頻子
2021-06-14 03:59:45
3200文字
Public TOH二次
 

やあメリーティカ、テレポーテーションを信じるかい?

ちょっと特殊なアダメリです
・アダムス君のコピーがメリーティカを助けに来る話です。本体も生きてます。

「やあメリーティカ、テレポーテーションを信じるかい?」
 信じられないことに、メリーティカの目の前にはアダムスがいた。
 声も、姿かたちも、――アダムスのものではない。
 けれども、にい、っと笑った、口角をるんと曲げたような屈託のない笑みは、間違いなくアダムスのものだ。
 距離にして、およそ10000km。赤道から北極までの距離。
 アダムスの意識は奇跡を起こしてワープしてきた。
 メリーティカを救うために。

***

 TOWER事件が起こったあと、メリーティカはイリンスキーの元には戻らず、アダムスの教会に身を寄せた。それから、アダムスはHANOI教の設立のために壮大な家出をすることになり、メリーティカも承知していたので、それについていった。
 しばらくは騒がしくも平穏な日々が続いた。
 けれども、イリンスキーは、ただ一体の愛玩用HANOIのことを忘れていなかった。
 月に一度の、HANOI教の会合の日だった。
「アダムス!」
 道を歩いていたメリーティカは、黒服の男に乱暴に腕を掴まれた。そのまま、トラックの荷台に押し込まれる。強烈なスタンガンを浴びたアダムスは、道ばたに倒れてピクリとも動かない。対HANOI用スタンガンは、相当な威力を誇る。繊維が焦げた匂いがする。
 メリーティカは必死で抵抗した。あらん限りの力を振り絞った。力で叶わないと悟ると、まず、目隠しをされる前に、運転席のメーターを覚えようとした。泣き叫んで投げつける振りをして、香水瓶をこぼす。
 ちょうど明日は、メリーティカの誕生日だ。

 意識を取り戻すと、メリーティカは見慣れた屋敷にいた。懐かしく、もう二度と見ることはないと思っていた忌まわしき部屋だ。
 メリーティカの手には、重苦しい鉄鎖がまとわりついていた。
「おはよう、メリーティカ」
 イリンスキーは、前に会ったときよりも、ずっと老いさばらえていた。車椅子に座り、巨体を揺らしている。
「どうかな、気分は?」
「ここはどこ。何日が経ったの?」
 怯えた風な声を、イリンスキーは鼻で笑った。
「可愛いものだ。お前の魂胆は分かっているよ、メリーティカ。私から情報を得ようとしているんだろう?
 だが、ここが、お前の元いた場所からどれだけ離れているかわかるか? およそ10000km。そうだな、ちょうど、赤道から北極までの距離といったところか」
……
「誕生日おめでとう、メリーティカ。私からお前を奪ったあの男も、HANOI教の教祖とやらも、ここにたどり着くことはないだろう」
 いや、メリーティカには確信がある。
 二人なら、世界中、どこにいたって見つけてくれる。……時間を稼げば、きっと、なんとかなるはずだった。
「間に合えばな」
 魂胆を見越してか、イリンスキーの目は暗く輝いた。
「私はもう永くはない。だから、道連れがほしかったんだよ、メリーティカ。ともに死のうと思っている。お前はここで一緒に死ぬんだ。間に合って良かった」
「可愛いメリーティカ。この扉は鍵でひらくんだが、その鍵はここにある。それとも、胃袋を裂いてみるかい?」
 イリンスキーは部屋の鍵を見せびらかすように掲げて、飲み込んだ。
……
 イリンスキーがシーツを引っ張ると、不安定に乗っていた燭台が倒れる。炎が燃え広がっていく中、イリンスキーは哄笑をあげた。
 メリーティカは諦めなかった。立ち上がり、椅子を持って、扉をたたき付ける。
 手枷は短く、そもそも加速が付かない。どうやったって、扉を破壊できそうではなかった。部屋の隅からはもうもうと煙が上がり始めていた。けれども諦めたくはなかった。メリーティカはなりふり構わなかった。しかし、どっしりとした扉は傷ひとつつかない。
「無駄だ、この屋敷には二人きりだ。メリーティカ。お前の力ではどうにもならないよ」
(かみさま……
 天は自ら助くる者を助く、と、どことなくうさんくさい言葉が浮かんだ。
 遠くから、不意に、唸るようなエンジン音が聞こえた。
「オッケー、メリーティカ。そこだね? 部屋がたくさんあるからすごく困ったよ!」
 気の抜ける声だった。
 離れて、という指示に従うと、何かが黒檀の扉を貫いた。
 チェーンソーだった。唸りを上げた音。木くずがバラバラととんでいった。
「き、貴様……!」
「HANOIなら1日、人なら3日! ……あれ、聖書って読んだことない? まあ、フィクションとしては面白いと思うよ! ちょっと、ご都合主義的だけどね」
「アダムス!」
 不思議なHANOIだ。華奢なマネキンのような手足、すらっとした姿。メリーティカそっくりの青い髪。膨らんだ胸。そして、服は着ていない。
 けれども、確かにアダムスだった。
 メリーティカは迷わず彼の手を取った。待て、とイリンスキーが言った。本棚が倒れて都合良く邪魔をした。

「アダムス、どうやってここにきたの?」
「えっとね」
 アダムスは風のように駆けていった。メリーティカも、かけっこなら負けてはいない。
「僕の意識だけコピーしてアップロードして、ここのHANOIの素体にダウンロードしたんだ。腐ってもアトリエでしょ? それに良い趣味をお持ちのようだから、ここにはHANOIの身体が、絶対にあると踏んだんだ。まあ、あとはコーラルに無茶言って、なんとか……
「なんとかって、どういうことなの」
 アダムスが言うことには……
 まずは、アトリエの、ちょうどよくコンピューターとつながっていた手足を乗っ取った。それから、散らばったHANOIのパーツを集め、ボトルシップの要領で組み立てる……。なんともまあ、すごいことをやってのけたものである。
「ホントは、手だけでなんとか、って思ってたんだけど、自由に動き回れなくてね」
「アダムス、服を着て」
「ここの家の服、ぜんぶ動きにくくて嫌だな」
「いいから。危ないわ」
 アダムスは舌を出すと、とりあえずその辺にあった使用人の服を着た。
 アダムス二号は、愛玩用HANOIのばらばらの群れから生まれた。だから……メリーティカにそっくりだ。
…………それって、上手くいくの?」
「ううん。ムリだね。だってそんなことできたら、同じようなコピーがあふれかえっちゃうでしょ? いくらでも復活し放題だ!
条件その1。本体の意識が無くって、コピーがとれること。
条件その2。とっても運が良くなくちゃならない!
フツーなら成功しないし、発狂するってさ! でもびっくり、ボクは適合したってわけだ。なんたって、君を助けたいと思ってるしね」
 あきれかえるほどの強運だった。
……殴られた方のアダムスは無事なの?」
「まあ、僕だし。命に別状はないよ。というか、きっと、この作戦のために起きなかったんだろうなあ、僕」
 そこでようやくメリーティカは心臓がバクバク言ってることに気がついた。今まで意識も出来なかった。
 焼け落ちる屋敷。
 二階の廊下の窓に追い詰められて、そこから、シーツで出来たロープを垂らした。びっくりするほど上手くいった。あとは、ラプンツェルよろしくするする降りていくだけだ。
「まあ、下は芝生だし、二階だから、失敗してもなんとかなるかな。それじゃあ、ロープを押さえてるから。元気でね、メリーティカ!」
「貴方は来ないの?」
「この身体は急ごしらえだから、やっぱり長持ちしないんだよね。それに、僕が二人だなんて、気味が悪いし、生きててもせいぜい一週間かそこら……
……早くして」
「ええー?」
「別に貴方が二人に増えたってどうってことないわ。早くして、アダムス。それとも別の名前がいいのかしら」
……なんか、君には一生かなわないなあ!」
 満月の夜だった。
 二人分の影が、するすると空を降りる。