いまち
2021-11-07 01:36:55
6264文字
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ティナとオルトと二人の騎士

※オルトイグニハイド・ギアパソストネタバレ注意。この二人はネタにせねばなるまい(使命感


 ディアソムニア寮へ続く鏡、その先には薄暗い空の下、繁る茨を跨ぐように堅牢な石橋が寮へ向かって伸びている。その石橋の上をオルト・シュラウドは寮へ向かいふよふよと渡っていた。そして寮の前で止まり、重たい戸をノックする。ややあって扉が開かれるとオルトは人好きのする笑顔を浮かべた。
「こんにちは、セベク・ジグボルトさん。ティナ・キースリンクさんに会いに来たんだけど、いるかな?」
「イデア先輩の弟か……キースリンクは談話室だ」
「ありがとう。お邪魔しまーす」
 慣れた様子で廊下を進むオルト、勝手知ったる寮内を進み談話室のドアをノックする。その間室内をスキャンし目的、ティナ・キースリンクの居場所を確認、ドアを開けまっすぐにその元へ向かった。

 ティナはテーブルに勉強道具を広げ、一緒にいる寮生二人に勉強を教わっているようだった。入学式の日、異世界から召喚されたという彼女はディソアムニア寮に配属はされたものの、文字通りの常識外れで実技以外の教科の成績は芳しくなく、補習を受けたり今のような自習に勤しんでいた。寮生たちも寮の面子もあることから、暇さえあれば彼女に付き添っている。それが単なる親切心かどうかは怪しいところではあるが。
「こんにちは。ティナ・キースリンクさん!」
 オルトが声をかけると三人は顔を上げた。
「あ、オルトくん。こんにちはぁ」
「げっ」

 笑顔のティナとは対照的に寮生二人は気まずそうに顔をしかめた。何を隠そうこの二人は、つい最近オルトに突っかかり手ひどい仕返しを受けたばかりだった。片や自作のラブソングを、片や自作小説の朗読している所を大勢の生徒たちの前で晒されたのだ。まだ人々の記憶に新しいその出来事のせいで二人はそれぞれ「二人じゃナイト」、「漆黒の騎士」とからかい半分で呼ばれており、非常に肩身の狭い思いをしていた。自業自得とはいえ元凶ともいえるオルトが来たせいで二人の目はあからさまに泳いでいる。
「どうしたの? もしかして、何か分かったの?」
 そんな事をつゆ知らぬティナはオルトに期待の籠った目を向ける。元の世界へ帰る方法を探すティナは自身の持っていた魔法道具に原因があると考え、その解析をイデアに頼んでいおり、その結果が出たのか期待する目だ。それに対しオルトはしゅん、と肩を落とす。
「ごめんね、まだ分からないんだ。その代わり、今日は面白いものを見せようと思って来たんだよ」
「面白いもの?」
「ロボ……いや、オルト、彼女は勉強中なんだ。邪魔をするのはよくないんじゃないか?」
 先に口を挟んだのは二人じゃナイトだ。
「そうかな? 勉強の合間に息抜きを挟むことで効率が上がるのは科学的に証明されているよ」
「しかし……
「えと、ダメ、かなぁ?」
 しゅん、と二人の顔を伺うティナ。下心たっぷりで接する彼らとしては彼女の機嫌を損ねるのは避けたいところであった。しかし相手はオルトだ、何をするのか計り知れない。下手を打って以前のような仕打ちをされては堪ったものではない。
……仕方ないな、少しだけだぞ」
 しかし、下心は恐怖心に勝った。
 二人が不承不承に頷くとティナは「ありがとう」と、明るい笑みを見せた。
「それで、オルトくん、面白い話ってなぁに?」
「うん。ティナ・キースリンクさんはラブソングって興味ある?」
 オルトの言葉に二人は気まずそうに顔を見合わせた。
「らぶそんぐ?」
「恋をうたう歌だね。ちょっと前にここの寮生の人が作った歌が話題になったんだ」
「恋かぁ……
 ぽぅっと夢心地に頬を赤らめるティナ。対して二人の顔は青ざめており、二人でナイトにいたってはうっすら涙を浮かべている。かねてより創作活動に勤しむほど、想像力が豊かな二人だ。これから起こりうる事態は容易に想像がついた。

 オルトは以前のように彼の歌をティナに晒して物笑いの種にしようとしているのだと。

 前であれば不特定多数という、赤の他人に晒されたようなもので、その反応もある意味では名前も知らない赤の他人の無責任な発言のようなものだ。笑われて気分はよくないものの「なんとでも言え」と受け流すことはできないこともない。
 しかし今はどうか。オルトはティナただ一人に見せようとしている。この学園で珍しい心優しい女子だ、そんなティナに笑われようものなら立ち直れる気がしない。いや、笑われるくらいならまだいい、引かれでもしたらそれこそ最悪だ。そうなったらもう学園生活は終わりだ、イグニハイドの寮長のように引きこもるしかない――そんなあるかないか分からない想像に二人でナイトは硬直してしまった。
「キースリンク、僕達はまだ学生だ。そういうことを考えるのはまだ早い」
 口を開いたのは、今まさにそういうことを考えている漆黒の騎士だ。これから起きるであろう友人の危機に立ち向う漆黒の騎士。美しい友情である。
「そんなことないよー。私のママ、私くらいの歳で結婚したみたいだし」
「そ、そうなのか。なら、まぁ、早くもないか……
「!?!?!?」
 漆黒の騎士の早すぎる裏切りに目を丸くする二人でナイト。せめて力ずくで止められればよかったのだろうが、ティナの手前、そして仮にも高尚な精神たるディアソムニア生としてそんな蛮行に及ぶのは憚られる。二人でナイトは力なくうな垂れるほかなかった。
「それじゃあ、再生するね」
 そして無情にも彼渾身のラブソングを再生するオルト。前に晒されたそれより少しばかり熱の籠もった歌詞はより恥ずかしいものになっていた。しかし、声は二人でナイトのものではない。何事かと顔を見合わせる二人。肝心のティナは彼の歌に真剣に耳を傾けている。笑われなくてよかった……引きこもりフラグが潰え、安堵が二人でナイトの胸に広がった。
「変わった声だねぇ」
「ちょっとだけ音声をいじってるんだ。これを歌ってる人は恥ずかしがりやみたいだからね」
 そう言いながらオルトは二人に向かい目を細めた。
「それで、この歌詞はどうかな?」
「ヒッ」
 小さな悲鳴が二人でナイトの口からもれる。その隣で漆黒の騎士は「これ以上はやめて差し上げろ」と喉元まで出かかっているものの、口にするに至らず「お前、また新しく書いたんだな……」と彼にだけ聞こえるよう呟くのみだった。
 あとは審判を待つのみ、断頭台に立たされた心地の二人でナイトの思いなど知る由もなく、ティナは考え込むような素振りをみせると「あ」と小さく呟いた。
「このお歌、なんか覚えがあると思ったら私の部屋の前に落ちてた詩だぁ。ちょっと意味は分からなかったけど、情熱的だなぁって思ったよー」
「へぇ、そうなんだ。それで、その詩はどうしたの?」
 オルトと漆黒の騎士の視線を受け、二人でナイトは縮こまる。せめて、ゴミとして処分されていることを祈りながらティナの言葉を待つ。
「落し物みたいだったからリリアさんに渡したよ」

 ――終わった。

 そう理解するとともに、二人でナイトの心は折れた。そう、ティナ・キースリンクはそういう娘だ。素直で、善良な女の子。落し物を勝手に破棄するなんて子じゃないのは分かっていたじゃないか。すっかり燃え尽きた彼の肩を漆黒の騎士はそっと支えた。
(力及ばずすまん)
(そう思うなら副寮長から取り返してくれ)
(それは無理な相談だ)
(この野郎……
 目だけで会話する二人をよそにオルトは「うーん」と考え込む素振りを見せた。
「多分だけど、それティナ・キースリンクさんへのラブレターじゃないかな?」
「っ!?!?!?」
「うえぇ!?」
 オルトの言葉に動転する三人。頬を赤らめるティナ、青ざめながら顔を合わせる二人。実に対照的である。
(抜け駆けをするなんて見損なったぞ!)
(うるさい! 俺はこの男子校生活に花を添えたかったんだ)
(その結果が「落し物」か)
(やめてくれ!)
 心の声で言い合う二人をよそにティナはオルトに唇を尖らせた。
「もう、ヘンなこと言わないでよぅ……
「ちゃんと根拠はあるよ」
「えぇ……
「それは後で説明するね。それで、面白い話はもう一つあるんだ」
 疑わしい目を向けるティナにオルトはくすくす笑った。そんなやりとりを黙って見ている他ない二人はじっと身をこわばらせた。オルトの言う根拠も気になるが、それ以上にさらなる追い討ちが待っているのだから。

「もう一つも、ここの寮生の人の作品なんだ」
「はえー、それもお歌?」
「ううん、こっちは小説。これも朗読が話題になったんだ」
「そうなんだぁ、知らなかったな」
「ティナ・キースリンクさんはその場にいなかったからね……残念だけど」
 オルトのごく小さなは呟きは怯える二人の耳にだけ届いていた。
「それでそれで、どういうお話なの?」
 どうか興味を持たないでくれ――そんな漆黒の騎士の願いはどこぞに届くことはなく、ティナは興味津々とばかりに目を輝かせていた。
「生まれながらの天才主人公が、その気がなくても世界を救ちゃって、力を隠しながら学生生活を送る話だね」
「へー。なんだかすごそうだねぇ」
「これは結構長い話なんだけどね、最近になってちょっと指向が変わってきたんだ」
 オルトの言葉に漆黒の騎士の身体が大きく跳ねた。そんな彼の姿を見た二人でナイトは小さく手を挙げた。裏切られようが一度は庇ってくれた戦友だ、受けた恩は返すのがナイトの務め……篤い友情である。
「な、なぁ、キースリンク。そろそろ勉強に戻らないか?」
「え、でもまだお話の途中……
「そうだよ、話の途中で止めちゃったら、ティナ・キースリンクさんも集中できないんじゃないかな?」
……仕方ないな」
 しかし、彼も無力だった。うっすら涙を浮かべる漆黒の騎士の背中にそっと手を添える。そんなことで、これからくるであろうダメージを和らげるなどできるはずもないけれど、せめてもの情けだ。
「話を戻すね。元々この主人公は孤独で孤高を貫くタイプだったんだけど、最近になってヒロインが登場するようになったんだよ」
「へー、っていうことは恋のお話も?」
「ばっちり、あるよ」
「わぁ……!!」
 うっとりとオルトの話を聞くティナ、まさに恋に恋する乙女といった様相だ。一方漆黒の騎士は「殺してくれ……」と口の中で呟いている。悲しいかな、その声を拾えたのはオルトただ一人だけだった。

「暴漢に襲われそうになったヒロインを主人公が助けるところから始まるんだ。そこでヒロインは主人公に一目ぼれをして世話を焼こうとしたり、疲れた主人公を癒そうとしたりでとーっても甲斐甲斐しいんだ」
「ふむふむ」
「主人公はそんなヒロインのことはそっけなく扱うんだけど、それは闇の組織との争いに彼女を巻き込まないためで、本当はとても大切に思ってるんだ」
「おぉ!」
「そんなふうに過ごしていたある日、ついに闇の組織が動き出して主人公とヒロインの通う学園に攻撃を仕掛けてきたんだ! 被害は甚大、ヒロインも傷を負ってしまうんだ」
「あわわ……
「そして主人公は決意するんだ、彼女を傷付けた組織の奴らを許してなるものか! と。そして主人公は隠していた力で闇の組織と対決をするんだ。……決着がついて周りからの歓声が上がるんだけど、そこに主人公はいないんだ。皆がどこに行ったんだろうと主人公を探すんだけど、彼は傷ついたヒロインの元に行ったんだ」
「どきどき……
「そして、ヒロインを抱きしめる主人公! これだけで二人の思いは通じ合って……ちょっと省略するね。主人公の愛を受け、ヒロインは強い癒しの力を覚醒させ、二人の冒険がはじまる――と、こんな感じだね」
「省略した部分が気になる!」
「うーん、それはちょっと……ティナ・キースリンクさんには刺激が強すぎるかな?」
「え? えぇ!?」

 ――終わった、何もかも。

 戦友からの冷たい目も、漆黒の騎士には届かない。彼にできることは両手で顔を覆い、踞るだけだった。しかしそれだけでは終わらない。
「それで、これが作中の描写を元に作ったヒロインの3Dモデル」
「ひょえっ!?」
 オルトの掌が淡い光を発し、その中で3Dモデルが浮かんでいる。長い髪をゆるく三つ編みにした、胸の大きなあどけない顔の少女だ。顔を覆いながら漆黒の騎士はこっそりそれを覗き見る。
(完璧じゃないか)
 衣装も、小物もまさに彼の思った通りだ。あまりに精巧な出来に彼はちょっとだけ嬉しくなった。そんな彼の心中を察してか、誰にでもなくオルトは朗らかに笑った。
「ご希望なら3Dプリンタで出力することもできるよ。工賃はいただくけどね。別料金になるけど塗装も承ってるよ」
「すりーでぃーぷりんた?」
「簡単に言うとこの子の人形を作れるってことかな? お代はいただくけどね」
「うー、カワイイけど、お金ないもんなぁ……
「そっかぁ、気が向いたらいつでも言ってね! ところで、気付かないかな?」
「何を?」
「このヒロイン、ティナ・キースリンクをモデルにしているんだ」
「へ!?」
「なっ!?」
「ふえぇ……
 驚き目を丸くする三人にオルトはいたずらっぽい笑顔を向けた。
「さっきのラブソングといい、もてもてだね、ティナ・キースリンクさん」
「で、でもでも! そうとは限らないでしょ! もー、ヘンなコト言わないでよぅ……
「そ、そうだぞ。そんな事言ったらキースリンクが困ってしまうじゃないか!」
「そうだ、それに、うちの寮生はそんな色恋に現を抜かすようなヒマはないんだ!」
 気を取り直した二人が焦りながらオルトに詰め寄る。けれど、オルトはどこ吹く風だ。
「そうかなぁ? でもこれを書いた人たちの目線の動きとか、ティナ・キースリンクさんを前にした時のバイタルサインの変動を見るに97.4%の確率でティナ・キースリンクさんに好意を抱いているようだよ」
「ひぐっ」
「え? え?」
 やたら具体的な数値と根拠を提示され、二人は押し黙ってしまった。当のティナは頬を赤らめながら困惑している。
「まぁでもこの二人はティナ・キースリンクさんの好みではないかな?」
「ちょ!? オルトくん!!」
「僕の計算では生徒の中でィナ・キースリンクさんの好みに合致するのは――
「わー! わー!! やめて! やめてってば!!」
「あはは、冗談だよ。びっくりした?」
 面白そうにケタケタ笑うオルト。そんなオルトにティナは頬を膨らませた。完全にトドメをさされた二人はもう立ち上がる気力すらない。ただひたすら、この拷問のような時間を過ぎるのを祈るばかりであった。
「もー! ヘンな事は言わないでよ!」
「ごめんなさい。ふふ、息抜きになったかな?」
「オルトくんがヘンな事を言うから覚えたこと忘れちゃったよぅ……
 ティナの訴えにオルトは「大丈夫だよ」と笑った。
「それじゃあ、僕はそろそろ失礼するね。勉強、頑張ってね」
「あ、うん。バイバイ」
 来た時と同じようふわふわと浮きながら談話室を出るオルトを見送り、ティナは改めて打ちひしがれる二人に目を向けた。
「えと、それじゃあ、続きお願いします!」
「あぁ……
「任せてくれ……
 二人の姿に先までの元気はとうにない。それが何故なのかきゃあきゃあ騒ぐばかりのティナに知る由はなかった。