頻子
2022-01-06 08:03:17
3867文字
Public その他こまごました二次
 

だいたい加茂憲倫のせい

*じゅじゅつ
*現パロ
*九相図+引き取られたての悠仁(脹+虎)
*ハッピーぜんぶ馬鹿

 脹相は信号を待つ間、向かいの通りの、窓に揺れるマンションの明かりの数を数えていた。無意識のものだったから正確な数字は問題ではない。なんとなく電車ですれ違う人間の顔を眺めるような調子だ。ああ、いつもの人か、というような風に、意識の底にたまっていくのだ。
 音響式の信号が、カッコウの鳴き声で信号が青に変わったことを伝えた。
(今日は何を食べているんだろうな)
 すれ違うサラリーマンが、スーパーの袋から、大きさには不釣り合いなネギを揺らしている。おおかた、家族から食材の買い出しでも頼まれたのだろう。
 夜の八時ごろであったから、これから夕ご飯を食べるのだとしたら結構遅い時間になるだろうか。
 男の家族は、鍋か、あるいは、味噌汁なのか知らないが、料理の完成とともに彼を待っているのだろうか。それとも、先に食べているのだろうか。
 家族との絆。それが、彼が世間を理解できるほぼ唯一のものだ。
 脹相にとって、道徳というものは顧みるものではなかったけれども、これだけはコンパスのように一点を指している。幸福に暮らす弟たちのいる世界が、自ら目指すべき道である。
 廃業したパン屋を目印に曲がり角を曲がると、見慣れた我が家が見えてきた。
 電灯を透かして、カーテンの向こうでゆらゆらと影が揺れている。
 あの背の高さは悠仁だろうか。
 ともあれ、弟たちが心の底から笑ってくれるのであれば、それ以上の望みはなかった。

「ぎゃはははは!」
 脹相の願いは、思ったよりも十倍くらいの密度でかなっていた。玄関の扉を開けてみると、笑い声が飛び込んできた。
 血塗が、リビングの床に転がってぜえぜえと肩で息をしているようだった。
「ひーー、ひひひ、すっげぇ似てるよぉ! 悠仁! 腹がよじれて死にそうだぜぇ」
「はい。えー。続きましては……
……っ! 悠仁……
 物真似をする悠仁。
 流行りの芸能人なんてのにはピンとこないものだが、弟が弟の笑顔のために努力をしているのは痛いほどわかる。
「あ、兄さん、お帰り。今、カレーを温めますね」
「ぶぶうーっ。けひひひひ、あ、兄者ァ!」
 しかしどうしたことだろうか。
 脹相が部屋に入ると、悠仁の動きがピタリと止まってしまう。
「あ、どもっす……
「? 続けろ」
「鬼かよ!?」
「なんだ? どうしてやめる? できればもう一度最初からやってくれ」

***

「加茂憲倫!!」
 ダアンッと机を叩きつける脹相。なんやねん、加茂憲倫って誰やねん、と隣の関西弁がツッコミをくれたが、脹相は弟以外の存在はわりとどうでもよかった。だいたい、悪いコトはすべて加茂憲倫のせいにしているというだけだ。
 家族団らんから数日、中華料理屋でのことである。土曜だが、部活に行っている悠仁を除いて三人の家族会議だった。
「あの日以来、悠仁がちょっと俺を避けている節がある」
「兄さんも悪いよ。悠仁渾身のモノマネにこりともしないんだから……
「悠仁が皆を笑顔にしようと頑張っている気持ちを考えるとこみあげるものがあってな。どうしても感動が先に来る……笑うどころではなかった。弟を笑うやつは俺が殺してやる(※家族は除く)」
「笑わせようとしてんだからさぁ!」
……というかオマエたち、いつのまに悠仁と仲良くなったんだ……
「ええー?」
 壊相と血塗は、結構悠仁と仲が良いようなのである。
 なんなら血塗は呼び捨てだし、よく一緒に遊んでいるようである。
 壊相に至っては家事をちょくちょく手伝っているらしく、一度など食器を拭きながら「壊相兄さん」と呼ばれていたのまで見た。あまりの感動に目頭が熱くなった。兄弟仲が良いのはウェルカムである。
 だが、長兄、脹相に限ってはいまだに「脹相」呼びだ。それとなくお兄ちゃんアピールを欠かさないのだが、何度気軽に呼んで欲しいと訴えてもようやく「さん」がとれる位だった。
 思春期の弟みがあってそれはそれでいい気がしたが、もうすこし打ち解けてくれないかというぜいたくな悩みだった。
「俺はお兄ちゃんだぞ。お兄ちゃんも……お兄ちゃんも悠仁のモノマネが見たい……
「あのときの悠仁のリアクション。カラオケでアニソン歌ってる時に店員さんが入ってきたときと同じだったぞぉ」
……壊相。壊相は兄さんと呼ばれていなかったか。どうすればいいんだ? 俺はお兄ちゃんと呼ばれるならどんな手も使う」
「どうすればいいと言われましても、そのように頼んだので」
……
……ストレートに言ってみたらどうですか?
私の持論ですが、言葉にしないと何にも伝わらないんです。ばかりか、半分くらいしか伝わらないものですよ。とくに悠仁は一緒に暮らすようになって日が浅いですから。まだ、兄さんの機微が読みづらいんでしょう」
「やっぱウマいもんはいいぜぇ。ご飯食べに行きなよぉ」

***

「悠仁」
 休日を狙ってそれとなく声をかけてみることにする。ソファーに寝っ転がっていたらしき悠仁は、目ざとく気配を察して、びしっと姿勢を直していた。
「別に、お兄ちゃんの前でかしこまらなくてもいいんだぞ」
「すんません……
「昼はまだか。かつ丼でも食いに行くか」
(あ、これ知ってる)

「どうでしたか」
 兄弟ふたりのお出かけは、脹相からすれば「かなり手ごたえがあった」というモノだったらしい。付き合いの長い二人から見ると、それなりに楽しそうなのがはっきりとわかる。二つ結びがうきうきと揺れている。
「たくさん悠仁の話が聞けてよかった。悠仁はかつ丼を食べていたぞ。お味噌汁も、漬物もすべて完食した」
「それはよかったですね。兄さんは何を食べたんですか?」
「いや、俺は腹が減っていなかったからな。悠仁が飯を食うのを眺めていた」
……
 それはさぞかしプレッシャーだったのではないだろうか。後からこっそり壊相と血塗が聞いたところ、悠仁主観で「圧迫面接」と言わしめたものである。
「一口一口がでかい」
 説明するように、脹相は茶碗を持つ仕草をした。
「大きなどんぶりから、白米が……どんどんなくなっていくんだ。俺は……すごく楽しかった。弟の食べっぷりは良いものだな。また是非にも見たい。血塗と並べて向かい側に配置する」
(兄さんがヘンな趣味に目覚めている……
「壊相は俺の隣だ」
「俺と悠仁、どっちが食うかなあ」
……? 血塗じゃないか? 食べ終わるのは早かったが、量は並だったぞ」
(あれぇ?)
(遠慮してますね、これは……
 一人だけ飯を食べるとなると、そりゃあそうなるだろう。
「それから……お兄ちゃん、と呼んでもらえるように頼んでみた」
「おおっ」

***

 それから、一緒に飯に連れていくことが増えたのだった。
「っす、兄貴、ごちになりやす!」
 びしっ、と気持ちの良いお辞儀をする悠仁。
「何度だって言うが、悠仁。お兄ちゃんに遠慮はいらないんだぞ」
「っす!」
「?」
「?」
 兄貴と呼ばれるのは、かなり嬉しくはある。アリ寄りのアリ。大ありだ。だが、やたら体育会系っぽい上下関係がありそうなのが気になる。
 これは弟は弟でも舎弟の方ではないだろうか。
「悠仁は何が食べたい? 何でもいいんだぞ」
「んー……。たまにはアンタの行きたいところでいいんでねぇ?」
「お兄ちゃんは弟の行きたいところに行きたい」
「全部投げてくるし……じゃ、ラーメン」
 しかし、距離は少しずつ縮まっていると信じたい。最初は財布を出そうとしていたものの、今はもう大人しく奢られる構えである。これは大いなる進歩だった。
「何ラーメンだ」
「兄貴チョイスでおねしゃす」
「この前、味噌が美味いと言っていたな。味噌にするか」
「っす、味噌でおねしゃす!」
……大盛、食べるか悠仁」
「ハイ! ごちになりやす!」
 健気でいい弟だと思うのだが、やはり舎弟っぽさが気にならないでもない。
(お兄ちゃんはな……悠仁が好きなものを食べているのがいちばん嬉しいんだぞ……お兄ちゃんだからな)
 勝手にチャーシューを足すことで溜飲を下げた。
 血塗といっしょに飯に連れて行ってから、悠仁の胃のキャパシティーが結構デカいことに気がついた。そう思えばだいぶ、だいぶ進歩したといってもいい。
 悠仁は、好きはあっても嫌いはそれほどないらしい。なんでも元気よく平らげてしまうのだった。
 弟が飯をかっこむさまはとても気持ちが良い。
(何が好きなんだ……?)
「美味いか」と聞くと、「ウマい」と言われるので、それだけでお腹いっぱいになる心地ではあった。だが、「ウマい」以外の言葉を引き出すのがなかなか難しい。悠仁があまり脹相の考えていることが分からないように、脹相もわりと難しいのだった。
「悠仁。食べないのか?」
「あのさ、……兄貴、味玉半分食う?」
「悠仁!! ああ、いや、弟の食べ物を奪うなんてことは兄としてできん。気持ちだけもらおう」
「うん、そっか」
…………
 反射的に言ったところで、脹相は思わぬボールを逃したことに気がついた。
 やっぱり半分こしたほうが良かったんじゃないのか。こういったところで悠仁の優しさをはねのけているから、舎弟っぽいんじゃないだろうか。
「ゆう……
 やっぱり半分こしよう。
 そう思ったころには、悠仁はもう食べてしまっている。脹相は机を打って叫んだ。
「加茂!!! 憲倫!!!」
「いや、誰!?」