いまち
2022-06-05 15:13:43
17321文字
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7話・ティナと異世界のお友達

やっと会えた。

 目が覚めたらカボックへ戻っていた――なんて都合のいい話は当然、あるわけがなかった。まだ見慣れない部屋で目が覚めて、慣れない服に着替えて、朝ごはんを食べて、授業を受けるため、知らない道を歩きながら教室へ向かった。
 教室に入ると、相変わらずクラスの子たちはよそよそしい。心なしかヒソヒソ声は昨日より聞こえない気がするけど、それでも、居心地が悪いことには変わりなかった。昨日と同じ席に着いて、ちんぷんかんぷんな教科書を読みながら、鐘が鳴るのを待つ。しばらくそうしているとご機嫌な様子のセベクくんもやってきて、鐘が鳴って、授業が始まった。
 こういう所でしっかり授業を受けるのは初めてだから、少し緊張する。カボックの学校では読み書きと簡単な計算を習うくらいだから、こんなにちゃんとした教室はなかった。上の学校へ行っていればこんな雰囲気にも多少は慣れてたんだろうけど、私はお仕事することを選んだ。パパもママもお金のことは気にしなくていいって言ってくれてたけど、単純に、上の学校には私が知りたいことを教えてる先生はいなかったからなんだけどね。

 まずは魔法史、トレイン先生の授業だった。何がなんだかわからなくてちんぷんかんぷん。言っている単語も人の名前なのか、国とかの名前なのか、物の名前なのか、まるで分からない。かろうじて「魔法石」という単語は聞きかじっていたから、鉱山から魔法石が採れたことから何かが始まった、というのは理解できた、と思う。……なに鉱山って言ってたっけ?

 次に魔法薬学。入学式の時にちょっとお話したシマシマの先生の授業。名前通り、おくすりの調合をするらしい。まずは薬草やキノコの種類を覚えるように叩き込まれた。おくすりの調合自体は慣れてるし、薬草なんかの区別はある程度はつけられる。けど、名前や効能をしっかり覚えなきゃいけないとなると、ちょっと苦戦するかもしれない。でも、魔法史よりは他の子たちに追い付けそうだ。

 そして体力育成。すごく体格のいい先生の授業。他のクラスと合同でやっているらしいけど、人が多すぎてユウくんは見つけられなかった。
 身体をほぐしてから今の身体の状態を調べるということで、走ったり、ジャンプしたり、鉄の玉を投げたりした。それから体力をつけるためとまた走った。全員、広いお庭を20週走るように言われた。たくさん走るのは慣れてるからいいんだけど、途中で数えるのを忘れて分からなくなった。

「あれ、今何週目だっけ?」
「17週目だ」
「ありがとー」

 けど、一緒に走ってたセベクくんに聞いて事なきをえた。うっかり少なく走ってズルしちゃった、みたいなことになったらマズいもんね。やっぱり誰かと走った方が数え間違いがないから安心だよね、うんうん。

……貴様はどうしてついて来られるんだ」

 走りながらセベクくんがぽつっと呟いた。それは私もちょっと思った。男の子が多いからついて行けるかちょっと心配だったけど、これくらいなら大丈夫そうかも。それより、途中で倒れた子もいたけど、あの子たちは大丈夫かそっちの方が気になった。
 走りながら辺りを見回す。元気に走っている子がいれば、ヘトヘトになっている子もいる。でもやっぱり、男の子が多い。もしかして男の子しかいないのかな? なんて思ったけど、そんな学校、聞いたことないもんなぁ。

 午前の授業が終わってお昼休憩の時間だ。昨日と同じように大食堂でリリアさんたちとお昼ごはんを食べた。今日はエビのグラタンにお野菜とハムのサンドイッチ、お豆のサラダとデザートにチーズケーキをもらってきた。いっぱい動いた後だからご飯も美味しい。

「授業はどうじゃ?」
「魔法薬学はちょっと分かりましたけど、魔法史は全然分からなかったです」
「正直じゃのう」

 リリアさんはそうくふくふ笑って「これから覚えていけばいい」と励ましてくれた。ついでに近くにいたセベクくんに「情けない」と怒られてしまった。
 知らない世界の歴史なんて知るわけないでしょ、って言い返したくなったけど我慢する。なんだかセベクくんには嫌われてるみたいだし、あまり話しかけたりとかしない方がよさそうだもんね。でも、いつかは見返してやりたいなぁ、なんてもちょっと思った。それに、教えてくれる先生のためにもお勉強、頑張らないとね。
 ごはんを食べながらユウくんを探してみるも、今日も人が多くて見つけられない。ユウくん、目立つ髪色じゃないからちょっと探しにくいのもあるかもだけど。できれば、顔を覚えているうちに見つけないとなんだよね。そう思って、席を見ていると、急にリリアさんがいなくなった。おかわりでも取りに行ったのかな?

 私もなんかおかわりもらってこようかなぁ、なんてぼんやり思っていると、セベクくんが席の方をじぃっと睨んでいることに気が付いた。セベクくんと一緒にいる銀髪の子も同じように見つめている。つられて私も目を向けると逆さまに浮いているリリアさんと、何人かの人たちと、青白い火が目に入った――途端に、怖気が体じゅうに走り回った。
 なんなのか理解するより先に背筋が凍る。この感覚はよぅく覚えがある。魔物の気配だ。慌てて辺りを見回すもこの近くにはいないようだ。それもそうだ、危険な魔物がいて、リリアさんが気付かないわけがないもん。となると、魔物がこっちを見ていたとかなのかな? だとしたらどこからだろう、青白い火があった辺り?
 もう一度よく見ようとさっきの席のあたりに目を向ける、と、途端に目の前が暗くなった。

「ばぁ」
「ぴえっ!?」

 リリアさんが急に目の前に現れて、思わず悲鳴を上げてしまった。私が驚いたのが面白かったのか、リリアさんはケタケタ笑い出した。私の心臓はバクバクだ。急に驚かすなんてひどいなぁ。

「リリア先輩、あまりからかわないでください」

 銀髪の子が呆れたようにリリアさんに言うと、リリアさんは「すまんすまん」と、またくふくふ笑った。これは反省しないやつだな。

「ほれ、お詫びじゃ、飲むといい」

 そう言ってリリアさんは温かいミルクティーを注いだカップをくれた。

「うー……ありがとうございます」

 受け取って飲む。温かくて、ほんのりハチミツの味がして、にわかにごちゃついた気持ちが落ち着いた。
 落ち着いて、辺りを見回せばさっきまでの魔物の気配は途端に感じなくなっていた。いなくなったのかな? それとも、気のせいだったのかな? ユーレイさんの気配を勘違いしたのかも?
 もやもやする気持ちになるも、どうにか頭を切り替える。なんにせよ、魔物がいるのかもしれないのなら気を付けるに越したことはない。お茶を飲んで、リリアさんにお礼を言って席を立った。

 それから午後の授業を受けて、ちょっぴり疲れたところでホームルーム。先生からの明日の話とか、届け出とかの書類の期限を守るように、といった話が終われば今日の学校は終わりだった。
 やっぱりというか、こういう勉強はあまり慣れないからちょっと疲れた。色んな物事を知ることで視野を広げれば元の世界へ帰る研究の助けになる、という理屈は分かりはするも、やっぱり、疲れるものは疲れるのだ。今日はこれからどうしよう、お部屋に戻って復習しながら休もうかな。

「キースリンク、来なさい」
「? はい」

 教科書をフロシキに包んでいると先生に呼ばれた。なんだろうと思っていると、薄い冊子を三冊渡された。

「君とクドウは授業とは別に補習を行う」
「ほしゅー……ってなんですか?」
「主に成績が芳しくない者への措置だ。授業とは別に補填の講義を行う」

 なるほど、私もユウくんもこの世界の人間じゃないから、みんなが知ってて当然のことも分からない。現に今日受けた授業でも分からないことだらけでちょっと困った。それを補うためのお勉強をする、ということだ。ありがたいとは思うけど、そのために先生のお仕事を増やすのもなんだか悪い気がする。あと、今日は疲れたから別の日にしてもらいたいともちょっとだけ、思ってしまった。

「えと、分かりました。これからするんですか?」
「いや、君たちはここに来て間もないだろう。ある程度生活に慣れてから……来週あたりから行おうと思っている」

 どうだろうか? と聞かれて頷いた。確かにお勉強以外にも覚えなきゃいけないこととか、慣れなきゃいけないようなことってたくさんあるもんね。早くお勉強に追い付かないとって気持ちはあるけど、急に色々な事を覚えようとしてもどれも半端になっちゃうもんね。

「お気遣いありがとうございます」
「よろしい。では、来週までにその冊子を読んで予習しておくように。最低限の基礎はそこに書かれている」
「はい」

 冊子にはそれぞれ「魔法史」と「魔法薬学」と「魔法解析学」とタイトルがついていた。ユウくんと一緒にほしゅーを受けるってことは、ユウくんも同じ本を貰ったのかな? そうだとしたらお揃いみたいでちょっと嬉しい。
 と、考えて思い出した。そもそもユウくんはどこにいるんだろう。さすがに先生なら知ってるよね。話が終わったら聞いてみよう。そう思っていると、先生が「そういえば」と思い出したように言った。

「ヴァンルージュは魔法史が得意だったな」
「リリアさん、ですか?」
「あぁ。機会があったら話を聞いてみるといい」
「はい。そうします」

 なるほどと思った。リリアさんはすごく長生きしているみたいだし、昔のこととかよく知っているんだろうね。リリアさんなら面白いお話をたくさん知ってそうだし、お勉強でなくても、ちょっと聞いてみたいかも。

「話は以上だ。……それで、今日まではどうだったんだ? 困った事や分からないことがあれば言いなさい」
「困ったことですか?」

 ドキっとしてしまった。困ったことといえばやっぱり昨日のリリアさんとのことだ。けど、私とリリアさんたちとの問題で、解決はしてるから、先生に話すようなことではないと思う。それに、話してリリアさんが怒られるようなことになったら私も気分はよくない。
 他に困ったことといえば、みんながよそよそしくて寂しく思うことだけど、それこそ、先生に相談してどうにかなるとも思い辛い。そもそも私からの歩み寄りだって必要だと思う。これも、今はまだお話しすることじゃないかな。
 となると、ユウくんのことを聞くだけでいいかな?

「えと、ユウくんのことでお聞きしたいです。今どこにいるんですか?」
「彼か。あれから会っていないのか?」
「はい、ちょこちょこ探してるんですけど、見つけられなくて……ご存知ないですか?」

 先生はふむ、と頷くと例の光る板を取り出した。それをつんつん触ると私に見せてきた。板には学園の地図らしいものが描かれていて、先生は校舎の隣の建物を指さした。

「今彼はこのオン……屋敷に滞在している」
「寮じゃないんですね」
「あぁ。君も知っての通り、魔力のない者を寮に置くことはできない。なので今は使われていないここに彼ともう一人を住まわせているんだ」

 もう一人ということは、私たち以外にも異世界からきた子がいるってことかな? そうだとしたらその子とも協力できたらいいな。

「ありがとうございます、行ってみます」
「他に聞きたいことは?」

 ユウくんのいるところは分かったし、とりあえずいいかな? もう一人の子っていうのも気になるけど、会いに行けば分かるよね。どんな子なのかちょっと楽しみかも。

「えと、大丈夫です。ありがとうございます」

 そう言うと先生は「予習を忘れないように」と言い残して教室から出て行った。
 先生が出ると昨日と同じように、教室には私しか残っていなかった。一人になるとまた寂しい気持ちになった。昨日ほどじゃないけど、今日も腫物扱いだったなって。
 気持ちが萎みそうになったけど、でも、と思い直す。
 昨日は訳がわからなくてオドオドするばかりだったけど、私も少しはここに慣れてきた。この世界のことも少し分かってちょっとだけ、余裕も出てきた、と思う。だから、明日はもうちょっと周りに気を使ってみようと思った。挨拶したり、話しかけてみたり。黙ってばかりじゃ誰とも仲良くなんてなれないもんね。
 寮でも同じだ、寮に戻ったら最初に会った人に「ただいま」って言ってみよう。寮は帰るところだもんね、「ただいま」で合ってるはずだ。もし変な顔をされたら「そう言うものだと思った」って正直に言ってみよう。
 そんな決意とフロシキの端をぎゅぎゅっと固結びにして、ユウくんが住んでいるというお屋敷へ向かった。

 先生が見せてくれた地図によると、校舎の影になるようなところにあって、位置だけ見ればすぐ隣だった。けど、そこまではぐるっと回らないと行けないのだから意地悪な感じがしてまう。でも、ユウくんに会いたいから迷わないように気を付けて向かった。
 メインストリートを鏡舎の方へ向かって、それから鏡舎とは反対の道を進んで、ガラス張りの大きな建物の前を通る。
 すると途端に道が荒れ始めた。他はきちんと整えられていたのに、ここに来て急に草木が荒れ放題の生え放題になっている。わずかに雑草が踏み均されてはいるものの、まるで整備されてないのは明らかだった。
 先生はお屋敷だって言っていたけど、ユウくんは本当にちゃんとしたところに住まわせてもらってるのか、にわかに不安になってきた。茂る木の間をまっすぐ進むとそれらしい門と建物が見えてきた。

 ここが先生の言っていたお屋敷――なんだろうけど、なにこの廃墟? というのが正直な感想だった。建物は自体は大きいし、見事な石像が付いているから、昔は立派な建物だったんだろう、というのはなんとなく分かった。けど、私の目の前にあるのは錆びついて崩れそうな門、元は二つあったのであろうランプは一つしかなく、片割れであろう破片が足元に落ちている。
 奥に見える建物もひどい有様だ。ボロボロに崩れた外壁、穴が開いてるんじゃないかと疑うくらいえぐれた屋根、建物の周りやお庭には無残なガラクタが散らかっている。ものすごく曇っているから窓だけは割れていないようだったけど、窓の汚れを見るに、中もひどいんだろう、というのが想像に難くなかった。

 こんなところにユウくんは住まわされているのか。

 私が寮であたたかくて清潔なお布団に包まっている間にも、こんなボロ屋で寝泊まりしているのかと思うと胸が痛くなった。同じ異世界から来たのに、魔法が使えないというだけでこんな目に遭わされているユウくんが不憫でならなかった。……リリアさんに相談したら、ディアソムニアに住まわせてあげられたりしないかな? あ、でもユウくんともう一人いるみたいだから無理かな。私の部屋、二人くらいなら住めるけど、三人となるときつそうだもんなぁ。
 いや、でもこんな所にいるくらいなら狭い方がマシだよね、きっと。
 いやいや、そんなことを考えてる場合じゃない。まずはユウくんがいるか確認しないとだ。

「お邪魔しまーす……

 一応、声をかけて門を開ける。……門のサビで手が真っ赤になってしまった。
 階段こそ雑草は生えていないものの、隅のほうはコケまみれであちらこちらから風にあおられた蜘蛛の巣が飛んで来る。べとべとして気持ち悪い。我慢しながら玄関先に着くと、こっちもやはり、ひどかった。何をどうしたらこうなるのかとばかりに蜘蛛の巣まみれで、その蜘蛛の巣にもよく分からないものがくっついている。……そういうのは一旦見ないことにして、ドアをノックしてみた。塗装は剥がれているものの、しっかりした木材でできているらしく、案外気持ちイイ音がした。けど、返事はない。
 まだ帰ってきてないのかな? それならここで待ってようかな。そう思って振り返ると、いつの間にきたのか男の子が三人、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。男の子はユウくん、それと昨日ユウくんと走っていた子たちだろう、三人も私に気付いたようで、一緒にいる二人は驚いたような顔をしていたけど、ユウくんは――どんな顔か見るより先に、その隣に目が行った。
 ユウくんの肩の上に、青い火を灯したねこのような魔物が乗っていた。背筋が冷えると同時にお昼に感じた気配はこの魔物だと確信した。昨日、ユウくんとはお互い一人でここに来た、みたいな話をしたから、この魔物はユウくんが連れている子ではない。なら……

 ――ユウくんを守らなきゃ!

 咄嗟にそう思って、魔物を見る。構成源素は魔素、幽素、炎素、感じられるのはこの三つ。これくらいの大きさであれば一度で源素還元できる。杖があればもっと楽だったのに――置いてきたことを悔やみながら、ポケットからマジカルペンを抜いて、一息に駆け寄って距離を詰めた。

「あ、ティ……
「ユウくんは動かないで!」

 何か言おうとするユウくんの言葉を遮る。杖ならともかく、ペンは小さいから当てづらい。うっかり外してユウくんに当たったら大変だ。当てないよう集中して、魔物に向かってマジカルペンを振りきる。

「ふなっ!?」
「げっ!?」
「うえっ!?」

 瞬間、魔物がユウくんの肩から飛び降りて、隣にいた赤い髪の男の子の頭を蹴り飛ばした。その衝撃のせいだろう、男の子の身体が大きく揺れる。このままじゃ男の子に当たる、手首を捻って、ペンの軌道をずらした。勢い余って転びそうになるのを立て直す。失敗した。魔物は逃げて、ペンは別の物をかすっただけだった。それでも何か還元できたらしい、手元に届いたわずかばかりの魔素を放り捨て、後ずさっていくユウくんたちに向かう。
 ユウくんたちは驚いたような顔で立ち尽くして、魔物は三人の影に隠れるようにして私を睨みつけていた。

「やいやい! オマエ、いきなりなんなんだゾ!」

 ユウくんの脚の間から顔をのぞかせて、子供のような声で魔物が騒ぐ。どうやら、人の言葉をしゃべるだけの知能はあるらしい。となると、少しやっかいだ。どうにかユウくんたちから離さないとやり辛い。

「ユウくん、それ魔物だよ! 危ないから逃げて!」
「危ないのはオマエの方なんだゾ!」
「うるさい! ユウくんから離れなさい!!」

 どうやって隙を突けばいいのか。考えていると、ユウくんと一緒にいた男の子たちが、ユウくんと魔物とを庇うように前に出てきた。二人もポケットからマジカルペンを抜いて、じぃっと私を睨んでくる。

「っ、どいて!」
「ヤだよ。いきなり襲い掛かってくるヤツの言うことなんか聞けるか」
「ダチがヤられて黙ってるワケねぇだろうが!」
「まだヤられてねぇわ!」

 二人ともまるで聞く耳を持ってくれない。もしかして、三人はこの魔物に操られてるとか、そういうことになってる? 賢い魔物であればそういうことはたやすい。元いた世界でもそんな魔物はいた。となると、本当に厄介だ。三人を正気に戻すか、魔物を倒すかどちらかを選ばなきゃいけない。とはいえ、お薬がないから魔物を倒す以外の選択肢はないんだけど。
 こうなったら無理にでも魔物に強行突破をかけるのがいいかもしれない。少しくらいケガしても、持ってきたお薬があるから治療はできる。少しでも隙ができたらその瞬間を狙うんだ。あぁ、こんなことならばくだんを持ってくればよかった! ピリピリと刺すような空気の中、ユウくんが思い出したように声を上げた。

「ティナ! グリムは悪い魔物じゃないよ!!」
「へ!?」

 その言葉に私たちはみんな、呆気にとられてユウくんを見る。緊張した空気がふっと和らいだ。隙を突くなら今だとは思ったけど、それよりもユウくんの言葉が気になった。
 ユウくんは涙を浮かべて震える魔物を抱き上げると「実は……」と話し始めた。

 ユウくんが言うにはこの魔物、グリムはユウくんと同じこのお屋敷に住む、れっきとしたここの生徒らしい。

「え、魔物なのに!?」
「ちょっと、色々あって」

 ちらり、とユウくんが二人を見ると、二人ともそうだとばかりに頷いた。
 ついで、魔法が使えないユウくんと、魔法を使えるグリムくんと二人で一人の生徒として、ここに通うことになっていること。そういうわけだから、どちらかが欠けたらここにいる資格がなくなってしまい、ユウくんもグリムくんも住む所がなくなってとても困るのだということを説明してくれた。

「え? えと、あぅ……

 ユウくんの説明を聞いて、顔が熱くなるのを感じた。ユウくんを守るつもりが逆に追い出そうとしていたなんて。知らなかったとはいえ、二人にはとんでもないことをしてしまった。今回ばかりは失敗してよかったと心底思ってしまう。

「で、アンタはなんでこんなことしようとしたワケ?」
「えうぅ……えと、その……

 赤い髪の子に聞かれて、私も恥ずかしながら答えた。
 私がいた世界では危険な魔物がたくさんいて、私もお仕事で魔物退治をしていたこと。魔物の気配がするグリムくんもそういう類のものだと思ったこと。だから、ユウくんが危ないと思って、退治しようとしたことを話した。勘違いだけでユウくんのお友達を消しちゃうところだったと思うと、本当にゾッとする。
 話すと、ユウくんは驚いたような、二人は呆れたような顔をしている。

「その、グリムくん、ごめんなさい……怖かったよね?」

 早とちりとはいえ悪いことをした。グリムくんに謝ると、さっきまで涙目になったグリムくんはユウくんに抱っこされたまま、その肩にしがみついて「絶対に許さないんだゾ!」と怒鳴った。そりゃあ、そうだよねぇ。 殺されかけてそうおいそれと許せるわけがない。昨日リリアさんにされたことを思い出して、胃がずんと重くなった。

「罰としてツナ缶10個持ってくるんだゾ! そうすればむごっ」

 言いかけたグリムくんの口を呆れ顔のユウくんが塞いだ。

「ティナ、気にしなくていいよ。誰も怪我とかしてないんだから」
「で、でも……
「オレ様は傷ついたんだゾー!!」

 大声を上げながらグリムくんがユウくんの腕から抜けて、私の前に躍り出た。
 ねこみたいな魔物だけど、二本足で立てるのか。ちょっと驚いているとグリムくんは丸い目をさらに丸く見開いた。

「お、オマエ、女の子なんだゾ!?」
「え? うん……

 答えるとユウくん以外の二人も「嘘だろ!?」なんて大声を上げた。……私、そんなに女の子らしくないかな? いや、女の子だったら魔物だからっていきなり攻撃仕掛けたりしないかも? でもなぁ、ガルガゼットにも女の人はいたしなぁ……

「とりあえず中で話さない?」

 なんだか騒いでいる二人と私にユウくんは提案してくれた。思わず、目の前のボロ屋敷を見上げる。ユウくん、本当にここに住んでるんだ。

「えと、中ってこの中?」

 念のため確認するとユウくんは頷いた。「だいぶ散らかってるけど」と申し訳なさそうに付け足して。
 外がこんなだし、中には入りたくないというのが本音だ。けど、せっかくのユウくんのお誘いだから、断る気にはなれなくて、その提案に乗る事にした。窓掃除が追い付いてないだけで、中はキレイかもしれないもんね、うん。

 そうして4人と1匹でお屋敷の中に入った。外から見るほど中は汚れていないかもしれない――そんな淡い期待はあまりにもあっさり散ってしまった。けど、ところどころお掃除されているのは見てとれた。ユウくん、お掃除頑張ったんだろうな。
 でもこのお屋敷って外から見ただけでもずいぶんと広いみたいだから、ユウくんとグリムくんだけでお掃除するのはきっと大変だ。これじゃあ、キレイになるより先に病気になっちゃいそう。

「私もここのお掃除手伝うね」

 そうこっそり伝えると、ユウくんは「ありがとう」とちょっと疲れたような笑顔を見せてくれた。
 通るごとに軋む床を踏み抜かないように歩いて、通されたのは、ここの談話室らしい。さすがに……と言ったらユウくんにすっごく悪いけど……他よりもお掃除されているようだった。けど、壊れた家具が散らかっていて、何故か水の入ったバケツがそこかしこに置かれていた。なんだろうと思ったけど、こんなに汚れているんじゃ、雑巾を洗うバケツ一つじゃ足りないからとかそういうことかな?
 ユウくんに促されて、かびくさいソファに座ってみんなでお話をする。
 まずはお互いに自己紹介をすることにした。ユウくんと2人はA組にいるのだそう。男の子は二人ともハーツラビュル寮の子で、赤い髪の子がエースくん、黒い髪の子がデュースくんと名乗った。二人とも目元にかわいいお化粧をしているのがすごく目立つ。なんでも、ハーツラビュル寮では顔にこういうマークをお化粧で入れなきゃいけないのだそうだ。
 ……お化粧、したことないから苦手なんだよね。二人の話を聞いて、ハーツラビュルに入らなくてよかったとちょっとだけ思ってしまった。

「で、アンタは?」

 二人の自己紹介が終わって、エースくんがアヤシイものでも見るような目で私に聞いてきた。いきなり襲われたら、そんな目にもなるよね。私のことなんだけど。

「えと、ティナ・キースリンクです。D組で、ディアソムニアにいるの。えと、ユウくんとは違う異世界から来たみたい、なんだよね」

 二人はユウくんのことを分かってるみたいだし、それなら異世界からきたってことも知ってるよね。そう思って異世界から来たのだと言ってみたけど、二人は顔を引きつらせてヒソヒソ話をしはじめた。
 そんな様子にまたか、と、ちょっとがっかりしてしまった。ユウくんのお友達なら、異世界の人間でもヘンな目で見ないだろうと思ったんだけど、そんなことはなかったようだ。ユウくんは二人を見て苦笑いしていた。
 やっぱりユウくんもヒソヒソされたりしたのかな? そんなことを考えていると、エースくんがいやに真剣な目を私に向けてきた。なんだろ?

「で、アンタってどっちなの?」
「どっち、って?」
「男? 女?」

 やたら真剣な顔をするものだから、なにかと思えばそんなことか。とは思ったけど、わざわざ聞いてくるってことは、それだけ私が女らしく見えないってことなんだろうね。……まぁ、普通の女の子はいきなり人を襲ったりしないから、当然といえば当然の疑問かも。自業自得とはいえ、ちょっと悲しい。

「えと、女だけど。私、そんなに女の子らしくないかなぁ?」
……マジで?」
「うん……
「マジか!? うっそだろ!!」

 疑うような言葉とは裏腹に、エースくんの顔はすごい笑顔だ。その隣ではデュースくんは驚いたように目を白黒させて、ソファからずり落ちていた。そんなに驚かれるほど女らしくないのかな、私。そんな二人をユウくんは呆れ顔で眺めていて、グリムくんはニコニコ笑顔で私の膝に飛び乗ってきた。ちょっと重たい。

「女の子ってんなら話は別だ。オレ様をナデナデするなら、さっきの無礼を許してやってもいいんだゾ!」

 ふんぞり返りながらグリムくんは頭を突き出してきた。ねこのような耳には青白い火が灯っていて、なんとも変な感じがする。けど、これでさっきのことを水に流してくれるならいっかな。と、言われた通り、グリムくんの頭を撫でる。毛はふかふかのもふもふで触り心地はとてもいい。ニンフの耳も同じようにふかふかしてたなぁ、なんて思い出してしまう。

「ふふん、オマエなかなかうまいんだゾ! 次はぎゅーってするのを許可してやる」

 グリムくんは喉をゴロゴロ鳴らしながら嬉しそうにしてる。こうしてると本当にねこみたい。よく分からないけど喜んで貰えてるならいいかな? 私も触ってて気持ちいいし。えぇと、次はぎゅーって抱きしめればいいのかな? 
 そんなことを考えていると、エースくんはグリムくんの首根っこをつかまえて持ち上げた。途端に膝が寒くなって気付く。ここ、隙間風もすごいんだなぁ。

「いや、それセクハラだから」
「ふなっ!?」

 エースくんは掴み上げたグリムくんをユウくんに向けて放り投げた。ユウくんに抱き留められたグリムくんはつまらなさそうに「誤解なんだゾ!」なんて言いながら頬を膨らませていた。かわいい。でも「せくはら」ってなんだろう? 本当にこの世界には分からない単語が多すぎる。だから、エースくんに聞いてみた。

「えと、せくはら、ってなに?」

 聞くとエースくんは「そんなことも知らねーの?」とちょっとバカにしたような顔をした。エースくん、もしかして意地悪な子なのかな? そういう人はちょっと苦手かも。

「簡単に言えばやらしいことをする嫌がらせ。アンタは女なんだからそーいうの、気を付けなよ」
「いやらしいこと!?」

 そういえば、と思い出す。おじいちゃんのお手伝いをしてる時、私のお尻とか触ろうとするお客さんとかいたっけ。カボックのお客さんはそんなことはしないけど、よそから来たお客さんにそういう人がいた。そういう人は他のお客さんが叱ってくれたけど……そうか、あぁいうのって「せくはら」っていうのか。
 でもグリムくんは魔物だ。人と同じ言葉をしゃべるとはいえ、魔物の中でも人よりは動物に近い感じだから、なんとなく違う気がする。けど、エースくんがそういうのならそうなのかも? よく分からないけど。

「でも、グリムくんにそういう悪さしよう、っていうのはないんじゃないかな?」
「いやいや、コイツ、アンタが女だって知った途端あんなこと言ってっから。下心しかないでしょ」
「グリム……
「ふなっ!? オレ様はそんなつもりじゃないんだゾ!」

 ユウくんとエースくんに冷ややかな目で見られたせいか、グリムくんは涙目になってしまった。ちょっとかわいそうかも。

「でも女の子って他にもいるでしょ? なにも――
「いや、いねーから」
「へ!?」

 あまりにあっさり否定したエースくん。なんでいないって言い切れるんだろ。カワイイ子とか結構いたと思うんだけど、エースくんにはあの子たちが男の子にでも見えるのかな? そう思っているとエースくんは呆れ顔で続けた。

「ウチ、男子校。知らないの?」
「だんしこー? ってなに?」
……。アンタ、どんな世界から来たんだよ」

 エースくんはわざとらしくため息をつくと、ここは男の子だけが通う学校で、生徒はもちろん、働いてる先生にもユーレイさんにも、女の子はいないということを教えてくれた。よそであれば男子校でも女の先生がいることもあるけど、この学園では徹底して男の人だけを集めているらしい。
 そんな学校があるのか、とか、だから男の子ばかりだったんだ、とか、あのカワイイ子たちは男の子だったんだ、とか色々思った。けど、それがどういうことか理解した途端、頭の中が真っ白になった。だって、私、男の子じゃないのにここにいるんだよ?

「うえぇ!? じゃあなんで私ここにいるの!? いちゃダメでしょ!!」
「いや、知らねーし」
「だ、だよねぇ……

 驚いた。とはいえ、ここが男の子だけの学校なら、これまでの疑問にも答えが出る。
 周りがよそよそしいのは当然だ。男の子しかいない学校に女の子がいればそれは目立つし、変な目で見てしまうのも仕方がないのかもしれない。それに、リリアさんが共同浴場を使っちゃダメって言ったのも当たり前だ、男の子とお風呂になんて入ったらお嫁に行けなくなっちゃうもん。
 そういえば、と、思い出す。昨日セベクくんは私が女だってことを信じられないように言っていた、これも納得。同じように、エースくんがわざわざ私の性別を聞いてきたのも理解した。ついでに、私が女の子に見えなさすぎるというわけではなかったことにほっとした。女の子に見えなかったら、わざわざ聞いてこないもんね。よかった。
 まだ今の状況が受け入れきれないで、頭はぐらぐらするけど、私が変な目で見られてたこと、避けられていたことの原因が分かってなんとなくすっきりした気分にはなった。わかったところでなんの解決にもならないんだけど、でも、何も分からないよりはずっと気は楽だ。

「ま、そーいうこと。そんなワケだから、色々気を付けた方がいいと思うけど」
「そっかぁ。ありがと……

 それからちょっとだけ、三人と自分たちの世界の話をした。ユウくんのいた世界は、この世界から魔法を抜いたようなところで、水道やすまほ? なんかを使うのはまるで支障ないらしい。同じような言葉もあるから、さほど困ったころにはならなかったという……いいなぁ。
 私がいた世界の話をするとエースくんは「ラノベかよ」なんて呟いた。「らのべ」ってなにか聞くとまたため息を吐かれた。私のいたとこ、そんな変じゃないと思うんだけど、こうやって呆れられたりすると、ちょっと自信なくなってくるかも。
 エースくんはなんだかんだと、からかってくるけど、意地悪する気はないらしい。私が分からないことも、からかいながらも説明してくれた。実は親切な子なのかも? 最初に悪く思ってごめんなさい、と心の中で謝った。
 デュースくんはずっと居心地悪そうにしていて、私が話しかけてもちょこっと相槌を打つだけだった。さっきのことで嫌われちゃったのかと思ったけど、エースくんが言うには緊張してるだけだから気にしなくていい、らしい。それならいいかな。今のさっきだから、嫌われても仕方ないとは思うけど。

 そんなお話をちょっとだけして、ユウくんたちは用事があるそうだから、私はおいとますることにした。
 ユウくんの無事が確認できてよかった。ここのお掃除のお手伝いもしたいから、また遊びにきてもいいかと聞くと、ユウくんは「もちろん」とにっこり笑ってくれた。ついでにグリムくんも「ちゃんと土産を持ってくるんだゾ!」と息を荒くしていた。

 そんなことをわざわざ言うなんて、グリムくん、お腹を空かせてるのかな? そう思ったら、ユウくんたちはちゃんとご飯を食べていないのでは? なんて疑問がわいた。ここ、寮みたいな食堂はないし、この荒れた様子だとキッチンも使えるとは思えない。
 お昼は大食堂で食べるとして、それ以外はどうしてるんだろう。そう考えて不安になった。大食堂で朝ごはんも食べられるようではあるけど、お夕飯はどうしてるんだろ? こんなところに住まわせてるくらいだから、ちゃんとご飯が出ているのかものすごく不安になる。それならいっそ、私がご飯を作って、持って行った方がいいかもしれない。寮のキッチンにある食材は好きに使っていいって、リリアさんも言ってたもんね。

「うん、わかった」
「グリム、たかっちゃダメだよ」
「オレ様、まだイシャリョーをもらってないからな!」

 ふふん、と得意そうにするグリムくんをユウくんが咎める。私は構わないことを伝えて、談話室を出ようとした。すると、エースくんが「ちょっと」と私を呼び留めた。
 何かと思って振り返ると、ちょっと前までの笑顔から一転、いやに真剣な目をしたエースくんが、じっと私を見つめていた。そんなエースくんの変わりようにちょっと緊張する。なんだろう?

「アンタさ、グリムに襲い掛かった時、何しようとしたワケ?」
「えっ」

 その言葉にすうっと背筋が冷えた。ユウくんは「もう済んだことだ」と言ってくれたけど、エースくんはかぶりを振って「納得できない」と続けた。

「普通、魔法使うんならペン振るだけでいいでしょ? でもアンタはグリムを殴ろうとしてた。アレ、なに?」
「えと……
「突くならギリ分かんなくもない。でもさ、普通に考えてペンで殴るってなくね?」
「エースお前、なに言ってるんだゾ?」

 エースくんの言う事はもっともだ、ペンなんて、武器になりようがないもん。デュースくんもエースくんの言葉に、不思議そうな顔をしながらも頷いている。グリムくんは分からないような顔をしているけど、毛がぼうっと逆立っている。きっと、頭ではわからなくても、本能みたいなところで、何をされそうになっていたのか理解してるんだろう。
 私はグリムくんを危険な魔物だと思って退治しようとした。つまり、それはそういうわけで。でも、こうして仲良くなった今、自分がそういうことをしようとした、というのは自覚したくもないわけで。

「えぇと……
「アンタ、退治っつってたじゃん。どうする気だったの?」

 エースくんの目は真剣そのものだ。こんな状況で下手に言い逃れできるわけがない。私は、はっきり自分の意志でグリムくんに危害を加えようとした。仲良くなった気がするだけに、そんなことをしようとした自分を認めたくはなかった。

……えと、消そうとしました」
「ふなっ!?」

 けど、自分のしたことから逃げるわけにもいかない。私は正直に答えた。エースくんが口を開くより先に、グリムくんの悲鳴が上がる。グリムくんは驚いた顔をしたかと思えば、涙目になってユウくんの足元に潜り込んで震えだした。ユウくんは困ったような顔で私とグリムくんを見比べている。
 ……そんな二人を見て、本当にひどいことをしようとしたのだと改めて思い知らされた。

「やっぱり」

 エースくんがかぶりを振りながら小さく呟く。なにがやっぱりなんだろう。源素還元はこの世界にはないらしいから、エースくんが知ってるとは思えないけど。
 デュースくんとユウくんはわけがわからないような顔をしてるけど、分かるのもきっと時間の問題だ。分かったら、きっと、私は嫌われてしまうんだろう。
 できれば、ユウくんには嫌われたくなかった。でも、自分の大切なお友達をどうこうしようとする相手と仲良くなんてなれないよね。イヤがられても仕方ないかも。せっかくお友達になれそうだったのになぁ、と少し悲しくなっていると、エースくんは急にニコニコ笑い出した。

「じゃあさ、この首輪、消してくんない!?」

 そう言いながらエースくんは、首に付いている赤と黒のハートのような形をした大きな錠前を指さした。……こんなのあったっけ? 初対面の人がこんなの付けてたらものすごく目立つと思うんだけど、おかしい、記憶にない。

「エースお前……
「何言ってるんだゾ!?」

 エースくんの言葉に三人はあっけにとられたような顔をする。デュースくんに至ってはなんだか怒っているようだ。どういうことなのか、そもそもあの首輪はなんなのか。ユウくんに聞くと、エースくんは悪さをして寮長さんにこの首輪(魔法封じらしい)を付けられたんだそう。

「いやー、アンタがグリムを襲った時さ、ペンが首輪にかすって、気付いたらなくなってんの! ラッキー、って思ってたんだけど、さっき戻っちゃってさ」

 さっきまでの真剣な表情はどこへやら、あっけからんと言ってのけるエースくん。そっか、ちょっと手に入った魔素はエースくんの首輪だったのか。魔法でできたものだから魔素がとれたんだろう。……グリムくんの身体の一部とかじゃなくて内心ほっとした。
 ……ということは、下手したらエースくん自身に当たっていたのかもしれないのか。人間は簡単には還元できないけど、気を付けないと大怪我させちゃうとこだったんだね。そう思うと、すごく怖いことをしようとしていたんだとぞっとした。

……ごめんなさい」
「いいって。それよりさ、パパッと消しちゃってよ」
「え、でも……

 ちらり、とユウくんを見ると困ったように「やってあげたら?」と言ってきた。悪さをしての罰なら、勝手に外すのは良くないんじゃないかと思うんだけど。いいのかな? でも、エースくんは消してほしいみたいだし、ユウくんも呆れてはいるけど、反対する気はあまりないみたい。本当に、意味はないと思うけど、いいのかな?

「それじゃあ、消すね?」
「頼むわ」

 期待がたっぷり篭った笑顔のエースくんの首輪をつまんで、源素に変える。小さな風の音と共にエースくんの首輪はなくなり、少しばかりの魔素が手元に残った。

「っしゃー!!」

 首輪が消えた途端、エースくんは嬉しそうに跳ねまわった。そのせいで、床から天井からホコリが舞い上がる。エースくんはさらに、ユウくんの足元で丸まってるグリムくんを引っ張り出して、振り回して、とても嬉しそうにはしゃいでいる。散らかるホコリでエースくん以外のみんなは顔をしかめてるけど、本人はまるで気にしていないようだ。
 でも、勝手にお仕置きの首輪を外してほんとによかったのかなぁ? エースくんは喜んでるけど、これじゃあ反省したことにならないし、それに……。もやもやしながらエースくんを見ていると、ユウくんがそっと声をかけてくれた。

「ティナ、今のうちに帰った方がいいよ」
「え、でも」
「多分、首輪が戻ったらまた騒ぐから」

 そうだよねぇ、一回消えた首輪が戻ったのなら、また戻っても不思議じゃない。そうしたらまた首輪を消してってなりそうだし、そうなったらキリがないもん。ここはユウくんの言葉に甘えることにして、ぼんやりしてるデュースくんとユウくんに改めて「お邪魔しました」と告げて、ついでに今度またくると付け足して、こっそりお屋敷を出た。
 出たところでエースくんの叫び声が聞こえたけど、気付かないフリをして鏡舎へ向かった。首輪が戻ったんだろうね。悪いことをして付けられたものなら、ちゃんと謝って外してもらうべきだと思う。ズルはよくないもん。
 そんなズルいエースくんはさておいて、ユウくんの無事が確認できたこと、他にもお喋りできるお友達ができたことは嬉しかった。私がヘンな目で見られる理由も分かったし、明日からは今日までみたいに落ち込む理由は減ったと思う。そんな、なんとなく軽くなった気持ちでユウくんの住むお屋敷を後にした。

 寮に戻ったら寮の人たちにただいまを言おう。はじめはよそよそしくても、挨拶とかして、お互い少しずつ慣れていけばエースくんたちみたいに仲良くできるよね。それから、先生から渡された冊子を読んで、お勉強して……あぁ、あと「ぶかつ」についてリリアさんに聞いてみよう。今週中に届けを出しなさいって先生が言ってたもんね。
 やることは多い、けど、考えていたら楽しくなってきた。早く寮に帰りたいな、前向きにそう思いながら私は鏡舎へ向かった。