頻子
2022-03-30 21:34:28
5486文字
Public KODR二次
 

惚れ薬の効用について(KODR) ※清書のほう

ベーケス2世×ニュート
ウィンチ→スケルナイト→(姫様)
を含む。
※ニュートに先立たれるベーケス2世です。

 魔界再建までの、約束の日まであとわずか……
 ルシファもテューポンも討ち取られ、今や新魔界は跡も形もない。
 かつて魔界を去った者たちも、次々とこの地に足を踏み入れていた。
 魔界再建の約束の日は、新たな魔界王の戴冠によって迎えられるだろうと目されている。

 魔物たちは、魔界王と次期魔界王のために、贈り物を携えて城にやってくる。謁見を求め、気の早いものは祝福の口上を述べた。
 早々に戻ってきた者たちは意気揚々と、逆に、新魔界派だった者たちは慎重にあたりを窺い、長い廊下を歩いていく。
 謁見の間、王座に座る、すがたの見えない魔界王は、彼らを気まぐれに赦し、また、気まぐれに断罪した。
 いったい何によって彼らの運命が決まっているのか、ニュートには全く分からなかった。
 それに異を唱える者は誰もいなかった、とだけ。
 魔界王は、王座の隣に座らせた唯一の子に「やりかた」を示してみせるのだった。父から子への最後の贈り物、と言わんばかりに……

 一年前には暗闇にぽつんと城が浮かんでいただけの場所だった。今は、立派な城下町が見渡せる。
 あちこちに吊り下げられたカボチャのランタンから、オーの炎が辺りを照らしていた。
 城はずいぶんとにぎやかになったが、魔法薬庫の静けさだけは変わらない。
 ウィンチは、人がほとんどこないのを、むしろ好都合だと思っていた。とくに、さっきまではこの平穏を乱す奴がいないのが良かった。
 招かれてもいないくせに、ベーケス2世は我が物顔で浮いている。
「これはなんだ。何の瓶だ?」
「失せろ」
「冷たいな。ウィンチ君、せっかく顔を見に来てやったのに。婚約オメデトウの一言もなしか? これから、俺たちはシンセキだろ?」
「死ね」
 ウィンチがきっぱりと拒否をしても、ベーケス2世はひるんだりもしない。やれやれと首を振るだけである。
「相変わらずひっどい部屋だな。足の踏み場もない。俺だって好きで浮いてるんじゃないんだがな。おっと、椅子があった。ほら、遠慮なく使え。まあ、俺んじゃないが!」
 ベーケス2世はコンコンと得意げに椅子をつつくと、ウィンチのほうに押しやった。親切心からではなく、単に「実体だ」と誇示しているのである。
 ウィンチはあの脳みそがぬるま湯につかったような愚かな子供とは違う。ベーケス2世の考えがある程度わかる。底意地の悪いやつだと、ちゃんと知っている。
 つまり、こいつは、勝ち誇りに来たのである。とりあえず、利害の一致する相手に……
「どうした、ウィンチ君。俺に感謝してもいいんだぞ。……俺がニュートと仲睦まじくやることはウィンチ君にとってもありがたいことだろ?」
 ベーケス2世は、城に招かれた彼の父親がそのような格好をしているせいだろう。いつもとは違う格好だ。略式の礼服を纏って、リボンの代わりに黒いタイをつけていた。
 どいつもこいつも、途方もない馬鹿。
 魔女一族に生まれながらも無種族として生まれて、吸血鬼になるとかいう無能も。それから、婚約者を名乗って近づき、結婚をするというこのベーケス2世も……
 みじめったらしく死ねばいいのに、と、ウィンチは心の底から思っていた。
「まあ、これで、ニュートは晴れて魔物の仲間入りだ。あの男だって、ニュートのことはあきらめるだろ?」
 ウィンチはとっさに、机の上を払いのけていた。
「おっと、悪い悪い」
 ベーケス2世が言って、指を振ると、空中に浮いた瓶が落下する前に止まった。液体はどうしようもなかったが、いくらか損失は食い止められた。
 ウィンチはなにか言ってやろうと思ったのだが、それよりも先に嗚咽が漏れる。
 そうだったら、どんなにいいか。
 状況は、自分に有利に進んでいるはずなのに。
 あれと、自分の思い人が結ばれる未来はなくなったはずなのに。
 それでもなお、彼が同じ視線を向け続けるというのなら、いったい自分に何ができるだろう。
 みじめったらしく泣き崩れるウィンチを、ベーケス2世は、とても不思議そうな顔で見ていた。
……なあ、どうして泣くんだ? 俺は、お前と祝杯でもあげにきたのだがなあ。まったく。
そんなにあいつが好きなら惚れ薬でも盛ったらどうだ。魔女一族の得意技だろうに。そうやってずっと泣いてるだけなのか? ずっと?」
 こいつはどこまでも魔物だ。恋も愛も理解しない。
 ウィンチが泣いている間に、机の上に瓶を並べられて部屋が元通りに戻っていく。そのようすがなんだかおかしくて、ひきつった笑いさえ漏れるのだった。おそらく、心からの親切心で言っている。
「ねぇ……惚れ薬が必要なのはそっちじゃない?」
 ひとつ、呪いを思いついた。魔女一族らしい呪いを。
 ベーケス2世が、動きを止めてこちらを見る。
「あるわよ、惚れ薬」
……
 机のふちに手をかけて、ウィンチは這い上がるように立ち上がった。
「マーメルンは、結婚式には出ないと言っていたでしょう? 天界に帰ると言っていたけれど、かわいそうに! みっともなくうろうろしていたら、セイレーンに喰われたわ。……で、人魚の心臓が手に入ったの。それで、薬の材料がそろったの。どう? 私からの結婚祝いよ……
 でまかせだった。
 マーメルンが結婚式には出ないと言ったのは本当。セイレーンに喰われたのは嘘だ。
……マーメルンも馬鹿だ、と、ウィンチは思う。まだ諦めがつかないのか……それとも、最後に、一目みたいと思っているのか、未だに、水路をうろついている。
「惚れ薬か……
 結局、こいつが考えているのは合理的なことだけだ、とウィンチは思う。どういう借りを作って、どういうことになるか。こいつが天秤に載せるのは、たったそれだけ。人の気持ちなんて、愛なんて、欠片もわかっていないのだ。
「そうだな。好意を無碍にするもんじゃないな」
「ええ、私からの贈り物よ。受け取って。それを持ってとっとと出ていけ。二度と顔を出すな。消えろ」
「わかったよ」
 こいつはばかだ、と、ウィンチは思う。
 一度でもずるをしたら。一生。……永遠に恋に呪われ続けるのに。

***

 ベーケス2世は小瓶をじっと見つめている。小さなガラス瓶の中で、液体がゆらゆら揺れている。どうやら恋は血のように赤く、どす黒い。
 実際はさしたる効果のない水薬なのだが、ベーケス2世は、恋とはこんなものだろうか、と、勝手に分かったような気になった。
(たったこんなもので手に入るのか? 「愛」は)
 ウィンチを見ていると、愚かだと思う。
 与えられぬのにひたすら与え、顧みられぬのに身を尽くす。失敗するとわかっていながら失敗するというのは、馬鹿だ。
 自分はきっと、ああはなれない。
 考えるだけで、胸が締め付けられるのだとか……そんな気持ちになったことはない。
 ベーケス2世がニュートを「好き」になったのは、好きになる必要があったからだ。どこまでも、ニュートが次期魔界王だからだ。
 選択肢なんてなかった。
 けれども、選んだ。あれじゃないとならないと言い聞かせた。一心に世話をしてやったのはあれだ。指を差し出して、結婚を乞うた時。握り返したのは確かにあれだった。舌ったらずに返事をした。
 ニュートが自分を選んでくれるのなら、自分だってニュートを選んでやろうと思った。
……ニュートはどうなのだろうか、と、ふと思う。
 吸血鬼にしたら、人の心は消えてしまうのだろうか。それとも、永遠にあのままなのだろうか。感情は色あせないままなのだろうか。ずっと同じような笑顔で笑うだろうか。無邪気に「大好き」というのだろうか……
 初めて入った客室から、外をぼんやりと見下ろす。そのすがたを待っていた。しばらくすると、城から歩いてくるニュートと、……父親だ。なぜだか、心がざわつく。
 魔界王へのあいさつが終わったらしい。
 こちらに気がついたニュートが、窓の外から手を振っていた。
……
 ああ。
 空を飛べるようになったら、ニュートは、ふわりと飛んできてくれるだろうか。
 吸血鬼になって、念力で自在にものを操れるようになっても、それでも触れてくれるのだろうか。
 二度目の同じような人生があったら、ちゃんと、自分を選んでくれるだろうか。
 ゆっくりと指を動かすと、ベーケス2世はニュートのかぶっていた帽子を念力で持ち上げた。 慌てて追いかけようとするのをかわし、ひらひらと蝶のように操りながら、帽子を自分の部屋の窓に引き込んだ。信じられない、と抗議するニュートが、父親を置いて、こちらに駆けだしてくる。
「ニュート、こっちにおいで」
 自分の足で。さも、自分で決めたかのように、俺を選べばいい。
 何があっても大事にすると誓いながら、ベーケス2世は瓶のふたを開ける。

***

 それから、長い治世があった。
 新たな魔界王は、人間にしてはあまりに長く、吸血鬼としてはそれなりを生きた。

 おびただしい権謀術数が張りめぐらされ、王座を狙ったものは人知れず消えた。王座に据えられたニュートが、どこまで知っていたのかは、もう確かめるすべはない。
 王座の次には、当然のように吸血鬼が座る。

 あの脳なしにしては最良の終わり方だろうとウィンチは思っている。
 ニュートの死因は、暗殺でも、不審死でもない。たんなる死だ。
 ウィンチは編みかごを携えて、薬草を摘みに来る傍ら、前王の墓を訪れることがある。悼むためではない。そこにいる影が、すでに死んでいるものを確かめるためだ。……はらわたが煮えくり返りそうになるが、「彼」がすがたを現すならばここだとウィンチは知っていた。
 ニュートがこの世を去ると同時に、スケルナイトは忽然と姿を消したのだった。

 最愛の伴侶によって、城に新たにつくられた霊園は、静けさをたたえた庭である。通路には、茨が張りめぐらされていて、奥には身を守る力もないような、小さな花が植わっている。ネモフィラの花だ。
 力を使い果たして消えた前代と違って、ニュートの遺体はきれいに残った。
 魔界の生き死には実にさっぱりとしていて、誰もがその死を悼みつつも、去っていったことをあっというまに受け入れている。

 とりたてて順路というべきものもなく、迷い込めばどちらが奥なのかはわからないだろう。庭は均質に手入れされていて、強いて言えば、ニュートの墓は、日当たりが良いところにある。
 ガラスの棺に納められた遺体は、まるで眠っているかのようにも見える。吸血鬼になると同時に時を止めた、成熟しきっていない顔立ちをしている。
 死体に跪いてキスをするような吸血鬼を、ウィンチはひとりしかいない。組み合わさった手に、百合の花を持たせている。
……分からなかったなあ」
 絞り出すようにベーケス2世はつぶやく。
「結局、俺はわからなかった。「愛」って、なんだろうなあ。ニュート。……俺は、お前といて、気が狂いそうになったことなんてなかった。ずっと正常だった。お前といるときだけが、俺にとって穏やかな時間だった。お前が見つめてくれたときだけ、俺は心臓の音を聞いていたよ」
 棺を閉じると、ガラス越しにそっと頬を撫でた。
……お前が眠る前も、心が引き裂かれそうだとかぬかしながら、ずっとわかってた。俺は死にもしない。消えもしない。泣き叫ぶことすらするまいと。なあ、ウィンチ。お前は今でもあいつを愛しているのか?」
……。何が言いたい?」
「俺は、……ニュートを起こそうと思ったことはないよ」
 ウィンチが肌身離さず持っている袋の中には、彼の残骸が押し込められている。骨片と肉。消えてしまった彼の欠片をかき集め、再びよみがえらせる――それがウィンチの悲願だった。
「どうしてだ。なぜ、お前がそんなことを聞く? 思いのままだったんじゃないの。人生。王座とその周りは、吸血鬼一族が席巻した。よかったんだろう、お前は。吸血鬼の長にまでなれて、今まさに、高笑いでもしているべきではないの?」
「望むものすべて、手に入れたさ。だが、何が残った?」
 欲しいもの全てを手に入れたくせに、それでもなお満たされない吸血鬼の渇望。おかしくておかしくて、不意にむなしさが襲った。自分が欲しいものを手に入れたとして、行きつく先はどこなのだろうか。ふと、恐ろしくなったのだ。
「帰る」
「久しぶりに、お前が踵を返す側か。さようなら、魔法使いのウィンチ君」
 ウィンチが腹立ちまぎれにかごを投げつけると、ばらばらと草が舞い落ちていった。ベーケス2世は笑って受け、それから、棺桶にかかったこまごまとした草木を、そっと手の平で払ってやった。久しぶりと言っても、もう十数年ぶりくらいに顔を合わせた。
……ああ。人間界に行きたいと言っていたのに、結局、連れていくのはずいぶん遅くなってしまったなあ。……知り合いがいなくなったころになってだったなあ。
お前がほんとに望むものなんて、ひとつたりとてやれなかった。ああ、うそだなあ。俺はずっと、人間にニュートが取られるのが怖かった。……笑ってくれるのが好きだった。でも、なら、こんなところからとっとと連れ出してやるべきだったのに。
結局、俺は……愛なんて俺にはわからなかったよ。ニュート。
惚れ薬なんて、効きやしないということなのだなあ。俺が飲んでも、お前へのきもちは……ちっともかわらんのだもの!」