頻子
2022-10-27 17:56:07
4414文字
Public KODR二次
 

にっちもさっちも(KODR)

ハッピー(ちょっとビター)シビア
「検討中です!!」でベーケス2世を思わせぶりでほったらかしてたら周囲を詰められるやつ。
*ニュートがそんなに良い子ではない

 ふわふわと宙に浮いたスプーンは、ひとりでにパフェの地層をすくい、ニュートの口元に飛んできた。ニュートが口を開けると、口の中に上手いこと滑り込んでくる。
「美味しいか、ニュート~?」
 美味しい、と答えると、「そうか!」と、ベーケス2世は晴れやかな笑顔を見せる。
 ベーケス2世は肘をついて、席の向かいでニュートの食事を見守っていた。彼は念力で器用にスプーンを操り、ニュートにパフェを食べさせてくれているのだった。
 ニュートはもぐもぐと口を動かした。報告書に目を通しながら、傍らで魔界の石炭も増やしている。
 新魔界を倒して、魔界再建を果たしても、魔界王としてやるべきことは山のようにあった。次から次へとひっきりなしで、のんびりとおやつを食べている間もなかなかない……だからといって、別に、こうやって食べなければいけないわけではないのだけれども……
 スプーンは器用に次をすくい、つんつんと唇をつっついて、ニュートに口を開けるように促した。
 ニュートは再度口を開ける。
 ベーケス2世はニュートにものを食べさせるのが上手い。
 ニュートは、なんとか幼い頃にニュートの世話をしていたというベーケス2世を思い出してやりたかったが、ちっとも思い出せやしないのだった。
 ベーケス2世は、もうニュートの婚約者ではない。彼は「ニュートのことはあきらめる」と言ったのだ。
 けれども、臣下のベーケス2世は、こうやってニュートを甘やかしてくれる。ふたりきりのときだけ……ちょっとした時間を作っては、せっせとニュートを構いに来るのだった。

 ケーキも良いけれど、やはりたまにはパフェが食べたい。人間界のものと全くおなじというわけにはいかないけれども、色とりどりの果物が入ったパフェはおいしかった。あっという間になくなった。
 ベーケス2世は、じっと使い終わったスプーンの鏡面を見つめている。かと思えば、唐突にスプーンを口に含むそぶりをした。
「これ、間接キスって言うんだろ?」
 ベーケス2世はぺろりとスプーンを舐めると得意そうに言った。
「なら、虚像の俺にだってできる……そうだろ?」
 慌てたニュートは、思わず「ウルハムみたい……」、と言ってしまった。スプーンは重力のままに落っこち、床とぶつかってカランと音を立てた。
……ニュート、お前、あいつにこんなこと許してるのか? ウルハムに?」
 まさか、そんなことはない。ニュートが慌てて否定すると、ベーケス2世は「ふうん?」と言って、念力でスプーンを拾った。
 ウルハムはそんなことはせず、直接ニュートのほっぺをペロペロ舐めてくるが……。言わない方がいいだろう。
「ニュート、頬にクリームがついてる……ほら」
 ベーケス2世はナプキンを自分の手元に引き寄せて、飛ばす代わりに手に持った。それからじーっとニュートを見る。
「ニュート、こい」
 ベーケス2世は、ニュートを招き寄せ、わざわざ口元を拭った。それから、さもそうするのが当たり前かのように、しずかに唇を合わせてくる。ニュートは目をつむった。
……婚約者じゃない人とキスしていいんだろうか?
 でも、ほんとうのキスじゃない。
 感触はない。
 ベーケス2世が実体ではないからだ。だから、目をつむると本当に何をしているのかわからない。それでもちょっとドキドキはする。
 長いのか、短いのか。感覚だけだと判断に迷う時間を置いて目を開けると、ベーケス2世の赤い瞳がニュートをじっと見下ろしていた。
「12秒!」
 それから、彼はニコッと笑って、ベルを鳴らし、使用人に食器を片付けさせる。

***

 あいも変わらず、魔界のために一生懸命に働いているベーケス2世はお疲れのようで、虚像のまま机に突っ伏している。
 別に無理しなくていいのに……と思いながらも、こうやってベーケス2世と一緒に過ごす時間はニュートも嫌いではないのだった。
 お疲れ様、とニュートはベーケス2世の頭を撫でるふりをした。ベーケス2世はちらっとニュートを見て、重さを預けるようにすこし傾ける。
 ベーケス2世は虚像なのに、器用につられてくれるのだった。
「ニュート、本当の俺は、もっともっとお前に食事をさせるのが上手いんだぞ……。念力なんか使わなくたって、ちゃんとお前に食事をさせてやれたんだ」
 お前に食事させるのは俺がいちばん上手かったんだ、と、ベーケス2世はおおげさにため息をついた。
「ああ……俺もそろそろ棺から出たいもんだなあ……
 そろそろ結婚を考えてみたらどうだろう。
 ニュートはベーケス2世の髪を、さらさらとかすふりをした。それでも、虚像はちっともびくともせず、髪が乱れることはない。
……っ、ニュー……
 ベーケス2世も、結婚相手を見つけた方がいい。ニュートが続けると、ベーケス2世は沈黙した。
 ちゃんと、ほんとうに好きな人と……
……ニュート。俺は、ニュートの事を愛してる……
 それは魔界王の王座のためで、きっとほんとうに好きなわけではない。
 ふわーっとニュートの身体が持ち上がった。はずみで、魔界の石炭が手のひらから転がっていった。
「誰がお前にそんなこと言ったんだ?」
 ベーケス2世は、たぶん、怒ったのだと思う。
「なあー、ニュート。それは、あまり面白くもない冗談だな。何が不満なんだ? 俺はお前のために、キスだってできるのに……
 壁に押しつけられながら、ニュートはどこか冷静だった。
 はしゃいでいた頃もあったけど、魔界で過ごしてみてわかったのだ。魔界のみんなが親切なのは、ニュートが魔界王だからなのだ。それで、自分が無種族だから……
 ベーケス2世だって、怒ったってちっとも怖くない。ウルハムやゾービナスとは違う、彼は虚像だ。今、噛まれる心配はない……
 なら、何かされるはずがないのだ。魔界の石炭が増やせるのはじぶんだけだ。
 でも、優しくしてくれるから……ニュートはベーケス2世がちゃんと好きだ。
 ベーケス2世も、自由になる日が来るといいね。
 ニュートが言うと、ベーケス2世はぱっとニュートの身体を離した。
 自分の方もそろそろ腹を決めて、誰かと結婚しなくてはならないだろう。まだベーケス2世との婚約の破棄を公にはしていないのに、それでもあちこちからつつかれているのだ。
 ベーケス2世は、恐ろしいほど長く沈黙していた。
 取り返しがつかないことを言ってしまった……のではないかと思ったが、次に顔を上げたとき、いつもの笑顔だったので、ニュートはほっとした。
……そうだな~! ニュート、それじゃ、俺も結婚相手を探すとするか!」
 ベーケス2世も、次期吸血鬼の長だから、相手を選ぶのは難しいだろう。でも、ちゃんと望む人と結婚するといい。
 そうしたら棺から出して貰えるし、きっと幸せになれるだろう……

***

 それから、しばらく。ベーケス2世はめっきりニュートの前にすがたを現さなくなった。
 頼んでいた仕事はやってくれているようだし、律儀に報告書も届くから、きっと真面目に結婚相手を探し始めたのだろう。
 ベーケス2世がほかの人と結ばれることを思うと、ニュートはやっぱり寂しくはある。
 それでも、幸せになって欲しいという気持ちは本当だ。
 打算を足したり引いたりして、それでもなお優しいというのはじゅうぶんなことだ。だから、そのくらいの報いがあってもいい。
 恋人ができても、食べ物を食べさせるやつはやらないでほしいな……、と、ニュートは身勝手なことを考えている。パフェを食べさせたりしないでほしいな、と考えて、吸血鬼の食事は血とチョコレートであることを思い出す。
 キスはちゃんとしたことがないから仕方がないけれど、あれは自分だけのものだ。

 ニュートの方はといえば、急に政務が忙しくなって、結婚どころではなくなってしまった。魔界のあちこちで反乱が起こって、押さえるのに手一杯になったのだった。
 ニュートも久しぶりに前線に立ち、指揮を執る……武器も振るわず、かたちだけのものではあるが……、とにかく、魔界王の威厳を示すため、前に出て戦うより他はない。
 ようやく平定を終え、兜を脱いで部屋に戻ると、ベーケス2世が立っていた。
「忙しそうだな、ニュート」
 久しぶりに顔を見た気がして、ニュートは嬉しかった。
「なにをしていたのかって? 大事な用があってな。それで、ニュート。あの話はどうなってる? ああ、いや、結婚どうのじゃないさ。政治の話だ」
 あの話、といってもニュートに覚えはない。
 何の話なのか、とニュートは尋ねる。
「話がいってないのか?」
 ベーケス2世は眉を上げると、いくつかの書類をニュートに見せた。どうやら、土地の権利書らしかった。たしか、前にベーケス2世がくれた、市場とか農場とかの……
「うん? あげてないぞ? ほら」
 ベーケス2世は書類を示して見せた。細かい契約書を確認すると、たしかに譲渡ではなくて、貸与となっているようだった。
 ニュートには難しい法律用語はわからない。ほとんど家臣に任せきりで、細かい契約の部分まで知るわけがないのだ。
「ま、タダ同然だから、実質的にはお前のものでいいんだがな。名義がベーケスのものってだけで……自由に使っていいやつだぞ。ただ、まあ、ほら。細かいお約束があるわけだ」
 ベーケス2世が示した箇所の文字は、さらに細かい文字になった。
 ニュートは、困惑してベーケス2世を見上げる。
「ああ。かいつまんで言えば、ま、土地をタダでやるぶん、発生した利益のいくらかはよこせ、というヤツだ。今までは取ってたわけでもなかったが……安心してくれ、ニュート。これは、すぐに払えというものではない。催促もしていなかったし、新しく王が立ってすぐだから。毎月な、期限を延長してきたんだ……。ただ、そろそろ、魔界王も新しくなったことだし、俺たちもそう甘いことは言ってられなくなってきてな。父上がすっかりお怒りで……。ああ……もちろん、俺はニュートの味方だからな!」
 ベーケス2世が示した計算によると、本来支払うべき金額は、ものすごい額になっている。
 そこで、ようやくニュートは気がついた。
 吸血鬼一族の影響力は、あまりに大きいものなのだ。彼らの助力を失えば、魔界が立ちゆかないほどに……
 ニュートはちっとも賢くはない。
 ちょっと小賢しいだけで、ニュートはぜんぜん賢くはない。
「俺はもうニュートの婚約者じゃない……。だから力にはなれない……。けどな、ニュート」
 ベーケス2世は、真っ赤なバラを差し出した。
「お前が頼むなら、この失敗も帳消しにしてやるぞ! ……なあ、ニュート? お前が、俺を選ぶってんなら……