頻子
2022-04-05 08:32:27
4274文字
Public KODR二次
 

プロポーズ演習(KODR/KOD)

無印をプレイしたのでベーケス2世の比較習作


●Rのほう

 魔界王の言うことを頭から無視して許されるのは、いくつもある世界をひっくり返してもひとりしかいないことだろう。
 今日も今日とて、魔界城には次期魔界王の泣き声が響いていた。
 次期魔界王のニュートは、まだ幼い赤子である。何が気に入らないのか、近くにあるものを手あたり次第ひっつかんで投げつけている。魔界王は、自分の子であるニュートは目に入れても痛くないほどに可愛がっているが、だからといって打つ手もない。「とにかくなんとかしろ」と言って出かけていってしまい、家臣たちは小さな暴君に手を焼いていた。

 ニュートが「えいや!」とひっくり返した離乳食の器が、ふわふわ浮いてその場に留まり続ける。きょとんとした顔のニュートは、今度は思い切り笑い出した。
「ニュート……。何をしてるんだ。あとでお腹がすいたって泣いたって知らんからな、俺は!」
 ベーケス2世が、念力で止めたのだ。時を巻き戻すように、器に中身が戻っていった。それから同じことを繰り返しそうなそぶりがあったので、器を遠くにスライドさせた。
 ニュートは「べけしゅ」と舌ったらずに呼び、こちらに向かって手を伸ばしてくる。イスから落っこちそうになるのすらお構いなしに乗り上げるので、慌てて抱き上げてやる。
 リボンタイをほどかれそうになり、「やめろ」とは言ってみたものの、聞いてくれはせぬので、まあこれに構っているうちは、いいか……、とベーケス2世は諦めの境地に至った。ニュートは好き勝手、タイの先を口に含んでいる。
「べけしゅ」
「俺はベーケスだが、父上じゃないから、2世だ、ニュート」
「にせ!」と勢いよく言うのだが、どうしても名前と一緒にはならない。
「に・せ・い」
「べーけしゅ!」
……
 やれやれだ……
 人間の赤子とはこれほどまでに無能なものだろうか。
 ベーケス2世はニュートを抱き上げつつ、念力で散らかった部屋を片付けていった。
 無種族として生まれたニュートは、人間の赤子とかわらないと聞いている。ほかに人間の赤子など世話したことはない。まだ歯も生えそろっていない。これほどまでになにもできないくせに、よくもまああれだけ数を増やせるもんだと、人間に対して妙な感心すら覚える。

 ニュートが無種族で生まれたことは、魔界を揺るがすニュースであった。
 落胆したのは魔女一族。代わりに色めき立ったのが、人狼とゾンビ、そして吸血鬼一族だ。首筋に噛みついてさえしまえば、王座は一族のものとなる。
 とはいえ、しばらく時が経つと、かつての熱狂はどこへやら、幼子に今取り入ったところで、……ということに、みな、うすうすと気がつき始めていた。抱き上げたときにうっかり爪で傷をつけてしまい、処分された者もいる。
 人狼一族など、顔を出したが方針を変えてとっとと帰っていった。まだ、噛みつくには早すぎるのだ。恐れをなして近づいてこないものや、それでもなんとか、と涙ぐましい努力をするもの。あるいは、考えているのかいないのか、よくわからないままに構いにいくゾンビ一族……というかゾービナス。
 それ以前に、荒廃した魔界をどうにかするのが急務といえた。

……努力といえば努力に違いないが。
 今のうちに、次代の心を我が物にしておけ、という父上の指令を、ベーケス2世はどう果たせばいいのか悩んでいた。いったいどうやって、どのように?
 ニュートの汚れた前掛けを外してやって、床におろしてやった。カボチャのペーストでまだらになっている。まだ遊んでいたいのか、マントにしがみついて立とうとしている。
 ニュートを見下ろしながら、まだ、柔らかくて飲みたいような気にならないな、とベーケス2世は思った。ほんとうにそうなのだろうか。ずっと永遠にそうなんじゃないかと思える時すらあって、どちらかというと、それについて気が重かった。
 ニュートを見るたびに、「美味しそうだ、食べてしまいたい」なんてほめそやす連中の言葉を聞くたび、自分はちっともそんな気にならないな、と思うのだ。いつかは吸血鬼にせねばならないのに、気が乗らない。あれは好きこれはいやだと食べ物を選り好みしている様子をみると、なんだかなあ、と思う。それに比べて吸血鬼の食事とはどれほどお粗末なことか。
 ニュートがじっとベーケス2世の顔を見上げてくる。それから泣きそうになったので、ベーケス2世は慌てて笑みをとりつくろった。そうするとニュートもにこっと笑う。じぶんを手本にするように……
「いいか、ニュート。この城にはお前を狙うものばっかりだ。軽々しく誰かに純潔を渡してはならないぞ」
 だっこ、とニュートにせがまれて、ベーケス2世はため息をついた。
「どうせ意味なんて分かってないんだろうけど……
 ほんとうに、これでいいのだろうか。思いの外穏やかな日々は忙しく過ぎる。でも、ずっとこうしていたいような気もする。ひとだけを支えにして、すべての体重を預けられている。
(ずっとこんな日が続いたら、俺はどうなってしまうんだろうかな)
 コンコンと部屋をノックされ、緊張が走った。届け物の、黒い封筒。淡い希望が打ち砕かれる。それは、父親からの新たな指示だ。

***

「ニュート。人間界に預けられるってな」
 ニュートは、きょとんとした顔でこちらを見ているのだった。
「ああ。言ってなかったがな、俺がお前と会えるのは今日で最後、だ! 父上が俺に、来る日にそなえて眠れと……。人間に傷つけられぬようにと。だから、……俺たちが会うのは今日でおしまいだ」
 こんな時でも笑顔を向けられる。ほんとうに、ぜんぜん、意味が分かっていないな、と思ってうすら寂しくなった。
 今日くらいは、泣けばいいのに。
「今日だけ特別だからな」
 ニュートはなぜだか子守歌が好きだ。歌わないと寝ない。じぶんでもへたくそな歌だなあ、と思うのだが、なぜか好きらしい。
 窓の外を見ると、薄くなった空が夜の訪れを告げている。ふとした感傷に浸りかけたところで、ニュートがぐずっていることに気がついた。
「ああ、おしめか? ったく」
 さいごまで、情緒もなにもあったもんじゃないな、と思う。
「ニュート。お前は、もう俺と会えないかも知れないんだぞ、それでいいのか?」
 べーけす、とニュートが鳴いた。いつもの文字列。きっと意味なんてないんだろう、なんだか鳥の鳴き声みたいだと思う。それからにせい! と続けたので、ベーケス2世はちょっと驚いた。
「ニュート、お前、分かるのか……?」
 相も変わらず、にこにこ笑っているだけだ。
「俺は2世にならないとだめなんだ。なあ、ニュート。そうだな。ニュートが次期魔界王になったら……俺と結婚してくれるか? 俺とだぞ。……俺と、だぞ。ベーケスではなくて、2世でもない、吸血鬼の次期長でもない、俺だ」
「しゅる!」と、はっきりニュートが頷いた。ぎゅうっと指を握られる。
 もしもどちらかが人間界にいたことがあったら、それを指切りとでも形容しただろうか。
「よいか、ニュート。俺だけだぞ! 俺と次に会うまで、人狼どもにも、ゾンビどもにも心を奪われてはならないのだぞ……俺もニュートだけを想っているから……
 一瞬だけ通じあったに思えたのだが、ニュートはそれ以上しゃべらなかった。ゆっくりと吊られているおもちゃを揺らすと、すやすやとニュートは眠り始める。自分もまた眠くなったけれども、ずっといるわけにもいかない。
……おやすみ、ニュート。同じ夢を見よう」