頻子
2022-07-04 03:33:44
2539文字
Public KODR二次
 

誰が?(KODR)

*謎時空パロです!
人間界の学生ニュートに会いに行くベーケス2世
保護者っぽい感じがある

「なあニュート、お前にけがさせたやつは誰だ?」
 不意に話しかけられたニュートは驚いた。その男とは全く面識がなかった。
 学校からの帰り道、不機嫌そうに三叉路の壁に寄りかかっていた男――立派な夜会服をまとった背の高い男は、町の風景からは浮いている。夕暮れだが曇りの日、ぽつらぽつらと、傘をさすのも億劫なほどの雨が降っていて、ちょっと奇妙ではあったが、迎えでも待っているのだろうかと思ったところだった。
 聞き違えたのだろうか? でも、ニュートはたしかに名前を呼ばれたのだ。通学かばんを持ったまま、ニュートはじっと男を見る。男はニイッ、と笑って、じぶんの額を指した。
 ニュートの額には治りかけの小さな傷跡があった。学校で、いじめっ子に石の入った雪玉をぶつけられたのだった。けれども、それが結構な大騒ぎになったのはもうひと月くらい前のことで、ニュートも忘れていたくらいだった。
 当たり所が悪く、けがをした場所が場所だったので血がだらだら出た。浅い傷だったが大げさに血が出たので、いじめっ子はこってり絞られた。ニュートは、3日学校を休み、保護者から詫びのクッキー缶をいただき、わりとローコストで平穏な日々を手に入れていたのだった。保護者から詫びのクッキー缶をいただいておいしく食べているころには、自分自身が血にびっくりしてわんわん泣いたのはすっかり忘れていた。
 そう、もう一月も前なのだ。
 ニュートが前髪を押さえた。男はじいっと額を見つめて、かがむと視線を合わせてきた。夕方の影は長い。時計の長針のように伸びていた影が低まっていく。おそろしくなって、ニュートは足早に去っていった。男は追ってはこなかった。

 じゃっかん怖くなって通学路を変えてみたものの、のど元過ぎればなんとやら、である。あの男が突っ立っているのだろうかと思って覗いてみると、やっぱりたまにいて、愛想よくにいっと笑うのだった。
 男は、出現するときとしないときがある。
 きまって天気の悪い日か夕方、日の暮れかけた頃――。話してみると、意外とにこやかで親切だった。どうしてじぶんの名前を知っているのか尋ねると、男は、ちょっとだけ傷ついた顔をして、早口で「会ったことがある」と言った。ニュートには覚えがない。
 男は、ニュートが見ていないうちに活動しているらしく、学校でもちょっとしたウワサになっていたが、ニュートの学校の交友関係を言い当ててみせたのだ。
「ああ、聞いて回ったんだ」
 どうしてなのか、と尋ねると「そりゃあお前……」と男は語尾を濁し、それからはきはきと答え始めた。「俺は近所で犬を飼ってるのさ! それで、石を投げつけた犯人を探してるんだ。だから同じガキなのかと思ったまでだ。自分のものに手を出されたら腹が立つだろう?」
 だから教えてくれないか? と、男は重ねて尋ねる。ニュートはちょっぴり協力してあげようかな、という気持ちになったのだが、じぶんにけがをさせてきたいじめっ子と、その犯人が同じとは限らない。

 それに、この得体の知れない男に告げ口をしてしまうと何かが起こるのではないか、という恐ろしさがあった。読み聞かせてもらった童話の本に似ている。鏡が真実を告げると女王は怒り狂ってお姫様を殺すように命じるのだ。……さすがに殺すことはないとは思うが。ニュートが口を閉ざすと、男はいつも決まって別の話題を振るのだった。何が好きとか、どんな遊びをしているのかとか……
 件の男はときどきは通り3つ分くらい横を歩きながらニュートと話すのだが、十字路の前の交差点に到達すると決まって「おう、またな」と言ってあっさり離れていくのだ。

***

 涼しい図書館で、いったいあの男はどういう人なんだろうか、とニュートは考える。考えたところで結論は出ない。今日、犬を連れた人間とすれ違ったのだが、男は顔をしかめただけだった。犬好きには見えない。むしろ嫌いそうだった。
「ニュート、いつか誘拐されるんじゃない?」
 頼れる幼なじみであるデビイは、ずばっとニュートに言った。小さな体に似つかわしくない大判の本を膝に広げ、それでありながらも軽やかにぷらぷらと足をふらつかせていた。
「そんなに怖いなら、ぼくが学校まで迎えに行ってあげようか?」
 それはさすがに悪い、と、ニュートは答える。デビイはニュートとは別の学校に通っている。デビイは「ふうん」と言って、「でも、必要な時は言ってね。だって、遊び相手がユウカイされちゃったら、ぼくは悲しいよ」と続けた。
 誘拐……というほど物騒な雰囲気ではない。それに自分は普通の家の人間で、身代金が要求できるような育ちでもない。しかし、気がつけばずいぶんとぽろぽろと自分のことをしゃべり続けているような気がした。なんだって聞いてくれるもので、つい……
「そうじゃなかったら、おっかない生き物かもよ。幽霊とか!」
 はい、と、デビイはニュートの首に、ネックレスをかける。「お守り!」とのことだ。十字架だった。神頼みかあ、とニュートは鉛筆をくるくるさせながら、思った。
「ニュート、もうすぐテストなんだろう? 補習なんてなったら、ぼくはさみしいよ」
 ニュートとしては、こっちのほうを神頼みしたいものである。

***

 それで、テストの忙しさにかまけて、ニュートは男のことをすっかり忘れていた。思い出したのは、帰り道で男の顔を見てからだ。
「おう、ニュート。テストはどうだった? いや、その顔を見りゃわかる。ははは」
 ニュートが勢いよく振り向くと、男はさっとかわす。そういえば、この男に触ったことはないのだ。たしかに、顔をじっと見つめていると、この世のものでもないような気もする。「?」と男は顔をかしげた。
 デビイにもらったネックレスは、通学かばんのポケットにしまってあった。ニュートはごそごそとネックレスを握りしめる。しかし……
「なあ、ニュート、……誰がやったんだ?」
 その声は妙に心配そうな、懇願めいた響きを伴っているのだ。
 痛くないから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。
「そうか」と小さい声が返事をした。
 振り向くと男はもういなかった。