いまち
2022-06-16 12:37:40
13552文字
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3話・ティナとねじれた魔法学校・後編


 何回かの休憩を挟んで、この学校の話とか授業の受け方とかの話を聞いていると、ちょっと長い鐘の音が聞こえてきた。どうやら昼休憩の時間らしい。
 みんなが教室から出ていく中、セベクくんは相変わらず難しそうな顔をしながら板を眺めていた。そして、板をしまうと「リリア様がお待ちだ」と席を立って教室を出て行った。……ついて来いってことでいいんだよね? そう思うことにして、私も後を追いかけた。

 人混みの中、やたらと足の早いセベクくんの後について行った先では、たくさんの人がごったがえしていた。
 広いホールに長机と椅子が並んでいて、美味しそうなお料理がたくさん並んでいる。ここがリリアさんが言ってた食堂なんだろうね。席はどこもぎゅうぎゅうになってるみたいだけど、座るとこ、あるかなぁ?
 セベクくんはリリアさんが待ってるって言ってたけど、辺りを見回しても人が多すぎて見つけられない。どこにいるんだろう。リリアさん、あまり背が高くないから見つけ辛いかも。
 いつまでも入口近くにいたら邪魔になっちゃうから、壁際に寄ってリリアさんを探すけど、見つけられない。どこにいるんだろ、って溢しながらセベクくんと探していると、ふいに目の前が暗くなった。

「おお、セベクにキースリンク、ちゃんと来られたか」
「リリア様!」
「うえぇ⁉」

 どこから来たのかリリアさんが上から降りて? 落ちて? きた。昨日もだけど、急に出てくるのはびっくりしちゃう。リリアさんは驚く私たちを気にするでもなく、うんうん頷くとセベクくんに笑いかけた。

「ご苦労だった、セベク。午後まではこやつのことはわしが預かろう。お主は好きにするといい」
「はっ!」

 短く答えると、セベクくんは薄い板を片手に、やたら嬉しそうな足取りで食堂を出て行った。あの板、ほんとなんなんだろ。
 不思議に思いながらセベクくんの後ろ姿を眺めていると、リリアさんが大きなトレイを私の前に出した。受け取るとリリアさんは「キースリンクはわしとランチじゃ」と楽しげに笑った。

「えと、はい」
「よしよし。ではここの使い方を教えてしんぜよう。心して聞くがよい」
「はい、よろしくお願いします!」

 ここではタダでご飯を食べられるとは今朝聞いたけど、正直よく分からないんだよね。今朝の説明だとお金がかかるものもあるそうだから、並んでるお料理は何でも食べていいわけじゃないんだろうなというのは想像できた。
 リリアさんは咳払いをひとつすると、にぃっと笑って、大きく手を振り払った。

「そこらにある料理を好きに取って食べる。以上」
「はい! ……へ?」
「まぁ、スペシャルランチなんかは有料じゃがな、そういう物はそこの券売機で食券を買うて、向こうのカウンターに持って行けばよい」

 そう言ってリリアさんが指さしたのは大きな金属製の箱と、ニコニコしているユーレイがいるカウンター。「けんばいき」とか「しょっけん」ってなんだろ。大きな箱に近付いて見ると、表面には透明な板が並んでいて、お料理の名前らしい単語と数字が書かれている。下の方には何かを入れるような窪みがあって……なるほど、全然分からない。

「あの、何ですか? コレ」
「おぉ、お主の世界に自販機はないか?」
「えっと、見た事も聞いた事もないです」
「ではそれも教えるか。よぅく見るんじゃよ」

 リリアさんはくふくふ笑って「けんばいき」にある小さな穴にお金を入れた。すると、透明な板が一斉に光り出して、リリアさんはその中の一つに触る。それから、聞きなれない音と共に小さな紙切れがくぼみに落ちてきた。
 ……どういう仕組みなんだろ、これ。不思議に思ってると、リリアさんは続けて「釣りはこうして出す」と、お金を入れた穴のそばにあったレバーを捻った。すると、今度は小さな窪みからお金が出てきた。なるほど、全然分からない。

「どうじゃ?」
「えぇと……ごめんなさい、よく分からないです」
「まぁ、いずれ分かろう。そら、これはわしのおごりよ、そこのゴーストにこれを渡して、受け取ってくるといい」
「え? あ、はい。ありがとうございます?」

 リリアさんから「カフェラテ・加糖」と書かれた紙切れを受け取って、言われた通り、カウンターにいるユーレイさんに渡す。ユーレイさんに「お待ちくださぁい」とのんびりした声で言われたから、その場で待った。人が多いからリリアさんを見失わないよう、何度か確認しながら。
 ほどなくして「お待ちどうさまぁ」と出てきたのはミルク入りのコーヒーだった。こぼれないようにかな? 蓋をつけてもらったカップを受け取ってリリアさんの所に戻った。

「もらってきました。これでいいんですか?」
「よしよし、使い方は覚えたな」
「えと、たぶん」

 「けんばいき」にお金を入れて、欲しいお料理のところを触るとさっきの紙切れが出るから、その紙切れとお料理とかを交換する……ってことでいいのかな? 合っているかリリアさんに聞いてみると「バッチリじゃな」とにっこり笑ってくれた。
 それなら、お料理の名前のところにある数字は値段かな。なんだか面白い仕組みだ。これがあったら注文の聞き間違えとか、食い逃げの心配とかしなくていいかも。カボックに帰ったら、おじいちゃんのお店でも似たような仕組みができないか、考えてみるのもいいかもしれない。

「よし、では料理を取るか」
「はい!」
「よいか、ここは飢えた獣で溢れておる、心してかかるのじゃよ」
「獣、ですか……

 なんで食堂がそんなに物騒なんだろ。ちょっぴり驚いて辺りを見ると、たしかにお腹を空かせて気が立っているであろう子たちがわんさかいた。そしてリリアさんの言う通り、獣のような耳を生やした人もいる。……幻獣、とは違うよね。人と獣のハーフとか? よく分からないや。とりあえず、そういう人たちに気を付けてかかればいいのかな? そう思うことにしておこう。

「えっと、気を付けます」
「よしよし。では、取り終えたらあの辺りまで来るように、よいな?」

 リリアさんが指さしたのはお食事用のテーブルであろう並びの中で、一段と高いところにある席だった。他の席はぎゅうぎゅうになっているのに、そこの席だけは空いていてなんだか特別な感じがした。

「はい、分かりました」
「では、散開!」

 言うが早いか、リリアさんはまた姿を消した。こういう人が多いところだと便利そうだよね、あの魔法。
 人がぎゅうぎゅうになっている所に混ざるのはちょっと不安だけど、お昼ごはんのため、私も人だかりへ向かった。

「むぐ……うわわっ!」

 けど、なかなかどうして厳しかった。
 お料理の周りには人がたくさんいて、並ぼうにも列らしいものはない、ならばと人の間を通ろうとするも、おっきい人たちばかりで入り込めない。どうにか潜り込めても、お料理を取る前に弾き出されてしまう。これの繰り返し。
 悲しいかな、今の私には目の前で減っていくハンバーグの山を眺めていることしかできなかった。
 どうにかして入れないか考えていると、今朝のリリアさんの「困った時は誰かに頼るといい」の言葉を思い出した。通してくださいって頼んだら行けるかもしれない、そう思って目の前にいる一段と背の高い男の子に頼んでみることにした。

「あ、あのぅ……
「アァン?」

 ものすごく睨まれてしまった。しかもよりにもよって獣のような耳を生やしている子だ。怖い、でもハンバーグのために思い切ってお願いしてみた。

「えと、ハンバーグが欲しいので通してもらえませんか?」
「あンだテメっ……あ?」

 吠えるような大声にちょっとびっくりした。けど、セベクくんほどじゃないからまだマシかも。睨まれるのはちょっと怖いけど。でも、この感じだと通してもらえそうにない、怒らせちゃったのは謝って別の人にお願いしよう。そう思っていると、目の前にハンバーグが乗ったお皿が突き出された。

「へ?」
……ってけ」
「えと……
「それ持ってとっとと失せろ!」
「は、はいぃ! ありがとうございます!」

 怒鳴られたのには驚いたけど、ハンバーグをとってくれたから、そんなに悪い人じゃなかったのかも? とりあえず、お料理を取りたかったらお願いすればいいんだね。よし、次だ。
 それから通してもらったり、とってもらったりしてお昼ごはんを揃えた。ハンバーグにエビフライをひとつ、トマトのスパゲティに、ロールパンをふたつ、それと玉ねぎのスープ。ちょっと取りすぎちゃったかも、でも、昨日からずぅっとお腹は空いてるし、これくらい食べてもいいよね。
(あ、お野菜)
 空腹に任せて選んでいたら、お肉や小麦粉ものばかりになっていた。こんな食べ方をしたらママに怒られちゃう。スープだけじゃ足りないからサラダとか果物とかも食べないとだよね。
 どこにあるかなぁと見回すと、お野菜や果物が並んでいるのが目に付いた。こっちとは違って、その一帯にいるのはキレイな人たちばかり。そのせいか、妙な迫力があって近寄りがたい。でも、行かないと取れないもんね。
 ちょっと緊張しながらお野菜のコーナーに近付いて、サラダを盛り付けるためのお皿をとろうと手を伸ばすと、横から伸びて来た手に遮られた。なにかと思って手が伸びて来た方を見ると、やたらとお化粧の濃い男の子がじとっと私を睨んでいた。

「なんだね君は、きちんと順番を守りたまえ!」
「ご、ごめんなさい」

 早速怒られてしまった。みんな好き好きにとってるようだったから気付かなかったけど、並び順なんてあったんだ。だとしたら、今までずっと横入りしていたってことなのかな? 次からは気を付けないと。順番があるならちゃんと並ばないとだもんね……とは思ったけど、並んでるらしい列が見当たらない。困った。

「お困りかい、マドモアゼル」
「ぴえっ!?」
「副寮長……

 突然後ろから声をかけられて驚いた。見ると、部屋の中なのに立派な羽根飾りのついた帽子を被った男の人が、ニコニコ笑って立っていた。この人もとてもキレイな顔だった。そのわりにかなり体格がよくて、それがなんだかちぐはぐに感じた。

「えと、サラダが欲しいんですけど、どこに並べばいいのかなって」
「並び順なんてないよ、好きに取りたまえ」
「え、そうなんですか?」

 でも順番を守れって言われたよね。そう思って注意してきた子を見ると、目を逸らされた。なんなんだろ。

「ウィ。もちろん、横取りなんてするのはいけないけれどね」
「横取りはしないです」
「ならよかった。どれ、私が取ってあげよう、何をご所望だい?」
「えと――

 よく分からないけど、親切な人にお願いして、キャベツとトウモロコシとにんじんのサラダを盛り付けてもらった。レタスよりキャベツの方が食べ応えがあって好きなんだよね。ドレッシング代わりに海藻の塩漬けをかけてもらって受け取った。

「ありがとうございます。えと……
「ドゥリャン。私はルーク・ハント、ポムフィオーレの副寮長をしているんだ。気軽に『愛の狩人』と呼んでくれたまえ」
「えぇと、ルークさん、ですね。私は――
「噂には聞いているよ。この学び舎に迷い込んだ愛らしい雛鳥、ティナ・キースリンクくんだね」
「雛……えと、はい」

 なんでひよこなんだろ? よく分からないでいると、ルークさんはうやうやしくお辞儀をして「困りごとがあったらいつでも頼ってくれたまえ」と眩しい笑顔を見せて去っていった。なんだか面白い……というか変わった人かも。
 でも親切にしてもらえたのは嬉しかった。副寮長さんって言ってたし、リリアさんみたいに面倒見がいい人なのかも。

 そうして、なんとかお昼ごはんを手に入れて、先に言われていた席の方に向かうと、卵のサンドイッチと真っ赤な……トマトジュースかな? をトレイに乗せたリリアさんが待っていた。

「えと、お待たせしました」
「うむうむ、しかと調達できたようじゃな」
「はい、おかげ様で」
「くふふ、では昼食とするか」

 「こっちじゃよ」と奥の席に向かうリリアさんの後に着いて階段を上る。近付いてみると、やっぱりこっちの席は下の方のテーブルと比べて人が少ないようだった。向こうでは席を探してるらしい人がちらほらいるけど、その人たちはこっちで食べないのかな? そんなことをなんとはなしに思いながらリリアさんとテーブルについた。

「結構な量じゃな、それを一人で食べる気か?」
「えぅ……昨日からあまり食べてないからお腹が空いてたんです!」
「良く食べ良く眠る、子はそうでなくてはな。健康的で何よりじゃ」

 おじいちゃんみたいなことを言ってリリアさんはまたくふくふ笑った。
 正直、自分でもちょっと取りすぎたかな? とは思う。それを改めて指摘されるとちょっと恥ずかしい、かも。いやいや、恥ずかしがっててもお腹は膨れないもんね。いっぱい食べて、いっぱいお勉強して、一日でも早くカボックに帰らないとだもんね。
 そう自分に言い聞かせてリリアさんとお昼ごはんを食べた。

 お昼ごはんを食べながら、どこかにユウくんの姿がないか探した。
 昨日の学園長さんのお話によると、ユウくんは私みたいに寮には入れないとかで、とても困っているようだった。寮に入れないとなると、寝泊まりとかどうするんだろう。ちゃんと寝るところはあるのかな? ご飯は食べられているのかな? 私だって本当は人の心配をしてる場合じゃないんだけど、それはそれ。
 異世界から喚び出された者同士、助け合いとかできたらって思うもん。だから、目を凝らして探してみるものの、人が多すぎてユウくんの姿は見つけられない。

「なんじゃ、なんぞ探しておるのか?」
「えっと、お友達を……でもいないみたいです」
「おぉ、もう友ができたか」
「えっと、はい。一応」

 お友達と言っていいのか分からないけど、とりあずそういうことにしておいた。……それにしても、本当に人が多い。リリアさんも下の方を見て、やれやれとため息をついた。

「こうも人が多くば探すのも骨じゃのう」
「そですね。みんなもこっちの席に来ればいいのに」
「そうもいかぬよ」
「へ?」

 リリアさんが言うにはここはディアソムニア生の特等席らしい。なるほど、だから同じ腕章をつけてる人しかいないのか。

「そうは言うても、必ずしもここで食べねばならぬことはない。友と食事をしたいのであれば、向こうでも中庭でも、好きな所で食べるとよいよ」
「えぇと、わかりました」

 リリアさんはそう言ってくれたけど、それよりも特等席が用意されるってどういうことなんだろう。もしかして、私とんでもない所に入っちゃったのかな? というか、そもそも寮っていくつあるんだろう。気になったし、これからのここで暮らすなら知ってた方がいいかもだから、聞いてみた。

「グレートセブンにちなんで7寮ある」
「グレートセブン……?」

 ってなんだろう。
 わからないけど、なんだか凄そうな響きだ。聞き返すと、リリアさんは「やはり知らぬか」と小さくかぶりを振った。

「校舎に来るまでに7体の石像があったじゃろ?」
「石像……はい、たしか」

 ちゃんとは見てなかったけど、ぼんやりとそれっぽい物を見た覚えがあった。あの像の人たちがそのグレートセブン、ってことかな。あんな像になるくらいだから、歴史上のえらい人とかそういうのなんだろう。
 ……動物の像もあったような気がするけど、あれもなのかな? どんな像が並んでいたか思い出そうとしていると、リリアさんが続けた。

「グレートセブンについてはかの像に説明があるから、放課後にでも見るといい」
「えぇと、そうします」
「それで、寮だったな。入学式で魂の選別を行ったろう? そこでかの者らの精神に近い資質の寮に割り当てられるのよ。そういった分け方をするせいか、寮ごとに似た質の者が集まるようになっておるな」

 なるほど。ということは、私はリリアさんやセベクくんと似たようなところがあるから、この寮になったのか。どこが似てるかなんて全然思い付かないけど。

「んー……よく分からないです」
「正直じゃのう。よしよし、では詳しく教えてしんぜよう。そら、カフェラテも飲むといい」
「えと、お願いします」

 もうお料理は食べ終えていた。結構な量を取ったつもりだったけど、なんならもっと食べられそう。でも、食べ過ぎちゃうと後で眠くなるから、これくらいがちょうどいいんだけどね。
 リリアさんに買ってもらったコーヒーの蓋を開けると、ふんわりといい香りが立ち上った。カップにも魔法がかかってるのかな? 買ってから結構時間が経ったけど全然冷めてない。
 火傷しないように少しずつ飲みながら、リリアさんから寮の説明を聞いた。さっき言ってたグレートセブンそれぞれの精神に基づいた寮、そこにどういう人たちがいるのか。

 まずは厳格な精神のハーツラビュル。厳格な精神というだけあって、寮内の決まりごとはとても多い。決まりで月に何度かパーティをしているらしい。そのせいか、厳格な精神というわりに明るくて、パーティーのお料理も寮の人たちで用意する関係で、お料理上手な人が多いのだそう。

 不屈の精神のサバナクロー。たいーくかいけい? 体格が良くて運動が得意な人や獣人族が多いらしい。さっきハンバーグをくれた人も、それっぽい耳が生えてたからそうなのかな? ついでに血の気が多い人ばかりだから、刺激しないよう言われた。ケンカはやだもんね、気を付けよう。

 慈悲の精神のオクタヴィネル。慈悲のなんていうだけあり、お勉強が得意で優しい人が多い……とリリアさんは言ったけれど「あまり近付かない方がいいかもしれぬな」とも言って苦笑いした。優しい人が集まるとこなのに、近付かない方がいいってどういうことだろ? 私たちの寮と仲が悪いのかな?

 熟慮の精神のスカラビア。賢い人が多い寮。……私はお勉強はあまり得意じゃないから、ここに選ばれなかったのは納得できるかも。元々は静かな寮だったけど、今の寮長さんが賑やかな人らしく、よくお客さんを呼んではパーティをしているのだそうだ。リリアさんも寮長さんとは仲がいいそうで今度ぶかつ? に遊びにおいでと誘ってもらった。

 奮励の精神のポムフィオーレ。美容にこだわりがあったりお薬作りが得意な人が多い。さっき会ったルークさんもここだって言ってたっけ、確かにすごくキレイだったもんね。お薬作りが得意なら、ママみたいな人が多いのかな?

 勤勉な精神のイグニハイド。いわゆる職人気質の人たちが集まる寮で、あまり人付き合いをしたがらなくて、仲間うちで研究をしていることが多いらしい。そのせいかな、食堂の中でもイグニハイドの人はほとんど見当たらない。

 そして、高尚な精神のディアソムニア。優秀で家柄のいい人たちが選ばれるらしい。……そう説明されて、私がどうしてこの寮に振られたの余計に分からなくなった。パパとママの技術はすごいけど、私はどうかと聞かれれば、二人には遠く及ばない。家だってお金持ちなんてことはない普通のおうちだ。

「なんで私、ここにいるんでしょう?」
「そりゃあディアソムニアに振られたからじゃろ」
「その理由が分からないんです。家だって、普通のおうちですし」
「お主には特別な才がある、そういうことじゃろうて」
「余計分からないですよぅ……

 口調は穏やかなものだけど、リリアさんの目は不思議と笑っていない。もしかして、余計な気を使わせちゃったのかも。でも、本当に心当たりがないんだよね。だからって、どこに振られたら納得できるのか聞かれても困るんだけど。
 リリアさんとお話しをしているうちに、辺りも静かになってきた。見るとぎゅうぎゅうだった席もずいぶんと空いてきたようだ。みんなご飯を食べ終わって出て行ったんだろう。コーヒーも飲み終わったし、私も教室に戻ろうかな。

「リリアさん、コーヒーごちそうさまでした」
「どういたしましてよ。そろそろ教室に戻るか?」
「そですね、そうします。あの、食器とかはどうすればいいんですか?」
「うむ、では一緒に出るか、教室まで送ろう」
「大丈夫ですよ、場所は覚えてるので」

 さすがにそこまで面倒をかけられない。そう思ってお断りしても、リリアさんは「遠慮するでない」と引かなかった。私の面倒を見るのも仕事なんて言ってたけど、ここまでだとちょっと過保護な気もする。けど、あまり邪険にするのも良くないよね。それならとお言葉に甘えることにして、使った食器を下げて、教室まで送ってもらった。
 教室を覗くと、戻ってきている子はまばらで、セベクくんもまだ戻ってない。食堂にいなかったけど、さすがにご飯は食べてるはずだよね。どこでお昼を食べてるんだろ?

「すみません、わざわざ」
「遠慮はいらぬと言うに。午後も頑張るのじゃよ」
「はい、ありがとうございます!」
「では、また放課後に。迎えに来るから大人しく待っているんじゃよ」

 ひらひらと手を振って、リリアさんは去って行った。
 やることもないから席に着いて、ぼーっとすることにした。せっかくだし、他の子たちとお話のひとつでもしたいけど、声をかけようとしても、よそよそしく避けられてしまった。
 異世界の人間ってだけでそんなに怖いのかな? そう思われてるなら心外だなぁ。相も変わらぬ疎外感を感じながら、長い休憩時間が終わるのをじぃっと待った。

 結局、誰とお話することもなく、早く時間が過ぎてくれないかな、なんて思いながら座っていると、セベクくんが戻ってきた。休憩中に何があったのかは知らないけど、あからさまに機嫌が良さそうな笑顔だ。セベクくんは誰かとおしゃべりする気はないようで、教室に入ってそのまま休憩前と同じ、私の隣に座った。

「おかえり」
「むっ……あぁ」

 一応と思って声をかけるも、途端にご機嫌な色が吹き飛んで、いつもの難しい顔に戻ってしまった。やっぱり嫌われてるのかな、改めてそう思わされて、ちょっと落ち込んだ。
 それからほどなくして鐘が鳴って、また先生が来た。一年間の行事予定のお話とか、明日からの授業で使う教科書を配って、とかなんとかしているうちに今日のお話と、やることは終わりだと告げられた。

 先生が教室を出て行くと、他の子たちも次々と出て行った。みんなカバンを持っていて、その中に教科書を入れて持って帰っているみたいだった。私は私でカバンなんて持ってないから、そのまま手で持って帰るしかない。けど、一冊一冊は厚くて、それが何冊もある。一人で持っていくというのは難しそうだった。
 セベクくんに手伝ってもらえたら……なんてちょっとだけ思ったけど、当のセベクくんは荷物をまとめて出て行った後だ。かといって他の子にお願いしようにも、相変わらず目が合っただけで避けられてしまう。となるとやっぱり、諦めて自力で部屋まで持って行くしかない。
 とはいえ、一度に持てる量じゃないから、何回かに分けて運べばいいかな。名前は書いてあるから、置きっぱなしにしたところで誰かに持っていかれたりなんてないだろうし。
  リリアさんからは「教室で待っているように」って言われてたけど、先に寮に教科書を置きに行こうかな。言う事を聞かないようで悪いけど、さすがにこんなにたくさんの本を持ってお買い物はできないもんね。一応、書き置きとかしておいた方がいいかな? そう思って、どこかに紙はないか探そうとすると、妙な気配と話し声がしていることに気が付いた。
 この教室にいた子たちはみんな出て行ったから、今ここには私一人しかいないはずだ。一瞬ユーレイさんかと思ったけど、ユーレイよりはずっと存在感がある。そして、こういった気配にはすごく覚えがあった。その気配がなんなのか、頭の中で言葉にするより先に、声の方に目が向いた。

 目を向けた先では、火のマナと風のマナが私を見ながら楽しそうにお喋りをしていた。

 世界が変わればマナの姿も変わるのかも。見慣れない姿だけど、その子たちは間違いなくマナだった。源素の力を扱える純然たる力を持った精霊。ここに来たときからずっとその気配はあるものの、姿は見えないものだからずっと気にはなっていた。それがこうして姿を確認できて、すごく胸が沸き立つのを感じる。

「あ、あの、えと」
「見つかっちゃった」
「勘のいい子だね、キライじゃないよ」
「そりゃあ、お喋りしてたら分かりますよぅ……

 くすくす笑ってたマナたちは驚いたような顔首を傾げた。
 なんだろ、まさかマナにまでヘンなの扱いされるのかな。さすがにマナにまでそんな扱いされたらイヤかも。そう考える私をよそに、マナたちは顔を見合わせると、ぱぁっと明るい笑顔を見せた

「まぁ、あなた私たちの言葉が分かるの?」
「鈴は持ってないみたい」
「でも人間だわ」
「ヘンなの」

 早速ヘンなんて言われちゃった。それより言葉が分かるとか鈴とか、どういう意味だろう?

「えと、普通にお話ししてるじゃないですか……うえぇ!?」

 喋ってる途中なのに、マナたちは私の髪や服をいじり出した。なんて勝手なマナなんだ。ここまでお行儀が悪い子は見た事ない。驚いてなにもできないでいると、マナたちはそっと離れ、少し嬉しそうな顔を見せた。

「匂いがする」
「水の妖精の匂い」
「あなたは、だぁれ?」
「え? えと、ティナ・キースリンクです。……匂いってなんですか?」
「ティナ、あなた水の妖精と契りを結んでいたの?」
「ちぎり……あ、はい。契約してました」

 水の妖精、多分元々契約していたニンフのことだ。
 考えることが多すぎて忘れてたけど、遺跡に置いてけぼりにしちゃったニンフは大丈夫かな。せめておうちに帰ってくれてたらいいんだけど。考えていたら少し気持ちが沈んできた。

「えと、ここに来た時に離れ離れになっちゃって……大事なお友達だったんですけど」
「離れ離れなんてかわいそう」
「えぅ……ありがとうございます。あの、あなたたちは火と風のマナ、ですよねぇ?」

 見た目が違うからちょっと不安だけど、火と風の力を感じるから合ってるはずだ。マナたちは顔を見合わせるとかぶりを振って、いたずらっぽく笑いかけてきた。

「マナ?」
「私たちは妖精よ、ティナの言う通り、火と風の」
「マナなんて、聞いたことないわ」

  そう言って、マナこと妖精さんたちは楽しげに笑った。この子たちはそうは言うけど、感じる力は間違いなくマナのものだ。だとしたら、呼び方が違うのかな。

「えと、火の妖精さんと風の妖精さん、ですねぇ?」
「そうよ」
「私たち、ここでお仕事をしてるの」
「お仕事ですか?」
「ティナたちが寒くないように、暑くないように、過ごしやすいようにするの」
「ティナたちのご飯を作るためのを火を起こすの」
「他にもいるわ、ぜひ仲良くしてね」

 そう言ってまた妖精さんたちは笑った。聞いてるとかわいい笑い声だ、かわいい声のことを「鈴を転がすような」なんて例えがあるけど、まさにそんな感じ。私もつられて笑ってしまう。

「はい、よろしくお願いします。それにしても、お仕事なんてするんですねぇ」

 マナに仕事をさせるってすごいなぁ。パパは火のマナとも契約してたけど、お料理をする時は普通に火を起こしていた。うちにいた火のマナ、元気が良すぎるからお料理には向かないんだよね。お魚を焼くのを手伝って貰ったら、かまどを焦がしただけで、うまくお料理はできなかった……なんてこともあったし。それを思うとお料理用に火を調整できるこの火の妖精さんはすごいのかも。

「そういう契りなの」
「居心地のいい魔力をくれるからお手伝いするの」
「ティナの側も居心地がいいわ」
「本当に、面白い子」
「えと、ありがとうございます?」

 誉められてるってことでいいんだよね? 面白い、がちょっと引っ掛かるけど。でも、居心地がいいってどういうことだろ? カボックではマナたちと生活してたから、慣れとかそういうのがあるってことかな。動物を飼ってる人は動物に好かれやすいとか、そんな感じの。
 でも、それよりも、こうして普通にお話をしてくれる人(妖精さんだけど)がいてくれることが嬉しかった。ここに来てから、先生とリリアさん以外の人とはほとんどお話できていなければ、目すら合わせてくれない。それが寂しかった。でもこうやってお話しできて、なんとなく救われる思いがした。

 それから妖精さんたちは色々なお話を聞かせてくれた。ずぅっと昔からこの学園にいたから詳しいのだそうだ。いつの間にか肖像画のおじさんたちも話に加わってきて、とても賑やかになった。
 みんなで色々なお話しをしてくれた。毎年カワイイユーレイが遊びにくること、たまによその生徒の生首がうろついていること、西校舎の肖像画の女の子が恋をしていること、学園長さんのヒミツのサボりスポットのこと……突拍子もないお話しばっかりで、からかわれてるような気がする。けど、ここに来てから、こういう楽しいお話なんて全然してないから、それでもいいっかって思い直した。
 こんなに学園のことに詳しいのなら、ユウくんのことも知ってるかも。そう思って聞こうとすると、いきなり何かを叩きつけるような、大きな音が辺りに響いた。
 びっくりして音のする方に目を向けると、勢いよく教室のドアを開けた音のようだった。全開になっているドアと、開けたらしいリリアさんの姿があった。

「すまぬ、待たせてしもうたな」
「えと、大丈夫です」

 妖精さんたちとお話してたので――と、続けようとしたら、さっきまでお話していた妖精さんたちは姿を消してしまっていた。ドアの音に驚いちゃったのかな? もうちょっとお話したかったな。そう残念に思っていると、リリアさんはにっこり笑って私の席まできた。

「では買い物に行くか」
「あ、はい。えと先にコレ、お部屋に置いてきてもいいですか?」
「教科書か。よい、わしが持とう」

 言うが早いか、リリアさんはどこからともなくカバンを取り出すと、その中に私の教科書を詰め込んで「行くぞ~」と教室の外で手を振っていた。だから、移動が早すぎるんだよねぇ……
 まだいるか分からないけど、妖精さんたちと肖像画のおじさんにさよならを言って、リリアさんの後を追いかけた。

 自分の教科書だから自分で持つと言っても「遠慮するでないよ」と軽くかわされてしまった。たしかに量はあって重たいかもだけど、あれくらいなら一人で持てる重さだ。遠慮はしてないと伝えると、リリアさんはちょっとだけばつが悪そうな色を浮かべた。

「実は授業を抜け出して来ておってな、あまりのんびりは出来んのじゃ」
「えっ!? ダメじゃないですか」
「トレインの授業じゃしな、わしには聞くまでもない話ばかりよ。それに、ちゃんと許可も取っておるよ」
「えぅ……なんかゴメンナサイ」
「遠慮するなと言うておるじゃろ」

 リリアさんはケタケタ笑っているけど、また迷惑かけてしまったんじゃないかと思い、気が重くなった。というか、お店の場所を教えてくれれば、お買い物くらい一人でできると思うんだけど。先生もお店の人に話はしてあるって言ってたし。それなのにわざわざ付き合ってくれるなんて、リリアさんって本当に面倒見のいい人なんだなぁ。

 校舎を出て、広い通りに出ると、お昼にリリアさんが言っていた7体の石像が通りを囲むように設置されていた。たしかにこれには見覚えがある。ある、けど……

「あの、なんかコゲてないですか?」
「誰かが魔法でイタズラをしたようじゃな。まったく、グレートセブンの石像に傷を付けるとは、どこの痴れ者の仕業よ」

 ハート形のステッキを持った女王様かな? 女の人の石像が見るも無残に黒コゲになっていた。
 私が今朝通った時にはこんな焦げ付きなんてなかった。こんなことになってたら、さすがに覚えてるもんね。リリアさんの言う通り、イタズラなのかな? こんなことをするなんて、ひどい子もいるんだぁ……そう思ってイヤな気持ちになっていると、リリアさんも怒ったように目が据わっているのに気が付いた。
 ちょっと怖いからリリアさんの顔は見ないようにして、他の像も見てみることにした。コゲコゲの女王様に、キレイな女の人や大きな帽子を被ってる男の人……この辺は昔のえらい人とか、そういう人たちなんだろうと想像がつく。けど、頭が燃えてる人にオオカミのような獣、悪魔の魚のような足の……人魚かな? にツノの生えた女の人、この人(?)たちはなんなんだろう。神話の神様とかそういうのかな?
 像の下に説明書きがあるみたいだけど、あまりリリアさんの時間を割いては悪い。なんせ、わざわざ授業を抜けてきてもらってるんだもんね。説明書きはまた今度読むことにして、まだちょっと怒ったような顔のリリアさんに声をかけて、お店に向かうことにした。