頻子
2021-08-09 21:42:35
2047文字
Public TOH二次
 

ローランド力場

ローランドifパロ ローランドとコーラルさん

 朝の満員電車って、ほんとにロクなもんじゃない。人もHANOIも、一緒くたにぎゅうぎゅうになって箱の中に詰め込まれてると、なんだかトラックの荷台に詰め込まれる荷物になったような気分になる。
 自我がでろでろになって混ざり合って、どこまでも溶けていきそうだ。
 いつもどおりのアナウンス。目的の反対車線に滑り込む電車。
 それなりに本数が走っているので、いちいち何時に電車が来るかどうか気にする必要はないけれど、決まったルーティンに沿って行動すると、大体この時間になる。
 俺は始発の駅から乗るので、だいたい座れるけれども、うん、ほんとにたいへんなことだ。
 しばらくすると、風と一緒に、目当ての電車が入ってきた。
 俺は、乗るのは前から3番目の車両と決めている。理由は明白で、鉄塔みたいに突っ立っている、がたいの良いHANOIが決まって3号車に乗ってくるのだ。
 青い髪をした軍事用HANOIだ。
 この軍事用HANOIは、決まって電車の隅っこで、窮屈そうに、けれどもびしりと背筋を伸ばして立っている。
 軍事用HANOIというのは、やっぱりHANOIの中でも別格である。人にとっても、HANOIにとっても。おかげさまで軍事用HANOIの周りには、水たまりがあるみたいに人の気配がない。ちょうど、駐車場の高級車のとなりに駐車する度胸がある人間が少ないみたいなものだ。
 それで、3号車は半ばHANOI専用車両となっていた。ここならHANOIである俺だって椅子に座ったって絡まれることはない。……たまに、ごくまれに子連れとか、妊婦さんだとかがやってきて、優先席に座ることはある(さすがにそのときくらいは俺だって席を譲ってやる)。
 なんだかここだけ力場が違うのだ。いわば抑止力である。
 けれども、やはり、軍事用HANOIの周りに誰かがいるのは見たことがない。絡んだ酔っ払いが取り押さえられたのは何度か見たことがあるけれど。
 ガタンゴトンと電車が揺れる。つり革に掴まりもせずにいても、軍事用は体幹がずっしりとしていて柱のように動かない。
 軍事用HANOIは、誰かが傍をそっと離れるたびに、それが自分の勤めだ、という奇妙に誇らしそうな顔をしている。

 ある日のことだった。
 ぷしゅーっと扉が開いて、いかにもボンヤリした疲れ果てた人間がやってきた。「あれっ」っと、不思議そうな顔をした。なんかすいてる、ラッキー! という顔だ。
 きょろきょろして、その周りが空白であることを確認して、でも深く考えなかったようだ。軍事用HANOIのそばに行って、会釈するとつり革に捕まって、あろうことかすうすうと眠りはじめた。
 びたっと動きを止めたのは軍事用HANOIだった。俺も、何を見ているのかわからなかった。 こんな豪胆な(鈍感な?)人間、見たことない。
まあ、よっぽどつかれてたんだろうな、と、名前も知らない乗客同士で視線を酌み交わす。軍事用はどうしたらいいか分からないようであたりを見回したが、結局は不自然な方向に視線をやることにしたようだった。

 それ以来、そのボンヤリが電車に乗ってくるとき、軍事用を見つけて、ぱーっと駆け寄っていくようになった。3号車の法則にも気がついたようだ。
 軍事用HANOIも、傍に人がいるのをどうしたらいいのかわからないまま、奇妙な状況に慣れてきたようだった。
 ある日、ぐっすり眠ってしまったボンヤリの前で、軍事用が不自然なほどに大きな咳払いをして、ビリビリと電車の窓を揺らした。
「あ、ありがとうございます!」
 ボンヤリも、軍事用がちらちら大リーグの結果を気にしていると新聞をそーっと広げてやってたりしているのだった。
 ボンヤリ人間のほうもボンヤリ人間で、なぜか席が空いていてもびしっとつり革いらずの男のそばに寄っていくし、軍事用は姿が見当たらないときょろきょろするようになった。
 なんか、奇妙な生態ができあがっていた。
 不思議なことに、誰か一人が油断しているせいなのか、ほかの奴らも軍事用HANOIの傍を遠慮なく埋めるようになっていった。そうすると軍事用はひな鳥を守るようにして、うつらうつらするボンヤリを押しつぶさないように気を配ってやっていた。



 いつもの日だった。おや、今日は鉄塔がない。6号車の方で影をみつけた。なんだか身をかがめてこそこそとしている。いったいどうしたのか、と思っていると、その日は軍服を着ているのだった。ははあ。
 ボンヤリが、きょろきょろとして今日は珍しくいないのかな、という顔をしている。ちょっとしょんぼりして見えたので、俺は隣の車両を指した。「あ」という形になって、ぱっと駆けだしていったのだった。まあ、大丈夫だろう。その表情にはちょっとだけ驚きの色が見えたけれども、顔見知りを見つけた喜びが勝っていたし、そのあと、追いかけるように馬鹿デカい「飯とかに興味はありますか!!」という声が聞こえてきたのだった。