頻子
2022-04-12 23:59:21
1916文字
Public KODR二次
 

完璧に繕う(KODR)

ニュートからハンカチを貰うスケルナイト氏
スケルナイト×ニュート(薄味)
スクショ読み直してみたらオドス・ロマンナの長文面白すぎた記念です。
……姫様と結構挙動違うよね!? ね?

――ケガしてるの? だいじょうぶ?

 ニュートから差し出され、頬に当てられた布がハンカチだと気がついたのは、一瞬遅れてのことだった。
 スケルナイトが傅いていたのは在りし日の、かつて奴隷だったころの、「許可なく貴人の顔を見てはならない」、という身に沁みついた習慣に従っていたまでのことだ。ただ、戦闘の心得のないような子供に不意を突かれたのは不覚の一言。自分の頬に、ぴたっと布を当てる仕草のどこにも、殺気が含まれていなかったからかもしれない。
 けれど、その声や気配には、何よりも注意を払っていたはずなのに。
……
 何が起こったか分からなかった、空中に開いた空白を埋めるように、思考が滑り込む。
 すみません、不覚を取りました、いやあ、それは敵の返り血です。汚れてしまいますよ。姫様のお手を煩わせることでは、……それにしても、布越しに伝わってくる指先の感触のなんと柔らかなこと、……ああ、いや!
 支離滅裂な勢いで思考回路がぶっ飛んで、結局のところ口にできたのは、「はあ……ありがとうございます」という、なんとも冴えない一言だけだった。
 それが、しんどそうにでも映ったのだろうか。ニュートは、無理しないでね、と言うと、「きゅうけいー!」の号令を上げる。
 ハンカチが地面に落っこちるまで、反射的に受け止められるくらいの反射神経は持ち合わせていた。
 こちらを見下ろす吸血鬼が、フンと鼻で笑う。はっきりとした殺意を覚えた。魔物風情には、この人間的な心遣いは分かるまい。
 それにしても、もっとマシな受け答えがあったはずなのに! 消えてしまいたい、なかったことにしてしまいたいと思ったけれども、ハンカチを差し出された事実だけは失いたくなかった。大切に懐にしまい込むと、護衛としてまた任に着いた。

***

……
 薄手のハンカチを日光に透かしてみる。白いハンカチではなかったから、汚れは目立たない。けれども、洗っても、布に染み付いた血は落ちなかったから、返さなくて済む……。そう考えてから、これは、貰ったということでいいのだろうか、……とふと思う。
 ちゃんと別のものを、もっとふさわしいものをお返しせねばならない。こんどは白いハンカチ、そう、レースのハンカチなんかが似合うかな、と思った。

 スケルナイトの知る『姫様』は戦場にはいない。
 スケルナイトは、いや、彼の幼馴染みも。『姫様』には、本当に血なまぐさい部分は見せたことがない。武勇伝を勇ましく語ることはあった。けれども、戦場に散るはらわたの話や、馬は賢いので、人の死体を踏まないように歩くんですよ、だとか……。そういうことは話さなかった。『姫様』は敵将の首を持って行ったりなんかしたら、悲鳴を上げて気絶をするだろう。けれども、ニュートは、戦場にいる。スケルナイトが討ち取った死体の数を見て、次期魔界王は「よくやった」、と言うのだった。

 新魔界を滅ぼすまではあと少し。
 城下町ともなれば、敵も精鋭部隊である。よもや『鬼神』とまで呼ばれておいて遅れはとらないが、こんどの血は自分のものである。
 ニュートは、もう「大丈夫」なんていわない。すっと目を細めた。父王に似た調子で、「ご苦労」、と言うだけだ。「身に余る光栄です」と、スケルナイトも、こんどはちゃんと繕うことができる。
 もうあの無邪気な子どもはいない。人の上に立つものがどういうふるまいをするべきか、この短い間によく学んでいた。
 顔を見ることはしなかったけれど、視線を感じた。じぶんの傷を、じっと見ている。何か言いかけてやめる。スケルナイトも一瞬だけ、聞きかけたけれど口を閉じた。
 過ぎた言葉だ。

 何千何百とただそれだけを見てきた私が推測するなら――
……ちゃんと手当をしてね。
 そう言われているような気がした。

 自分がどのような存在であるのかは、ニュートにはもう知れている。自分はまだ、魔物だ。一時的に魔物に身をやつしている身に見えるに違いない。けれども、それで蔑まれることはない。ここは魔界で、ニュートは次期魔界殴打から。悲鳴を上げる事はない。
 スケルナイトが剣を振るうたび、風がマントを巻き上げて、敵は物言わぬ死体になった。

 まだ手を差し伸べるわけにはいかない。その資格はない。完全になるまでは――

 もしも自分が完璧に繕い終えたら、また、あのときのように頬を拭ってもらえるだろうか。スケルナイトはハンカチを手に思うのだ。二人きりになったら、心配そうにあの瞳を向けてくれるだろうか。
 先ほどはこっそり、ほんとうは何を言いかけたのか、また聞かせてくれるだろうか。