裏庭の秘密のベンチに腰かけていると、先に待っていたデビイが手招きして小さくニュートの鼻先にキスをした。ニュート、と、デビイが透き通った声を潜めるのはもうちょっと近くにおいでの合図だから、ニュートはぺったりと隣に腰かけて、デビイに耳を寄せた。
「ねぇ、あのね。ニュート。聞きたいことがあるんだけど。ニュートはいつ、ぼくのことを好きになったの?」
ド直球なデビイの質問に、ニュートは思い切り赤面した。
このなんでもできる幼なじみのことを、嫌いな人なんているんだろうか?
運動も勉強もなんだってできて、みんなに優しい。それに……こうやって魔界まで駆けつけてきてくれて、じぶんの支えになってくれているのだ。
デビイのことはみんな好きになるに決まっている。
そんなことないよ、とデビイは言って、手の平に指を絡ませてぎゅっと握ってくる。
「キスしたの、こっちに来てから初めてじゃないよね。ねぇ、覚えてる?」
***
キスっていったいどんな感じなんだろう。
あの頃は、好きな子がいるかいないか、そんなことが日常の中心だった。
放課後。勉強道具の入ったカバンを家に置くのも省略して、やってくるデビイを待ちながら、ニュートは考え事にひたっていた。
今日の休み時間、クラスメイトの女の子が、「キスしたこと、ある?」と、クラスのみんなに聞きまわっていたのだった。ニュートの番が来たので、ない、と答えたら、「ええー! そんなのおかしいよ」と言うのだった。
「好きな子いないの? そうじゃなくても、誰か……仲の良い友達とかいないの?」
頭に浮かんだのはデビイだった。
学校からの帰りは、いつもデビイと一緒にいた。待ち合わせ場所はだいたいは広場のベンチだ。デビイは遅れてやってきて、遅れたお詫びにとジュースをおごってくれた。
――デビイ、キスしたことある?
ベンチで足をプラプラさせていると、ミックスジュースをストローで飲んでいたデビイは、「へっ」と目を丸くした。けほけほとむせかえって、デビイにしては珍しい動揺だ。
あるのかなあ、と思いながら、ニュートがジュースを受け取って飲んでみると、デビイは「ほらね、こっちの方がニュートの好きな味でしょ」と微笑んで取り換えてくれた。
それで、キスしたことはあるのか。
ごまかされないぞ、と思いながらニュートが聞くと、デビイはへにゃあっと困った顔をして、「うーん……」と歯切れの悪い返事をする。
もしかして、あるのだろうか。ちょっとおいていかれたような、寂しくなるような、複雑な気持ちになった。小声でどうだったの、と聞くと、デビイは「ニュートは?」と聞く。ないよ、と答えると「じゃあ、してみる?」と小首をかしげる。好きな人同士でするものじゃないの、と言ったら、「ぼくはニュートのこと、キスしてもいいくらい好きだよ」と答えた。考えてみればニュートもだった。
ぎゅっと目を閉じると、唇に冷たい感触があって、しゅわしゅわとしたレモンの味がした。終わりかなと思って目を開けると、まだデビイの顔は近くにあった。肩にかけたカバンでよれたニュートの襟を整えながら、目を見つめてまっすぐに言うのだった。
「初めてのキスは、今した、って、ことにする? ね。ほら。明日はキスしたことあるっていってやりなよ」
***
………。
覚えてない、とニュートがそっぽを向くと、デビイは「あはは!」と笑い声をあげた。
「覚えてないの? そっか、覚えてないんだ。ふーん、ほんとかなあ。まあ、そんなこと何回もあったもんね」
そう言って、デビイはニュートの頬をつっつく。
デビイが、部屋に遊びに来たときだとか、雨に濡れて立ち往生したバス停だとか。お祭りの帰り道だとか、しょっちゅう一緒にいたものだから、いつの間にかアイサツみたいになっていた。恋人だとか、そうでないとか考える前に、デビイはいつもトクベツの位置にいて、それはニュートの隣だった。キスすることにもなんの疑問も抱かなくなってきたころ……キスにも大小というか、大げさなものがあるのをニュートが知ったのはごく最近のことだった。みとれていたいような紫の目がすう、と細められる。肩を掴まれて、目をのぞき込まれる。
「……覚えてないなら、初めてのキスは今。そういうことにしておく?」
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