頻子
2022-05-22 20:34:37
3096文字
Public その他こまごました二次
 

邦キチと部長と付き合ってくれないかな

邦キチ! 映子さんの部長と邦キチ付き合ってることにしたい(願望)
付き合ってほしい
付き合ってる
付き合ってるって言って……。

「はあ~~……
 小谷洋一は、『映画について語る若人の部』の部長である。「部長」と呼ばれることの方がたぶん多い。そこそこふかふかの布団にバタッと大の字になって寝っ転がり、スマホのロック画面で時間を確認していた。それから、インターネットを適当にサーフィンし、気になる映画の上映情報をチェックするが、とくに真剣な用があるというわけでもない。ちらっと通知を見て、とくに何もないのを確認すると、スマホを戻し、伏せておいた小説の続きを読んだ。スマホが気になって仕方がない。それというのも、高校3年になってはじめて(はじめて!)「交際相手」というものができたからだった。
 悪くはないはずの容姿でありながら、斜に構えた態度が災いしたのか、あるいは、クラスメイトのギャル曰く「高尚な趣味を理解できない一般人」のような嫌な映画マニア感が悪かったのか。
とかく、「交際」というものをフィクションの上での「そういうことがあるらしい」という伝聞・推定の棚に入れていたのだが、急に自分の手元に降ってわいてくることになった。

 先日のことだ。
 閉店するレンタルショップで投げ売りされていたDVDを、邦キチと小谷は思い出とばかりにしこたま買い込んで帰ってきた。同じ「映画好き」という共通項を持ちながら、因数分解ではくくれぬほどに邦キチの映画の趣味は奇天烈である。
「あ、これ、お前の趣味だぞ」と持ち上げたDVDのプラスチックケースを邦キチが同時に掴んでいた。後輩の目がきらめいてこちらを見つめていた。
「部長も、もしかしてこの映画が……!?」と、言われるのが予想できたので、「いや、お前のシュミだと思っただけだ!」と言い訳を先回りし、部長はほれ、と突き出して見せた。
 ところが邦キチ……国吉映子の口から飛び出した言葉は、まさに青天の霹靂だった。

「部長と私は……付き合っているのですか!?」

 付き合っている?
 いや、どうしてそうなった?

 一足飛びに論理を二段も三段も飛び越える邦キチの言葉は、いつも小谷の動きを止める。そうではないだろう、という材料を探して、「たしかに付き合ってなければ、こうやって一緒にレンタルショップになど来るだろうか。そしてこれから映画を見る約束などするだろうか」と思った。小谷は、ぶんぶんと頭を振って、
「つ、付き合ってないだろ!? 俺たち……
 と、絞り出すのがようやくだった。
「では付き合うのは……いかがですか!?」
「ばっ、お前……ああいや、お前のことだから付き合うってのは男女交際ではなくて、映画館に行こうとか、そういうものだろうな。いいよ、俺、どこにでも付き合うよ」
「いえっ、男女交際です!」
「そうか、男女交際か!」

 帰り道のかごには二人分のポップコーンとコーラ、それから詰め替えの食器用洗剤が入っていた。

「そうか」と言いつつ、明確な返事をした覚えはない。だから本当は付き合ってないのかもしれない。しかし、「そうか、男女交際か!」と言ったとき、邦キチはにっこり笑って小谷のスマホを取り上げると、「どうぞ!」と言って、パスワードを変えた。何の番号に、というのは言うまでもなく邦キチの誕生日だと察しがついて、小谷は震える指で邦キチの誕生日を過たずに入力することができた。

 つまり、スマートフォンをおもむろに持ち上げて、ロックを解除するたびに、小谷は実感するのである。
「これは夢オチでもなんでもなく、自分は邦キチと付き合っている」、と……
 ロック画面を眺めて、にやける頬を押さえていると、ぶぶぶ、とスマホが震えだしたので思わず頬をぴしゃりとやって、「うわーっ!」と、布団の上に放り投げてしまった。誰も見てはいないのだが、なんだか見られている気になったのだ。
「洋一! ヒマ!? こんど知り合いのバンドがさ……
 姿勢を正して観覧すると、邦キチではなく池ちゃんからであった。
「俺を弄びやがって……そう言うヤツだよな! 分かってたよ! 分かってた!」
……自分から邦キチにメッセージを送るのはなんだかはしゃいでいるのを見透かされるようで好ましくなかった。
 ふと真顔になって考える。
 ところで、スマートフォンのロック画面に恋人の写真を設定するのは、男子高校生としてアリなのだろうか。

***

「あ、部長、ご無沙汰しておりまする!」
「邦キチ、昨日会ったろ!」
「三日会わざればなんとやらでありますよ!」
「だから昨日会ったって」
 学食で、せわしなく食器を下げていく邦キチとすれ違った。「きのう……?」とマリアが怪訝そうな顔をしていた。なんたって今日は月曜日だ。
 付き合っている恋人がいるというだけでこうも学校生活は違うものなのか。急にスクールカーストで上位に躍り出たような……いや、恋人がいるかどうかをステータスとして誇るのは何か違う気がするが……
 しかし、妙にお祭り気分になるというか、いつもならばうざったいばかりの御影の隣に座っても良い気分になってくるほどだ。
「御影、お前、今日はオムライス弁当かよ」
「ああ!? 珍しく話しかけてきやがって……なんだよ。ニヤニヤして! ……邦キチと……ついに!?」
「さあ……
「くっそー、この野郎! 抜け駆けしやがって……。腹立つ! だが小谷、俺たち3年の学校生活もあと僅かだぞ」
「留年するわけにもいかんだろ? そりゃあ、今みたいに学食で会えなくなるのはサミシイだろうけどさあ」
「お前! そんな悠長なこと言ってる場合か? いいか小谷、高校を卒業したら、どうなると思う?」
「ど、どうなるって」
「ずばり、接点がなくなって自然消滅する!」
「自然消滅!? そんな馬鹿な……だって俺たちには」
「映画があるって? 油断してたらあっという間に思い出のヒトだぞ、小谷」
「思い出のヒト!?」
「あっという間に旧作レンタルの棚だ!」
「馬鹿な、俺たちには……映画が……っ」
 映画という共通項が……いや、そもそも噛み合っていないのだ。
「キャプテーン、どうしたんッスか!」とやってきた駒木が慌てて肩を貸してずるずると御影を引きずっていった。いや、アイツらはアイツらでなんなんだ。

***

「なあ邦キチ……
「なんでありまするか、部長?」
「お、俺が……部長じゃなくなったら、どうする?」
「部長では……なくなる!? よもや廃部の危機に?」
「いや、そういうワケじゃないんだが……
 どうする?
「想像もつかないでありまする!」
「しろよ。俺だって卒業するんだぞ」
 ピンときていない様子の邦キチは首を傾げた。無意識にゆるーっとしたポニーテールの先を追っていた。
「おかしいですね。なんだか部長はずっと部長のような気がしていました」
「いわゆるサザエさん時空な……。それはいい」
「呼び方を考えないとならぬということですね!」
「えっ!? いやあ……。あっ、そういえば俺もこ、コイビトなのに邦キチって呼ぶのは……実際どうかと思うよな……
 ここでの正解は映子なのか。あるいは映子さんなのか?
(いや、別に好きに呼べばいいのか? いや、でも、これ、将来、これをずっと引きずってくワケだよな、これから……
 映子さんも悪くないと思うのだが、急に「さん」付けをするのは照れくさい気がする。慎重に考えるべきだろう……
 邦キチはぽんと手を打った。
「ああ! 部長は私の名前をご存じないですよね!」
「し、知っとるわ!」
 何回ノートに書いたと思ってるんだ……と、口に出すことは免れた。