頻子
2021-08-25 03:11:15
5544文字
Public TOH二次
 

オートコンパイル・ボイラー・チョコレートプレート

客観的に何かが起こって何か奥さんにケーキを買ってると誤解されてるナナシと外部圧力と、付き合ってないけど私はそういう文脈が発生してしまうのが好きだ。
オリジナルの変人が3人出ます。

「ねぇ、次店長の言うこと聞かなかったら、アンタさぁ、ほんーとにクビになるよ?」
……
 調理用HANOIのエリオットは、同僚であるアイリーに非難がましい目を向けた。
 けれども、それ以上は何も言わない。言い訳すらない。エリオットは黙って自分の世界に戻ると、スマートフォンをいじっている。
 会話はぷっつりとそこで途切れて、これにはアイリーもカチンときた。
「最高の状態でなくてもいいから、どーしても誕生日はイチゴのショートケーキが食べたいってことあるじゃない? ちょっーと質が悪かったからって、イチゴを勝手にジャムにするのってどうかと思うよぉ~、私は」
……
 ここは、知る人ぞ知るというか、知らない人はホントに知らない――要するに風が吹けば飛びそうなケーキ屋である。
 ケーキ職人のエリオットは、仕入れてきたイチゴの鮮度が気に入らなかったらしい。勝手にぜんぶ煮込んでジャムにして、材料をやりくりしてクロスタータを仕立ててしまった。
「予約の分は仕入れ先に頭下げてなんとかなったけどさあ……
ふわふわ……なんだっけ、いいや、ウチのイチゴショートケーキはウリなんだから。ショートケーキがなかったらそれ目当てに来たお客さんががっかりしちゃうでしょー。
私もプロの接客用HANOIとして、お客さんが哀しむ姿は見たくないわけよ?」
「ケーキじゃない……
……あのねえ」
 エリオットが言葉少なにこぼすところをくむならば『妥協して作ったケーキはケーキじゃない』ってところだろうか。
「季節限定の水着ピックアップだったら微妙でも回すんじゃないの、アンタ」
 ものすごく気弱そうな顔の造りをしている割に、エリオットはめちゃくちゃに強情だし、すごいソシャゲ廃人だ。
 それでいて、菓子を作る腕だけは本当に良い。
 ただし、異様なコダワリのせいで、店に並ぶケーキはかなりバラつきがあるのである。
 店長が言うに、『HANOIは言われたことだけ黙ってやってろこのバカ!』というのは、HANOIの権利が叫ばれるようになった昨今では、かなり、ご時世的に。まあ、アレなのだが、ド正論である。たとえエリオットが人間だったとしても言われるだろうし、たぶん100回クビになってるだろう。
「今回してるのはイースター……。それでケーキは……キャンバスなんだ」
「芸術家ってみんなそうなわけ? 昼ごはん削るまでソシャゲに課金するのやめなさいよねほんと」

「はああ~~~。『俺にとってこの仕事はインスピレーションなんだよ。自己表現だ……。思ってもいないケーキは作れない。それは最高の自分じゃないから』ってところかねぇ~~~なんだああのHANOIは!」
 店長は憤慨しつつエリオットの言葉を訳すが、合ってるのかテキトーに代弁しているのかはもはやよくはわからない。エリオットが何にも言わないからだ。
「フン。生意気な奴だ。腕だけはホントーーーーにいいんだがな! 安月給でも怒らないしな! でも、『新作ケーキ、味はいいんだけどもうちょっと材料費を抑えてね』って言ったら、『下位互換なんて作ってたまるか』って感じで、ミキサー投げつけやがって、畜生」
……お疲れ様ですー」
 果たして、エリオットにはストッパーというのが入っているのだろうか?
「まあ、次言うこと聞かなかったらクビって言ってあるからな、アイツにも」
 店長はふんと胸を張る。
 エリオットはかなりワケ有りの調理用HANOIである。ものすごい腕の良い職人なのだが、気質のせいで、ここに来る前に何件か店をクビになっていた。小さい店なので、と、接客をやらせたらてんで話にならないし、会計をさせると桁を間違えるくらいにはポンコツだ。店に並ぶケーキは凝り性のせいで一定ではなく、いわばケーキガチャである。
(ホントにパティシエとして生まれたって感じよね、エリオット)
 しかし給料が安くてもよく働くし、自分であれこれと調べるのは趣味の範囲だから放っておいてもケーキを作ってるし、ほんとうに腕は良いのだ。困ったことに。
 この店にはエリオットのトロフィーがいくつも飾ってあった。
 クロスタータを食べた店長は、それについては何も言わなかった。
「クビはまあしかたないなっていうかもはやよくそんなの雇ってるなあ頭か経営のどっちかヤバいのかな、って気がしてますけど」
 アイリーも結構口が悪いのだが、エリオットが最悪すぎて紛れているような気がする。
……うち、エリオットなしでやってけるんですか? 店長、菓子作りのセンスないですよね」
「んなの、自分が一番わかってる。もう10年も前にな。しっかし、接客用だったらもっとなんかあるだろ。 そこはこう……あれだ。まあ、新しい人を雇うか、HANOIを買うかして――
「いらっしゃいませー」
 ちりんちりんと来店のベルが鳴り、接客用はにこやかに接客モードに移行した。店長もあわてて立ち上がったが、表情を作るのは接客用ほどはうまくはない。
 やってきたのは、いかにもその筋の人と言う風体のHANOIだったからだ。
 髪の色こそ明るいピンク色だが、眼光は鋭く、かなりおっかない。
 纏った空気は、ケーキの対義語みたいな感じだった。
 隣の銀行と行先を間違ってると言われたら納得しただろう。HANOIは客がいないのに面食らったようだった。二人分の視線を注がれて、僅かに逡巡と後悔が見えたが、それでも、引き返すほどではなかったらしい。
 構うなオーラを出し、距離をはかりながら、睨み殺さんばかりにショーケースの中のケーキを睨んでいる。
「ごゆっくりごらんください~……
 一言でいうと「物色」というような様子だ。
 しばらく詳細に一つ一つのケーキの札を確かめていたが、二往復して決めたようで、接客用HANOIに声をかける。
「すみません。予約したいんですけど。できますか」
「いつごろでしょうか」
「来週、午後6時ごろに」
「可能でございます」
「それじゃあ、大きいやつ……いや、中くらいの。二段目の……果物のケーキで」
「『わくわくホールケーキパッションリゾート木イチゴの森のお友達』でよろしいですか」
……は?」
 アイリーは店長の足を水面下で踏んだ。
 店長は店長で「ケーキはタイトルまで含めて芸術品だ」という美学を持っていた。
 こんなふうだから客が来ないんじゃないだろうか?
「はい。ホールケーキですね、かしこまりました。ろうそくはいかがなさいますか?」
……ろうそくはいいです」
「かしこまりました」
「飾りは……3つ、……いや……4つお願いします」
「『お友達』は4人ですね?」とのたまう店長に、アイリーはヒールの踵でとどめを刺す。
「かしこまりました。メレンゲドールのお友達はちょうど4種類、ウサギとネコとキツネとヒトがございますが」
「ハア。……じゃ、一個づつ」
 ピンク髪のHANOIからは、既にうんざりした空気が漂いはじめていた。どうも、なんか……無理やり買いにこさせられた感がある。これはまずい、とアイリーは商談を進めることにする。
「では、一週間後ですね。承知いたしました。チョコレートのプレートにはなんと?」
「なんてって。……記念日でもないですし。いいや。無難な奴でお願いします」
 ガシャーン。
 バックヤードから何か音が聞こえてきた。
「『はあ!? なら”無難”って書きますが!?』 だと!? 言ってる場合か? エリオットの野郎……
 床で這いつくばった店長が訳したが、これは本当に合ってるんだろうか……
 しかし、まあ。どうしてこうも文句を言うときばかりは雄弁なのだろうか。
「すみません何でもございません。無難な奴ですね、はい」
 いつもありがとうございます、とか、お誕生日であればおめでとうございますとか、そういうところだろう。……と、接客用HANOIは提案しようとしたのだが。HANOIはもう何も話したくないという様子で、カバンを探ると、やる気なくタッパーの付箋を剥がすと渡してきた。
「じゃ、これで」
 そこには『食べすぎ注意』と書いてある。
「はあ……ええ? いいんですか。『食べすぎ注意』で?」
「はいもういいですよ。なんでも。……ブツだけあれば。それじゃ、よろしくお願いします」

「いや、殺されるかと思ったよ……
「まあ似合わない人でしたね」
「いや、アイリー君にだけどね」
 去っていったHANOIを眺めて、アイリーはうーんと唸った。
「たぶん、何かの……記念日ですよね?」
「まあ」
 まるで蜃気楼の中の夢、だったような気もするが手の中にはしっかりと『食べすぎ注意』と書いてある付箋があった。
「なんかなあ。……奥さんに渡すには、ちょっと、うーん。なんていうか……あんまり一般的じゃない言葉っていうか。端的に言って死、って感じですけど」
「死までいくのか?
まあ、書きなさいと言われたものはそのまま書くしかないだろ」
 スコーンと、エリオットがものすごい顔で鍋をはたいた。
「君ねぇ、ケーキプレートはプレートまで含めて芸術品だ、なんてねぇ、言うつもりはないだろうね。というか料理人なら調理器具をきちんと扱いたまえよ」
……
 ケーキの題名にこだわる店長もどうかと思うのだが、まあ、これは店長が正論だ。店長が正しい……のだろうか、多分?
「お客様に喜んでもらえるのが一番だろう? ね? 代金は受け取ってる、頼まれた仕事をきっちりやり遂げるのもまたプロってもんだろうしね。というわけで、さあさあ。ちゃっちゃとやっちゃってくれたまえ。朝飯前だろう。ん?」
……
……エリオット君。従わないならクビだぞクビ。ここをクビになったら君、もうケーキ作れんのと違うんじゃないかね」
 これにはさすがに、エリオットもしぶしぶ従った。
 店長からの信用がほとんど0になっているエリオットは結局目の前で屈辱的な文字列を書かされた。
 流麗な字体はそういうフォントがインストールされているのかと思うほどに正確だ。実際、何かしかインストールされてるのかもしれない。
『食べすぎてください』と書きかけてやり直させられた。
……魂を売った」
「はいはい、君が油を売ってる間にも給料は発生してるんだよ。いいから悪魔との商談を終えなさい」
「神なんていないんだな。HANOI教に入信しよう……

 そしてその日はやってきて、無難にあんまりなケーキは引き渡されたはずだった。

……おつかれー」
 エプロンに着替えていたアイリーは、エリオットがソシャゲを周回しながらポリポリと何か食べているのに気がついた。
「何食べてるの? 試作品? いいなあ。一口ちょうだいよ。って……あれ!? それって……ちょっと! コラ!」
 光沢のあるそれはなんだか見覚えがある。
……!」
 エリオットの齧っていたプレート。そこには、『食べすぎ』の文字があった。
「ちょっと何してるのよ!? そのケーキの引き渡し、昨日よね!? あのふざけた書き損じはその場で処分されてたし……。ちょっと! じゃああのチョコプレートは!? 入れなかったの!?」
 エリオットは首を横に振った。
「それじゃ、すり替えたわね!? 馬鹿、首になるわよ」
……意訳したまでだ」
「なんて書いたのよ?」
 エリオットは剣幕に圧されてやっと顔をあげた。
「『愛してます』」
「はあーーーー? 何、なんて?」
「だってあのケーキはさ……
……?」
「芸術なんだよ……
 要領を得ない。
「キ、キミねえ~~~!!! エリオットくんねぇ~~~!!」
 案の定、店長はカンカンである。
「たしかに、『わくわくホールケーキパッションリゾート木イチゴの森のお友達』はほかに比べて低カロリー……の上に品質を損なわないレシピがウリで、ちょっと値は張るけど健康的な一作だっていってもねえ!?
ほかに見栄えが良くて、単にご機嫌取りでおつかいするなら褒められそうなのはいくらでもあるっていってもね!? それを選ぶってことはたしかにまあ『愛』があるんだろうけどね!
お客様の注文を捻じ曲げて勝手に文言を変えていいわけないだろう!! このバカ!」
「意訳」
「意訳じゃない! 飛躍だそれはっ!」
 エリオット、クビになったとしてココじゃないところで働けるんだろうか。
 アイリーがいぶかしく思っていると、ちりんちりん、と鈴が鳴った。
「ああ今すみません取り込み中でしてうわっ」
 うわって言ってしまった。
 そこに立っていたのは、――例の客だ。
 相変わらずの無表情で、ものすごい不機嫌そうである。そりゃあそうだ、クレームでも入れに来たんだろう。そりゃもう、怒られるに違いない。
「お客様、如何なされましたか?」
 ……
「ケーキ。差し入れ用に適当に15個。ください。種類はお任せで。おすすめで」
 あれ?
 HANOIは別に怒っている雰囲気もなく、会計は淡々と進んだ。相変わらず顔は険しかった。これこれこれもと名札を並び立てる店長を押しのけて、アイリーはせっせとケーキを詰めた。
……奥さんとうまくいったんですかね?」
「さあ~、分からないけどねぇ」
「よしっ!」
 エリオットがぐっとガッツポーズを決めていた。
 それからというもの、そのケーキ屋は、なんとなくHANOIでにぎわうようになって、なんとなくではあるが、繁盛するようになったのだった。
 そして、エリオットはなぜかどさくさに紛れてクビを免れ、今日も無断でジャムを作っている。