頻子
2023-11-14 03:06:18
3536文字
Public KODR二次
 

探偵ウルハム(KODR)

キンデモR
魔界倫理のほのぼの日常
じゃっかんウルニュ

 日の区切りを告げる鐘が鳴る。
 次期魔界王ニュートは、背伸びをし、ちらっと扉を見た。
 そろそろおやつの時間だ。
 ニュートは、おやつの時間をそれはそれは楽しみにしている。
 魔界にはニュートの食べる物は少ない。次期魔界王は、魔物たちから見れば好き嫌いが多かった。見た目がちょっとでもブキミだと食べたがらないのだ。また、食料に困れば為すすべなく餓死する領民からみれば甘ったれとしか言いようがないだろうが、ニュートは次期魔界王だから、多少、食べるものを選り好んだところで飢えて死ぬことはない。……家臣たちの涙ぐましい努力により、知らぬ間に口にしていたりもするが、それはまた別の話である。
 報告書を読んではいたが、ちっとも頭には入ってこなかった。またちらっと扉を見る。フランコールが、ニュート様、そろそろ休憩にしましょう、と言ってくれるはずなのだ。
 忙しいのかな……
 しびれを切らし、自らの足でキッチンにやってきたニュートは、目ざとく机の上に置きっぱなしになっている大皿を見つけた。布をぺろっとめくってみて、歓声をあげる。
 マカロンだ!
 ニュートはあふれる喜びのまま、さっそく幼なじみを呼びに行ったのだが、あいにくといつもの場所にデビイはいなかった。
 なら、一人で食べてしまおうか、それともやっぱり包んでもらって、半分は残そうか……
 あとからなら、やっぱり半分は残しておこう、と殊勝な決意をしていたターンだったとはいくらでもいえる。
 ニュートが戻ってみると、お皿の上には何もなかったのだ。すがたのない魔界王よりも無だった。

「ほれでふゅーとさま、ほくをふたかってるんですかあ」
 とりあえずニュートはとりあえずその場にいたウルハムをつかまえ、口を大きく開けさせていたのだ。
 ウルハムの気弱さからあまり印象に残ってはいなかったが、鋭い牙が生えている。マカロンをつまみ食いしたかは正直わからなかった。
 喉の奥は深く、暗い森の中を覗き込むような気持ちになる。
 ウルハムは申し開きを終えたと思っているようで、ほっとした様子だった。
「ね、ニュート様。僕じゃないですよ。僕が食べていたのは、仔リスの……
 ウルハムはごくんと何かを飲み込んだ。それから、気落ちした様子のニュートを見て、慌てて言ったのだった。
「そうがっかりしないでください。僕、ニュート様の捜査に協力しますから……
 ウルハムが?
「人狼ですから。いちおう、嗅覚はすぐれているんです……。とりあえずニュート様、上着を脱いでいただけますか?」

「スケルナイト?」
 ウルハムはすんすんとニュートの上着を嗅いだ。嗅ぐばかりで、ずっとそうしているので、ニュートはだんだん不安になってきた。それで、スケルナイトの匂いはするかと尋ねた。
「スケルナイトですか?」
 ニュートはスケルナイトを疑っていた。なんたって、彼には前科がある。
 ウルハムも、彼が焼き菓子をつまみ食いしたところは見ただろう。ニュートは聞いた。というかウルハムから聞いたのである。
「いや、うーん、正直怪しいとは思いますけれど。仮にスケルナイトだったとしても、別に、どうこうできないじゃないですか?」
 そもそもとっちめることができないというのである。ずいぶん後ろ向きな探偵である。
「まあ、さすがにニュート様には弱いのかもしれないですけど……
 乗り気ではないウルハムをなだめて、ニュートはスケルナイトを探した。いつもの見張り塔にはいない。門のあたりにいるということで、ようやく彼を見つけることができた。
 なにやらいつもよりも騒々しかったが、ニュートもウルハムもとくにとがめられることはない。どうやら城への侵入者を始末したところのようだった。スケルナイトは相変わらず憎たらしいくらい涼し気な横顔をしていて、横目でニュートを見た。死体が転がっていたが、まるでうるさい昆虫でもつまみ取ったかのように微かに眉をあげただけだ。
「おや、ニュート様。騒がしくてすみません。今、新魔界の手先を始末したところでして。もう安全ですよ。お散歩とは優雅ですね。ウルハムの?」
 ウルハムの、というところに含みを感じないでもなかったが、ウルハムはおもねって黙っている。
 自分のおやつを食べたか。ニュートは尋ねた。こんな真面目そうな空気でよく聞けるものだと思った。
「え? ニュート様のおやつを? 菓子ですか? ……いえ、私じゃありません。ニュート様に誓って……
 本当だろうか?
 ニュートはウルハムをけしかけたが、ウルハムはスケルナイトを嗅ぐようなことはしなかった。
「あー、えっと。スケルナイト、手、いいですか?」
……斬り落とすおつもりですか?」
 ジェネレーションギャップに怯えるニュートを無視してウルハムは懐から何か取り出した。
 小型のカメラ。たしか、デジタルカメラというやつだ。
「見てください、これ、ニュート様のおやつがあったところなんですが、粉砂糖の跡があるでしょう? ……えーと、ほら。これ、きっとおやつに触った人のものだと思います。スケルナイトの手とは、大きさが全然違いますよね」
 なるほど、とニュートは納得する。
 無罪を言い渡すと「はあ」と、スケルナイトはそっけない返事をする。そしてニュートも解せなかった。
 なら、どうしてにおいをかぐ必要があったんだろう?
「この手の跡は、うーん、比べてみると、ニュート様とおんなじくらいだから……ゾービナスとかに話を聞いてみたらいいかもしれないですね。あと、念のためジャンタンとか……そのくらいですかね。あとは、マーメルンにお話を聞いてもいいかも」
 なるほど、水路しか動けないからマーメルンが犯人ではないだろうが、何か見ているかもしれない。
 あとは?
「あきらめましょう」
 ウルハムはきっぱり言った。あまりにあきらめるのがはやい。
 まあ、ゾービナスとか、ジャンタンとか、かわいい子が食べているなら菓子も浮かばれようというもので、ニュートも諦めがつくというものである。
「おっ、ニュート。何たくらんでるんだ? ……。おい、俺はいいってなんだ!」
 ベーケス2世はウルハムを無視して、ニュートはベーケス2世を無視した。ベーケス2世は、血とチョコレートしか食べないからには犯人になりえない。
「大丈夫ですよ。地道にあたっていったら、うん……まあ……解決してもしなくても別に……いいんじゃないでしょうか。努力賞ってところで……。お茶でもどうですか?」
 しかしニュートはふと思ったのである。
 自分と同じくらいの大きさの手となると、もう一人いるじゃないか。

「うん? お菓子を食べたかって? いいや、ぼくではないよ?」
 お城を一周して、結局元の場所に戻ってきた。
 犯人は現場に戻ってくるというが、どうやら今回はそうではないし、ニュートは名探偵ではないようだ。幼なじみはにっこり笑って犯行を否認した。
「あら、おかしいですわね」
 フランコールが困った風に首をかしげる。
「わたくし、魔界王様にお叱りを受けていて。今日、おやつの用意はできなかったのですわ」
 それじゃあ、あのお菓子はなんだったんだろう。幻だったとでもいうのだろうか。ニュートは首をかしげる。そもそも、ニュートのものではなかったのかもしれない……
「元気出して、ニュート。マカロンはまたもらえるし、僕もニュートのだいすきなジュースを作ってあげるから。ね?」
 デビイの一言で、ニュートは即座に機嫌を取り戻した。
「あ、じゃあ、これで一件落着ってことで……あっ」
 ウルハムはカメラを取り落とし、拾おうとしてかがんだ。

 身を低くしたウルハムは、台所の隅に転がっているカラフルな菓子の欠片と、ネズミの死体を見て息をのんだ。
――毒入りマカロン。マカロンの欠片。城への侵入者。もしかすると、ニュートのおやつとすり替えたりする予定だったのかもしれない。
 気が付くと、デビイがじっとこちらを見ている。
 ウルハムは凍り付いた。それからしばらくその姿勢を保ち、ゆっくりと起き上がり、マントのほこりを払った。
 いいや、侵入者はスケルナイトが倒したし……
 そういえば、ニュートは菓子がマカロンだったなんて一言も言ってないのだけれども、デビイはなぜか知っている。もしかすると危険を察知して、マカロンを始末したのかもしれない。
 ウルハムはぶるぶると首を振って思考を振り払うことにした。
 やばそうなことには首を突っ込みすぎないこと。これは、魔界で生きるためのコツだ。
 好奇心では犬は死なない。