頻子
2022-12-03 01:51:54
3064文字
Public KODR二次
 

判断基準(KODR)

偽ベーケス2世
ベケニュ(?)
ニュートわがまま

 ベーケス2世はドンドンと棺を叩いていた。
 ニュートのために用意した、あの特注の棺桶だった。
 実体の身でありながら、ベーケス2世は、ここから出ることができない。ご丁寧に、棺桶の蓋には十字架がかけられてしまっている……
 吸血鬼の力を封じる、聖なる十字架。
 吸血鬼にとっては、忌々しい十字架。

 魔竜一族の魔の手が、すぐそこまで迫っていた。

 油断していた。
 ニュートに選ばれ、無事、魔界に戻ってくることができたベーケス2世。うっかり城に忍び込んでいた魔竜一族の残党にとっつかまり、なりかわられてしまったのだった。不意を突かれた上、十字架で力を封じられて、なすすべもなく……たまたま中庭にあった棺桶に閉じ込められてしまった。
「魔界がゆっくりと滅ぶのを、そこで味わっているがいい!」
 自分とそっくりの同じ顔をした男が、酷薄に笑う。
(ニュート! ニュート! くそっ……
 ここまできて、終わるのか。
 魔竜一族の生き残りが、ニュートの命を狙っている。
……ニュートと触れ合えないまま、魔界王の伴侶にもなれないまま終わるのか。
 ベーケス2世は力を振り絞る。そよ風のような、意識だけの弱い思念を飛ばすだけで精一杯だった。
 
 何とかして、ニュートに危険を知らせなくてはならない……。けなげに自分の帰還を待っているだろうニュートに……いや、あいつのことだから、薄情にも部屋に戻って寝ているかもしれない……ありうる。俺が必死に話しているのに棺桶ですやすや寝ていたりしたものだ……
 今回ばかりはそうであってほしい。
 けれども、ニュートはけなげにベーケス2世を待っていた。だから、すぐ、見つけることができた。中庭でひとりブランコを漕いでいたのだ。あまり見たことのない、いつもより動きにくそうな服を着ている。
 あきらかにめかしこんで、自分を待っていたのだった。
……いますぐ飛んでいきたい。
 思い切り棺を殴りつけたが、現実は変わらない。ただ、現実感を伴った痛みがあるだけだ。
 気が付け、と、ベーケス2世は、全力で念力を送る。
(ニュート、行くな!)
 ベーケス2世の思いは、風になって、ニュートの前髪をわずかに乱しただけだ。
「ニュート、会いたかったぞ!」
 偽物のベーケス2世がやってくる。
 ベーケス2世! とブランコから飛び降りたニュートは、しかし、駆け寄っていくにつれてゆるやかに減速し、ぴたっと止まる。
……お?)
 それから、じろじろと偽物のベーケス2世を見て、言ったのだった。
 なんだか、ちょっと縮んでいないか?
……
 ニュートは思ったより鋭かった。
 もともとが馬鹿でかい魔竜一族だからなのだろう……。サイズ感を見誤ったのか、偽ベーケス2世は、実物よりもやや小さいのだ。
(そうだ、ニュート! いいぞ……! いいぞ! それ以上近づくな! そいつは俺じゃない……
 偽ベーケス2世は、ふんっと鼻で笑った。
「ああ、それは。そう。虚像だったからつい…………? ニュートに、俺を、少しでもよく見せたくてなあ……ごめんな。俺はニュートにはふさわしくないだろうか?」
(ニュート~~! ごまかされるな!)
 けれども、ニュートはころっとごまかされた。
 どんなベーケス2世だって大好きだ。困った顔で、ささやくようにニュートは言った。
(ニュート~~~~っ……
……嬉しいやら悔しいやらで、感情が追い付かない。本当は、俺はそんなサイズ感じゃない。それから、……それは俺が、言われたかった。
 ところで、と、ニュートは近づいて来ようとした偽物のベーケス2世に問うのだった。
 ベーケス2世は、ぜんぜん陽気ではないんじゃないか?
「え?」
 初めて恋人に会えたのだから、もっと喜んでしかるべきではないのか?
……。ニュートに会えたのがうれしくて、ついな。なんと言えばいいかわからなくって……!」
 登場をやり直してほしい、と、ニュートが言った。
……なんか、風向きがあやしくなってきた。
「チッ、わかったよ。やればいいんだろ。やればっ!」
 偽ベーケス2世の態度が悪い。俺はそんな態度をとったことはない。少なくともニュートには。だが、ニュートはそこには突っ込まなかった。
 偽物のベーケス2世はしぶしぶ庭の奥に引っ込んで、もう一度登場させられている。
 大きく手を振りながらやってきた。
「わーっ、ニュート! 本物のニュートだー! 奇遇だなあ! 久しぶり!」
……それもやったことはない。
 ベーケス2世の陽気さはそんなものではない。
 じっとベーケス2世の登場を見守っていたニュートは冷たく言った。
 あなたはほんとうにベーケス2世なのか?
「な、何を言うか! 俺こそ本物のベーケス2世ではないか! ニュート、覚えてないのか!? 俺だよ! 俺!」
 偽物のベーケス2世は慌て出すが、ベーケス2世は気が付き始めていた。
……これは、ニュート。ぜんぜん本物だとは分かってないけど、調子に乗って甘えてるだけだな、と……
 幼いニュートのわがままにさんざん付き合わされたベーケス2世にはわかったのだった。
「ほらほら、俺は陽気だぞ! 楽しいな! 今なら歌だって歌えそう~!」
 ニュートが初めて警戒を見せた。一歩下がる。
「ん? どうした? ニュート? 俺の歌がききたいのか? いつだって歌ってやるぞ……
 いいぞ。
 ベーケス2世は思った。
 いや、良くはない。
(どうして俺を判断するのがその部分なんだ、ニュート!?)
 ニュートは懐に手をやって、おもちゃのキーホルダーみたいな何かを手に取った。どうやら、防犯ブザーだった。
「いやいやいや、しまいなさい、ニュート。なっ、分かったから。仲良くしよう!? な!?」
 慌てた偽ベーケス2世は、ニュートをなだめはじめる。
 とにかく、あなたがベーケス2世だということを信じさせてほしい……
「もっと情熱的に」だの「やっぱりうそっぽいから感情を抑えて」だのさんざん命令し、偽物は飛んで登場したり、スキップまでさせられ、ニュートはようやく納得したようだった。
 これほどじぶんの言うことを聞いてくれるのだから、ベーケス2世に違いない、と。
(判断基準はそこなのか!?)
 偽ベーケス2世は、ほっとしたようだった。
「そうだろう? ニュート。俺はベーケス2世だよ。ほら、ニュート、こっちにおいで。目を閉じて……
(まずい……ニュート!)
 偽物のベーケス2世は、後ろ手にナイフを隠している。ニュートは……
 にっこり笑ったニュートは、えいや、と、偽物に何かぶつけた。
……十字架だ。
 かすかな幻影にすらとどめを刺されたベーケス2世は、消え失せる意識の中で、偽物の最後の一言を聞いた。
「ああ? なんだこれ。は? 殺すぞ!?」

「ぎゃーっ!」
 棺の中で起き上がったベーケス2世は思い切り額を打ち付け、ピクシーの仕事の堅牢ぶりを知ることとなった。
 ベーケス2世のリアクションに凍り付いたニュート。けたたましく鳴り響く防犯ブザー。駆け付けた家臣たちが、偽物を取り押さえることとなった。
 棺桶に閉じ込められた本物ベーケス2世は救出され、なんとか事なきを得た。 何事もなくてよかったよかった……
「ニュート。お前! 魔竜一族とやることが変わらんではないかー!」
 このニュートのイタズラ癖だけは躾け直さねば……と思うベーケス2世だった。