の一つでも覚えて帰れば、おじいちゃんの役にも立つはずだよね。
 余計なことを考えないようにお食事を済ませて、食堂へ食器を返しに戻る。
 ……けど、やっぱり人目は気になった。気のせいかもとは思ったけど、目が合うと途端に空々しく目をそらされた。
 そんな態度があからさますぎて、また気持ちが萎んでしまう。憂鬱な気分になりながら食器を下げて、ユーレイさんにご馳走さまを伝えて、他の人とかち合わないように急いで自分のお部屋に戻った。

 妖精さんやユーレイさんは普通に接してくれるのに、なんで他の人たちはよそよそしいんだろう。そんなことを寂しく思いながら、明日使う教科書や服をフロシキに包んでいると、部屋のドアをノックする音がした。
 誰だろう? ……なんて疑問に思えるほど、私に知り合いはいない。ユウくんは私の部屋を知らないし、オルトくんはお守りを調べるのに時間がかかるって言っていた。そうなると、ノックの主はリリアさんくらいしかいない。ちょっと前のことがあってほんの少し躊躇しながら出てみると、思った通り、リリアさんがにこやかに笑っていた。

「ちぃと話がしたくてな、少し時間をもらえるか?」
「あ、はい」
「邪魔するよ」

 と、リリアさんが部屋に入ってきた。入ってきて、まっすぐ壁に立てかけていた私の杖の前に立った。何も言わないでじぃっと杖を見つめている。
 ……なんだろう? もしかして、杖の事で思い当たることでもあるのかな? それならちょっと期待しちゃうかも、少しだけわくわくしながらリリアさんに声をかけた。

「あの、お話ってなんですか?」
「なに、この杖が気になってのう」
「私の杖、ですか?」

 リリアさんは小さく頷くと、複雑そうな顔で杖に目を戻した。そういえば、ゆうべも私の杖を気持ち悪いとか言ってたっけ。……そうは言うけど、どうして気持ち悪いなんて言葉が出るのか全然分からなかった。この杖はパパが若い頃使っていたもので、私の12歳の誕生日にお下がりとして貰ったものだ。
 ママが作ったものなだけあって品質はとても良いし、デザインもかわいいからすごく気に入ってる。けど、リリアさんにとっては気持ちのいい物ではない、らしい。どうしてそう思うのか見当もつかないけど。

「えと、リリアさんがイヤならしまった方がいいですか?」
「わしが?」

 きょとん、とした顔で振り向くリリアさん。

「えと、はい。昨日私の杖がイヤ、みたいなことを言ってたので」
「あぁ、気にすることはないよ」
「そですか?」
「うむ。大切なものなんじゃろ? 見れば分かるよ」
……はい」

 今となってはカボックのことを思い出せる数少ないものだ。できれば服と一緒にいつでも目につくところに置いておきたかった。頷くとリリアさんの表情が少し和らいだ。

……一つ聞かせてくれ。お主の両親は善良な人間か?」
「へ? パパとママ、ですか?」
「うむ」

 ちょっと考えた。ママは怒ると怖いけど、私とお兄ちゃんが困らないようにって物事を教えてくれたり、色んな道具を作ってくれたりしていた。パパは心配性がすぎるけど、家族のこともマナのこともいつも気に掛けている。元々はよそからカボックに来たらしいけど、そうとは感じさせないくらい、街の人たちとも馴染んでいたし、契約してるマナたちもパパにはよく懐いていた。
 良いか悪いかで言えば、良い方だと思う。少なくとも悪い人間ではないはずだ。
 パパとママの人間性と私の杖となんの関係があるかは分からないけど、聞かれたから思った通りに答えた。

「なるほどのう」

 リリアさんはうんうん頷くと「聞きたいのはそれだけよ」と、またにっこり笑った。

「えと、お話ってパパとママのことですか?」
「うむ、ちぃと確認しておきたくてな」
「はぁ……?」

 よく分からないけど、いつものにこにこ顔になったからいいのかな?

「疲れてるところにすまなんだな」
「えと、大丈夫です」
「では失礼する。明日からの授業も頑張るんじゃよ」
「はい、ありがとうございます」

 出て行ったリリアさんを見送る。……ほんとになんだったんだろ? 結局私の杖の何がダメなのか分からなかった。リリアさんの態度が気になって、壁に立てかけたままの杖に目が行く。星と月を象った私の杖。火と闇の力への抵抗力があって、錬金術と縁深い、らしい。よく分からないけど。

……わかんないや」

 触っても、振っても、使い慣れた杖だなぁ以外の感想は出てこない。リリアさんのことは気になるけど、それよりも明日からの授業だ。
 途中だった授業の支度を済ませて、お風呂に入った。一人で湯舟に浸かれるなんて贅沢だなぁ、井戸から汲んで沸かさなくてもたっぷりのお湯を使えるなんて便利だなぁ、なんて思いながら。石鹸もすごくいい匂いがするし、髪用の石鹸とコンディショナー? を使えばびっくりするほど髪がつやつやになった。改めて異世界の技術はすごいなぁと感心しつつ、髪を乾かして、歯を磨いてベッドに潜った。

 ふかふかのお布団に包まっていると、ふいにユウくんのことを思い出した。
 学園長さんの話では、魔法が使えないとここの生徒にはなれないってことだったけど、お昼に見た時には私たちと同じ制服を着てたみたいだから、特別に入学できたってことなのかな?
 すぐに見失ったからどこの寮に入ったのかは分からないけど、この学園にいるならまた会えるよね。同じ一年生だろうし、明日探してみようかな? 異世界から来た者同士、仲良くしたいもんね。ユウくんには悪いけど、こんなことになったのが私一人だけじゃないっていうのはとても心強かった。
 そういえば、とついで思い出す。一緒に走ってる子がいたけどその子はお友達なのかな? だとしたらちょっと羨ましい。妖精さんと仲良くなれたのはとても嬉しいけど、人間のお友達もほしいもん。あ、でも仲良くなったら、カボックに帰る時に寂しくなっちゃうよね。それはちょっと辛いかも。
 そんな取り留めのないことを考えているうちに、瞼が重くなってきた。目が覚めたらカボックに戻ってた、なんてことになってくれないかなぁ……ぼんやりし始めた頭の隅で、そんなことを思いながら眠りについた。今日も本当に、色々あったなぁ……