頻子
2022-08-21 02:19:28
1979文字
Public KODR二次
 

得体が知れない(KODR)

ウィンチとニュート
イベマしてすら「いやまあ普通のお付き合いできたらいいかな」くらいの図太いニュート演算
付き合っているわけではないが、ニュート→ウィンチみがある

 つんとした匂いも、羽虫の羽音も。もうじき暮れていく夕日も、ウィンチが何かする理由にはならなかった。ウィンチは、何をする気にもなれず、物思いにふけっている。
 魔女の魔術で魔界王の力を奪い、王座を簒奪する――ウィンチの一生をかけた計画は、すべて水の泡となってしまった。

 自分のやることは、何もかも上手くはいかない。
 現実逃避をしながら、ウィンチは夢想している。
 スケルナイトのことを。……美しい彼の事を。
 都合の良い夢を想像しながら、ウィンチはただ待っている。
 駆けつけてきたスケルナイトが、ウィンチを抱きしめて、今までお前の気持ちに気がついてやれなくて済まなかったね、と言う、都合の良い夢を……
 ……そうでなければ、荒々しく扉を開けて、想い人に牙をむいた自分に腹を立てて、自分に剣を突き立てる。
 今のウィンチにとってはどちらでもよかった。
 しかし、現実はどちらにもなっていない。悪夢ですら、都合の良い想像だったのだと感じ始めていた。
 スケルナイトは――スケルナイトは、ウィンチの顔を見に来もしない。

 ずっとそうだった。自分から会いに行かなければ、スケルナイトとはめったに顔を合わせることはなかった。身体をこしらえているときでさえそうだった。ぼろぼろに崩れた肉が腐り落ちていて、苦しそうに溜息をついていると、ウィンチは彼のためならば、何かせずにはいられなくなった。その能力もあった。ウィンチ、と呼ばれればなんでもしてやりたくなった。
 彼はずっとあの子のことを見ている。……きっと今も。
 キイ、と木がきしむ音がして、扉が開いた。はっとして顔を上げる。
「ウィンチくんよ。ニュートと喧嘩したって?」
……
 彼の代わりに、望まぬ来訪者がちらほら訪れて自尊心を逆撫でしていった。
「いやはや、次期魔界王サマとケンカとは恐れ入る。俺も見たかったな。ははは!」
「失せろ」
 しかし、城を取り巻く静寂はなにやら奇妙でもあるのだ。
……ケンカ、という次元ではない。次期魔界王を謀殺しそこなったのだ。
(おかしい、どうして沙汰のひとつもない?)
 ぬっと見慣れた影が床に差した。
 ヤツが来た。
 次期魔界王、ニュートが――
……
 すごく思いつめた……というよりは困った顔をしていた。あえて形容するなら、「しょんぼり」とでもいうような顔だ。まるで理解できない表情だった。感覚の不一致に、ウィンチは身の毛のよだつようなうすら寒さを感じた。
……何の用だ?」
 えっと、と言葉を切らして、困った顔のまま……たっぷりと薬庫に入り浸っていたニュートは、すでに戸棚を把握していて、勝手に茶を淹れはじめる。
(これで死ね、とでも言うつもりか?)
 ウィンチは顔をゆがめる。隙を見て殺してやる、という気持ちが戻ってきた。だが、ニュートは自分の分を勝手に淹れ、勝手に飲むとふうっと息を吐いて、告げた。
 新魔界のみんなを説得してきてくれないか。
「は?」
 いつも通りの頼み事だ。それをなにもなかったかのように言ってのけた。
 何がどうなって、そうなる?
 意味が分からなかった。
「お前、ゾンビか? 何があったか覚えてないのか?」
 ニュートはふるふると頭を振って、言うのだった。

 いや別に、それとは別で、お話が途中だったし……
 よく考えたらあれでお薬はなくなったし……
 ウィンチが頑張ってくれたら魔界のみんなも嬉しいと思う!
 それに自分は、きれいなものを見るのはとても好きだし。

……
 絶句したウィンチは、あの日の出来事がすべて自分の見た夢じゃないのかと思えた。けれども、ニュートの手のひらも、ウィンチほどでないにしろ焼けただれている。
「何を考えてる? お前……脅してるのか? 言うことを聞かなければおしまいだと」
 ウィンチにとっては、そうであってくれたほうがよほど良かった。「まだ」理解できたから。
 打算の影の一つでもあったならよかったのに。そうしたら「理解」できたのに。ニュートは意地悪く唇の端をゆがめる代わりに、え、と、間抜けな声を出すだけだ。いままで人を脅迫したことのなさそうなただの無力な人間の仕草で、今までと変わらない顔で……
 そうか、これこそが器の違いだと……
「なるかーーーーっ!」
 理解できない。意味が分からない。ついに恐怖すら感じる。
 とにかくお願いだから、と言って去っていくただの無力な人間とそう変わらないはずの生き物が、ウィンチはおそろしくてしかたなかった。厳重に鍵をかけるとその場に膝から崩れ落ちる。
 あれはなんだ。あの生き物はなんだ。あんなの知らない。まともじゃない。アレは普通じゃない。
 恐ろしいことに、この城で「それ」に気がついているのはじぶん一人なのだ――