頻子
2022-11-29 00:12:18
4389文字
Public KODR二次
 

ファーストニュートインプレッション(KODR)

一足先にニュートと会うウルハムif
つきあってないけど仲良し(たぶん)
ウルハムがやや不穏だけど仲良し

(ううーん……?)
 小さないきものが、床の上でぴるぴる震えている。僕に押さえつけられて、身動きがとれないでいるのだった。
 小さいといっても、地下工房でカボチャを彫っているジャンタンよりはまあまあ大きい。それでも僕よりはずっと小さい。
 とりあえず、どう見ても暗殺者ではなさそうだ。
 腕をつかんでぱたっと表向きにひっくり返して顔を覗き込んでみると、おびえきった目がこちらを見返してくる。反撃もなし。
 僕は、いったいどうしたらいいだろう?
 この子を捕まえたのに理由はない。逃げようとしたから追いかけたまでだ。
 というのも、城の廊下を散歩していたら、このいきものが、おっかなびっくり廊下を歩いていて……なんだろう、誰だろうと思ったのだけれど、その気配は、こっちに気がつくやいなや、一目散に逃げ出したのだ。
 逃げられたら本能的に追ってしまうものだ。もちろん、自分よりも弱そうだったら、という場合に限るけど……。でも、どうして逃げたんだろう?
 捕まえてから、新魔界の手先だとか、なにやら暗殺者だとか、そういう可能性もあったなと思った。拘束を緩めると、未知でやわな、よく分からないいきものは、ぱっと起き上がって逃げようとする。意外としたたかだな、と思った。拘束を緩めたのは、もちろんそうしてもすぐに捕まえられると判断したからだ。服のすそを引っ張ると、つんのめって転びそうになったので慌てて支えてやる。小さないきものは、きゅっと身を縮こめて目を閉じた。身を固くして、震えて、それだけ。
 遊びで捕まえた蝶々のやり場に困るように、僕は、この存在を持て余し始めていた。

◆◆◆

 ほんとうにじぶんを食べないのか、とおそるおそる聞いてくるその子に「食べないよ」、と答える。どこに行けばいいか部屋に戻れるのか分からない……と、途方に暮れているいきものは、明らかにべそをかいているのに、かたくなに「泣いてない」と言い張っていた。……暗いから分からないと思っているのかもしれない。
 僕は「そっか」と返事しつつも、なんとなくそわそわしていたのだった。
 人間のジャンタンはともかく。魔界の魔物の中ではじぶんが一番弱いと思っていたけれど、この子は僕より弱く見える。
 その気になれば、牙も爪もなしで、首をべきっと折ることができそうだった。……もちろん、そんなことをする気は、ない。でも、出会っていたのが他の魔物だったら、そうなっちゃったかもな……と思ったまでだ。うん。そうされてたかも。有無をいわさないでがぶっと食べられちゃってたかもしれない。
 この子を見つけたのが、僕で良かった。
 おびえるこの子をなだめすかして、なんとか事情を聞き出したところによると……魔界にやってきたばっかりで、城で迷ってしまったらしい。
「そっか。実は、僕もきたばっかりなんだよね……。あ、でも、道は分かると思うよ。僕? 僕はね。ちょっと散歩してたんだ。寝れなくて。これからの仕事を思うと気が重くてさ……はあ……
 実はじぶんもそうなんだ、とすこし安心した声。小さな声は、ずいぶん下から聞こえて、猫背にならないと聞き漏らしてしまいそうだった。歩幅は自分よりもずーっと狭いから、ゆっくり歩く。
「ところであ、あの、きみ、さ。人間に化けるの上手だね……? 耳もなんだかまあるいし……人間にしか見えないよ。どこの一族 ?」
 魔女一族みたい……、と返事が返ってくる。じぶんのことなのに自信がなさそうだ。
「みたい、って? ああ、ずっと、人間界で暮らしてたんだね。へぇ。なら、そっか。小さいもんね 。でも、それなら余計にたいへんだったでしょ……いろいろ……。あ、生まれは魔界なの?」
 それじゃあ、この子が魔界にいたのは魔界が荒廃する前だから……すくなくとも十五歳よりは上だ。意外だ。いや、そのくらいかも……。どうも仲間は大きいから、相場がよくわからなくなる。なるほど、親の気配がないわけだ。
 魔女一族だというのなら、見た目がこうでも、魔術を扱えるのかもしれない……。ひそかに、ちょっと面白くなくなった……ときだった。廊下に飛び出してきた何かの影におどろいたその子は、わあっと悲鳴を上げて、ぎゅううっと僕に抱きついてきたのだった。
 え、何。柔らかい。
「あの、こわくないよ? ただのヘロウィップが通っただけだよ。ほら……女の子だから、牙もないし。単に、飛ぶウサギだよ?」
 ね、と見せると、その子は、僕に抱きついたまま恐る恐るヘロウィップに手を伸ばす。威嚇され、ひゅっと小さく叫んで僕の後ろに回り込んで、ぷるぷる震えて僕を離さない。
 その瞬間、僕は確信してしまったのだった。
 この子、ウサギより、弱い。
 僕よりずーっと、ずーっと、弱い。

◆◆◆

 この子が飛び出して迷子になったら困るから、手をつないであげることにした。ちょっとためらっていたけれど、ちゃんとその都度その場に立ち止まって、よくないよ、こうするんだよ、と暗に教えてあげたら分かってくれた。
 よしよし。もしもおっかない魔物に襲われて、見当違いの方向に逃げ出してしまったら大変だ。もしもひとりで迷子になったら、それこそ困ってしまうから……
 この子は爪も立派じゃなくて、手の平もふにふに柔らかかった。戦ったことがなさそうな傷のない手。きっと、魔術も上手くないんだろう……。思った通り、一族の代表なんかでもないというのだ。
「やっぱりさ、きみみたいな子が魔界の再建をするのは、大変じゃないかな。もうちょっと再建が進んで、ましになってきてから戻ってきたら……? いや、ううん、きっと頼まれたんだよね、無理に……
 僕みたいに。
 白状すると、僕はもうだいぶその子が好きだった。僕よりも臆病なその子に、頼られて嬉しくてたまらなかった。会ったばかりだけど、なんだかしっくりくるのだった。もしもうっかりはぐれたら、ちゃんと探してあげよう、と思っているくらいに……
 でも、その子は僕と違った。ちょっと泣きそうな顔をして、それからふるふると首を横に振った。
 自分にしかできないらしいから、がんばる、と、小さい声で答える。
 けなげに頑張る姿に、僕は、なんだか胸を打たれたのだった。
(こんなに小さいのになあ……
 余計に大丈夫かなあ、という気持ちになってくる。だって強くて勇敢な魔物は尊敬されるけど、弱くて勇敢な魔物はすぐ死んでしまう。守ってあげたいな、と思った。
「人間界といえば、次期魔界王様も人間界で暮らしてたんだってね。……あの魔界王様の子どもだから、きっとすっごくいばりんぼだろうな。……その事をかんがえるだけでいやになっちゃう」
 ぴたっと、その子が歩くのが止まった。僕は慌ててフォローした。
……あ、そうだよね。きみは魔女一族だものね。ごめん。魔界王も次期魔界王様は、きみの親戚、だものね……。あの、客室はこっちだよ。もう一人で大丈夫?」
 そう言いながらも、この子を一人にしておいてだいじょうぶだろうか、と不安になってくる。
……大丈夫じゃないと思うんだけど、えーと……
 僕が言いかけたときだった。ぎゅうっと裾をつかまれる。やっぱり、だいじょうぶじゃないんだ。言い出すのをちゃんと待ってあげる。一言一句、聞き逃さないように耳を澄ませる……
「え? トイレの場所……?」
 もともと、トイレに行きたいというので部屋を出てきたのだけれども、迷ってしまったのだけれど、恥ずかしくって言い出せなかった、って。そういえばさっきからそわそわしていた。
「うん。まかせてよ。ひとりじゃ怖いでしょ? 一緒に行こうか。このお城はとっても広いもんね」
 なるべく優しい声でいうと、こんどはその子から手をつないでくれた。嬉しかった。ガリアンを包むときみたいに、やさしくやさしく握り返す。

◆◆◆

 人間界の話をあれこれと話しているうちに、あっという間に目的地についてしまった。
「トイレ、この奥だけど……。一人で怖いでしょ。……あの、ついていってあげようか?」
 この子は、弱いくせにちょっぴり強がりだ。ここまでで大丈夫、と言って立ち止まる。ものすごく強がっているのがわかる。
「あのね、危ないと思うんだ。そのトイレさ、暗いし。落ちたらすごく大変だから……深いし、ひとりじゃとうてい、はいあがれないと思うな……
 その子の動きはぴたっと止まって、向き直ると……申し訳なさそうに、せめて扉の前まで着いてきてくれないだろうか……と、すなおに頼んできた。もちろん、いいよ。
 そこにいてね、いてねと言われて、用を足すまでいるかどうか何度もノックされて、僕も同じだけ返してやる。待ってる間、葉巻を吸いながら僕は決めていた。
 この子のことは、できる限り自分が守ってあげよう、と……

「ええと、客間に戻ればいいんだよね? え?違うの……? 部屋がわからない?」
 とぼとぼと不安げに着いてきていたその子が城の一角で不意に反応した。こっち! と言って手を引っ張ろうとする。もともといた場所に近いほうだ。
「あ、ちょっと、そっちは行ったらだめだよ。偉い人の部屋のあるところで……下手に立ち入ると、殺されちゃうよ。さっきもあぶなかったんだよ、ねぇ……たまたま僕だったから安全で……
 言い聞かせても聞いてくれない。泣きそうな顔でこっちの部屋、と言い出す。これはだめだ。せめて、明るくなるまで、いったん僕の部屋で保護しよう……とかかえあげたときだ。
「ニュート様!」
 そこへ、フランがばたばた走ってきた。
……え、ニュート様?」
 ニュート様っていったら、次期魔界王の名前だ。思わず手を離した僕からするっと降りて、ニュート様はフランコールのスカートをぎゅっとつかんだのだった。

◆◆◆

 僕と、ニュート様との出会いはそんなものだった。
 トイレに行きたかったけど、フランコールを起こすのが申し訳なかったんだって、あとから教えてくれた。ほんとうに、あの日に会ったのが僕でよかった。なにかあったらたいへんだ。
 それで、僕はニュート様のことがすっかり好きになってしまった。次期魔界王様は、威厳を身につけてなんとか立派な魔界王になろうとしているけれど、弱くて……小さくて……
 たまらなく可愛い。
 すっかり魔物の群れになじんだニュート様は僕の部屋に入り浸り、ガリアンと戯れている。
 きっとああやって出会ったのは運命に違いない……と、僕はひそかに思っているのだった。
 ニュート様が次期魔界王だと分かったあとでも、僕はやっぱり思っている。
 この子のことは、できる限り自分が守ってあげよう、って……
 この子は僕のものだって。