mishiadd
2024-01-15 01:48:16
2415文字
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fgoサムレムコラボ前に一瞬だけ見てた幻覚

「コラボイベントの伊織くんがサムレムの伊織殿とは別世界の別人」前提でセイバーが伊織くんを伊織殿に育て直そうとして近づく話。(賞味期限1/17 18:00迄)

善い手本を知っている、とその人は言った。

「盈月」とやらが江戸の平穏を脅かし始めた頃、その盈月なるものと同程度には胡乱な「かるであ」と名乗る連中が浅草に押しかけてきた。
話を聞いたところ意味を推し測れる言の葉は全体の半数にも満たなかったが、それでも善意でここに在ることは理解できたため、手を組むことと相成った。
それと同時に、「さあばんと」――サーヴァント、という亡霊の類の連中を数名紹介された。厳密には「かるであ」と共に在るわけではなくこの状況に応じて江戸の土地に湧き出た者もいるようで、そのうちの一人が「せいばあ」だった。

特段親しく話すわけでもない。会話する頻度でいえば圧倒的に「かるであ」の「ますたあ」の方が上だった。それでも、「せいばあ」はたまにふらりと俺のところへひとり立ち寄っては、一言二言、特に当たり障りのない言の葉を残して去っていくことがあった。他のサーヴァントには見られない行動だった。だから、顔と呼び名程度は認知した。

「かるであ」との共同戦線を張っている間も、俺の拠点は自分の長屋だった。なんの変哲もない古い長屋だ。狭いが、ひとりで暮らす分には特に不便もない。

ひとりで飯の支度をしていると、がらがらと遠慮なく引き戸の開く音がした。振り向く。「せいばあ」だった。

「ああ、せいばあ」
「セイバー、だ」

自分から訪ねてきた割に愛想がない。常のことだったし、「せいばあ」の機嫌がどうだったところで俺には関わりがない。そのまま御御御付の出汁を煮立てていると、すぐ隣に気配が移動してきた。鍋の中を覗き込んでいる。

――食うか?」
……いや」

その割には鍋から目を離さないでいる。やがて目尻に少し力が入り、意識して目を逸らしたようだった。
無遠慮に人の家にずかずか乗り込んでくる割には妙なところで遠慮するものだ。

「きみは――

言いかけて黙る。言の葉を探しているようで、やがて黙り込む前と同じ冷え切った口調で続けた。

「なにか目指しているものはあるのか」
「なんだ、藪から棒に」

これまで交わした言の葉も両手で足りる程だ。手持ち無沙汰の暇つぶしの話題としては、出過ぎた質問ではないだろうか。
とはいえ、別に隠し立てするようなことでもない。例えつまらなくとも、人に恥じる必要がないような人生を心掛けて生きている。

「世間的には、仕官。――俺個人の人生の目的は、剣だ。剣の道を極めたい。例え時代錯誤といわれようとも」
「きみは、そう云うのか」

目が合う。初めて目が合ったと思う。
出汁が煮立っている。火を落とさなければ。沸騰する湯のぶくぶくと気泡の抜ける音が耳元でうるさい。
小さな唇が動いた。

――私は、善い手本を知っているよ。
彼も、きみのように剣の道を目指していた。その剣を、人々と江戸の平穏を守るために振るった。きみも、そうするといい」
「無論だ。そのための剣だと心得ている」
――そうか」

出汁が――
じゅわじゅわと吹きこぼれかけている鍋を認識しているが、「せいばあ」と合わせた目を逸らせないでいる。
真っ直ぐに俺の目を射抜いたまま、彼は言った。

「私が教えよう。善い手本を知っている。きみも、彼を目指すといい」
「あ――ああ……?」

そんな話だっただろうか。

教えを請うた覚えはない。俺にも師匠がいたし、善い行いのなんたるか、人の道のなんたるかは既によく教わっている。今更、どこの誰とも知りえない「せいばあ」の、そのまたどこの誰ともわからない知己を手本にして生き方を教わらなければならない道理はない筈だ。

断ろうと口を開こうとしたが、そのまま継ぐ言の葉を失った。

目だ。煌々と燃えている。――さっきまでの彼は、こんな目をしていただろうか。
冷え冷えと冴えわたった、月光のような静けさだとすら思っていた筈だった。さっきまではこんな――こんなに昏い、妄執のような色をしていただろうか。

「大丈夫だ。きみはとても筋がいい。あと少しなんだ」
「あと少し?」
「そう、ほんの少しだけ」

「せいばあ」の右手が伸びてくる。びくりと大きく身動ぎをし、体を強張らせた俺の反応を意に介さず、そのまま俺の右目にかかった前髪のひと房を指先で摘まむ。軽く持ち上げられた前髪の隙間から、「せいばあ」の口許が見えた。うっすらと笑っている。

「長い。次までに切っておいで」

言の葉のぶっきらぼうさに反して優しく囁くように言うと、「せいばあ」はさっと踵を返した。
引き戸から外に出るときに、もう一度だけ俺を振り返った。先程と同じ、笑っているのかいないのか、かすかに口の端を持ち上げてから、今度こそ外に出た。

俺に対して微笑んでいたのだと思う。だが、「俺に」微笑まれた気がしなかった。

「せいばあ」に触れられた前髪のひと房を摘まむ。長さについては否定できない。
この髪の向こう側に見た、「せいばあ」の顔を思い出す。――もしかしたら、あの妄執の色に、俺自身も多少なりとも当てられたのかもしれなかった。

妙なことをさせられそうになっていることはわかっている。きっと彼の「教え」は彼のいうような「善い剣」を目指すためだけのものではないだろう。その意図を俺が知ることは一生ないのかもしれない。
それでも、あの危うさに――ぴんと限界まで張りつめた、今にも切れそうな弓の弦に――もしかしたらとうに正気など失ってしまっているのかもしれない、あの亡霊に――付き合ってやってもいいと思ったのは、きっとそれもまた俺の知っている「善い行い」などではないのだろう。

次までに、と「せいばあ」は言った。
前髪のひと房に刀を当て、俺はすっと右手を動かした。はらはらと斬られた髪の毛が舞う。

鍋はとっくに吹きこぼれていた。火を落とし、視界のよくなった右目で、焦げ付いた鍋の底を見つめた。