いまち
2022-10-10 00:23:45
3131文字
Public のえぴよ
 

後輩のことでお詫びに行くっておはなし

知らん顔するわけにはいかないよね、っていう。

 ティナちゃんとの楽しい女子会から一日。私は一人、ディアソムニア寮に来ていた。
 理由は一つ、昨日一昨日のことでヴァンルージュ先輩にお詫びをするため。知らなかったとはいえ、女の子をラブホテルに連れ込んでしまったのだ、もちろん先輩がそんなことを知る由はないのだけれど、だからって黙っているのも気が引けてしまうのだ。
 この狭い島内ではいつどこで誰に見られているのか分からない。ひょんなことから先輩の耳に入って、私たちの付き合いに支障が出てはたまらない。やましいことはしていないし、正直に話せばきっと許してくれる……と、思いたい。
 本当なら会長にも話すべきなのだろうけど、一国の王子様である会長に話すとなると、恐らくはラブホテルの説明からしなければならないだろう。そんな話をしようものなら不敬に当たるのではないかという懸念もあるため、ひとまずはヴァンルージュ先輩に話してみて判断を仰ごうと思っている。

 ディアソムニアの寮章を掲げた大きな門を見上げて、緊張で乱れた呼吸を整える。すー、はー。よし、オーケー。石橋を渡り、門をノックすると、出てきたのは知らない人だった。
 ここで知ってる顔であれば、少しは安心できたかもしれない。緊張しつつ、ヴァンルージュ先輩に話があるのだと伝えると、どこからともなく当の先輩が現れた。

「おぉ、わしに話じゃと?」
「えぇと、はい。その、今日はお詫びに伺いました」
「詫び?」

 先輩はきょとんと首を傾げていた。まぁ、そうだよね、先輩は知らないんだし。

「その、あまり大声でする話ではないので、二人でお話ししたいのですが……
「そうか、そういうことなら」

 先輩が指を鳴らすと、強く身体を引かれる感覚。たぶん、転移魔法だろう。揺さぶられるような気持ち悪さに目眩を覚えていると、ディアソムニア寮の一部屋に連れてこられていた。個室だし、コウモリ柄の布団カバーやラグを見るに、ヴァンルージュ先輩の部屋なんだろう。異国情緒あふれる雑貨や楽器がそこかしこにあって、そのテの雑貨屋のようで不覚にも惹かれてしまった。

「立ち話もなんじゃ、掛けてくれ」
「ありがとうございます」

 先輩に勧められた椅子に掛けて、先輩も机の椅子を引っ張り出して向かいに座る。今はニコニコ顔でいる先輩だけど、お話ししたらどうなってしまうんだろう。恐怖か緊張か、考えるだけでこめかみがピリピリしてきた。

「して、わしに詫びとはなんじゃ? 覚えがないんじゃがのう」
「えぇと、ティナちゃんとのお泊りのことで、なんですけど」
「んー?」

 先輩は考えるように上半身を傾けた。実にあざとかわいい。
 そんな先輩はゆーっくり体を傾けると、ぴょこん、とまっすぐの姿勢に戻ってあっけからんとした笑顔を見せた。

「うむ。分からんな!」
「そうだと思います。えぇと、非常に申し上げにくいのですが……

 あまりに素直な笑顔に思わず良心が痛んだ。先輩は私を信頼してティナちゃんを預けてくれたのに、気付かなかったとはいえ、それを裏切るようなマネをしてしまったのだ。
 だから、謝罪すべきなのだろうが、いかんせん「ラブホテル」なんて、ちょっと、いやかなり言い辛い。羞恥心が邪魔をしてしまう。そんな先輩は「あぁ」と手を打った。

「もしやあやつを連れ込み宿に連れ込んだことか?」
「んぐぅっ!?」

 直球すぎる! というかバレてた!! それなのに目の前の先輩は怒ってるとか、そんな様子はない。そんな先輩の様子に、これは怒りを通り越したものなのではないかと、いよいよ血の気が引く思いがした。
 先輩は不思議そうに首を傾げると「それの何が問題だと?」とこれまたとんでもないことを言い出した。え、連れてっていいの? もしかして先輩って私とティナちゃんが付き合ってると思ってる? 公認の仲……ってコト!? いやいや、そうであってもいいわけがない、私たちは学生なわけだしね?

「何が、ってこう、風紀的なアレとかあるじゃないですか! いや、私が言うのもなんですけど」
「まぁ、ああいう施設は年齢制限があったりはするが、お主らは別にすけべ目的ではなかったのじゃろ? それなら、問題なかろうよ」
「いや、そうですけど、っていうかそもそも、なんで私たちが泊まったホテルをご存知なんですか!?」

 まさか尾行でもされていたのか? だとしたら、女の恰好をしていたのもバレていたということになる。それは、非常にまずい。さっきとは違う意味で背筋が凍った。
 そんな私に先輩は「わしらの目に距離は関係ないのよ」なんて得意げな顔を見せてくれた。なにそれこわい。

「そもそも、お主が女じゃから外泊許可も出したわけじゃしのぅ」
「まぁ、そうですよ……え? 今なんて?」
「外泊許可?」
「えぇと、そうではなくて、え? え? あの、ヴァンルージュ先輩?」
「なんじゃ、急に挙動不審になりおって」

 先輩は不思議そうな顔をしているけれど、それは私の心境だ。
 バレてる? 私が女だって? ヴァンルージュ先輩に? なんで? どうして? というか、それならどうすればいいんだろ? 口止め? どうやって?
 なんでとどうしてが頭の中でぐるぐる駆け回る。そんな私をよそにヴァンルージュ先輩はきょとんとしている。

 ……ヴァンルージュ先輩が言うには、私が女だということは「見れば分かる」ということらしい。あっけからんと笑う先輩に私は肝が凍り付くような思いがした。だって、獣人族にもバレないよう匂いまで気を付けていたのに、バレてたんだよ? もう生きた心地がしなかった。
 そんな先輩だけど、気付いているのは先輩と会長くらいなものだから心配しなくていいと慰めてくれた。……信じていいのかな?

「わしらとて、お主の性を他の者に明かそうなどとは思っとらんよ」
「それなら助かります……
「マレウスもキースリンクもお主を大切に思っておるようじゃしな、お主に退学にでもなられたら困るのよ」
「そう、なんですか?」

 ティナちゃんは女同士ということもあり、お互い仲良くしてる自覚はある。けど、会長が私を? 想像がつかないのと、畏れ多いのとで複雑な気分になってしまう。目を付けられるよりはずっといいと思えばそうなんだけど。
 そんな私にヴァンルージュ先輩はにっこり笑いかけてくれた。だから、これからも会長やティナちゃんと仲良くしてほしい、と。

……もちろんです」
「くふふ、そう言うてくれると思っとったよ。……それで、話はそれだけか?」
「えぇと、もう一つ伺いたくて。会長にも同じお詫びをしようかと思ったんですけど、その、ホテルの話をしていいのかなー、と疑問に思いまして、ご意見を伺いたいんです」
「あー……

 ヴェンルージュ先輩はちょっと考えるような顔をすると「言わなくともよかろう」と頷いた。……会長にラブホの説明をしなくて済んだことにちょっとだけ安心した。さすがにね、一国の王子様にある種セクハラともいえる話をするわけにはいかないもの。よかった、本当によかった。
 話したいことはこれだけだ。話を聞いてくれたお礼と、改めてヘンなところへ連れ込んだお詫びをして、ディアソムニア寮を後にした。
 最初は隠しておこうかな、なんて思ったりもしたけれど、正直に話してすっきりした。まさか私の性別含めバレていたとは思わなかったけれど。それでも、問題にならなくてよかったと心の底からほっとした。
 すっかり軽くなった気分で、鏡舎を出る。ラウンジの開店までまだ時間はあるから、どうやって過ごそうかな、なんて考えた。