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頻子
2021-06-07 07:58:22
2512文字
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TOH二次
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うそついてでも生き抜きたい
サインもらえなかったけど自力でなんとかするナナシ
自力救済はいけませんね
※シリアス
生と死の境界は実に曖昧で、それでも線を引かなくちゃならない。医師が了承をとって、生命維持装置の機械を切る。
「施設長、うそついてすみません」
コーラル・ブラウンの臨終の間際。長い時をともに生きた人間にたいして、雑務用HANOIがかけた言葉はそんなものだった。
HANOIの手はきつくコーラル・ブラウンの左手を握りしめて、少しだけ自分の額に当てると、力なくおろした。たぶん、まだ暖かかった。
雑務用HANOIは、花瓶から落ちた花びらを施設長の手に握らせ、それから、細々としたことの対応のために歩き去って行った。
私の、取材のメモを書き付ける音だけが響いていた。
病室の外には、スキャンダルをかぎつけた報道陣がいた。おそらくは恨みを持ったものたちもいただろう。それ以上に、彼を慕うHANOIや人間たちがいたはずだった。
ちらほらと雨が降っていた日で、上から見ると、みな、傘を差していて、髪の色の見分けはつかず、また、HANOIかどうかわからなかった。
事の発端は、とあるマフィアの証言。
HANOI保護施設で働いているHANOIは、もともとはトーロファミリーのものであるというのだ。
――
薬中の男の妄言を、はじめ、誰も相手にしなかった。
「昔とっつかまったんだから、サツに証拠が残ってんだろ、調べてみろよ」
その時点で、TOWER事件から半世紀が経過していた。
記者である私が、その件を調べていたのは、コーラル・ブラウンの潔白を示すためだった。けれど、信じられないことに、コーラル・ブラウンのやったことは、おそらく、確かであろうという結論になった。
なぜか起訴されなかった窃盗罪の影には、ハンソン家からの圧力が見え隠れする。
公表するかかなり迷った末、記事を書くことになった。
数十年をさかのぼっての事件の立件はひどく難しく、今更どうこうできるものではなかった。HANOIの境遇に同情的な視線も多かった。引き取ったうちのひとりは、人間の手によって喉を焼き潰されていた。
「たしかに、やったことは悪いことだったかもしれない。けれども、施設長は昔からHANOIのために優しかった」。
……
そんな像が、世間に共有されつつあるときだった。
HANOI保護施設の元・施設長が、片腕であるHANOIに対して相対死の契約を打診している
――
。新しい方のスキャンダルは、拭い去れないほどあっという間に燃え広がった。
なんたって、コーラル・ブラウンは、HANOIの権利のために生涯を捧げた活動家だ。HANOIを守るための人間が、自身は、HANOIを道連れにして死ぬというのである。
高齢のため、すでにまどろみと死の淵にあったコーラル・ブラウンのもとには連日のように記者が詰めかけ、病室を変えた。
どうして、HANOIを相対死にするのか?
それは、もちろん、証拠を隠滅するためだ。
相対死で機能停止したHANOIの記憶は完全に廃棄されて、中身を覗くことはもう二度と叶わなくなる。
もちろん、生涯にわたってひとつの汚点のない人間はいるまい。けれども、その行いは、世間が抱いているコーラル・ブラウンの像からはかけ離れていた。
考え直すべきなのではないか、そうでなくても、少なくとも何かの申し開きはあるべきではないか。世論は紛糾し、相対死に反対する署名運動が巻き起こったが、そのHANOIが選んだのは沈黙だった。
ごく五十年も前は「相対死」なんて制度には何の問題もなかった。HANOI一体の処遇を巡ってこんなにも議論が巻き起こったのは、紛れもなくコーラル・ブラウンの功績だった。
「アンタ、どうして俺たちの邪魔をするんだよ。いちいち過去を掘り返して、追っかけてきて
……
」
雑務用HANOIに胸ぐらを掴まれたが、力は弱々しかった。
「それが私の役割ですからね
……
でも、申し訳ないと思ってます」
ずっと罪悪感があった。過去を掘り返して平穏を壊したのではないかという罪悪感が。
「この人はね、
……
いい人なんですよ」
彼がぽつりと言った。
「知ってますよ。でもいい人ってだけじゃないでしょう」
「そう思いますか?」
「色々ありますよ、そりゃあ。生きてれば
……
」
その返答のどこがが気に召したのかどうか分からない。「そう」と言った。病室の椅子を差し出して、「座れば」と促した。聖人君子のように崇めている記者もあった。もっと都合の良い記事を書ける記者だっていくらでもいただろう。
手続きの通りに相対死は執行された。
当事者がいなくなったあと、こんどは残された『相対死同意書』の効力が争われることとなった。
人間には確かな意思能力があり、HANOIには確かな意思能力があった。古臭いその制度は法律上、有効で、手続き上何の問題もなかった。
コピーの鑑定結果が手元にやってきた。
サインはコーラル・ブラウンのものではなかった。
丸みを帯びた字、
……
ほとんど見分けがつかないそのサインは、HANOI本人によって偽装されたものだった。ライバルの新聞は、陰謀論を書き立てていた。ずっとあのことばが引っかかっていて、記事を書けずにいた。
本人のモノじゃない。
――
なら、誰のモノなのだろうか?
ひとつだけ、思い至ることがあった。
……
ナナシ、本人のサインだ。
二度目の筆跡鑑定の結果が判明すると、世間は水を打ったように静まりかえった。陰謀なんてものはなく、結局は、HANOI本人の意思による後追いだった。無理に書かせたのではないか、という陰謀論もあったが、それならコーラル・ブラウンの筆跡を真似する必要は無かった。
騒動をきっかけに、『相対死』というやや古くさい制度は完璧に廃止された。
「施設長、うそついてすみません。ごめんなさい」
ほんとうにうそなんだろうか。
ペンを持てなくなって以降、言葉を発しなくなって以降、コーラル・ブラウンの代筆者・代弁者は、常にそばにいた雑務用HANOIだった。
あのときの彼のすがたを覚えている。子供が謝るみたいな口調で、大人が謝るときの態度だった。
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