頻子
2022-03-27 14:34:06
3901文字
Public KODR二次
 

副社長ご結婚おめでとうございます(KODR)

※現パロ
https://privatter.net/p/8628780
の続きかわかんないけど同じ世界観のやつ。
ベーケス2世×ニュート ベーケス2世副社長です。

 激務である。
 このごろ、政界に大きな動きがあるというので、我が社もその余波を受けてなかなかの激務が続いていた。やれ新しい制度ができて税金がどうだ、とか、やれそういえば不文律になっていたけど、ほんとはぜんぜん決まり事じゃなかった、みたいなあれそれだとか、そういうことの調整に追われている。無限に。
 世界有数の大企業、ベーケス社で働いている俺たちはほとんど寝る暇もない。あちこちで死体じみた社員が転がっている。仮眠室はまるでずらっと棺桶を並べているかのようなありさまだ。
「ちゃんと寝るのが、結局は一番効率がいいよね」みたいだったらよかったんだけど。それが今時の流れだと思う。でも、ベーケス社の連中にとって「努力」というのは当たり前なのだ。優秀さというのは求められるものではなくて、あってしかるべきものだった。役に立てないならここにはいない。
 誰もが当たり前に寝てないし、社内で「並」と言われるような連中だって、常人では考えられないほどの仕事をこなしている。息もつかずに必死に泳いで、運が良ければ、ようやく同じ場所にあり続けられる。
 ここはそんな魔界だ。
「今朝だっけ? 夜4時だっけ?」同僚が腕時計をにらみつけ、答えを待たずにパソコンの時刻表示を見て「ああ、夜だった夜だった」と頷いてキットカットを囓る。
 うん、だいぶブッ壊れてきている。

 上の人たちは俺たちの苦労のぶん、さぞかし優雅にやっているのかというと、全くもってそうでもない。
 むしろ、一番寝ていないのが副社長ではないだろうか。
「なんかさあ、アレだよ。例の婚約者と結婚できなかったら、副社長、役職下ろされるって話」
「あんなに仕事できるのに?」
「もう一人下にいるらしいってね。社長の秘蔵っ子。スコアがとびきり優秀らしい。俺たちも身の振り方考えないとダメかもな。はは!」
「うへえ……
 いくら頑張っても、また、数字をあげても、なんの保証にもならないのだ。どこかで自分の知らないような計り知れない力が働いて、あっという間にへし折られる、そんな光景をここではよく見てきた。これは、もう、どうしようもない。台風が来るとか、そういうのをどうにかできないのと同じくらいどうしようもない。注意深く動向を見ていれば、被害はなんとか最小限に食い止めることができるのかもしれないけれども、それ自体を回避するのは「根本的に無理」だ。個人の責任じゃあない。
「あんなガキに媚び売って、タイヘンだよな、副社長も」
 キットカットは、ざくっと小気味よい音を立てた。
 あんなガキ。
 2世の婚約者は、ずいぶんとまあ若い。聞けば15、16くらいのお子様である。立場は俺たちよりもずーっと上。2世よりも上。
 どう考えても政略結婚、と、周りからは思われている。
 はてさて、どうだろう。

 ソファーに靴を履いたままで寝っ転がった2世、つまりは我らが副社長……は、机に立てかけたスマートフォンを眺めていた。イヤホンをつけていて……どうやらお話中らしかった。自席に戻る体力すら惜しいからここで寝る、との仰せである。次の会議が入っている。俺はプロジェクターの準備がしたかったが、流石に、平社員の立場から副社長、どいて下さいとは言えない。俺が永久にどかされる。
 スマートフォンの四角い枠の中で、植木鉢を抱えた子どもが、もらったお花を植えたんだ、と、きっと、にこにこ話している。副社長の恋人というよりは、兄と末っ子、という感じだ。子供と父親と言われても、恋人よりはしっくりくる。
 学校の制服らしきなのが余計に、こう……。なんだか見ているこっちまで申し訳なくなるのだ。別に、ゴージャス美女が出てきても反応に困るが。総合すると、「たいへんな任務だなあ」ということである。
 見てみて、と、子どもがカメラの角度を調整して、植木鉢を目一杯に映す。家庭菜園を始めたよ、ということらしかった。映っているのはニンジンの花。
「ああ、うん。ありがとう! よく見える! でも俺は、お前の顔も見たいなあ……
 今日はなんだか婚約者と話している割りにはいつもとはローテンションで、うん、とか、ああ、とか、やる気なく相づちを打っていた。片手で回れ、とくるくるやるようなジェスチャーをして、それで無視されてため息をついていた。
 そして。
「ニュート、……愛してる……
 ……
 ああ、なんだか、不意に。空気がわざとらしくなった。
 愛している。
 たかがそのくらいの子どもに言う言葉にしてはわざとらしくて、ぜんぜん切羽詰まっていないのだ。
 出世のためならそのくらいやるよなあ、と同僚は言う。俺もそう思う。空々しい言葉。どちらかというと自分に暗示をかけているような、そういうむなしさがあるような気がする。
 俺たちはいつだって最適化された目的への最短距離を走る。そうじゃなければ生き残っていけない。
 いったいどういう表情で言っているんだろう。
 ゆっくりと副社長のスマートフォンが振動した。副社長は、舌打ちしてスマートフォンを操作する。
「ああ? 俺だが? ああ、そうだ。寝ていたが」
 いや、録画かよ。
 録画に向かって話しかけていたのか? この人は?
 報告の電話を終えると、また婚約者の動画にもどって、見逃したところからせっせと巻き戻す。同じ箇所に来たけれど、次は、愛しているとは言わなかった。ただ指先でぼーっと頬の辺りをなぞっている。
……これは執念のイメトレなんだろうか……
 もう、分からなくなってきた。

***

「知ってるか?」
「うん?」
「副社長、諦めるって言ったらしい」
「何を?」
「諦めるってさ、コンヤク」
 と、同僚が肩をすくめる。
「なんで?」
「さあ? まあ、それも、副社長の策略のうちかもな。あははは」
 ぐしゃっと新聞を丸めると、同僚はぽいっとゴミ箱に捨てた。
 別れる? あれだけうまくいってたのに?
 いったいどういうことなんだろう、と、俺はいぶかしんでいる。

 あるかなしか、というくらいの昼休み。
 コンビニから戻ってくると、警備員に止められながらも、振り切ってぐんぐんとこちらに来る影が見えた。
 いつもなら厳格な警備員が、強く出られなかったワケも分かる。
 あの子だ。副社長の婚約者だ。
 要するにものすごく、偉い人なのだ。
 とても必死そうで、映像で見るよりもずっと小さく見える。
 あの子が、手にベルベットの小箱を持っているのを見たときである。
 俺は、これから何が起こるのか、ぜんぶ分かってしまった。
「ニュート!」
 しばらくすると、副社長が現れる。でもきっと、まやかしなんだろうな、と思った。振り乱した髪も、ちょっとだけ切らした息も。
 知っていたのだ。きっと、あの子がここに来ることは。
 これもたぶんきっと、ぜんぶ、きっと、丁寧に舞台に整えられた演出に過ぎない。
……どうした? 直接会いに来るなんて」
 その子は、しばらく息を呑んで副社長の顔を見つめていた。それから……意を決したように、結婚してください、と、不釣り合いな小箱を突き出した。薔薇の花を。笑っちゃうくらい真っ赤な花を、差し出す。
 結婚してください。ずっと一緒にいてください。
 きゅっと目を閉じて、返事を待つ。
「ニュート、ありがとう……っ! 俺を選んでくれたんだな!」
 感じ入った様子の副社長が前に出る。
 おおー、とまばらな拍手があがって、よかったじゃない、という空気になった。
 ああ、なんか、いかにもお遊戯会っぽいというか。
 どこか白々しくて、劇みたいだった。
 ほんとうに、と、嬉しいという様子で、子どもは涙ぐんでいる。
 ……きっと、あの子は愛されて育ったんだろうなあ、と思う。
 それはきっとあんな子のホンキなんてのは、俺たちは歯牙にもかけてないからだ。めいっぱいに輝く純情は、いつかすり切れて色あせてしまうと知っている。それか、いつか思い知るんだ。そんなにきれいな世界じゃないって。俺たちは感情ですら数字に換算して読んで、どういうメリットがあるか考える。
 その子は、きゅっと目を閉じて、顔を真っ赤にして、ぱっと両手を広げる。たかだかハグ。可愛いものだ。いっそキスでもなんでもしてやればいいのに。……それなのに、副社長はなぜかうろたえる。
 ばたばたと使いのものたちみたいな人たちが駆け込んできて、慌ててその子を引き剥がす。それで、その一瞬を逃した。副社長はああ、もったいなかったー、というように大げさな身振りをした。
「ニュート。俺はお前を、大事に、一生大事にするからな……!」
 なぜだかそれだけは本当のような気がした。

 はてさて、盛大な婚約式が行われて、狡猾な副社長は次期社長の座を約束された。我が社は安泰というところに落ち着いた。
「何ヶ月もつと思う?」
「どうかなあ。あの人のことだから、利用価値があるうちは手放せないだろうし。まあ、上手くやるんじゃない?」
 同意見だった。
 副社長は、婚約指輪を牽制のために見せびらかして歩いている。
 けれども、副社長、いや、次期社長は、枯れかけた薔薇をずーっととっておいているのを、俺は知っている。誰にも見えないような自分のデスクの隣に、ひっそりと。
 数ヶ月もしたら、枯れてなくなってしまうものだろうけれど。
 果たして、ハグのひとつはできたんだろうか?
 手を引いて、仲睦まじく中庭を歩いている様子が見えた。
「愛している」と言っているんだろうか。