いまち
2021-12-25 11:23:26
9498文字
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人魚と、茸と

れこさんから強奪したネタその2

 春もだけど、今の時期も寝ても寝ても眠くなる。寮に戻ったらお昼寝でもしようかな? なんて思いながら廊下を歩いていると、角から大きな箱を抱えたジェイドさんが歩いてきた。いつもにこにこしているけど、珍しくしょんぼりしてるみたいだった。
 気にはなるけど、普段から「オクタヴィネルに近付くな」なんて言われてる身としては関わらない方がいいんだよね。よし、逃げよう。用事を思い出したふりをしてさりげなく回れ右をして。……そうしようと思ったのに、うっかり、ジェイドさんと目が合ってしまった。

「キースリンクさん、お待ちください」
「ぴっ……

 ジェイドさんはしょんぼり顔のまま、すごい速さでこっちに向かって歩いてきた。ジェイドさんはあっという間に距離を詰めてきて、持っていた箱を私の目の前に突き出した。紙でできた、ボールとかそういう名前の箱だ。なんだか土っぽい匂いがする。

「突然ですが、キノコはお好きですか?」
「えと、好きですけど……
……そうですか。よろしければこの箱いっぱいのキノコは如何でしょう」
「キノコ、ですか?」
「ええ。今朝、山で収穫してきた新鮮なものなんです」

 そう言いながらジェイドさんは蓋を開けて箱の中を見せてきた。「いかがでしょう」ってどういうことなんだろ。売ってるのかな? オクタヴィネルの人たちって商売熱心だそうだから、こうやって行商みたいなこともしてるのかも。それはそれとして、ジェイドさんが見せてくれたキノコは採れたてというだけあって、どれも新鮮で美味しそうだった。

「わぁ、すごいですねぇ」
「キースリンクさんは、寮で料理をされていると伺いましたので、その材料に使っていただければ、と思いまして」

 美味しそうだし、これだけあればお料理のし甲斐もありそうだ。けど、こんなにたくさんとなると、きっとお安くはないんだろうというのが察せられる。本当に立派なキノコばかりでお料理だけじゃなく、調合にも使えそうだから、正直欲しい。でも、残念ながら私の懐はとても寒い。とてもじゃないけど買えるわけがないんだよね。

「えと、ごめんなさい。お金持ってないんです」
「お代はいただきません。ただ、おいしく食べていただければ……
「で、でも……

 そうは言うけど、なにかと悪い噂の絶えないオクタヴィネルの、しかも副寮長をしているジェイドさんだ。後から何か言われるんじゃないかというのは、さすがの私でも想像がつく。
(でもなぁ……
 ジェイドさんの様子は実に切実なものだ。でも、キノコをタダでもらって欲しい、というのはやっぱり、ちょっと納得できない。お料理に使えるキノコなら、モストロ・ラウンジで使えるんじゃないのかなって思うんだよね。山から採ってきたキノコなら、材料費はないようなものだし、お金稼ぎが大好きだというアズールさんだったら喜ぶと思うんだけど……と、ここまで考えて思い至ってしまった。
(お店で出せないようなキノコ?)
 ぱっと見た感じでは普通の食用キノコだ。でも、箱の底の方には何が入っているのかなんて分からない。もしこのキノコの山に有害なキノコがあったら? ちょっと大変なことになるかも。もしかしたら、後でとっても高い解毒剤を売りつけられるとか、あるかもしれない。それに気付いてぞっとした。

「毒物の混入でも心配されているのですか?」
「ぴっ!? そそそ、そんなことは!」

 考えていたことがバレていたのかとひやひやしていると、ジェイドさんは少し、寂しそうな顔でかぶりを振った。

……理由を、お話しいたします」
「理由、ですか?」
「えぇ……このキノコたちですが、貴女が持って帰ってくださらなければ、僕の片割れによって無惨にも処分されてしまうのです」
「えぇ!?」

 こんなに美味しそうなキノコなのに、捨てちゃうなんてもったいない。片割れ、ってことはフロイドさんだよね。食べ物を粗末にするなんて、ちょっと想像がつかないかも。でも、どんな事情があるかなんて、私には分からないもんね。なるほど、せっかく採取したキノコが捨てられるなんて、悲しいもんね。そういうことなら納得、かな。
 そう思って改めて見ると、ジェイドさんは膝をついて、うっすら涙を浮かべて「どうか僕を助けると思って……ね?」と私を見上げていた。ジェイドさんが山をとても大事に思っているのは噂で聞いていたけど、ここまでされるとちょっと、いや、かなり怖いかも。でもなぁ、こんなに美味しそうなキノコを捨てちゃうのはもったいないし、でもでも、やっぱりちょっと怖いかもだし。

「もし異物などの混入を心配されているのであれば、リリアさんに見ていただいて構いません。実際採った物をそのまま持ってきてしまっているので、色々混ざっておりますし……あぁ、もちろん仕分けはいたします。お任せください」
「え、えと……
……受け取って、いただけませんか?」
「そういうことなら、その、ありがたくいただきます……

 負けてしまった。逃げるのに失敗しただけでは飽き足らず、オクタヴィネルの人から物をもらってしまった。せっかく注意してもらっていたのに、こんなことになってしまった。バレたら絶対怒られちゃうよねぇ……うぅ、どうしよう。

……ありがとうございます、貴女ならば引き取ってくださると信じて声を掛けてよかった」
「こちらこそ、えと、ありがとうございます」

 さっきまですごくしょんぼりしてたのに、急に明るい笑顔になったジェイドさんを見ると、本当に受け取って良かったのか、騙されてるんじゃないか、ものすごく心配になってしまう。……というか、この人ジェイドさんで合ってるよね? フロイドさんじゃないよね? 普段のお上品な感じとは全然違う無邪気な笑顔に、いよいよ不安になってきた。
 貰うと言ってしまったのだから仕方ない、と、ジェイドさんから箱を受け取ろうと両手を出す。けど、ジェイドさんは箱を抱えたままニコニコしている。

……ジェイドさん?」
「ああ、寮までは僕が運びますよ。重いですから。引き取ってくださるお礼です」
「えと、大丈夫ですよ? 私、元の世界ではそれくらいの荷物、しょっちゅう運んでたので」

 というか、ジェイドさんから物を貰っただけでなく、寮まで連れて行くとなると、私がなんて言われるか分からない。けど、ジェイドさんは箱を大事に抱えたままで、私に渡してくれるような雰囲気でもなかった。それどころか「キースリンクさんは女性なのですから、遠慮なさらないでください」なんてとても紳士然としている。どうしよう、話が通じる気がしない。

「遠慮はしてないです……
「それに、キースリンクさんは一年生でしょう? 授業で習っているとはいえ、毒かもしれないキノコを一人で仕分けるのは骨が折れるのではありませんか?」
「えと……

 それも元の世界ではいつもやっていたことだから平気なんだけどな、そう言っても聞いてもらえなさそうだ。このまま寮まで着いてこられたらちょっと困るんだよね。わざわざ注意してもらっている手前、それを反故するような事はできればしたくないから。でも、運んでくれる気まんまんのジェイドさんを説得できる気がしない。困ったなぁ。
 ……なんて考えていたらリリアさんの顔がちらついた。そうだ、リリアさんだ。悪いけど、言い訳に使わせてもらおう。なんでも相談していいって言われてたし、頼らせてもらおう。……ちょっと順番が逆になっちゃうけど。

「えと、リリアさんに、人を連れてくる時は必ず相談しなさいって言われてるんです」
「リリアさんに、ですか?」
「だから、自分で持ってきますね。お気遣いありがとうございます」

 これなら納得してもらえるだろう、と両手を差し出すと、ジェイドさんはきょとん、とすると素早くスマホを取り出して操作し始めた。何回かジェイドさんのスマホが鳴ると、また笑顔に戻った。……なんだか、イヤな予感がした。

「ディアソムニアでお待ちしている、とのことです」
「え、なんで……
「僕たちは副寮長なので、互いに連絡先を交換しているんですよ」
「はぁ……そうなんですねぇ」

 リリアさんがOKを出してるならいいのかな? それなら、もし何か言われても「リリアさんがいいって言ったので」で通そう。うん、そうしよう。

「えと、それじゃあお願いします……
「えぇ、お任せください」

 にっこにこなジェイドさんと鏡舎へ向かう。途中すれ違った人たちからはヘンな目で見られたり、ヒソヒソされたりと、とても居心地の悪い思いをしてしまった。やっぱり貰わない方がいいのかな、と思ったけど、嬉しそうにしているジェイドさんにをがっかりさせるのも後が怖い気がする。
 そうこうしている間に寮に着いてしまった。いつも通り「ただいまー」とドアを通ろうとしたけれど、それで誤魔化せるわけもなく、見張りをしてる寮の子にジェイドさんを見咎められてしまった。

「待て、キースリンク。どういうことだ?」
「えと、ジェイドさんがキノコをくれるというので、その、もらって……運んでもらってます」
……キースリンク」
「え、えと……

 あ、これは怒られるヤツだ。「あれだけオクタヴィネルの奴らに近付くなと言ったのに」と目が言っている。でも、リリアさんからOKはもらってるもんね。でもそれってどうやって説明すればいいんだろう? 伝え方を思いつかないでいると、ジェイドさんがスマホをその子に見せるよう差し出した。

「こちらへお伺いすることはリリアさんにお知らせしています。通していただいても?」
「確かにこれは副寮長の……分かった、通るといい」
「お話が早くて助かります。では、お邪魔します」

 お辞儀をしてジェイドさんは寮に入ってきた。ちゃんとしているような、柔らかな物腰を見ていると、噂のような悪い人には思えないかも。そう思うと、よく知らないのに、オクタヴィネル生ってだけで悪い人かもって疑うのは良くないなって気がしてきた。
 そんなことを思いながらジェイドさんをキッチンに通すと、リリアさんが待っていた。

「なんじゃ、もう来たのか」
「これはこれはリリアさん。お邪魔しております」
「それが言うとったキノコか?」
「えぇ、採れたての山の幸です」

 ジェイドさんは箱を掲げてちょっと自慢気だ。リリアさんは箱をじっと見つめると少しだけ、イヤそうに顔をしかめた。なんだろ?

「一応聞くが、それ全部置いていくとは言わんじゃろ?」
「もちろんです。キースリンクさんのご厚意を裏切ろうなど、これっぽっちも思っておりませんよ」
「くふふ、ならよい」

 リリアさんは「ゆっくりしていってくれ」とだけ言うとキッチンを出て行った。……なんだったんだろ。

「キースリンクさん、このキノコはどこへ置けばいいでしょうか?」

 ひとまずカウンターに出してもらうことにした。箱にぎゅうぎゅう詰めになっているのだから、しまう前にどういうものがあるのか把握しておきたい。キノコって一言で言っても、それぞれ保存方法とか、美味しいお料理方法とかあるっておじいちゃんから教わってるもんね。
 それを伝えると、ジェイドさんは「かしこまりました」と、カウンターにキノコを並べ出した。……丁寧なのはいいんだけど、さすがにやりすぎな気がする。ジェイドさんもお仕事があるだろうし、ここはさっさと済ませてもらおう。

「ばーっと空けちゃっていいですよ? 傷になっても、どうせ後で切ったりするので」
「あっ」

 私が箱をひっくり返すのと、ジェイドさんが小さく声を上げたのは同時だった。ひっくり返した箱から出てきたのは大量のキノコ……と胞子。雑に空けたものだから、ものすごい勢いで胞子が舞ってしまい、周りがすごく、煙っぽくなってしまった。ジェイドさんの制服にも飛んでしまったようでところどころ白っぽくなってしまった。これはまずい、オトシマエを付けろとか言われてしまう。……クリーニングっていくらしたんだっけ。

「うえぇぇ!? ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!!」
「大丈夫ですよ。それより、危ないので少し離れてください。毒キノコのものでかぶれてはいけませんから」

 ジェイドさんは怒るでもなく「お借りします」と流しにある手袋を着けると雑巾でお掃除を始めた。

「えぅ……ごめんなさい……
「構いませんよ。慣れていますから」

 ジェイドさんは言葉の通り、慣れた様子で手早くお掃除を済ますと、キノコの仕分けを始めた。私がひっくり返したキノコの山から食べられるものはカウンターの脇に避け、毒や害のあるものは箱に戻している。さすが、詳しいだけあって仕分けも早くかつ正確だ。
(そうだ)
 どんどん積まれていくキノコの山を見ていて思いついた。こんなにあるんだから、ジェイドさんにもキノコ料理を食べてもらおう、と。でも、ジェイドさんってキノコは食べるのかな? それも併せて聞いてみよう、うん。

「あの、ジェイドさん。ジェイドさんはキノコは食べないんですか?」
「もちろん頂きますよ。山でも採れたてのものをよく食しておりますし……フロイドも、この良さを分かってくれていたらよかったのですが」

 はぁ、と悲しそうにため息をつきながらジェイドさんは言った。そうか、フロイドさんキノコ嫌いなんだ。だから捨てるなんて話になったんだろうね。でも、ジェイドさんは食べるってことだから、お料理するのは問題はなさそうだった。

「それならジェイドさんもこのキノコを食べませんか? 私、作るので」
「キースリンクさんの料理、ですか?」
「はい。えと、私のおじいちゃん、酒場をやってるんですけど、キノコ料理が人気で、私もよくお手伝いで作ってたんです」

 お刺身なんかも人気だけど、安くて手軽なキノコ料理が一番よく食べられてたんだよね。キノコが好きなら、ちょっとだけ、食べてもらいたいって思った。それに、こんなにたくさんあるなら、美味しいうちに食べた方が絶対いいもんね。

「その、モストロ・ラウンジのお料理と比べると地味かもですけど……
「ぜひ頂きます。異世界のキノコ料理とは興味深い」

 そう言ってジェイドさんはにっこり笑った。期待されると、ちゃんと応えられるかちょっと心配になっちゃうな。
 ジェイドさんが仕分けてくれた食用キノコを洗って、早速作り始める。まずは甘辛く炒めた「きのこのいろり焼き」、ちょっと甘めの「マイルドソテー」。それに、からしをいっぱい使った「コスモソテー」、もっと辛い「きのこの漢焼き」……これ、ひっくり返るほど辛いけど、食べさせて大丈夫かな? 気を付けて食べないと舌、痛めちゃうんだよね。
 作っている間、ジェイドさんはちらちらと私の手元を見ていた。おじいちゃんに教わった手順で作ってるから、問題ないとは思うんだけど、お料理屋さんをしてる人に見られるのってちょっと緊張する。

 そうこうしているうちに、「仕分けが終わりました」とジェイドさんが声をかけてきた。見ると、カウンターは美味しそうなキノコでいっぱいに、箱の中は怪しげなキノコで埋まっていた。食べられるキノコはここに置いておくとして、毒キノコとかはどうするんだろう? やっぱり捨てられるのかな。元々、捨てるつもりだったらしいし。そう考えたら、ちょっともったくなく思えてきた。

「あの、分けちゃったキノコはどうするんですか?」
「さすがに、これをお渡しするわけにはいきませんからね。処分する他ありません」

 しょんぼりした様子で話すジェイドさん。そうだよね、頑張って集めたキノコを捨てなきゃいけないなんてがっかりだし、もったいないよね。たしかに、食べたら毒だからお料理には使えない。けど、魔技術での調合ならそんな毒キノコでも安全に使うことができる。捨てずに済むならジェイドさんも喜んでくれそうだ。

「だったら、毒キノコも使っちゃいますね」
「有害ですよ?」
「大丈夫です。調合の材料にしちゃうので」
「使っていただけるのであればありがたいのですが、よろしいのでしょうか?」
「はい! ちょっと調合してきますね。えと、よかったら、これ食べて待っててください」

 目を丸くするジェイドさんに作ったキノコ料理とフォークを渡す。辛いやつは本当に、シャレにならない辛さだから気を付けるように伝えて。それから、どういうキノコがあるのか箱の中を見てみると、そこには見覚えのある白い、丸っこいキノコがあった。

「あ、ケムイダケ」
「ホコリタケですね。毒はありませんが、食用には向かないんです」
「これはお料理しちゃいますね」
「え?」

 ケムリが出ちゃうから、窓をいっぱいに開けてケムイダケと普通のキノコとを機械油で炒める。材料からは考えられないほどに、怪しい紫色になった「きのこの怪し焼き」、完成。……出来てから気付いたんだけど、なんでキッチンに機械油があるんだろう? ジェイドさんも不思議そうに首を傾げている。

「えと、これもお店で出してたキノコ料理です……一応。材料が材料なので、無理して食べなくてもいいので」
「これはまた、興味深い料理ですね」

 材料もお料理そのものもアヤシイし、さすがに食べないかな? とりあえず、出すだけ出して、毒キノコの調合だ。食べられなかったら後で自分で食べちゃお。クセはあるけど美味しいんだよね、怪し焼き。

「えと、ちょっとこの毒キノコお借りしますね。ちょっと待っててください」
「畏まりました」

 ジェイドさん一人を寮の中に残しておくのは気が引けるけど、ちょっとの間だし大丈夫だよね。……なんて思いつつ、実験室へ向かった。部活中だから何人かいたけど、私の研究用の釜は誰も使ってないから問題ない。

「んしょ、と」

 原初のスープにジェイドさんのキノコと、小麦粉と、お水を放り込む。見てた人が大丈夫かと声をかけてきたけど、私の世界の調合だから大丈夫と伝えると、いまいち納得してないような顔をしながらも「ならいいが」と去って行った。たしかに、材料だけ見たら毒薬を作ってるようにしか見えないよね。
 でも、これはママから教わった魔技術の調合だ。理屈はうまく説明できないけど、これなら有害な毒キノコも体にいいおくすりに変えることができるんだよね。魔力を込めながらゆっくりかき混ぜて、とろみがなくなるのを確認して釜の中身取り出す。透き通った青い薬液。うん、大成功。
 材料がたくさんあったから、できたおくすりも結構な量になった。一回分ずつ瓶に詰めて、急いで寮に戻る。ちょっぴり心配してたけど、ジェイドさんは私が出た時のまま、静かに座って待っててくれていた。

「お帰りなさいませ」
「すみません。お待たせしました」
「とんでもございません。こちらこそ、美味しい料理をありがとうございます。どれも違った良さがあり大変刺激的でした」

 笑顔で答えてくれたジェイドさんだけど、その前にはお皿が一枚もなかった。見ると、流しに洗い終わったお皿が並んでいた。洗い物までしてくれるなんて、ジェイドさん、本当にいい人だなぁ。けど、それよりも食べ残しらしい形跡がどこにもないことに驚いた。……まさか、全部食べてしまったのか。

「え、アレ全部食べちゃったんですか!?」
「えぇ。せっかく作っていただいたのに、残すなんてもったいないでしょう?」
「え? え? でもでも、辛いのとかは平気なんですか?」
「とても刺激的でした」

 作っておいてなんだけど、漢焼きとか怪し焼きって食べ物とは思えないようなシロモノなんだよね。あれを食べてなお涼しい顔をしていられるなんて、ジェイドさんのキノコへの情熱、恐るべし。というか、お腹と舌は大丈夫なのかな? まぁ、大丈夫じゃなかったらこんなにニコニコはできないよね。たぶん。

「ところで、あのキノコはどうされたのですか?」
「あ、そうでした。えと、これ、よかったら使ってください。残ったキノコで作った栄養剤です」

 あまりにもジェイドさんが予想外なことばかりするから忘れるところだった。毒キノコで作った栄養剤、しめて6瓶をカウンターに出すと、ジェイドさんは怪訝そうに顎に指を当てた。そりゃあそうだよね、毒キノコを使っておいて「毒薬です」ならまだしも「栄養剤です」なんて渡されて、素直に受け取れというのが無理な相談だ。もちろん、ちゃんと説明するけどね。
 ……そのつもりだったんのに、説明するより先にジェイドさんはひと瓶、一気に飲み干してしまった。

「えぇ!?」
「なるほど、たしかに栄養剤のようですね。気分がすっきりします、それに少し薬っぽい」
「ちょ、いきなり飲んじゃうんですか!?」
「? 栄養剤だと伺いましたので、何か問題でも?」
「えと、ないですけど……え、毒キノコで作ったんですよ?」

 よく飲めるなぁと思っていると、ジェイドさんは「信用しておりますので」とにっこり笑いかけてくれた。……私がいうのもなんだけど、シェイドさん、ちょっとお人好しすぎるんじゃないかな。やっぱり、噂みたいに人をダマすようには思えないかも。噂を鵜呑みにしちゃいけないな、と心の中でちょっぴり反省しながら、栄養剤を紙袋に詰めてジェイドさんに渡す。

「よかったら持ってってください。キノコのお礼になるかは分かりませんけど」
「よろしいのですか?」
「はい。えと、もらったり、してもらったりばかりなので」
「僕としては、キノコを引き受けてくださっただけでも有難いのですが」

 困ったように笑いながら、ジェイドさんは紙袋を大事そうに抱えると「そろそろお暇します」と席を立った。せっかくだから、鏡までお見送りをする。

「キースリンクさん、今日は本当にありがとうございました。料理をごちそうになった上、このようなお土産までいただけるなんて……この借りは必ずお返しいたします」
「えへへ、大げさですよぅ。こちらこそ、キノコをたくさんありがとうございます」

 義理堅い人なんだなぁ。ジェイドさんは「お邪魔しました」と頭を下げるとオクタヴィネルへ帰って行った。

 お料理もお薬も喜んでもらえてよかったなぁ、なんてちょっと嬉しくなりながら、残ったキノコを片付けようとキッチンへ向かうとリリアさんがいた。なんでも、危ないキノコがちゃんと避けられているか確認しに来たらしい。確かに、万が一ということもある。けれど、ちょっとだけ大げさに思ってしまった。
 ジェイドさんは噂ほど悪い人じゃないと思う、と、ついこぼしてしまうと、リリアさんは困ったような笑顔を浮かべた。リリアさんもジェイドさんのこと、誤解してるのかなぁ? だとしたらちょっと残念かも。
 それから、みんなのお夜食用にきのこごはんを炊いた。お出汁をしっかりとって、たっぷりのキノコを混ぜ込んで。ごはんのままがいいかな? それとも、おにぎりにした方が食べやすいかな? それにしても、こんなにいいキノコが採れるなら、私も山を愛する会に入ろうかな。山って色んな材料が採れるもんね。ごはんが炊きあがるいい匂いを嗅ぎながら、私はぼうっと山での採取のことを考えた。