頻子
2022-03-15 21:46:40
2787文字
Public KODR二次
 

恋は瞑目(KODR)

ベーケス2世+スケルナイト
本編中で、仲は悪い。

 ここにある太陽は、いったいどんなものだろうか。

 曇り空からまみえる僅かな明かりが、生い茂るツタの隙間からすこしばかり降りそそぐような薄暗い昼。それでもまだ、その場所はベーケス2世にとっては明るい。
 庭仕事はきらいじゃない。丁寧に土を払って、虫を取り除いてやり、無心に作業していると、ずいぶんと気が紛れる。けれど、今日は、ざあざあと打つ雨の音がいやだった。そのくせ、晴れているのがいやだった。感覚としてはじめじめとした湿気を厭いながら、ベーケス2世は枯れた庭に水をやる……どのくらいかは、湿った土の色でしか分からない。
 フランコールが肥料を埋めておいたらしく、花壇には、浅く掘り返された跡があった。土の不揃いが気になってスコップを持ち上げたが、思ったよりもそれはずいぶんと重い。
 天気を見上げて、軽くうめいた。

……人間の住む世界の太陽は、いったいどれほどのものだろうか。

「ベーケス2世!」
 彼を呼ぶ声が聞こえた。ニュートの声だ。
 慌てて笑みを作った。見慣れているはずのその姿に、ベーケス2世は違和感を覚えた。
 理由は二つ。
 一つには、その場所だ。ニュートが、普段ならひとりでは気味悪がって近づかないはずのところ……目玉がぎょろりとしたように見える植物に覆われた一角から、茂みをくぐりぬけてやってきたことである。
 それから、もう一つは……地面に這うように生えている花を踏んだことだ。
 ベーケス2世のすがたを認めたニュートは、いつもと変わらぬ足音を響かせ走り寄ってきて、いつものとおりに彼の名を呼んだ。……靴底で、クローバーの花を踏みにじりながら。
……どうしたんだ。転んでも知らないぞ、ニュート」
 普段と寸分のかわりもないすがた。
……おなじ声。
 もしもベーケス2世が注意深くなければ、気にもとめなかったに違いない。けれども、魔界で生き抜くためには、まぬけでいる暇はひと時もない。
 ニュートは首をかしげると、上目づかいにベーケス2世を見上げた。
――スケルナイトはどこかな、知らない?
「ああ。なんだ? スケルナイトか。湖のほうにいたな……
 ベーケス2世は慎重に距離を測って、それからじっとニュートを見る。
「それよりも。な。ニュート、俺がこの前やったドレスがあったろう? ……着ないのか? 気に入らなかったか? あれはな、俺がっ! お前に似合うと思って調達したんだ」
 ううん、と、ニュートは首を横にふった。
 汚したくないから、大事な時に着ることにしたんだ。
……そうか! 楽しみにしてるからな」
 ベーケス2世は胸中でため息をついた。
……そいつを、お前に、やったことはない。

 いつもありがとう、大好きだよ。
 無邪気な声でそう言うと、『そいつ』はたかたかと駆けていった。
 想像しなかったわけではない。
 念力で、あのまがいものの細い首筋を締め上げて吊り下げるさまを。か弱い声が小さくなっていって、それを地面にたたきつける様を、ベーケス2世は思い描いていた。見えなくなるまで手を振り返して、少し迷ってゆっくりとおろす。
……俺も好きだよ、ニュート」
 ベーケス2世はつぶやいた。婚約者に贈るために用意しておいた薔薇を、そっと後ろ手に隠しながら……

***

 さて。
 ベーケス2世ことの顛末を確かめに来たのは、目的のために必要だったからではあるが、好奇心もわずかにある。あのすがたで事を起こすようなら何か考えるわけだが、標的が『彼』のようだったから泳がせておいたわけだ。
(妨害工作を軒並みムダにされるのには、新魔界も業腹といったところかな。もっとも、自分から死にに行ってくれるんだから、楽なもんだ)
 スケルナイトが、姿形だけはそっくりの器に、どう反応するのか興味があった。

 湖のほうから、歌声が聞こえる。
 セイレーンの歌う、美しい歌だ。
 腹が立つほど美しい男は、微笑みをたたえながら、湖のほとりに座って、セイレーンを眺めていた。……湖の中、何かを食い漁っているセイレーンを。
……ひどいもんだな」
 ベーケス2世は嘲笑った。
 辺りにはおびただしい血痕が散らばっていた。もちろん、闖入者のものだろう。スケルナイトは傷一つ負ってはいないようだ。
 湖は、真っ赤に染まっている。先ほど見たのとおなじドレスの切れ端が湖に浮いていた。
「早いな、もう殺したのか」
「おや……何をです?」
 あれを間違いでもしたら、腹の底から嗤ってやろうと思ったのに……。別に、スケルナイトが欺かれ、喰い殺されるのもまたかまわなかった。まあ、さすがに死ぬとは思っていない。死んでも鬼神と呼ばれるだけはある。
 こうして見えないところでいったい何人の暗殺者を始末していることだろう。そしてそれを、ニュートは知らないだろう……
「ああ、あなたが言っているのは、まさか、あれですか? あの、ニセモノとも呼ぶに値しない、……あれ。単なる化け物。あの。ほころびだらけの偽物ですか! ははは。俺の前で、卑しくもあの方のお姿を取るとは……! は、ははは、はははっ」
 スケルナイトが力任せに放り込んだ小石が、湖の水面を揺らした。水面に映ったスケルナイトの顔が波打ち、ゆらゆらと揺れて骸骨をむき出しにする。
 歌声は途切れ、セイレーンが一目散に逃げていった。
「よくもまあ、そんなに残酷な真似ができるもんだな」
……残酷?」
「ああ、だってそうだろう?」
 ベーケス2世は嘲笑った。
「見た目はあいつそっくりだったのに! 声だって同じだったのに。お前は、それを殺すのを、全くためらわないわけだ。〝愛しの姫様〟とやらと同じやつを、手にかけることを! 少しも。ためらいもしない。いや、さすが、騎士様だ」
「何をおっしゃいます? あれに心はありませんよ。ああ、あなたは。見分けがつかなかったんでしょうな。……わざわざ追いかけてきたからには、よっぽど、自信がなかったのでしょうな」
……どの口が……
「ははははは! いや、魔物にはわからんでしょうね。愛が理解できないから。うわべしか見ていないから! 魔物と、ああ! だから。魔物と、ニュート様を見分けることすらできない! ははは!」
 湖の中から、人間の悲鳴じみた叫び声が聞こえて、ベーケス2世は思わず振り返った。それはニュートに似てもいない、単なる魔竜の断末魔だ。けれども、助けて、と言った気がして。
 狂ったやつにしか、見えないものがあるというのか。
 それとも、それとも自分が欠けているのか。
 あの偽物のニュートの瞳は――たしかに、本物と寸分たがわなかったのに。
 ばしゃん、と、くらやみに何かが沈んでいった。スケルナイトはもうなにも見ていない。眉一つたりとて動かさなかった。