いまち
2022-06-16 17:32:53
6933文字
Public ぴよねじ
 

ED.私のお前の帰る場所

手招きしてたのはツノタロサァン。

 目が覚めるといつもの私の部屋だった。心なしか重たい身体を起こすと、ちょっとばかりだるさを覚えた。ずいぶん長い時間寝ていた気がする。だるくて、頭も重くてぼーっとしていると、部屋に入ってきたニンフが驚いた顔をして、キャーキャー騒ぎ出した。そしてそのまま大声でパパを呼びながら部屋を出ていった。
 なんだろ? よく分からないけど元気だなぁってぼんやり思った。普段であれば目が覚めるような大声だけど、だるさが勝ってしまい、私はやっぱりぼーっとしていた。
 というか、なんで私は部屋で寝てたんだろ? たしか、採取に行ったはずなんだけど。ヘンな魔法でもかけられたのかな? でも、無事っぽいからいいのかな? 私の部屋にいるってことは、助けてもらったからなんだろうし。

「ティナ!? 大丈夫か?」
「あ、パパ」

 ほどなくして、ニンフを頭に乗せたパパがノックもなしに入ってきた。勝手に入らないでって言ってるのになぁ。でも、パパの顔を見てちょっと安心した。っていうのも、ほんのつかの間だったんだけど。

「ニンフから聞いたぞ、ティナ」
「えぅ……?」

 それからパパとニンフにしっかりこってり怒られた。
 なんでも、私はイリスの寝所の、転移陣の先にある転移の門の中で倒れていたらしい。私から離れていたニンフは無事だったから、そのままカボックに帰ってパパを呼んで、私を助けに来てくれたんだそうだ。

「言っただろう、気を付けろって」
「えぅ……
「転移の門の中だったから無事だったけど。もしちょっとでも外に出てたら本当に危ないんだぞ」
「はい……
「ティナはちゃんと反省してください!」
「してるもん」

 幸い、倒れた時のかすり傷だけで大きなケガはなかったそうだ。パパがおくすりを使ってくれたから、そのかすり傷も全然残ってない。やっぱり、パパの錬金術はすごいなぁ、なんて思っちゃう。

……まぁ、ティナが拾ったハンドルでママは喜んでたんだけどな」
「え、ほんと!?」
「だからって無茶していいわけじゃないんだぞ?」
「ゴメンナサイ……
「パパさん、ティナを調子に乗らせちゃダメですよぅ?」
「ちょ、調子になんて乗らないもん!」

 ひとしきり怒られて、誉められて、またちょっと怒られて、それでも無事でよかったと最後にパパはぎゅっと抱きしめてくれた。

「じゃあ、今日はもう寝てなさい。夕飯、食べられるようならおいで」
「はーい」
「それじゃあなニンフ、ティナが逃げないようにちゃんと見張っててくれよ」
「任せてください!」
「はは。おやすみ、ティナ」
「むぅ……オヤスミナサイ」

 ドアが閉められて、パパの足音が遠ざかる。ニンフは私の枕元でやる気満々の顔をして腕を組んでいた。
 これはもう大人しく寝ているしかないかも。ニンフ、私の言うことはそうでもないけど、パパの言うことはやりすぎなくらい聞くんだよね、契約してるのは私なのに。
 さっさと寝なさいと目で訴えてくるニンフにやれやれと思いながら、もう一度お布団に包まった。まだ身体もだるいもんね、いっぱい寝て早く元気になろう。そう思って、くまのぬいぐるみを抱きながら、起きる前に見ていた面白い夢のことを考えた。

 本当に、面白い夢だった。人間に半獣人、人魚に魔物に妖精さん、それに異世界からきたという男の子。色々な種類の人たちがいる世界の、魔法の学校に通う夢だった。男の子ばかりの学校で私はカッコイイお洋服を着て、色んな種族の人たちとお勉強したり、運動したり、調合したりしていた、と、思う。夢だったものだから、思い出そうとすると途端に頭の中をすり抜けていく感じがした。それがなんだかもったいない気分にさせられた。
 けど、楽しい夢だったのは覚えている。もう一度寝れば続きを見られるかな? なんて思いながら私は眠りに就いた。

 同じ夢を見ることなく目を覚ますと、ちょうどお夕飯の時間だった。寝すぎたせいで強張った身体をほぐして、着替えて、キッチンへ向かうと珍しくママがお料理をしていた。
 声をかけると、ママは驚いたような顔をしながらも、私をぎゅうっと抱きしめてきて、心配していたと私の頭を撫でてくれた。一日中調合してるママはお薬と火薬の匂いがする。その匂いが大好きで、撫でてくれる手が気持ち良くて、嬉しくなったのもつかの間、危ない事をするなとまた怒られた。

「えぅ……ごめんなさい……
「そういうところはパパに似なくてよかったのに……具合は悪くない?」
「ん……だいじょーぶ」

 けど、すぐ優しいママに戻った。ママは「ならいいよ」とにっこり笑った。こうやって許されちゃうと、かえって悪いことをした気になる。これならパパとニンフにこってり怒られる方がマシかもしれない。
 ちょっと落ち込んでいると、お夕飯の話をしてくれた、今日は私の好物を作ってくれるらしい。かまどに乗っているフライパンには川サカナのすり身で作ったハンバーグが焼かれていて、カウンターにはハンバーグ用のランドーソースがある。見ていたらきゅうっとお腹が鳴った。

「すぐできるから、座って待ってて」
「はぁい」

 それからお夕飯ができて、パパと、ママと、お兄ちゃんとみんなで食べた。
 食べ終わって食器を洗おうとすると、ママに早めに寝なさいと言われた。こんなになんでもやってもらうんじゃ、病み上がりみたいな扱いかも。実際、近いところではあるかもだけど。だから、眠くはないけど部屋に戻った。
 身体のだるさはとれたし、むしろ動きたい気分なんだけど。でも、今日一日いっぱい心配かけちゃったみたいだし、ここは素直に言うことを聞いておこう。そう思ってパジャマに着替えてベッドで横になった。
 けど、眠くはないからなんだか落ちつかない。なんかしようかなぁと思っても、ニンフは相変わらずじぃっと私を監視してるからどうにもやりづらい。
 勝手にウロウロする気はないって言ってるんだけどな。転がりながら、変わり映えのしない部屋を見回す。クローゼットがあって、本棚があって、整理棚があって、ママが作ってくれたぬいぐるみがあって、机がある。
 なんとはなしに見ていると、机の上に見慣れないものがあることに気が付いた。何かと思って手に取ると、キレイな緑色の宝石が付いた万年筆と、黒いラインが入った緑色のシワシワになったリボンだった。机にはあったけど、私のものではない。なんだろ?

「ねぇニンフ、これなぁに?」
「知りませんよぅ。ティナを助けた時、持ってたんですから」
「そなの?」
「拾ったんじゃないですか? あそこにはオタカラも結構あるってウワサがあるでしょう?」
「そうだけど……

 こんな目立つ物、拾ったら覚えてると思うんだけどな。でも、ニンフもあぁ言ってるし、そうなんだろう。気絶する前後のことなんてそうそう覚えてるものじゃないもんね。
 なんとなく納得して万年筆とリボンを見ていると、急に眠たくなってきた。やっぱり疲れてるのかもしれない。これのことはまた明日考えることにして、今日はもう寝ちゃおうかな。お布団を被って、ランプの灯を落とした。

 カーテンから漏れた朝日が眩しくて、寝てられなくて身体を起こす。昨日は失敗しちゃったな、なんて思いながら、封印球を枕にして寝てるニンフを起こさないように身支度を済ませる。着替えて、机の上に置いてるポーチを取ろうとして、一瞬、違和感を覚えた。何か忘れてる気がする。
 机の上には採取用のポーチ、ランプ、筆記用具、ゼッテルで作ったノート、魔技術の本、ちっちゃいぬいぐるみ、採取の時に拾ったキレイな石……いつも通りの私の机だ、何かなくなってるとかそういうのはない。だったら気のせいかも、昨日ヘンなことになったみたいだし、ちょっと頭が混乱してるのかも。
 それよりも、早く朝ごはんを食べてお仕事に行かないとだよね。昨日のことがあったから、さすがに一人で採取に行くのはダメって言われそうだなぁ、ってちょっとへこみながら部屋を出た。

 居間に向かうとパパが朝ごはんの支度をしていた。ママはいないからお店の準備をしてるのかな。

「パパ、おはよー」
「あぁ、おはよう」

 声をかけるといつも通りのパパだった、もう怒ったりはしてないみたい。身体は大丈夫か聞かれたから、元気いっぱいだと伝えると、ほっとしたような顔をした。ほんとに心配性だなって、ちょっと笑っちゃった。
 やることもないからパパのお手伝いをして、そうしているうちにお店の支度を済ませたママも戻ってきて、みんなで朝ごはんにする。食べながら今日はどうするかの話をした。
 なんとなく、もう一度イリスの寝所に行きたいと思ってそれを伝えると、二人とも少しだけイヤそうな顔をした。そりゃあ、昨日あんなことがあったから、そうなるよね。だから、パパと一緒に行くことになった。なんでも、あそこにある転移陣についてきちんと教えてくれる、らしい。

「本当はティナがもう少し大人になってから教えようと思ってたんだけどな」
「なんで?」
「色々あったんだよ」
「っていうと?」
……。ごはんを食べながらする話じゃないよ」

 そう言ってパパは悲しそうに目を伏せた。色々ってなんだろ? 気になるけど、パパのそんな顔を見て深入りする気にはなれなかった。そんな顔をされたら、私も悲しくなっちゃう。
 それから重たい気持ちで朝ごはんを食べて、出かける準備をして、パパとイリスの寝所へ向かった。

 転移陣は昨日と変わらず、うねるように二重の円を描いている。そこでパパは昔ここで時のマナが力を使った話をしてくれた。けど、私はパパの話よりも転移陣が気になった。なんだか昨日と違う感じがする。
(あんなの、あったかなぁ?)
 緑色の回り続ける二重の円、見慣れた転移陣のその中に、緑色の炎が灯っている。何度もここにきているけど、あんなものは見たことがない。けど、その炎には心なしが覚えがあるような気がした。

……って、ティナ、聞いてるのか?」
……
「ティナ?」

 炎の中に何かが浮かぶ。霧のようにぼやけた白い影だ。見ているとだんだん形がはっきりしてきた。
 目を凝らして炎の中のものを見る、それは手のようだった。男の人のような、少し骨ばった張りのある手。黒い爪が妙に印象深くて、少し懐かしい感じがした。手の影がはっきりするのに合わせるように、強い力が炎の中から溢れてきた。何かと思いながら隣を見ると、パパは険しい顔をしている。

「ティナ、下がるんだ」

 炎の中の手は手招きをしているようだった。

 私を呼んでる?
 それなら、行かないと。

「ティナ!?」

 焦るようなパパの声を背中に聞きながら私は転移陣に飛び込んだ。

 飛び込んだ先は転移の門だった。小さな転移陣と空間を安定させるための源素の塊が配置されている。危ないところだと聞いてはいたけれど、見た感じは他の門と変わりない。転移の門自体、結界みたいなもので魔物の気配を感じないのは当たり前なんだけど。でも、どことなく気分が悪くなるものを感じる。この外には何があるんだろう?

「ティーナぁ?」
「うえ?」

 振り返るとものすごく怖い顔をしたパパがいた。いけない、昨日の今日でこれはまずい。

「パパの言う事は聞きなさい」
……ゴメンナサイ」
「まったく、誰に似たんだよ」
「パパに似てるってママが言ってるよ」
……ならしょうがないな」

 ママを出してパパのほっぺがちょっと緩む。よし、おっけー。これ以上のお説教はなさそうだとほっとすると、パパは難しい顔をした。

「この先は本当に危険で行かせられないから、ここで話すよ。いいな?」
「うん」
「ここはカボックから南東にある島なんだ。何百年も前は『闇の島』って呼ばれてたらしいな。うーんと昔、ここは錬金術士の研究所だったらしい」

 パパの長い長いお話を要約すると、その錬金術士はあまりいい人ではなかったようで、言ってしまえば世界を滅ぼすような研究をしていたらしい。その研究、そこから起きた事件のせいで闇の島は封印されていたんだけど、百年くらい前にその封印を解いた錬金術士がいたんだそうだ。
 話しているうちにパパの顔が悲しそうに曇った。その錬金術士はマナの研究をしていて、口には出せないようなひどいことをしていたのだという。その話を聞いて、何かが心に引っ掛かった。

……その人、マナをたくさん殺したの?」

 パパは少し驚いたような顔をして、そうだと頷いた。パパがそう言うのならそうなんだろう。でも、なんで私はそんなことを思ったんだろ? 分からないけど誰かに聞かれた気がする。誰だろう、思い出せない。
 思い出そうとして、もう一つ頭にひっかかってきた。

「ね、パパ。その人の研究と私の杖って、関係ある?」

 聞くとパパはさらに顔をひきつらせた。
 やっぱりそうなんだ。でも、パパがそんなマナをいじめるような研究をしたとは思えない。そもそもパパは百歳を超えるような歳じゃないし、元々は西の方に住んでいたっていうから、ここで研究をしていたはずはない。そう思いたい。

……。あるよ」

 頷くパパを見て、目の前が真っ暗になった気がした。ママのお尻に敷かれてるようなパパがそんなひどいことをするわけがない。そうは思うけど、でも、とも思ってしまう。
 この世界に錬金術士はほとんどいない。
 その中でもパパは特別な才能を持った錬金術士だと、パパのお友達のおばあちゃんが教えてくれた。パパの才能があればなんでもできる、と。パパの持つ才能と、かつてあったという事件が私の中で結びついてしまう。でも、やっぱり、パパのことは信じたい。考えるうちに、胸が苦しくなってきた。視界が滲む。イヤだ、イヤだ、パパがそんなひどい人なわけがない。

「な……んで」
「ちょ、ティナ、なんか勘違いしてないか!?」
「だ、だって……パパがそんなこと……
「待て待て待て! オレがそんな研究をするわけがないだろ!!」
「で、でも私の杖……
「違うって! ほら、落ち着いて」

 パパは焦った顔をしながらも私の背中をそっとさすってくれた。大きな、温かい手。撫でられるとつい安心してしまう。しばらくそうしていると、どうにか落ち着いた。
 そして、改めて私の杖について教えてくれた。私が言った通り、私の杖にはかつてそのひどい研究結果の一部が使われているのだという。一部と言っても人間でいう所の髪の毛みたいなものらしい。その時もパパは「なんかすごそうな素材」だと思ってあまり考えないで拾ってきたそうだ。それをママが調合に使って今持ってる私の杖になった、ということだった。

「ほんとに? ウソついてない?」
「つくわけないだろ。なんなら、ポポに聞いてみるか?」
……ポポちゃんが知ってるなら、いい」

 パパが赤ちゃんの頃から一緒にいるという木のマナ、ポポちゃん。あの子が知ってるならウソじゃないんだろう。それもそうだ、マナにひどいことをするような錬金術士なら、マナたちもあんなにパパに懐いたりするはずないもんね。パパがひどい錬金術士じゃなくて、ママも悪い魔技師じゃなくて、心の底からほっとした。
 ほっとしたら、なんでそんな疑問が湧いたのかと不思議になった。
 誰かにそんなことを聞かれた気がするんだけど、いつ、どこで、誰にそんなことを聞かれたのか覚えはない。なんとも変で、けど不思議と嫌な感じはしない。それどころか、蟠りが解けた気分になった。

 それから、パパは私がもう少し大人になって、きちんと知りたかったら詳しく話を聞かせてくれると言ってくれた。けど、どうだろう。さらっと聞いただけだと、とても残酷な話のようだし、正直あまり聞きたくない。
 でも、錬金術士として過去の事件はひとつの教訓として知っておくべき、とも思う。答えに迷っていると、パパは「知りたくなったらいつでも聞いていいからな」とちょっと寂しそうに私の頭を撫でてくれた。

「ところで、なんでいきなり飛び込んだんだ?」
「えっ?」
「イリスの寝所でだよ。急に走り出したから驚いたぞ」
「そーだっけ?」
「お前なぁ……

 たしかに、なんか呼ばれてるような気がした。そんなわけないのに。昨日十分休んだつもりだけど、まだ昨日倒れた影響が残ってるのかも。だとしたら、今日もゆっくり休んだ方がいいかもしれない。
 帰る間際、一度だけ振り返ってイリスの寝所の転移陣を見た。いつも通り、二重の円がぐるぐる回っている。変なものを見たような気がするけど、気のせいだったようだ。ちょっとだけほっとすると何故か涙がこぼれてきた。怖いお話を聞いたせいかな? 不安になって、こっそりパパのマントの端を握って家に帰った。ママと、お兄ちゃんが待ってる家に。私は今までもこれからもここにいる。そんな当たり前のことが妙に胸に沁みた。