頻子
2022-04-01 12:51:08
3077文字
Public KODR二次
 

トゥーランドット(KODR)

ベーケス2世×ニュート
使用人というかしたっぱ吸血鬼視点。
結婚エンド後。

 新たなる魔界王の誕生は、次期吸血鬼の長との婚姻とのセットで発表された。
 完全なる吸血鬼一族の勝利。
 さぞかし吸血鬼どもは浮かれているのだろうと考えるかもしれないが、とんでもない……。影すらも踏まぬよう、俺たちは最新の注意を払って存在している。
 たかだか一人が闇に消えたところで、誰も気に留めやしないのだから。
 吸血鬼の数は多く、いくらでも代わりはいる。そう、いくらでも……

 魔界はもともと薄暗い場所だが、新たに吸血鬼の王を戴いてからはいっそう昏かった。
 ベルが鳴る。天井にくっついた、下っ端を呼びつけるための青銅のベル。部屋の名前のプレートが付いていて、どこに行けばいいかわかる。主人の部屋だ。
 ところが、遠隔で呼ばれたといっても、吸血鬼相手ではひとときも油断ならない。
 俺が廊下を急いでいると、吸血鬼の長は、長い階段の上に立っていた。虚像だ。……まるで亡霊のように、というと機嫌を損ねるに違いない。長の前では、例のアンデッドどころか、ポルターガイストの話ですら禁句である。
 眉間に皺を寄せた、いつものしかめっ面だった。
「寒い」
 すがたは、そう言ってかき消えた。
 俺は、長のすがたがしっかりと消えるまでかしこまっていたが、完全に見えなくなってから、弾かれたように飛び出した。
 窓を開け放つと、庭に降り立った。
 リネン室に寄るなら、ここがいちばん近い。
 あの一言から意図をくみ取るのは実に難しいが、「薪を持って来い」というはなしではない。
今日は、そこそこに着こんでいて、冷え込みもさほどではない。
 となればと、替えのマントを持っていくのが正解だ。
 長付きの吸血鬼は、もう何人も顔ぶれが変わっている。俺はそんなへまはしない……
 一言断ってから、扉を開ける。
 ソファーの上、魔界王様が、吸血鬼の長の膝の上で丸まってすやすやと寝息を立てていた。確認しても、動揺を面に出してはいけない。前任者が一敗。
「ご苦労」
 長が手のひらを縦に動かして、ばっとマントを取り上げる。ふわふわと漂っていったマントは、魔界王の肩にかけられた。
 ニュートが寒いだろうから、何かかけるものをもってこい。
 長付きのものともなれば、ここまで想定してとなるのである。ブランケットではなく、わざわざ主人の替えにしたのはある種の忖度だ。
 ワイングラスに入ったドラゴンの血液を供する。これでようやく点数になる。……やれやれだ。間違っても人間の血液を持ってきてはならない。……とくに、ニュート様といるときには。
 前の前のやつは気を利かせて魔界王を膝から引きずり降ろそうとしてクビを切られた。その前は、迂闊にもニュート様の容姿を誉めた。そして、その前は……
 長は、ワイングラスを揺らしてなにやら確かめると、ぐいっと一気に血液をあおった。水滴を残してグラスはすぐに空っぽになった。ずいぶんとやさぐれているなと思った。
 機嫌が悪そうだった。
「俺に、とっとと次代を拵えて、ニュートを始末しろという阿保どもがいたな? ……どう思う?」
「めっそうもありません」
 ニュート様を抱きかかえた長が、わざわざ手袋を取っていることを考えると、長にとってニュート様がどれだけのものかわかるだろう。吸血鬼が、わざわざひとに触れるなど。ガラスの水差しでも扱うかのように慎重な手つきだ。
 ただし、「2世ってニュート様が実はすっごく好きですよね!」と言ってはならない。吸血鬼なら即失踪ルートだが、これを言ったのは人狼一族だったので始末はされず、吊り下げられるだけですんだ。
 模範解答があるなら、例文はこうなる。
「新王のお心に留まり続けるよう、長が心を砕いていらっしゃるのは存じております」
 ほら、正解。赤い瞳がすうっと細められ、冴え冴えとした星のように揺らめいているが、とにかく俺は死んでいない。俺は優秀な吸血鬼で、それゆえにまだ続きがある。
「我が伴侶は、人間界の暮らしが長いからな。思考も、人間のそれらしく……素直で非常に扱いやすい。俺のことをいちばんに思っていてくれて、言うことをよく聞いてくれる。なんでもな。次の魔界王がそうである保証がどこにある? それすらも分からない馬鹿に存在価値はない。吸血鬼の品位を落とすだけだな。ははは。ここ場所にあり続けるためなら……俺は、なんだってする。人の真似事でも、なんでも」
 物騒な話をするときな、そっと手のひらで膝の上の良人の耳をふさいでいるのは、意識的にやっているのか。それとも、半ば無意識のものなのか……
 その場所っていうのは王座ですか、それとも今座っているそのところですか。俺はどちらも問いかけることはない。俺はよくできた吸血鬼で、この疑問はこの場にいる誰も幸せにしないからだ。
「ああ。そうだ。……ついでに報告を聞こうか。例の件はどうなった?」
「はい」
 俺に緊張が走った。例の件。それは、とある血族が任された領地の税収が、見込みよりも少ないことについてだった。
「ほとんど裏が取れました。明日、確証を得てからご報告に上がろうかと。前領主は、オーの石炭を少しずつ徴収して懐に納めていたのだそうです。それを知った執政がまた中抜きをしており、結果として税収が……
「着服だと!」
 ぐわりと、見えないはずの空気の塊が目の前にあることに気がつく。身の毛の逆立つようなものだ。息の詰まるような念力の壁がある。怒り狂った長は何よりも恐ろしい。
 まだ力は押さえられているというのに、壁にたたきつけられてグラスが割れ、壁にかかった絵画が傾いた。俺は咄嗟に優先度をつけて、揺れる花瓶を慌てて押さえる。……萎れかけたあの薔薇はニュート様から長への贈り物だと知っていた。
「オーの石炭は、俺の伴侶が一生懸命に作ってるんだぞ! みんなのためだと言って、懸命に作ってるんだぞ!」
……
「今日だって俺がもういいって言ってるのにもうちょっと頑張るって言って……。きかずに……疲れ果てて……ああ、寝てるというのに! 今日は、ともに俺と人間界の本を読もうって……約束したのに!」
 大きな声を出しすぎた。膝の上のニュート様がもぞもぞと起きだし、長はハッとしたように動きを止める。

 ところで、俺はピクシーの貯金箱のことを考えていた。ピクシーの形をした貯金箱だ。きまった位置にコインを置くとにゃーと鳴いて、手のひらでべしっとコインを押さえる。それでもってコインを引き寄せていくと、中にぽとっと落っこちてたまる。
 そんな貯金箱である。
 起きだしたニュート様はきょろきょろと辺りを見回し、伴侶がいるので、襟をひっぱって下を向かせると、笑顔になって両手を広げる。あっそうだ、というように長が身をぐっとかがめて、長めのキスが始まる。なにやら愛しているなどと聞こえた気がしたが、俺の耳は急に遠くなった。俺は観葉植物だ。
 掃除が足りないかもしれない。これはまずい。俺は急に部屋の隅のほこりが気になっている。長はたいへんきれい好きである。
 考え事のレパートリーがつきてきた頃、長は俺の存在を思い出してむくっと起き上がった。
「王威の象徴たる石炭を侮辱した罪は重い。王族の沽券にかかわる」
 わかるな? と念を押される前に、俺はすばやく頷いていた。
「じつにその通りです」
「持ち場に戻っていい。……なにかと鋭いやつは、扱いにくい。分かるな?」
「何もわかりませんでした」
 俺は鈍い。ただ、黙ってその場を後にする。