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頻子
2021-05-14 07:48:11
3790文字
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TOH二次
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重いきもち
ナナシが病院っぽいところにいって重い感情を引っこ抜いてくるやつ
ハッピーエンド
恋心があります
「はい、終わりましたよ」
コーラル・ブラウンに引き取られて4度目の春。
ナナシは感情外来で重い感情を捨てることにした。
そとで暮らしているうち、ナナシはずいぶんばかみたいになった。
コーラル・ブラウンが、にこにことポケットティッシュを受け取るたび、なんだか背中をどついてやりたくなるのである。
そのほかにも、いろいろあった。
コーラルがひとりで飛行機に乗ると眠れなくなる。
それに、なんだか、ことあるごとにちょっかいをだしたくなった。ときおり転ばしたくなったり、パジャマの隙間にひんやりした手を差し入れたりしたくなった。
寝癖をなおそうとしているていで、洗面台の前に座った施設長のつむじで、くるくると巻き毛を作って遊んでいたとき、ナナシは鏡を見てばからしさに気がついた。
ばかになるのには耐えられないことだ。ばかではいきていかれない。
「はい、おわりましたよ」
「あいたっ!
……
なんで?」
ばかじゃないと思ったので、べちっと叩いて正気であることを示さなくてはならなかった。
ある日、くたびれて帰ってきた施設長は、歯医者の診察券を机に投げた。おもいっきり憂鬱そうな顔をして、ソファーにだんごむしのように丸まった。
「どうしたんですか、虫歯ですか?」
ナナシはだんごむしにタオルケットを放ってやった。だんごむしは、だんごむしにしては賢かったので、タオルケットをせっせと自分の都合の良いかたちに直して巣を作る。
「虫歯は大丈夫だったんだけど! 親知らずをね、抜くことになりそうなんだよね」
「
……
?」
「あ、君たち親知らずなんてないかぁ。大人になってから生えてくることがある歯なんだけどね」
施設長はほっぺをひっぱる。
「進化の過程で、もうあんまりいらなくなっちゃった歯ぁみたい」
「なら、さいしょからなくしときゃいいのに。人間の設計ってのもあんがいいい加減ですね。
……
痛いんですか?」
「ううん、ぜんぜん。でも、ちゃんと生えてなくって、悪くなるかもしれないから、抜いた方がいいんだって」
「悪くなるかもしれないから? そんな理由で抜くんですね。へぇ、たいへんだなぁ
……
」
べつにそれが動機というわけではなかったけれど、きっかけのひとつではあっただろう。
改めて歯医者から帰ってきた施設長をかいがいしく世話するかわりに、ナナシは、記念に持って帰ってきた親知らずを見せて貰った。
「へぇ、コレが人間様の余分なパーツですか」
「うん。そう」
しげしげと眺めてはみたけれど、別に珍しいモノではない。
「痛くないんですか?」と、いちおう純情ぶっておく。
「うん、麻酔があるからね。もういい? 捨てちゃうよ?」
「捨てておきますよ」
「はーい」
キッチンペーパーにくるんで捨てる振りをして、ゴミ箱の蓋にはりつける。むかしむかし、食べ物をかすめとるためによくやった手だった。
夜中、しっかりとそれを回収すると、白い歯を手のひらで転がす。
いっぺんに4つ着服した。
「
……
」
暗いせいで彩度を失った台所の中で、白い塊は輝いて見えた。
歯というのは、つまり、だいたい骨とみていいだろう。ナナシは、これが近くにあれば嬉しいだろうな、となんどか思ったけれども、自分がそれを手にすることは無いと思っていた。コーラル・ブラウンが欠けてしまうのはよろしくはなかったし、痛いのは見たくない。そのときは自分が死ぬほどつらい。
なんとか合法的に安全に、誰も傷つかないような形で手に入らないモノか、とかんがえたけれど、まあ無理だろうなと思っていた。
ナナシはそそくさと余分をしまい込むと、誰にも言わないことをきめた。
ぱっと思いつくヤツで、一番人が傷つかないやつ。そして証拠がちょうど手元にあった。小さなお守りの袋に入ったカルシウムの欠片をみたとき、技師はメガネをずりあげてシンプルに言った。
「ああ、だいぶイカれてますね」
「でしょう」
「男の人でしょう?」
「おかしいですよね」
「まあね。でも世の中みんなばかだよ」
「ばかは死にますよ」
「うーん、ふつうはねぇ、どうしても危険な執着をとったりとか、嫌いをとってくれってのがふつうでねぇ。あんまり、こういうのやんないんだよ。日常生活に支障はあるの?」
「めいわくをかけたくないです」
ばかになるのはどういうことかというと、価値判断の基準が狂うということだ。
合理的ではないということだ。気分で不利益をもたらしたくなるということだ。ほんとうは自分が一緒じゃなくても全然よいところで粘って時間を浪費させたくなる。
失うことを考えると恐怖で身体が動かなくなった。それでは困るのだ。
……
最初は、それでも記憶を抜いてくれなくて、どうにか対症療法でなんとかしましょうということになった。しばらく、ナナシはコーラル・ブラウンを見たら、ハーブチンキを嗅ぐことになった。あんまりよくない匂い。けれども、嫌いな匂いも好きになって、なにもかも好きになってしまった。
それで、ナナシは感情を捨てることにした。
施術はすぐに済んだ。
持って帰りますか、と聞かれて、ナナシは首を横に振った。
あまった愛は、世界平和のために使われるらしい。そんな汎用性は無いと思ったけれど。
散髪した時のような、すがすがしい気持ちで帰路についた。
保護施設に戻ると、「おかえり!」という声がして、ナナシはそれで満足した。
熱は去っていて、穏やかな親しみだけが残っている。
そうすること4度。
ばかになるたびに感情を取り出して、すっかりそういうことはなくなった。
なんにだってすばやく対処できる。コーラルがすっころんだときも、ナナシはおそれなく「何やってんすか」とじぶんを敷物にできた。コーラルはじっとうごかなくて、今度はコーラルのほうが「困ったなあ」と、言い出した。
「ぼく、きみがすきなんだよなあ」
「は?」
瞳の中をのぞきこもうとして、ごつん、と、コーラル・ブラウンのメガネがナナシのおでこにぶつかった。「おれは、」と言ったあと、ことばは続かなかった。
こんどは、途方に暮れたのはナナシのほうだ。
よっこいしょ、とからだをのけると窓の日差しが明るくて、ふつうの日常が戻ってきた。いまのはなかったことになるらしかった。
しかたなく、ナナシは、じぶんのきもちのかなりのところを感情外来に置いてきたことを話した。
それを聞いた施設長は驚いた。
実際、強いトラウマをもつHANOIたちにほどこされる処置だった。
もういちど取りに行く、とナナシは提案したが、施設長はずいぶん迷った末に首を横に振った。
「君が決めて、君が困っているから取り出したものだよ。その決断をしたのだって君なんだから
……
。
それなら、僕もそれを受け入れないとならないよね」
これにはナナシも愕然とした。
反論するための道具はあったが、じぶんで捨ててきてしまったのだ。
まったき世の中は、なんの摩擦もなく動いていった。
そんなある日のこと、感情外来から連絡がはいった。
ナナシの感情があふれて、ガラス壜をつきやぶってしまったというのだ。
どうしようもないから取りに来てほしい、とのことである。
「ひょえー
……
」
行ってみると、廊下まで愛があふれていた。とりあえず、段ボール4箱を持ち帰り、残りは貸倉庫にあずけることにした。
ナナシはひとかけらをせっせと拾い上げると、ぜったいに手放そうとしなかった。何か言いたそうな施設長に子犬を追い出すかのような非難の視線を向けた。
さすがに燃やせとは言われなかった。
それから、ナナシはちょっとずつ感情を取り込みなおしていった。
別に、すぐ戻ったなと感じることはなくて、飲み込み直して消化すると、そういやそうだったなと思い出すだけだ。経口補給水を飲んでるような気持ちだ。
ナナシのきもちは、台所の下の方の棚に段ボールごとしまってあった。
愛は、いろんなかたちをしていた。鍋でドロドロに溶かしてジュースにしたり、冷蔵庫で冷やしたりもした。少し鉄くさい。愛だけで腹が満たされることはない。いくらでも飲んだが飽きたらやめる。
たまにオレンジの味がした。さわやかで、味の良さそうなところを差し出すと、コーラル・ブラウンは一匙舐めて、よくわからない顔をしていた。だれにもわかるまい。
おぼろげに感覚が戻ってくる。重力を得て、地に足が付いたきもちだ。
世の中ってみんなばかなんだな、と思った。
なにごともままならない。またことあるごとにちょっかいをだしたくなった。ときおり転ばしたくなったり、パジャマの隙間にひんやりした手を差し入れたりしたくなる。
ただめったにはしないというだけだ。
「みんなそうなんですか?」
「さあ。どうなんだろう」
段ボール2箱と半分をあけたころ、ナナシは「ああ、元に戻ったな」と思った。まだずいぶん残っていたが、
無理矢理に引っこ抜いてはそのたびに生やしていたものだから、ずいぶん育ちすぎてしまったようだ。
ナナシは襟首を掴むと、無駄に足をひっかけた。
「施設長」
究極の後出しじゃんけんだ。
「俺もね、アンタのこと好きだったんですよ」
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