いまち
2022-05-13 20:54:25
11676文字
Public
 

4話・ティナのお買い物と自動人形


 リリアさんに案内してもらってこーばいぶ? に来た。てっきり「こーばいぶ」がお店の名前だと思ってたけど、お店には「ミステリーショップ」と看板が掲げられていた。名前だけだと、なんのお店なのか分からない。ママの「魔法屋」といい勝負かも。
 そんなことを思いながらお店に入ると、中は名前の通り、よく分からないものが所狭しと並んでいた。何屋さんって一言で言えないような品揃えで、それがまたママのお店を思い出させて、ちょっとだけ親近感を覚えた。
 授業中だからかお店の中は静かなものだった。リリアさんはまっすぐに店の奥に向かうと、お店の人かな? カウンターの奥にいる帽子を被った男の人に話しかけた。

「相変わらず稼いでおるようじゃな。のう、サム坊?」
「これはこれは、キュートな小鬼ちゃんたちが揃い踏みで、何の用かな?」
「くふふ、話は通っておろう? こやつの物を受け取りにきたのよ」
「あぁ、聞いてるよ。コイツでいいかい? 寮生活に必要なものを揃えた『小鬼ちゃんの新生活セット』」

 そう言ってお店の人……サムさんでいいんだよね? は花柄の大きな布包みをカウンターの上に乗せた。

「それと、これはトレイン先生から」

 続けて、黒くて薄い、紙のような布のような不思議な素材のバッグが出てきた。真っ黒な上、口が閉じられているから中身がまるで見えない。リリアさんも不思議そうに首を傾げたけど、すぐに納得したように頷いた。

「キュートな小鬼ちゃんは女のコだからね」
「はぁ……?」
「ないと思うけど、サイズが合ってなかったらすぐ教えてくれよ。交換するからサ!」

 サムさんはそう言いながらにこにこと手を振った。言ってる意味は分からないけど、またトレイン先生に気を使わせちゃったのかも。先生は私のことを「子供なんだから」なんて言ってたけど、だからって身内でもない人に色々してもらうのはやっぱり、ちょっと、悪い気がする。せめて、次に会った時にお礼だけでも言っておかないとだよね。

 黒いバッグを受け取ると、サムさんは大きな布包みを指さして「こっちは検めていくかい?」と聞いてきた。必要な物はこの中に揃ってるらしいから、あえて見る必要もないんじゃないかと思った。けど、私が答えるより先にリリアさんが「そうさせてもらおう」と布包みを解いた。
 中には沢山のノートとインク瓶、大きいタオルと小さいタオルが二枚ずつ、パジャマらしいお洋服に透明なポーチ。ポーチの中にはよく分からないボトルとタオルかな? コップに、歯ブラシにクシ、貝のような入れ物らしい箱が入ってた。このポーチとかボトルとかってどういう素材なんだろう? こんなに軽くて丈夫そうな素材は初めて見る。
 一通り見て、リリアさんは「こんなものか」とうんうん頷いた。

「あぁ。他にも入用な物があったら遠慮なく言ってくれよ」
「だ、そうじゃ。どうだ、キースリンク?」
「へ? えっと……

 そうは聞かれても、私にも何が必要なのか分からないから答えられない。とはいえ、後からアレがないーってなっても困るし、念のためもう一度荷物を見てみた。
 文房具は足りなかったらもらったお小遣いで買い足すとして、パジャマの大きさは大丈夫。透明なポーチの中も分からないものは多いけど、どれも説明書きがあるみたいだから、後で目を通しておけばいいかな?
 貝のようなものは石鹸を入れる箱のようで、中にはとてもいい匂いのするせっけんが入っていた。お皿にも入れ物にもできるなんて便利な物もあるんだなぁ、ってちょっと感心しちゃった。
 お食事の心配はいらないらしいから、これだけあれば十分かも。欲を言えば下着の替えも欲しいけど、男の人に頼むのはちょっと恥ずかしいから、後で生地を買って自分で作ろう。そのためにもお裁縫道具を借りれるか先生に聞いたらいいかな? せっけんはあるし、今のところは寝る時にでも洗えばいいよね。
 それじゃあ、これでお会計しちゃえばいいかな? そう思って、先生から受け取ったお金の封筒を出した。

「たぶん大丈夫です。えと、おいくらですか?」
「お代はもう戴いてるよ! このまま持って行ってくれ」
「え? でもでも、先生から支度のお金だってもらったんですけど……

 言ってもサムさんは「代金は支払い済み」と言うだけだった。てっきりこのお金で買うものだと思っていた。でも生活に必要なものはもう揃ってる。どういうことだろ、それならこのお金は返した方がいいよね? そんなことを考えているとリリアさんが小さく笑った。

「そりゃあお主の小遣いじゃろて」
「お小遣い、ですか?」
「うむ、必需品だけでは生活に彩りがないからのう、気が華やぐものでも買うておけということじゃろう」
「えぇ……

 そんな理由で三万なんて大金をもらっていいのか。ただでさえ色々な物をもらってるのに、その上働きもしないで大金をもらっちゃうなんて、って思う。いくらか分からないけど、やっぱり、払うべきかも。そう思って払おうとしても、リリアさんもサムさんもかぶりを振るばかりだ。

「まったく、とんだ遠慮しいじゃのう」
「えうぅ……でも、でも」
「キュートな小鬼ちゃんは真面目だねぇ。でも、人様がくれるっていうものを、きちんと受け取るのも礼儀なんだよ?」
「うむうむ、子が遠慮するでないよ」
「えぅ……

 ニコニコする二人に気圧されて、解せないものの、そういうものかと自分を納得させて、お金の入った封筒をポケットにしまった。

「そうそう、その風呂敷はサービスだからね、遠慮なく使っておくれ」
「ふろしき?」
「その布だよ。ある国では、この布に荷物を包んでバッグ代わりに使ってるのさ。そうそう、このリーフレットも付けておくよ」

 そう言ってサムさんがくれたチラシにはフロシキでの荷物の包み方が載っていた。たしかに、丈夫そうな生地だし、これだけ大きい布ならうまく包めばそういう使い方もできるのかもしれない。
 大きな布だけど、畳んだらポケットに入るくらいの大きさだもん。これ、考えた人は頭いいなぁ。採取用のカゴとかバッグって使わない時はかさ張るけど、このフロシキなら小さく畳めるから、必要な時だけ使える。すごくいいかも。
 さっそくチラシを見ながらふろしきを包み直した。なるほど確かに、結構な量の荷物だけど、こうして包むとうまくまとまって持ちやすい。包み終わった後でバッグも一緒に包めばよかったと気付いたけど、こっちは持ち手がついてるからそのまま持てばいいかな。中身は分からないけどすっごく軽いもんね。黒いバッグは肩からかけて、フロシキ包みは手で持って、サムさんにお礼を言った。

「えと、ありがとうございます」
「毎度ありっ! 必要な物があったらいつでもおいで」

 サムさんはそう言うと、手を振りながらそれはそれは眩しい笑顔で送ってくれた。

「すごいお店ですねぇ」
「そうじゃろう? それで、今日はほかに用事はあるか?」
「えと、寮に帰ってシュラウドさんって方に道具を渡すだけですねぇ」
「ふむ、なら帰るか。送るぞ」
「大丈夫です。……って言っても送ってくれるんですよね」

 寮への行き方は覚えてるから一人でも帰れる。けど、そう言ったところで、面倒をみてくれるんだろうなというのは想像がついた。案の定リリアさんは「よく分かっておるではないか」とくふくふ笑った。ここまで来ると、面倒見がいいを通り越してる気がする。

 寮に帰るため、リリアさんと鏡の小屋(鏡舎というらしい)へ向かっていると、ユウくんと男の子二人が走っているのを見かけた。声をかけようかと思ったけど、思っているうちに三人は走り去って行った。ずいぶん慌ててるみたいだったけどなにかあったのかな?
 気になったけど、それ以上にユウくんが無事でいることが分かってほっとした。制服を着てたってことは、どこかの寮に入れたんだよね。あっという間に走って行っちゃったから、どこの腕章を付けてるのかまでは見えなかったけど。
 ユウくんの走って行った方を見ていると、先に歩いていたリリアさんが不思議そうな顔で振り返った。ぼーっとしてる場合じゃなかったね。

「どうかしたのか?」
「えっとお友達がいたんです」
「ほう、今走って行った奴らか?」
「はい。どうしたのかなーって思って」
「なら、追いかけるか?」

 リリアさんはそう言っていたずらっぽく笑った。
 ユウくんとお話したい気持ちはあるけど、今はそれよりも寮に戻ろうと思った。三人ともすごい勢いで走って行ったから今から追いつける気がしないし、リリアさんは授業を抜けてきてるんなら、早く帰した方がいいもんね。
 それに、ユウくんがここにいるのなら、これからいくらでもお話する機会はあるだろうし、今急いで声をかけなくてもいいかも。そう思って、かぶりを振った。

「えと、大丈夫です。また今度お話します」
「そうか? では帰るとするか」

 そして、リリアさんに寮の私のお部屋まで送ってもらった。今日は授業が終わった後も用事があるらしい。そういえば、先生とそんなお話をしてたね。それが終わったらここに来て、また色々教えてくれるということだった。お風呂の使い方とかも教えてくれるって今朝言ってたもんね。忙しそうなのに悪いなぁ。

「すみません、何から何まで……
「遠慮はいらぬと何度も言うとるじゃろうに。それよりも、わしが来るまで大人しく部屋で待っておるのだぞ?」
「はい、わかりました」

 リリアさんはにっこり頷いて私の教科書を机の上に積むと「迷子になられては探すのも骨じゃからな」と冗談っぽく付け足した。まるで子供扱いだ。でも、実際リリアさんから見たら私は子供、どころか赤ちゃんみたいなものなのかもしれない。リリアさんがいくつなのかは知らないけど。

 リリアさんが出て行くと、途端に一人になってしまった。
 なんだかんだいっても、今日はずっと誰かと一緒にいたものだから急に寂しく感じる。そして、寂しさを感じると不安がついてくる。これはよくない。帰れなかったらどうしよう、なんて余計なことを考えはじめそうになるのを振り払って、とりあえずは今日貰った物のお片付けをしようと考えた。
 シュラウドさんが来た時に散らかったままだと恥ずかしいもんね。
 まずは何から片付けようかと思い目に付いたのは、トレイン先生が注文してくれたという黒いバッグだった。そういえばふろしきの中は見たけど、こっちは開けてなかった。中身がなんなのか気になるし、開けてみることにした。

「下着、と、なんだろ……?」

 バッグの中には上下揃ったかわいい下着が4組に肌着、それと妙にさわさわしたパンツが2枚とふかふかした包みが3つ入っていた。……サムさんがサイズがどうこう言っていたのはこういうことか。
 たしかに、下着は着てきたものしかないからすごく、助かる。助かるんだけど、ちょっとばかり恥ずかしいとも思ってしまった。包みの方はよく分からないけど、色々書いてるみたいだから後で見てみよう。
 さすがに下着を出しっぱなしになんてできないから、仕舞うためにクローゼットを開けた。中には教室で先生が説明してくれた授業で使うという運動着と実験着がすでに入っていて、それともう一着、革製の黒いお洋服もあった。今朝ここの寮で見た人たちが着ていたものと同じ服。これはいつ着るんだろう? ベルトが多いし、着るのは大変そうかも。
 そんなことを思いながら、着るものはクローゼットにしまって、教科書とノートは机にしまって、洗面道具は……とりあえず整理棚にしまっておいた。
 ふろしきとバッグはどうしよう? みんなが教科書を入れてたようなバッグは持ってないから、お勉強道具を持ち運ぶのにはこのフロシキを使えばいいかな? 黒いバッグの方はあまり丈夫そうな素材じゃないし、重い物は入れられなさそうだもん。とりあえず、畳んで机の上に置いておいた。

 あらかた片付けが終わると、途端にやることがなくなってしまった。もう一回サムさんのお店を見に行こうかなって思ったけど、リリアさんにお部屋で大人しくしてるよう言われた手前、じっとしているしかない。出かけてる間にシュラウドさんが来たら悪いもんね。
 本当はカボックへの帰り方を考えなきゃいけないんだけど、いかんせん、今日は覚えることが多すぎて頭の中がいっぱいいっぱいになっちゃったから、少し休みたい。
 ……なんて言い訳しながらベッドに寝転ぶ。ぼよぼよしてて、お布団はふかふかで本当に寝心地がいい。そのままうとうとしてしまいそうになるけど、シュラウドさんを待たないといけないから、寝ないようにしないとなぁ。

 シュラウドさんを待つとはいえ、ただぼーっとしているのも退屈だ。
 時間を潰せるようなものはないかなって部屋の中を見ると、今日配られた教科書が目に付いた。明日から授業が始まるそうだから、読んでみようと錬金術の教科書を手に取った。教科書は他にもあるけど、私に分かりそうなのは錬金術と魔法薬学とかっていうのしかないんだもん。
 錬金術なんだから、やっぱり学園にいる妖精さんに調合してもらうのかな? そう思って読んでみると、私の使う錬金術とは全然違うものだった。釜を使って手作業で行う調合、らしい。
 それなら魔技術に近いのかな? だとすると、ちょっと苦手かも。錬金術にはちょっとは自信があったから、ちょっとだけがっかりしてしまった。
 それでも興味はあるから教科書に目を通した。読んでみると、ここでの錬金術は釜に材料を入れて、魔力を込めて変質させるもの、らしい。「二人以上で協力して行うことで、安定して組み替えることができる」なんて説明もあるから、そこはマナ調合に似ている気がしなくもない。

 教科書に載ってるレシピを「これは作れそう」とか「これは分からないなぁ」なんて思いながら読んでいると、ドアをノックする音がした。

「はーい」

 リリアさんかな? それともシュラウドさんかな? 出てみると私よりちっちゃい男の子がにっこり笑って立っていた。

「初めまして、ティナ・キースリンクさん。僕はオルト・シュラウド、兄さんの代わりに魔法道具を預かりに来たよ」
「シュラウド、さん? えと、えぇ?」

 てっきり、先生かユーレイさんが来るのだと思っていたからちょっと驚いた。「兄さんの代わり」ということはシュラウドさんはこのオルトくんのお兄さんということになる。けど、オルトくんは見るからに人間ではない。髪は燃えているし、明らかに人とは違うつるつるした身体で、羽ばたくでもなく浮いている。
 普通に喋ってるけど、人間や魔物みたいな生き物ではない、それに質量を持たないユーレイさんや妖精さんたちとも違う。
 よく分からない子だけど、この子にラナフレームを渡せばいいんだよね。シュラウドさんに渡すように言われてもん。けど、目の前の子は得体が知れなくて、正直預けるのは怖い気がする。悩んでいるとオルトくんは「あぁ」と目を丸くした。

「そっか、ティナさんは異世界の人だったね。僕は最先端魔導工学で作られたボディに、AIを組み込んだ……
「まどーこーがく? えーあい……?」
「んっとー、ティナさんの世界にはオートマトンってあるかな? 僕はそれの、うーんとすごいヤツだよ」
「あ、それなら……うえぇ!? 作り物ぉ!?」
「そうだよ、僕は兄さんの最高傑作。すごいでしょー」

 なんとなくそんな気はしてた。だって、見るからに人間じゃないもん。そっか自動人形か。話だけなら聞いたことはある。
 人と違って歳をとったり、物忘れをしたりしないから、大事な施設の維持管理をするために大昔の錬金術士が作ったとかなんとか。……それだって何百年も前にそういうものがあったって話が伝わってるだけで、ほとんど伝説のようなものだ。それなのに今ここにあるというのだから驚いた。異世界ってすごい。
 その上、オルトくんは聞いていたオートマトンとは全然違うみたいだった。オートマトンって、決められたことしかお話できなくて、喋り方もすごく淡々としていると聞いていた。それなのに、オルトくんはちゃんと受け答えしてるし、お喋りの感じも普通の人と変わらない。

「う、うん! えと、すごい!!」
「兄さんは天才だからね! なんだって作れるんだ」

 そう言ってオルトくんは嬉しそうに笑った。さっきも「兄さん」って言ってたけど、他にも同じような自動人形がいるってことかな? だとしたら、本当にすごいところに来ちゃったのかも。

「あの、オルトくんって自動人形、みたいなのなんだよね? お兄さんもやっぱりお人形なの?」
「ううん、兄さんは人間だよ」
「え、それなのにお兄さん?」
「変、かなぁ?」

 しょんぼりと肩を落とすオルトくんになにがなんだか分からなくなってきた。やっぱり、お話しした感じはどう見ても人間だ。というか、その辺の人よりよっぽど人間味があるようにすら感じてしまう。
 そっか、お兄さんって人は人間なのか。たしかに、オルトくんのことを作った、みたいなことを言ってたもんね。だけど、お兄さんというのは違う気がする。でも、オルトくんがお兄さんを慕っているのはよく伝わってくるし、変だと思うのは悪い気がした。

「ううん! えと、不思議だなぁって思っただけなの! その、ごめん……
「よかった。兄さんは本当にすごいんだよ」
「そうなんだぁ……

 よっぽどその「お兄さん」が大好きなんだなぁ。ニコニコしながら話すオルトくんの態度から、そんな様子がひしひしと伝わってくる。私もお兄ちゃんのことは大好きだから、その気持ちはよぅく分かった。

「えぇと、本題に移らせてもらっていいかな?」
「え、あ、うん。えと、お守りを取りに来たんだよね? ……はい、これ」

 オルトくんにラナフレームを渡す。と、オルトくんの手のひらが光って、その光の中にラナフレームが浮かんだ。なんだろうこれ、もしかしてまずいんじゃ……

「うえぇ!?」
「解析を開始します」
「オルトくん?」
「原料銀鉱石、内部に旧式の魔法部品を確認、微量の魔導エネルギーの放出を確認、エネルギーの供給源は内部の魔法部品、召喚術の応用もしくは未知の技術によるものと見られます。続いてエネルギーの供給源の解析を続けます」
「お、オルトくーん?」

 急に雰囲気が変わってわけの分からないことを言い始めたオルトくん。さっきまでニコニコお話してたのに、声をかけても返事をしてくれないし、どうしちゃったんだろ? でも、この喋り方の方が自動人形っぽいかも。私の勝手なイメージだけど。
 でもでも、そんなことを考えてる場合じゃないよね。いきなりこんなことになって心配になった。もしかして、またラナフレームが悪さをしたのかもって思ってしまう。だからって、なにができるわけじゃないから、私には見ていることしかできない。

「精製した鉱石より組まれた機械部品、未知の機構・妖精族の力の痕跡を確認。エネルギー供給源を捕捉、供給源は内部のネジ、供給源に含まれる魔力はティナ・キースリンクのものと相似、97.623%の確率で血縁者のものと見られます」

 でも見ていたところで、オルトくんの様子は変わったままだ。どうにかしないとって気持ちだけが焦ってしまう。
どうすればいいんだろ、リリアさんを呼ぶ? それともオルトくんを作ったっていうお兄さんを呼べばいいのかな? でもでも、シュラウドさんって名前だけしか知らないんだよね。やっぱり先生なのかな?
 なら先生の所に行って呼んで……あ、でもこの状態のオルトくんを置いてっていいのかな? 私みたいに異世界に飛ばされたりとかしないかな。そうなったとしても、私には見てるだけでなにもできないんだけど。

「あわわ……お、オルトくーん?」
「解析完了、データを送信します」

 オルトくんの手元の光がおさまって、今度は身体が星のように青白く瞬いた。

「オルトくーん」
「通信中です。しばらくお待ちください」
「おーい」
「通信中です。しばらくお待ちください」
「えうぅ……

 何を言っても返ってこない。これは本格的にまずい気がする。こうなったらもう先生か誰かを呼ぶしかない。この状態のオルトくんを放っておくのは心配だけど、こうしていても私には何もできない。オルトくんの横を抜けて、ひとまずは校舎に向かおうとすると、後ろから声が聞こえてきた。

「ティナさん? どうしたの?」
「へ!?」

 振り返って見ると、元通りのオルトくんが不思議そうに首を傾げていた。さっきみたいな感じは微塵もない、最初の時の小さい男の子のような感じに戻っていた。

「もしかして用事でもあった? ごめんね、時間をとらせちゃって」
「え……え? え? え?」
「バイタルサインが乱れてるみたい。具合でも悪いのかな?」
「ばいたる? えと、オルトくん、大丈夫なの? その、急に不思議な感じになっちゃったから、えと、心配して」
「んー?」

 オルトくんは何かを考えるような仕草を見せると、すぐに「ああ」と笑顔を見せた。こうして見ると、本当に普通の人にしか見えないや。

「そっか、ティナさんがいたところには通信機器はないんだね」
「つーしん? えと、聞いたことない、かな……
「えーっとね、僕はティナさんのお守りを調べたんだ」
「調べた……?」

 そういえば材料とか中身がどうとか言ってた気がする。
 ちゃんとは聞いてなかったけど、中のネジがどうとか言ってたから、ラナフレームの中身を見たというのはなんとなく分かった。でも、どうやって見たのかは全然分からない。私にはオルトくんの手のひらから出た光の中をラナフレームが泳いでるようにしか見えなかったんだもん。
 ちんぷんかんぷんな私にオルトくんは説明してくれた。

「うん。僕のボディにはスキャナと簡単な分析装置が搭載されていて、ある程度の物なら分解しなくても構造を見ることができるんだ」
「へぁー……
「そして、調べた結果を兄さんに送信……えっと目に見えないお手紙にして送ったんだ」
「見えないお手紙……

 なるほど、分からない。でも、オルトくんがものすごい高度なことをやっているということだけは、なんとなく分かった。異世界の技術ってすごいなぁ。としか思えない。
 どことなく上の空にそんなことを思っていると、オルトくんがしょんぼりと肩を落とした。

「それでね、申し訳ないんだけど、このお守りをしばらく借りてもいいかな?」
「え?」
「簡単な構造の物ならすぐに済むんだけど、ティナさんのお守りは計算していた以上に複雑で、調べるのに時間がかかりそうなんだ」
「えと、元々渡すつもりだったからそれは構わないよ?」
「ありがとう」

 そもそも、ここで調べ終わるつもりだったのか。そっちの方が驚きだった。
 だって、ラナフレームってものすごく複雑なはずだもん。材料だって一年かけて一回りする歯車、次元を刻む計器、風の精霊の通り道、ママの魔力を込めたネジ、と、複雑で高度な技術で作られたものばかり。それをこの短時間で調べるというのは無理があると思った。
 もちろん、貸すのは全然構わない。カボックに帰るためだもん、それくらいなんてことない。とはいえ、分解されても私には直せないから、それだけは伝えて、改めてオルトくんにお願いしますと伝えた。

「任せて! あ、兄さんがお話したいんだって、いいかな?」
「お話? えと、うん」
「接続します」

 またオルトくんが不思議な喋り方になったかと思うと、オルトくんの口元とは別のどこかから「ども」となんだか掠れた声が聞こえてきた。オルトくんの声とは全然違うから、オルトくんのお兄さんって人かな? 声はするものの姿は見えない、どこかから隠れて話しかけてきてるのかな? そう思って辺りを見回すも、誰もいない。廊下には寮の人たちが何人かいるけれど、私の部屋の近くにはいない。そして隠れられる場所もない。

「何? 探し物?」
「あの、オルトくんのお兄さん、ですよね? どこにいるんですか?」
「は? 電話とかしたことない人?」
「でんわ?」
「あー、いい、いい。オルトを僕だと思って喋ってくれればいいから」
「えと、はい」
「ん。僕はイデア・シュラウド。イグニハイドの寮長してる。よろしくしなくていいんで、適当によろ」
「イデアさん、ですね」

 よく分からないけど、オルトくんをイデアさんだと思って喋ればいいんだよね。本当に、どういうことなのか全然分からないけど。
 オルトくんのお兄さんことイデアさんはなんだか変わった喋り方をする人だ。ボソボソと早口で喋ってるものだから、少し聞き取り辛い。というか、寮長さんということはここの学生さんなのか。お勉強しなきゃいけないはずなのに、こんなことをさせていいのかすごく疑問だ。でも、リリアさんはイグニハイドには職人さんみたいな人が多いって言ってたし、こういうのを調べたりするのが得意ってことなのかも?

「ティナ氏、だよね? オルトから説明があったと思うけど、この魔法道具はしばらく僕が預かって調べるんで。で、聞きたい事とかある時はオルトに伝言頼むから協力してくれる?」
「はい、分かりました」
「ん。で、逆にティナ氏にこっちに来てもらうこともあるけど、それもいい?」
「はい。えと、どこに行けばいいですか?」
「うちの寮まで。そういう時もオルトに案内させるから。余計なこととかしないで、いい?」
「はい……

 また余計なこと、か。私そんなに変なことするように思われてるのかな? ……いや、変なことをしたからこの世界に来たのかもだから合ってるかな。ちょっと落ち込みそう。言いつけとかはちゃんと守る方だと思ってたんだけどな。

「んじゃ、そういうことで」
「え」

 一方的に話を切られたことに驚いていると、オルトくんがにっこり笑っていた。

「えと……
「ごめんね、兄さん今寮長会議に出てるから、あまりお話できないんだ」
「そうなんだ……?」

 むしろ会議中に私とおしゃべりしててよかったのかな? どうやって喋ってたのか分からないけど。

「でも安心して、兄さんならすぐにティナさんを元の世界に帰してくれるから!」
「そうなの?」
「うん、なんたって兄さんは天才だからね!」
「そっかぁ」

 両手を広げて嬉しそうに笑うオルトくんは感情豊かで人間そのものだ。でも、自動人形なんだよね? そうは全然見えないけど。
 イデアさんのこととか、不思議なお喋りとか、分からない尽くしだけど、オルトくんがイデアさんをとても尊敬していることだけは伝わった。それと、イデアさんに任せれば大丈夫らしいということも。

「えと、それじゃあお守り、お願いします」
「任せて! できるだけ早くティナさんを元の世界に帰せるように、兄さんも僕も頑張るよ。それじゃあ、お邪魔しました」
「うん、じゃあねぇ」

 ニコニコふわふわと去って行くオルトくんを見送った。
 やっぱりよく分からなかった。オルトくんの身体はどう見ても人間とは違う。けど、お話しした感じは普通の人と変わらない。突然人が変わったようになるのも謎だ。それに、イデアさんとお話した方法も分からない。あれも魔法なのかな? 遠くの人に声を届ける、とかそんな感じの。
 私がいたところでも、大昔の技術で後の時代の人に姿と声を残す、なんてものがあったらしいけどよく知らないんだよね。こんなにもやもやするんなら、もうちょっとちゃんとお勉強しておけばよかったな。

 ふわっと後悔しながらベッドに寝転んだ。そのままなんとなく机に目を向けても、そこにあったラナフレームはもうない。なんとなく、心もとない気分になった。
 調べ終わったら返してくれるとは言っていたけど、本当に大丈夫なのかな? オルトくんは大丈夫って言ってくれてたけど、イデアさんがどういう人かなんて私には全然分からないから、どうしても心配になってしまう。
 いやいや、協力してくれるっていうのに、疑うようなことを考えちゃダメだよね。
 降って湧いた気持ちを払うつもりで身体を起こす。たくさんお喋りして喉も渇いたから、お水でも飲もうとコップを持って部屋を出た。部屋を出るなとは言われてたけど、すぐ戻ればいいよね。リリアさんは優しい人だし「しょうがないのぅ」なんて言って許してくれるよね。