頻子
2021-03-07 17:50:28
1684文字
Public TOH二次
 

修羅場のやつ

「殺意」を聞いていたら具合が悪くなってきた……。
清掃員さんとナナシさんをぶつけて火花を散らしたい。ひどい。かなり謎時空です。
コーラルさんはそんなことしないもん!!!!!!!!!
特にオチはありません。何でも許せる人向けです。

「ナナシ、あの、これなんだけど……
 コーラルがひょいと何かをつまんで見せる。
 金属製の小さなそれは、鍵だ。……コーラルの自宅の合鍵だということがわかる。
「へぇ、なんすか? それ」
 言いたいことは察せられたが、ナナシは平静を装いながら続きを促すことにした。「そういうことですか?」、と、物わかりよく受け取っても良かったが、ちょっとくらいからかうくらいの権利はあるはずだ。
 コーラルは少しだけ視線をさまよわせながら、頬を掻いた。
「ええと。いやー、いい加減もう。君には迷惑かけすぎてるし、せっかく来てくれたのに居ないときも多いしさあ。ここでも寝泊まりできたら便利なんじゃない? ……渡しておいたら良いかなって思ったんだけど……いる?」
……俺にハウスキーパーでもやれってんですか?」
「いやいや! そういうわけじゃなくて!」
 引っ込められる前に、ナナシは素早く鍵をもぎとっていた。気遣いなのか、あらかじめシンプルな革バンドがついている。そして、もうこれは自分のものだ。
「冗談です。アンタがくれっていうなら貰いますよ、なんでも」

 コーラルの留守を知っていた。けれども仕事の帰りに早速立ち寄ってみたのは、少なからずはしゃいでいるからなのだろう。いつでも来てくれて構わない、というのはかなりの信頼の形ではないだろうか。じわじわと嬉しさが胸に満ちていく。
「いつでも返してくれていいけど……」とは言っていたが、返すつもりはさらさら無い。
 もちろん、ここに来るためのいいわけはきちんと用意しておいた。ナナシは、掃除用具といくつかの作り置きを手提げにいれている。テリトリーを広げていく準備は万端だ。
 早速、貰った鍵を差し込んだが、それ以上回らない。
 開いている。
 ……帰っているのか?
 それとも、なにかあったのかと思い、警戒しながら扉を開いた。玄関先には見慣れぬ男物の靴がある。テレビの音と、コーラルのものではないにおいがした。
「なんだ。帰ってきたのか、コーラル…………。って、ん? ああ、お前さん、コーラルの……
 嗅ぎ慣れない匂いはタバコかと思い至る。
 気がついて立ち上がったのは、どうにも冴えない男だった。見覚えはある。何度か酔い潰れたコーラルを家に送ってきたことがある男だ。自分と一緒に居るときは、コーラル・ブラウンが酔い潰れることはない。
「アンタ、誰だ。ここで何してんだよ? 勝手に入ったンなら通報するけど?」
 身を守るための武器はいつしか手近な凶器ではなく、スマートフォンになった。
「ああいや、ただの知り合いさ」
 そのくつろぎ方を見ていれば、強盗の類いじゃないことはわかる。無機質なコップはシンプルに二つ。そういえば、あまり使われることのない客用のコップが表に出ていたことがあった。
 しかし、ただの知り合いがどうして自分と同じように部屋には入れるのか。疑問を見透かすように、男は気まずそうに身じろいだ。
「ああー、そうそう。ずいぶん前にコーラルから借りパクしちまってさ。返すタイミングが無かったんだ。……よかったら、アンタからこれ返しといてくれよ」
 軽い拍子で放られた鍵は、ほんとうに軽い音を立てた。自分のようにキーホルダーがついているでもなくただのシンプルなリングがついただけのそれだ。どこかのうのうとしているが、……勝手に持っていくとは思えなかった。となればコーラルが本当に何かの弾みで押しつけたのだろう。あるいは、返してほしいと言い出さないままずっと持っていて、なんとなくの均衡を保っていたんじゃないだろうか。
「出てけよ」とわざわざいう前に、清掃員は退散の気配を見せている。
「何、ホントに数ヶ月ぶりにちょっと寄っただけだ。あいにく留守だったけどな……
 差し入れのコンビニの袋に入っているのは、缶コーヒーと栄養ドリンクだった。あの人はコーヒーが好きじゃないはずだ。机の上を片付けて、飲み終わった缶コーヒーの缶を睨む。来ていたことを伝えるべきだろうか? そう思ったが、慣れたルーチンが痕跡を片付けていった。