頻子
2021-06-10 07:55:14
1968文字
Public TOH二次
 

給料→ナナシ→施設長

無機物語りって喋って良いんでしたっけ?
給料が喋ります。ご注意下さい。

「悪いけど、俺は……アンタの気持ちは受け取れない」
「そう、か……
 フラれたのだ、と、給料――茶封筒に入ったナナシの給料は理解する。
 こうして言葉にされると改めてショックだった。
「なあ、俺のどこが悪いんだ? 不足があるなら、埋め合わせるように努力する。なんだってしてみせる」
「いや? 別に、お前が悪いってわけじゃないんだ。世間的にみたら、なんて馬鹿なんだろうっていうことしてるって自覚もある。アンタがいいヤツなのも、分かってる。
でも、ムリだ。俺には、給料を受け取るなんて――悪いな」
……

 給料は、この資本主義の社会の中で、自分の持つ力を理解していた。
 人間からも、HANOIからも、好かれている自信があった。
 毎月15日には、誰しもが預金通帳を振り返る。
 だから、ナナシが自分のことを好いていないような気がしたときは、何かの間違いだろうと思った。きっと、何かすごい税金が倍ぐらいかかるとか、しょうもない勘違いをしているんだろう。一月かけて説得すれば、分かってくれるだろうと考えていた。
「話って何ですか? 施設長」
 一月ほど前のこと。
 HANOI保護施設の施設長が、ナナシを執務室に呼び出した。
「今まで君にはすごく頑張って貰ってたけど、ぜんぜん、形に出来てなかったなって。……君たちの献身に、少しでも報いたいんだ」
「なんですか、毎日ハグでもしてくれるんですか?」
「ええ? いや、そのくらいしてもいいけど……
「朝晩二回もですか。まいったなあ……
「もう、真面目な話だよ! もっと、具体的な形にしたいってこと」
 ナナシは機嫌良く施設長をからかっていたが、施設長が懐から封筒を出したところで、ナナシの表情は……ぴたりと動かなくなった。施設長の方は「感動で言葉も出ない」と解釈したようだった。給与明細を引きずり出して、この金額は、これこれこういう内訳で、こういう評価で、なんて話が続いていた。
「そんなことより、明日の会合ですけど」
「そんなことより!?」
 給料は、税金の話は難しいからな、なんてことを思っていた。
 今思えば、ナナシは……困惑していたんだろう。
 机の分かりづらい位置にわざと置き忘れられた茶封筒を持って、施設長は慌ててナナシを追いかけた。
 いろんな労働者に求められたことこそあれ、嫌がられた経験のない給料には、拒否されていることが理解できなかった。
「それじゃあ、一月くれよ、ナナシ」
 給料の言葉に、ナナシは振り返った。
……
「一月俺と付き合ってみて、それから考えてみてくれ」
 考えは変わらないと思うけど、と、ナナシは絞り出した。

 そして、一月が経って、今。給料はナナシに完膚なきまでにフラれた。
……別に、使わなくてもいいんだぞ。貯めておいて、どっかに寄付するでも、いざとなったらってことでもさ。みんなそうしてる。生活って、そういうもんだろ? ナナシ」
……
 ナナシはやっぱり頷かなかった。その目線は、窓の外の施設長を追っている。もうこのHANOIになにを言ってもだめなのだ、と、給料は気がつき始めていた。
 このHANOIの頭の中には、コーラル・ブラウンしかいない。
「ナナシは、ほんとに……施設長が好きなんだな」
 ナナシは肯定も否定もしない。ただ、ぽつりとつぶやいた。
……俺、夢があるんだよ」
「夢?」
「すごく難しくて、たぶん、よそから見たらどうでもいいことだけど、どうしてもかなえたい目標、みてェのがあるんだ」
 ナナシの表情は、決意と充実感に満ちていた。……似ていた。こうと決めたら突き進んでいくような、頑固なところは施設長に似てしまったのかもしれない。
「ナナシ。俺に、その手伝いはできないのか?」
「手伝い?」
「ある程度のことなら、俺はできるんだぜ。
そりゃあ、今は、大したことできないかもしれない。でも、俺は将来、もっと大きくなる。もっと大きくなって、なんでも欲しいものをやるよ。……施設長に使ったっていいんだ。そうしたら俺を見てくれないか?」
……どうだろ。わからない……けど、持ちすぎたらいけない気がするんだよな……いや、給料を受け取るかどうかなんて、全然関係ない、かもしれない。でも、やっぱり」
「そっか……
 結局、一度も、手をつけられることすらなかったな、と給料は振り替える。もうすぐ、2回目の給料日がやってくる。
「あーあー、盛大にフラれちまったなあ…………
「施設長には」
「わかった。俺から言っておくよ。でも、ナナシ、気が変わったらさ、いつでも」
「ごめんな」
 それが、ものすごくほっとしたような、柔らかい声だったものだから、給料は、たぶん、ナナシの気が変わることは一生ないんじゃないかと思った。