いまち
2022-01-30 12:58:34
18557文字
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1話・ティナと棺桶の入学式

一本あたり長くてもいいそうなのでまとめてみるテスト。

 どうやら私は気絶していたらしい。うつらうつらしていたものの、少しずつ意識がはっきりしてきた。今の状況は分からないけど、特に痛い所とかないから、意識を失っている間に魔物に襲われたということはなさそうだ。
 頭こそはっきりしてきたけど、身体が重くて動けない。それに、閉じたままの瞼の上に光は感じない。今いるのはどこなんだろう。空気の流れは感じないからお外ではなさそう。背中に当たってる部分はふかふかしているし、ベッドに寝かされてるのかな? でも、私のベッドとは違う。もしかして誰かが助けてくれたのかも。だったら、早く起きてお礼を言わなきゃ。

 そう思っていると、かすかな光を感じて、それに合わせて目が開いた。目の前には見たことのない天井が広がっている。
 さっきまでぼんやりしていたのに、突然目の前に現れた、全く見覚えのない光景に驚いて、はっきり目が覚めた。
(ここ、どこ!?)
 予想外なことに喉がカラカラになるのを感じながら、急いで頭を働かせる。
 私はママのおつかいのために、街からそんなに離れてない遺跡で調合材料の採取をしていたはずだ。なのに、今私がいるここは間違いなくその遺跡ではない。
 かといって遺跡近くに住む知り合いのおばあちゃんの家でもない、近くの街の雰囲気とも違う。私がいるのは、見たことのない、大きな鏡のある、広いお部屋だった。
 まさか倒れている間に人さらいに遭っちゃって、知らないところに連れて来られた!? 咄嗟にそう思って、慌てて身体を起こすと、目に飛び込んできたのはアヤシイ仮面を着けた黒い帽子の男の人だった。あまりにもアヤシイ恰好に心臓がぎゅうっとなった気がした。驚く私をよそにその人は「おや」と首を傾げると、

「もう目を覚ましていましたか」

 と呟いて「ではあちらに並んで」と左の方を指さした。何がなんだか分からなくて、アヤシイ人の指さす方を見ると、黒いフードを被った怪しげな人たちと、たくさんの椅子が並んでいた。
 あの人たちはなんだろうと思いながら立ち上がると、急に違和感を覚えた。なんだかあったかい気がする。はっとして見下ろすと、私も怪しげな人たちと同じ服を着せられていることに気が付いた。
 なんとなく暖かいと思っていたけど、お着替えまでされてたなんて……見ると、フードがついた、豪華な刺繍がされたローブと、ちょっと窮屈な厚手のシャツとスボンのやたらと高そうなお洋服だ。

「うぇ!? なにこれぇ!」
「式典中です! 静かに!」
「えぅ、ごめんなさい……

 びっくりして声を上げてしまい、アヤシイ人に怒られてしまった。人さらいかなにか知らないけど、今の状況が分からない以上、下手に逆らわないで言うことを聞いておいた方がよさそうかも。
 それでも今の状況を知っておきたい。けど、あっち行けされたからのんびりはできない。もたもたして怖い目に遭わされたらたまらない。けどせめて、なにか手掛かりになるかもと、取り急ぎ私が寝ていた箱を見た。
 寝心地がふかふかしていたから、ベッドに寝かされているものだと思っていたけど、私が寝かされていたのはこの布張りの箱だったみたい。遺跡で倒れてから何があったのか覚えてはいないけど、この箱に入れて連れてこられたんだろうと想像がついた。
 箱の中には元々着ていた服と杖、ポーチにお守り、持っていたものが全部収まっていた。他はともかく、お守りと杖が無事なのことに心底ほっとした。
 ほっとしてあれ、と思う。わざわざ着替えさせて、箱に寝かせて……って、人をさらうのにこんな手の込んだこと、するかな? 辺りを見回すと、同じような箱がたくさんあった。横に置かれてたり、宙に浮いていたりしている。
 そして、それらを見ていて気が付いた。私が今いる箱、そして周りの箱、いやに真っ黒で金の装飾がされていて、高級そうな雰囲気だけど、不思議と見覚えがある気がしていた。それもそうだ、だってこの箱は――

「うえぇ!? 棺桶ぇ!?」
「静粛に! 早く席に着きなさい!」
「ぴっ!? ごめんなさい……

 またアヤシイ人に怒られてしまった。とってもアヤシイ人だけど、よく見ると身に付けている物は高そうなお洋服に装飾品。それら見るに、どうやら人さらいとか、盗賊とか、そういう人たちとは違うようだ。
 あぁいう人たちは一見高そうな物を身に付けているようでも、ちぐはぐだから一目でわかる。……と、酒場のオジさんたちから教わっていたから。高そうな物を身に付けてる人は、髪や肌、身に付けてるものの状態を見て、ちゃんとキレイにしてるか見るんだよ。って。
 仮面の人は格好こそアヤシイけど、本人も身に付けてる物も清潔そのものだった。格好はすごくアヤシイけど。
 アヤシイ人だけど、もしかしたら話もできるかもしれない。そう思うものの、アヤシイ人はこちらに背中を向けて、別の棺桶を開けていた。とっても気になるけれど、邪魔をしない方がいいのかもしれない。式がどうこう言っていたから、それが終わった時にでも聞けばいいのかも。とりあえず言われた通り、同じローブを着てる人たちの列に向かった。

「えっと、お隣失礼します」
……

 先に座っていた同い年くらいの男の子に声をかけると、その子はぎょっとした顔を私に向けて、何も言わずに目を逸らした。これじゃあ座っていいのかどうかも分からない、もう一度「ここに座っていいんだよね?」と聞いてみるとその子は小さく頷いた。
 私が席に着くと、ほどなくして隣に同じローブの子が座ってきた。また同い年くらいの男の子だ、反対隣の子と比べると身体が大きい。その子も私を見ると変な物を見るような目を向けてきた。
(居心地悪いなぁ……
 なんでそんな目で見られなきゃいけないんだ、とちょっとだけ、イヤな気分になる。これから何が始まるんだろう? ちゃんとお家に帰れるかな。
 そう不安に思っているうちに、なんだか瞼が重たくなってきた。暖かいお洋服を着てるからかな? でも、それにしては強すぎる眠気だ。まるで、お薬を飲んだ後のような――

「はっ!?」

 ぼーっと座っていたらいつの間にか寝てしまったようだ。いけないいけない、よく分からないところで寝るなんて危ないにもほどがあるよね。それにしても、いつまでこうやって座ってればいいんだろ? っていうか、式典って聞いてたけど、何の集まりなんだろう?
 見ていると、人の名前が呼ばれて、ローブの人たちの列から一人出てきて、席から部屋の奥にあるおっきな鏡の前に立って、何か喋って、戻ってを繰り返しているみたい。
 その鏡も、中に人の顔が浮かんでいるとても不思議なものだった。あの顔ってオバケかなんかなのかな? オバケが入ってる鏡? よく分かんないや。

「クレイン・キースリンク!」

 なんなのかなーと思いながら人の流れを見ていると、パパの名前が聞こえてきた。同じ名前の人もいるんだね。ちょっと親近感。

「クレイン・キースリンク! いないのか!」

(パパと同じ名前の人ー、呼ばれてますよー)
 知ってる人と同じ名前の人って気になるよね。どんな人だろ。ここから見えないかな? ちょっと背伸びして見てみようとするけれど、人が多すぎて前もロクに見えない。
 ……そんなことをしていたら隣の人に脇腹を小突かれた。なにかと思って顔を向けると、その子は俯いて「呼ばれてるぞ」と小声で教えてくれた。

「え?」
「今呼ばれてるのはお前だろ。早く行かなきゃ怒られるんじゃないか?」
「え、そうなの? でも……

 私の名前じゃない、と言いかけるとひと際大きな声があたりに響いた。

「クレイン・キースリンク!!」
「は、はいぃ!」

 思わず返事をしてしまった。私はクレインじゃなくてティナなのに……。けど、知らんぷりするのはいけない気がしたから、他の人たちがそうしていたように鏡の前へ向かった。

「まったく、呼ばれたらすぐ……
「えうぅ、ごめんなさい……

 名前を呼んでいたのは渋い赤い色の服を着た、おじいちゃんくらいの歳の男の人だった。いいお洋服を着ていて、髪もきちんと整えられていて、さっきのアヤシイ人のように人さらいには見えない。
 けど、貴族っぽい身なりの上に、難しそうな顔をしているものだから、ちょっと怖い。その人は私を見て眉をひそめると、持っている羊皮紙と私とを見比べた。

「待――
「汝の名を告げよ」

 おじいさんが何かを言いかけるのと、鏡の中のオバケが喋ったのは同時だった。分からないけど、他の人たちと同じように、このオバケに私の名前を言えばいいのかな?

「えと、ティナ・キースリンクです」

 名前を言うと、オバケは考えるように顔をしかめた。何してるんだろ、これ。っていうか、なんなんだろこのオバケ。オバケなのにお化粧してるような顔でなんだかケバケバしい。

「汝の魂のかたちは……ディアソムニア!」
「はぁ……

 魂のかたち? ディア……なんとか? なんの話だろう? やっぱりわけが分からないけど、他の人たちと同じように、さっきの席に戻ればいいのかな。そう思って回れ右をすると「君、ちょっとこちらへ」とおじいさんに手招きされた。

「はい」
「クルーウェル先生」

 呼ばれたみたいだからおじいさんに近付くと、おじいさんは部屋の隅にいる人たちに短く声をかけた。するとまた別の、なんだかすごくシマシマな男の人がこちらに来た。カッコイイけど髪もお洋服もシマシマで、なんだか目がチカチカする人だ。
 おじいさんとそのシマシマの人は何やらコソコソとお話をしていた。がくえんちょーとか、ゲートがどうこうとか話してるみたいだけど、小声でヒソヒソしてるものだから、なんて言ってるのかよく聞こえない。
 お話が終わったのか、シマシマの人は私を見ると「来い」と一言だけ言って、私の腕を掴んだ。ちょっと痛い。振り払って逃げようかと一瞬思ったけど、このシマシマの人は見た目のわりに握力が強いみたいだった。
 それでも、振りほどけないほどではない。でも、じぃっと私を見る目は逃がすまいと言ってるようで、下手に抵抗するのはまずいように感じた。怖いけど、言うことを聞いておいた方がいいのかも。腕を引かれるまま、大人しく付いて行くことにした。

 薄暗い通路? 廊下? を腕を引かれながら歩く、さっきまで人がたくさんいたところにいたものだから、急にひと気がなくなると不安になる。ばくだんの一つでもあればどうにかできるかもだけど、源素はさっきの棺桶の中だ――と考えていてはっとなった。
 今いるここにマナの気配こそあるものの、いつも一緒にいたニンフの姿はなく、その契約も切れていた。それに気付いて、ぞっとする。
 普通の人には知覚できない存在であるニンフがいれば、辺りを探ってもらったり、ばくだんを調合してもらって突破口を開いたり、今みたいに知らない場所でも動きようがある。いないとなると、途端に分が悪くなってしまう。
 調合ができなければ身も守れない。こんな得体の知れない場所で、マナも源素もない私に一体何ができるんだろ? それに、いないみたいだけどニンフは無事なのかな?
 怖いのと、不安なのとで頭がいっぱいになっていると、広い部屋に連れてこられた。
 たくさんの長机と椅子が階段みたいに並べられている。なんとなく聖堂っぽいような気がしたけど、それにしては殺風景すぎるかも。
 そんなことを考えていると、シマシマの人は椅子の一つに私を座らせた。

「式典が済み次第お前を帰す。それまではここで大人しく待機しているように」
「えっ、私帰れるんですか!?」

 なんとなくと攫われたものだと思ってたから、ちょっと拍子抜けしながら聞くと、シマシマの人はうんざりしたような顔をして「当然だろう」とため息交じりに答えた。
 ここがどこだか分からないし、ニンフとの契約は切れてるし、分からない、怖い、ばかりだけど、家に帰してくれるってことなら、安心していいのかな?
 そっか、帰れるんだ。帰ったらまずパパとニンフを探しに行かないとだよね……帰ったらどうしようかと考えていると、シマシマの人はちょっぴり怖い顔になった。

「いいか、くれぐれも勝手に出歩いたり、そこらのものをいじったりはしないように。分かったな?」
「は、はい! あの、私の服とかさっきの所にあるんですけど」
「荷物は後だ。とにかく、式典が終わるまで大人しくしろ。できるな?」
「えと、わかりました。それで帰れるなら……

 シマシマの人は「よろしい」と頷くと部屋を出て行ってしまった。帰れるとはいえ、静かな部屋に一人でいると、なんだか心細くなってきた。
 ぼうっとしていてもニンフはどうしてるかな。とか、帰すなんて言ってたけどちゃんと帰れるのかな。とか、考えてしまいどんどん不安になってくる。
 気を紛らわそうと窓に目を向けると、外は真っ暗で、今は夜だということが分かった。私が気絶したのはたしかお昼前だった。いつの間にかこんなに時間が経ってたんだろ。
 そう思うと今度はお家のことが心配になってきた。街の近くに行くだけなのに、こんなに遅くまで帰らなかったらパパもママも心配してるよね。それに、言う事を聞かないでこんなことになっちゃったから怒ってるかも。
 考えているうちにお腹も空いてきた。こんなことになるなら、おじいちゃんのお弁当、食べておけばよかったな。置いて来ちゃっただろうお弁当とか、採取カゴはどうなってるんだろ? 壊れたらママに怒られちゃうから無事だといいんだけど。
 思いつくまま、あぁだこうだと考えてるうちに、どんどん気持ちが沈んでいった。

 どれくらいこうしていたんだろう。外は相変わらず真っ暗で、時計もないからどれくらい時間が経ったのか分からない。動くなとは言われたけど、ずっと座っているのも疲れてしまう。ちょっとだけ足を伸ばしたり背伸びしたりして体をほぐした。じっとしてろって言われたけど、これくらいならいいよね?

……ん?」

 そうしているうちに、何人かの足音がこっちに向かってきているのが聞こえてきた。式典とやらが終わったのかな。
 そう思っていたら激しくドアが開かれて、最初に見た仮面のアヤシイ人が入ってきた。あまりにも大きな音だからついびくっとしてしまった。その人は私を見て、あーあー呻きながら大きなため息をつくと「ついて来てください」と手招きをした。
 もしかして帰してもらえるのかな? 期待しながらアヤシイ人について行くと、さっきのオバケの鏡の部屋に戻ってきた。たくさんいたローブの人たちはすっかりいなくなって、残っているのは男の子が一人と、たくさんの棺桶だけだった。

「それで、貴女の荷物とやらは?」
「あ、はい」

 アヤシイ人に言われて私が入っていた棺桶から服と、杖と、ポーチと、ママのお守りを取り出す。見たところ、なくなった物はないようで一安心だ。ポーチの中にあるばくだんやおくすりも最後に見た時から減ったりはしていない。きっちり確認して「これで全部です」と仮面の人に伝えた。
 仮面の人は頷いて「その式典服は返していただきますよ」と指を鳴らすと、途端に目が眩むような光が目の前に広がった。
 驚いて、眩しくて思わず目を閉じてしまった。少しして、光が鎮まると急に寒気を感じた。見ると、ローブの服がいつもの私の服に変わっていた。

「えぇ!? 何ですかこれ!」
「魔法です。それより、貴方がたにはお帰りいただきます。忘れ物はないですね? レディー・ファーストと言いますし、貴女からどうぞ」

 そう言って仮面の人は私をオバケの鏡の前に立たせた。「故郷のことを念じて」と言われたからカボックのことを考える。……あれ? 帰るのって街でいいのかな? 元いた遺跡に戻った方がいいのかも? でもまた一人で行ってヘンな事になったら困るし、一回帰ってからパパと一緒に行けばいいのかな?

「さあ闇の鏡よ、この者をあるべき場所へ導きたまえ」

 仮面の人がそう唱えると、また鏡の中のオバケが顔を見せた。えっと、カボックのことを考えればいいんだよね。おじいちゃんの酒場があって、雑貨屋さんがあって、跳ね橋の先に武器屋さんがあって、階段を上ると噴水広場と大聖堂とママのお店が……

「どこにもない……
「え?」

 えっと、街の入り口には大きな門があって、商業区には露店用のスペースがあって。あとは、井戸とか、たるとかあって。軒先にお芋を干してるおうちが何件かあるでしょ。あぁ、そうだ、大聖堂の後ろは林があるんだ。えーっとあと何があったっけ。というか、いつまで考えてればいいんだろ。仮面の人とオバケが何かお話してるみたいだけど、まだかなぁ。

「ちょ、ちょっとお待ちくださいね。えぇ、貴女は後にします。そちらの君、鏡の前へ」
「はい」

 なんだか分からないけど、焦った様子の仮面の人に鏡の前からどけられた。帰してくれるんじゃなかったのかな?
 仮面の人はもう一人の男の子を鏡の前に立たせると、私に言ったように故郷のことを考えるよう、その子に言った。そして、鏡のオバケは「どこにもない」と一言だけ告げるとそっと姿を消した。

「ありえない……

 焦った様子で呟く仮面の人に何を言えるわけでもなく、私は困り顔の男の子と顔を見合わせた。
 キレイな黒い髪に黒い目、男の子も私と同じくらいの年頃のようだった。この状況から察するに、この子も私みたいに連れて来られたのかも。
 本当になにがなんだか分からない。わからないけどどうしようもない。あまりにもわけが分からないから、もしかしたら夢なのかも。……なんて頭の隅っこで思ってしまった。

 ありえない、とぶつぶつ呟き続けていた仮面の人は、やがて大きなため息を吐くと、私と男の子にどこの国から来たのか聞いてきた。
 国、と言われて少し困った。私が住んでるエスビオール地方はスレイフ王国の一部ではある。けど、ずうっと昔に王様に放棄されたという南エスビオール地方に住む人に「自分はスレイフ王国の人間だ」なんて意識はない。実際私もそうだ。
 ……とはいえ、聞かれたのだから、自分でどう思っててもちゃんと答えなきゃいけないよね。ちょっとばかりの抵抗を覚えつつ、仮面の人に答えた。

「国ならスレイフ王国、かな? えと、南エスビオール地方……の、カボックです」
「実は……ニホン、です」

 男の子も答えたけど、馴染みのない響きの、聞いたことのない名前だった。私たちが答えると、仮面の人は困ったように口元を歪めて「調べましょう」と、私と男の子についてくるよう促した。
 部屋を出て、長くて暗い廊下を歩いて、今までいた建物を出た。そこで、振り返って見てみると、私たちは今まですごく立派なお城にいたのだという事がわかった。
 お部屋や廊下ひとつとっても、ものすごく立派な造りだったから、納得といえば納得かも。ここがお城だとしたら、一体なんの施設なんだろ? 子供だけこんなに集めるとなると、学校とか孤児院だとは思うけど、こんな立派なお城をそんな使い方、するかなぁ?

 分からないなぁ、なんて考えながら仮面の人の後に付いてキレイな石畳の道を行くと、さっきのお城より小さな、けども立派な建物に着いた。キレイな白い建物で、どことなく街の大聖堂のような雰囲気がある。ステンドグラスはないみたいだけど。
 そしていざ入ってみると、立派な外観もさることながら、中はもっとすごかった。
 天井まで届くような高い本棚にはみっしりと本が詰め込まれていて、それどころか宙にまで浮いている。どういう仕組みなんだろ? とても不思議。
 ちょうど目の前で浮いてる本は、魔術の本のようだった。私がママから習ってる魔技術は魔術のひとつだ。だから気になってしまい、手に取ろうとしたら、仮面の人に触らないよう言われてしまった。
 そして、その辺のものには触らず、大人しく座っているようと言われて、男の子と一緒にその辺にあった椅子に座った。
(ママと読んでみたいなぁ……
 ゆらゆら浮かぶ本を眺めながら、そんなことを考えているうちに、胸がしくしく痛むのを感じた。
 私、本当にカボックに帰れるのかな? 心配になって、さりげなく隣を見ると、男の子はじっと俯いて、落ち込んだような顔をしている。不安なのはこの男の子も一緒なんだ。しくしくしてるのは私だけじゃない。そう思うと、少しだけ胸が軽くなった気がした。
 
 仮面の人は本やら地図やら広げて、私たちの住んでいた国を調べている。らしい。
 私たちは何もしないで座っているよう言われた。けど、じっとしているのは落ち着かないし、みんな黙ったままなのはなんだか怖い気がする。だから、こっそり男の子に声をかけた。

「あの、なんか、大変なことになったみたい、だねぇ?」
「えっ」

 声をかけると、男の子は目を瞬かせた。考え事の邪魔でもしちゃったかな? 驚いたような顔をする男の子に謝ると、男の子は驚いた顔のまま大きくかぶりを振った。

「いや、ぼーっとしてただけだから」
「そなの?」
「うん。っていうか、言葉……
「言葉?」
……なんでもない。気にしないで」
「そーぉ? ね、名前はなんていうの? あ、私はティナ・キースリンクっていうの」
「え……

 名乗ると男の子はまた驚いたような顔をした。私の名前、そんなにヘンかなぁ。でも、お互い知らないところから来たみたいだし、国とかで名前って全然違うみたいだからそう思うのも無理はないかも。

「ええと、自分はクドウ・ユウ、って、いいます」
「クドウくん?」
「ううん。ユウが名前」
「へー、逆なんだねぇ。ね、ね、ユウくんはニホンではなにしてたの?」

 ユウくんは見るからに高そうなお洋服を着ていた。カボック商工会の会長さんだってこんなにぴかぴかの、縫製のいい服なんて着てないから、とても気になった。
 聞いてみると、ユウくんは学生さんらしい。そっか、お金持ちなら働かなくても学校に通えるもんね。もしかして、学者さんの卵かも。そんなことを考えていると、ユウくんもまた私が何をしてるのか聞いてきた。

「えと、ママのお店とおじいちゃんのお店のお手伝いをしてるよ」
「えっ、その歳で働いてるの?」
「うん。お兄ちゃんは学校に行ってるけど、私はお仕事してる方が楽しいんだもん」

 ユウくんは「そうなんだ」と驚いたような顔をした。なんでも、ユウくんの国では私くらいの歳の子はほとんどが学校でお勉強をするもので、お仕事をするにしても、せいぜいお小遣い稼ぎのアルバイトなのだそうだ。……働かないで学校に通えるなんて、裕福な国なんだなぁ。
 私も学校に行きたい気持ちはあったけど、魔技術も錬金術も、教えられるのはパパとママしかいないから、行くのはやめにしたんだよね。
 そんなことを思い出していたら、ユウくんも私の服を不思議そうに見ているのに気が付いた。あまりじーっと見られたらちょっと恥ずかしいかも。

……ところで、その服ってコスプレじゃないよね?」
「こす……? なぁにそれ?」
……なんでもない」

 ユウくんもまた、仮面の人のようにうんうん唸り出してしまった。ゲームとかふぁんたじー? とか言ってるけど、どういうことだろ? 私の服、なんかヘンかな? そう思われたのだとしたら、ママが作ってくれたお気に入りだから、ちょっと悲しいかも。
 うんうん唸っている二人を見ると、本当に大変なことになったんだと、改めて思い知らされた気がした。私、このまま帰れないのかな? そうなったらとっても困る。きっとパパもママも心配してるし、おじいちゃんのお店も困っちゃう。
 どうにかして帰れないかな……そんなことを考えていると、仮面の人はおもむろに本を閉じた。そして疑うような目(だと思う。仮面をしてるから分からないけど)を私たちに向けてきた。

「地図どころか、有史以来、貴方たちの言う出身地は見当たりません」

 そしてじっとこちらを見つめて「貴方たち、ウソをついてるんじゃないでしょうね?」とちょっぴり怒ったような声で聞いてきた。私はもちろん、ユウくんも嘘はついていない。二人でそう訴えると仮面の人はまた、ぐったりと肩を落とした。

……となると、別の惑星、あるいは異世界から招集された可能性が出てきます」
「宇宙人!?」
「異世界……

 ユウくんは驚いているようだけど、私は異世界と聞いて納得してしまった。可能性としては十分ありえる。ママのお守り――ラナフレームは見た目こそただのペンダントだけど、その実は次元に干渉する道具だ。
 そんなラナフレームと、元々私がいた遺跡の転移装置が悪い方向に噛み合って、こんなことになってしまったんじゃないか、というのは想像に難くない。実際はどうかは分からないから、可能性の話でしかないんだけど。
 まるでわけが分からなかった今の状況が、想像とはいえ少し見えてきた。変な話だけど、ずっとこんがらがっていた気持ちがちょっとだけ落ち着いた。これはやっぱりお話しした方がいいよね、と仮面の人に顔を向けると目が合った。なんだか怪しんでるような目だ。

「貴女、随分冷静になってしまったようですけど、思い当たる事でもあるんですか?」
「えと、実は……

 気付いたことを仮面の人に伝えると、一層疲れた様子を見せた。ユウくんも驚いたような顔をしてる。私がこんなだし、ユウくんも同じように異世界からここに来たのかもしれない。
 でも「ニホン」なんてところは聞いたことがないから、そこもまた別の異世界なんだろうと思った。世界はいくつもあるってママから教わってたもんね。
 仮面の人はこほん、と咳払いをすると「それで、帰るアテはあるんですか?」と、どことなく期待の籠った声で聞いてきた。当然だけどない。そもそもどうやって来たのかもちゃんと分かってないんだもん。

「えぅ……ないです」
「はぁ……
「あ、でも、お守りも壊れたワケじゃないので! 方法とか見つければ帰れるかもです!」
「ま、まるっきりアテがないよりはいいでしょう、それで……

 と仮面の人はユウくんに目を向けた。そしてユウくんが元いた世界や、ユウくん本人について分かる持ち物はないか聞いている。それに対して、ユウくんはポケットを漁ると顔を青ざめさせた。

「財布もスマホもない……
「困りましたねぇ」

 大変だなぁ、なんて思いながらユウくんと仮面の人とのやりとりを眺める。お財布がないのは心配になるよね。……でも、「すまほ」ってなんだろ?
 二人のやりとりを見ていると、どうやらユウくんは私は違って、元の世界からの持ち物は今着ているお洋服のほかはなにもないようだった。そんなユウくんに仮面の人はいよいよ困ったように頭を抱え出した。私も、そしてたぶんユウくんも同じ気持ちだ。そう思っていると、ふいに仮面の人と目が合った。


……貴女はたしか、魂の選別はお済みでしたね」
「魂の選別?」
「闇の鏡に何か言われたでしょう?」

 あのオバケの鏡、闇の鏡なんて名前なのか。なんか物騒だなぁ……って言ったらプルーアに悪いか。この感じだと、式典? でのオバケに名前を言って、答えてもらうっていうのがその「魂の選別」なんだろうね。私は仮面の人に頷いた。

「あ、はい。ディア……なんとかって言われました」
「ディアソムニアですか。ならいいでしょう、貴女には取り急ぎ寮に入っていただきます」

 そう言うと仮面の人はつるつるした薄い板を取り出して、それに話し出した。なにしてるんだろ? それに、りょーって何だろ? まさかお魚を採るわけじゃないよね?
 仮面の人は板をしまうと、またユウくんと話し始めた。私、どうすればいいんだろ? 二人がお話ししてるところに口を挟むわけにもいかず、ぼーっと眺めていると、鏡のところで名前を呼んでいたおじいさんがやってきた。
 仮面の人はおじいさんとひと言ふた言お話しをすると「では、彼女をディアソムニア寮までお願いします」と私の背中を押した。ついでに服もちょっと前まで着ていた高そうなローブに替えられて、元の服は机の上に畳んで置かれている。
 やっぱりこれも魔法なんだよね、すぐにお着替えできるなんて、便利でいいなぁ。
 まるで着なれない服の袖をいじっていると、おじいさんが私をじっと見ているのに気付いた。おじいさんの顔は最初に思った時と同じ、ちょっと怖くて、じっと見られるとすごく緊張する。

「では、キースリンク。荷物を持って付いてきなさい」
「え? あ、はい」

 言われるまま服と杖を抱えておじいさんの後を追いかけた。自分のことも心配だけど、ユウくんは大丈夫かな? 建物を出る間際、二人の様子をちらりと見ると、二人とも困り果てたような雰囲気だった。

 ひと気のない道をおじいさんとお話しをしながら歩く。おじいさんは言うには、ここは魔法の学校で、生徒はここに住みながらお勉強をすること、おじいさんやちょっと前のシマシマの男の人はここの先生で、仮面の人は学園長という、この学園のえらい人らしい。
 そして、今向かっているのは私がこれから住む宿舎(を、寮というらしい)だということだった。

「君の処遇については明日以降決定される。それまではここで過ごし、他の学生と共に勉強してもらうことになる……女性には酷だろうが、我慢してくれ」
「えと、ちょっと場所をいただけるなら野宿でもいいですよ? 慣れてますし」
「いいわけないだろう。その、なんだ、困った事があればすぐ寮長でも、教員でもいい、誰かに相談するように。いいな?」
「えと、はい、わかりました」

 そうやってお話ししながら歩いていると、私たちの先に背の高い男の人が歩いているのが見えた。
 姿勢はいいのに、なんだかフラフラしている。先生はじっと目を細めると「そこの君、止まりなさい」とその人に声をかけた。おじいちゃんと同い年くらいなのに、とてもよく通る声だった。
 先生の声で男の人は立ち止まり、こちらに振り返った。私と同じ服を着た、緑色の髪をした人だ。ずいぶんと背が高くて、私よりも頭一つぶん以上大きい。そして、なんだか変な感じがした。違和感っていうのかな? なんだろう。
 私が不思議に思っていると、先生はその人に厳しそうな目を向けた。

「なんだろうか?」
「今は新入生の歓迎会をしているはずだろう。こんなところで何をしている?」
「列からはぐれてしまい、他の寮へ行ってしまいました。今、戻ろうとしていたところです」
「新入生か。名前と寮は?」
「セベク・ジグボルト。ディアソムニア寮へ配属されました」

 その子、セベクくんはふらっとした足取りとは裏腹に、ハキハキと先生の言葉に答えている。大人っぽいから年上かと思ったけど、新入生ってことはこの人も一年生なんだよね。ディアなんとかってことは同じところに行くのかな? セベクくんの言葉に先生は「ふむ」と頷いた。

「私たちもディソムニア寮へ向かうところだ、一緒に来なさい」
「はい」

 そうして三人で歩く。夜だからか静かな中で、三人ぶんの足音だけがやたらと響いた。なにかお話しでもした方がいいのかな、とセベクくんの顔を覗き見ると、しかめっ面のような、なんだか難しい顔をしていた。下手に声をかけたら怒られそうな凄みがある。これは話しかけない方がいいかもしれない。
 仕方ないから黙って先生についていくと、大きな鏡がたくさん並んだ小屋……というにはちょっと立派すぎる建物に来た。色々な飾りの付いた鏡が七組、ホールを囲むように据えられている。
 先生はその中からドラゴンの飾りがついた鏡の前に立つと、鏡の中に手を差し入れた。……え? 鏡の中に手が入ってる?

「この鏡は各寮へ繋がっている。行き来するにはそのまま通ればいい」
「えと、転移装置みたいなものですか?」
「そう思って差し支えない。さぁ、ついて来なさい」

 そう言って先生は鏡の中へ入って行った。セベクくんもなんの躊躇いもなくその後に続く。とってもアヤシイし、ちょっと怖いけど、置いて行かれるのも困るかもだから、私もその後に続いた。

 思いきって鏡に飛び込むと、急に地面の感触が消えた。なのに、落ちる感じなんかはなくて、足元からは妙にふわふわした変な感触がした。次いで視界が歪んで、目の前が深く霧がかったように白んだ。
 転移する時の感覚は異世界でも変わらないらしい、この感覚は苦手なんだよねぇ。

「うわぁ……!」

 視界がはっきりすると、目の前にはこれもまた大きなお城が建っていた。さっきまでのお城は白くて、ちょっとごちゃっとした雰囲気だったけど、こっちのお城は黒くてなんだかどっしりしてる、窓からは緑色の光が漏れていて、とても不思議な感じがした。
 お城からここまでは立派な石橋が渡されていて、その下には黒々とした茨が茂っている。こんなところに落ちたら、ちょっとやそっとじゃ済まなさそう。
 まさかここに住むわけじゃないよね? そう思いながらお城を見上げていると、先生とセベクくんはお城の中に入っていった。置いてかれないよう、慌てて私もその後を追いかけた。

 ブラケットに灯る緑色の火に照らされた廊下を進む。火はとっても明るい、でも、夜だからか廊下の端々に落ちる影は暗くて、少し不気味に感じる。窓こそ大きいものの、しっかりした石造りの壁のなものだから、これから牢屋に入れられるんじゃないかと思ってしまう。
 ……そんなことをヒヤヒヤ考えながらついて行った先には、ひと際大きな扉があった。なんのお部屋だろう?
 先生がノックをしてその扉を開けると、そこは大きく開けた広間だった。
 たくさんのローブの人たちがいて、パーティーをしているようで、テーブルにはおいしそうなお料理やケーキがずらりと並んでいる。広間の奥は一段高くなっていて、絵物語で見た、王様の座る玉座のような、立派な椅子が据えられていた。
 並んでいるお料理を見ていると、お腹が空いていたのを思い出してしまった。美味しそうな肉料理、たっぷりに盛られたサラダ、色とりどりのジュース、クリームをたっぷり使ったぜいたくなケーキ。空きっ腹にはどれもたまらなく美味しそうに見えて、ついつい目が釘付けになっちゃう。
 そんな私をよそに、先生は広間を見回すと、ドアの近くにいる男の子に声をかけた。

「君、ドラコニアとヴァンルージュを呼んでくれ」
「寮長ですか? はい。少々お待ちください」

 男の子が人混みの中へ消えると、ややあって別の男の子が目の前に現れた。歩いてきたとか、走ってきたとかじゃない、文字通り急に目の前に現れた。
 黒い髪の一部をピンクに染めた、赤い目の、私と同じくらいの背の男の子だ。けど、この子にもセベクくんと同じような違和感を覚えた。もっと言えばセベクくんよりも強い感じがする。少し怖くなって思わず一歩下がった。

「おぉ、トレイン。どうしたんじゃ……って、セベクお主、おったのか」
「リリア様!」
「知り合いか?」
「うむ、同郷のよしみよ。てっきり別の寮へ振られたのかと思うておったわ」

 そう言って男の子はケタケタ笑った。セベクくんはちょっぴり泣きそうな顔になって「とんでもございません!」と大きな声で叫んだ。……あまりの声の大きさに耳がキーンってなった。なんて大声だ、武器屋のおじさんの歌といい勝負だ。先生も少しだけ顔をしかめている。

「知り合いなら話は早い。迷っていたようなので連れてきた。後はそちらで頼む」
「かー、何をしとるか」
「も、申し訳ございません……

 呆れ顔の男の子にセベクくんはしょんぼりと涙目になってしまった。気難しそうな子だと思っていたけど、こうもコロコロ表情が変わるところを見ると、セベクくんは見た目のわりに親しみやすい子なのかも。
 そんなセベクくんはしきりに「わかさま」がどうとか言ってるけど、この子の他にも知り合いがいるのかな。友達も誰もいない身としてはちょっぴり羨ましいかも。

「まぁよいわ。セベクよ、向こうにシルバーがおるでな、行ってくるといい。ついでに寝こけないよう見張っておいてくれ」
「はっ! 畏まりました」

 お返事をするが早いか、セベクくんは男の子が指さした方へ走って行った。その後ろ姿を見送ると男の子は「さて」と私の方を向いた。

「そう怯えずとも、取って食いはせんよ」
「ぴっ!?」
「キースリンク、彼はここの副寮長をしている。我々がいないときは彼か……ヴァンルージュ、ドラコニアはどうした?」
「すまぬ、寮生達で手を尽くしはしたんじゃが……
「またか……

 先生と男の子ががっくりと肩を落とした。なにか困ることでもあったのかな? 先生は「まぁいい」と私の背中を押して男の子の前に出した。

「彼はヴァンルージュ、今ここにはいないが、ドラコニアとこの寮を取り仕切っている。我々教員がいない時は彼らを頼るように」
「うむ、任されよ。わしはリリア・ヴァンルージュという。お主は?」
「ティナ・キースリンクです。えと、リリアさん、よろしくお願いします」

 と、お辞儀をした。リリアさんは「良い名じゃな」と笑ってくれた。こうして目の前にしていると、違和感の正体が見えてきた。リリアさんからはマナの、それも長老さんたちのような長く生きたものと同じ気配がしている。でも、マナとはちょっと違う。マナに近い、妖精さんとかそんな感じかな?
(人間じゃないんだ……
 厳密には分からないけど、なんとなく正体が見えてきて少しほっとした。一瞬怖いかもって思ったけど、リリアさんはいい人みたいだもん。

「して、トレイン、この娘はどういうことじゃ?」
「事情により学園内で保護することになった。魂の選別も通ったので、他の生徒同様ここに住まわせながら勉強をしてもらう」
「ほぅ?」
「明日の寮長会議で学園長から説明がある、詳しくはそこで聞いてくれ」
「ふむ……ま、良かろう」
「それと、彼女にも話がある。明日、朝食後に職員室に連れてくるように」
「あいわかった」

 リリアさんが大きく頷くと、先生は「では、また明日に」と部屋を出て行ってしまった。置いていかれたようでちょっぴり不安になっていると、リリアさんは「さて」と笑いかけてきた。

「まずは部屋に案内するか。その荷を片付けたらお主も歓迎会に参加するといい」
「えと、はい」
「うむ、こっちじゃ」

 そうしてリリアさんに案内されたのは、階段を上がった廊下の奥にある、一人部屋だった。ベッドに机、本棚やクローゼットまで、どれも丁寧な細工がされた、立派な家具が揃ったお部屋だった。
「ここがお主の部屋じゃ。収納も好きに使ってくれ」
「わぁ! ありがとうございます」
 それからリリアさんに促されて持ってきた荷物を仕舞った。服をクローゼットに、ポーチとお守りは机の上に、杖は……とりあえず、壁に立てかけておいた。
 しまい終わると、リリアさんに私の腰に下がっている、宝石のついたペンを貸すようと言われてので渡した。……これ、ペンだったんだ。キレイな宝石が付いてるからアクセサリーだと思ってた。
 リリアさんはペンをドアに向けて小さな声で呪文を唱えた。ドアノブと、ペンについた宝石が淡い光を放つ。ややあって、光が消えるとリリアさんは「これでオッケーじゃ」と、ペンを返してくれた。

「えと、何をしたんですか?」
「お主のマジカルペンがこの部屋の鍵になるよう登録したのよ」
「鍵、ですか?」

 ペンが鍵に? ペン先を鍵穴に入れればいいのかな? そんなことを考えているとリリアさんは続けた。

「うむ、ドアノブにその魔法石を近付ければ施錠・開錠できる」
「え、すごいです」
「うむ、すごかろう?」

 リリアさんはケタケタ笑うと。「さて」と机の椅子に腰かけた。急に笑顔が消えて、なんだか怖い雰囲気にゾッとしてしまった。リリアさんは「そこに掛けよ」とベッドを指さした。

「パーティーに戻る前に、少し話をしようではないか」
「お話、ですか?」

 言われた通り、ベッドに腰掛ける。途端にもっちりした座り心地に驚いた。このベッド、何で出来てるんだろ? ふかふかしているのに弾力もある。こんなところで寝たらきっと気持ちいいんだろうなぁ。
 ……なんて、横になった感触を想像していると、リリアさんの視線に気付いた。じっとり据わった赤い瞳が、底の知れない恐ろしさを思わせた。この感じ、怖い魔物を前にした感覚に近いかもしれない。
 落ち着かないような、怖いような気持ちで目を合わせると、リリアさんはおもむろに口を開いた。小さな口からは尖った牙のような歯がちらりと見えて、それもまた、リリアさんの恐ろしさに拍車をかけているような気がした。

「お主、何者じゃ?」
「えっ?」

 何者かと聞かれても答えに困る。私はカボックに住むクレイン・キースリンクとビオラ・キースリンクの娘で、ママとおじいちゃんのお店の手伝いをしながら両親から魔技術と錬金術を教わってる女の子です! ……って答えればいいのかな?

「えと、錬金術士というか、魔技師というか、見ての通り普通の女の子? だと思ってます」
「お主、ここがどこか分からないと言うわけではあるまい?」
「えと、魔法の学校だと伺いました」
「ん?」

 リリアさんの瞼がぴくりと動いた。先生からはそう聞いてたから間違いはないと思うんだけど。

「えと、ごめんなさい。この世界のことは、よく分からなくて。違うんですか?」
「『この世界?』」
「えと、はい。その、私、異世界――からここに来ちゃったみたいなんです」
……は?」

 じとっとしていたリリアさんの表情が崩れる。まぁ、変に思うよね。私だっていきなり知らない人に「異世界から来ました!」なんて言われて「はい、そうですか」なんて信じられないもん。

「お主、出身は」
「カボックです」
「聞いたことのない国じゃな」
「街です。エスビオールの、セラスト山の近くにある」
「聞いたことがないな……まことか?」
「はい。えと、証拠とか、ないですけど」

 リリアさんは小さく唸ると壁に立てかけていた私の杖に目を向けた。
 つられて私も杖を見た。黒っぽい部屋の中黄色くて青い石を据えた杖は妙に浮いてるというか、目立つ。なんだか変な感じがするなと思っていると、リリアさんは立ち上がって私の杖の前に立った。

「ちぃとこの杖を見せてもらうぞ」
「えと、どうぞ」

 私が頷くと、リリアさんは私の杖を手に取ると撫でたり振ったりし始めた。思いっきり魔物を殴っても折れたりとかしないから、そう簡単に壊れないとは思うけど、人の手にあるとちょっぴり心配になる。リリアさんはしばらく私の杖をいじると、ふいに大口を開けて笑い出した。

「なるほど、分からんな! しかしちぃと気持ち悪いな、この杖は」
「気持ち悪い、ですか?」
「うむ、一体何を使うたらこんな物ができるんじゃ」
「私が生まれる前からある杖なので詳しくは知らないんです。えと、街によくある木材と錬金術の素材で作ったってママが言ってました」
「ほぅ? ま、なんでも良いわ。こうも分からないものであれば、信じるにも値しよう。疑ってすまなんだな」

 そう言って、リリアさんは笑いながら杖を戻した。笑ってくれて安心したけど、杖を見せるだけで納得できるものなのかな? って少しばかり疑問に思った。でも、不審に思われるよりはいいのかも。リリアさんの中でどう納得したのかは分からないけど、睨まれてるよりは、こうして笑いかけてくれる方がずっといいもんね。

 ほっとしたところで、ちょっとだけ私の住んでいた世界の話をした。趣味で世界中のあちこちを渡り歩いたというリリアさんでも、私が元いた世界のことは分からないらしい。私の住んでいた以外の街や遺跡や森や山、パパの出身地のことを聞いてもやはり、分からないという。
 そんな気がしていたとはいえ、改めて異世界に来てしまったのだと知って落ち込んでしまった。そんな私にリリアさんはまた笑いかけてくれた。

「これ、そう悲しい顔をするでない」
「そ、ですよね。すみません」
「腹が減ると気も滅入ろうよ、もちっと話をしたくもあるが、腹ごしらえが先じゃな。お主ビーフシチューは好きか?」
「えと、はい! 大好きです!」
「くふふ、それはよかった。今日のために三日三晩かけて仕込んでおったのよ、ぜひ食べてくれ」
「はい! いただきます」
「よい返事よ。では行くか」

 そう言って部屋を出るリリアさんの後を追う。部屋を出る時、ドアにペンをかざすと本当に鍵をかけることができた。思わず魔法のようだと言うと、リリアさんは「魔法じゃよ」といたずらっぽく笑い返してくれた。
 これからどうなるんだろう? 私はちゃんとカボックに帰れるのかな?
 不安に思いながら廊下を歩くうちに、にぎやかな声が近づいてくる、おいしそうな匂いもしてきた。そうだ、お腹も空いてたんだよね。リリアさんの言う通り、まずはご飯を食べてから先のことを考えよう。ささやかだけど、やるべきことが見つかって、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけほっとした。