頻子
2019-07-07 00:49:25
2485文字
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ふわふわ

冒険者4人が挑む愚者の石の家庭菜園です!
現パロ美容師ギル+存在

(くっそだりぃな)
 俺は目を覚ました。朝起きたら昼だった。つまりは遅刻である。
 暑い。蒸した現パロ安アパートは夏は湿気がはびこるし、冬はじめじめする。つくづく嫌な部屋だ。だが安いのだ。
 部屋の隅には、何やらが生えてきている。
 充電器から抜けている俺の携帯はピコピコ鳴っていた。仕事だ。
 今日はバックレてしまおうかと思ったが、やめた。後々がめんどくさい。
 俺の仕事は美容師だ。別に、なりたくてなった職業じゃない。なりゆきにすぎない。
 っていうか現パロだと暴力に制限がかかるからなれる職業が少ねぇ。世界が俺に優しかったことなど一度たりとてない。そうだ、パイロットになりたい。なんらかのパイロット……。パイロットがいい。次に生まれ変わるなら。

「ちーっす、ギルさん重役出勤っすか、ウケるっすね」
「一生死んでろ」
 ハサミをしゃきしゃき言わせてボンボンが煽ってくる。うるせえ。親の金がある奴は良い気なもんだ。
 バックヤードで身支度を整えつつ、今日はなんか怒られねぇな、と思ったら、店長は店の前で客ともめていた。
「どういうことなの!」
「申し訳ありませんが、当店での吸血鬼の方のご利用は禁止させていただいております」
「だ、だってそんなこと書いてないじゃない! うそつき!」
「ええとですね……
「うそつき! うそつき!」
 子供っぽい罵倒だな、と思ってそっちを見た俺はその場で固まった。
 騒いでいるのはやばいくらいの美人だった。
 きらきらしている。
 隕石が降ってきたような感覚だった。
 一瞬のことで語彙を失った俺は、思い切り顔を見るしかすることがなかった。
 語彙は元からなかったような気もする。隕石も別に見たことはない。
 きりっと持ち上げられていた強気そうな眉がしょんぼりと下がる。
「うう……今日は大事な日なのにぃ……
「あの、俺、やるっす。やりますよ」
 気が付いたらそんな言葉が口から出ていた。

 この仕事は俺の天職であり、俺はこの日のために生まれてきた。というわけで、俺の遅刻はうやむやになった。パイロット? なんだそれは? 雲の中にこの子がいるってのか?
 俺は最高に幸せだった。
「今日はどういう感じでいきます? どこでも行きますけど俺……
「えっとですね! えっと」
 ぽんぽんとはたいて椅子の座り心地を確かめていた目の前の存在は、俺の一声で前のめりになって、鏡の前に置いてある雑誌を持ち上げた。俺は雑誌を拾ってそっと乗せた。
 動作の一つ一つがしんどかった。心臓に来る。
 存在はページをパラパラめくって一つを指す。
「あっ、これ! これにしてください」
 俺は存在のつむじを見下ろしていた。
 ふわふわ髪をいくつか仕分けしていく。一番右上を幸せ一丁目と名付けた。
 こんなに良いことってあるんだろうか?
 思わず髪を束ですくって拾い上げていて、やべえ、と思ったが、むしろそれが仕事だった。天職だった。
 ハサミをしゃきしゃき動かしていると、はらはらと青い髪の毛がこぼれていく。
 吸血鬼というのは本当らしく、鏡にぜんぜん映らない。こんなに良いものが見れないなんてこの子は世界で一番不幸なんじゃないだろうか。
 可哀想だ。
「前髪作る感じ?」
「はい!」
 俺は束を前に持ってきて、もったいないなと思った。
 はさみが前髪にかかるとぎゅっと目をつむっている。可愛い。まつげが……まつげが……あの……
 これだけ伸ばすのに、何年かかるんだろう。ポケットに入れてお守りにしたい。ちょっとよこしまな考えが頭をよぎった。しないけど。
 ふと疑問がわいてくる。俺はこれで金をもらうのか?
「今日はデートっすか?」
「そう! だからとっても可愛くしてね」
(あー、やっぱ彼氏いるんだな)
 さすがにいるような気がしていたが、内心ちょっとしんどかった。
 浮気がバレて捨てられろ。いや、それだとこの綿菓子がうっかり泣いちゃうかもしれない。
 なるべくしょうもない理由で自然消滅しろ。あと、連絡先をください。
 それでもヘンにしちゃうのはだめだ。俺は一生懸命仕事に集中する。完成形を俺が一番に見てやるばーか。後彼氏は死ね。
(ん?)
 髪の毛の束に一個だけ、どうしてもはねる部分がある。
 ハサミを近づけると気持ちすすっと逃げる。なんだこれは。なんなんだこのぴよ毛は?
 幸せ区に思わぬ指定保護区域ができてしまった。
 可愛かったので、そっと撫でつけるだけにとどめた。霧吹きを吹き付けると、ぴよ度は少し下がった。
 幸せのクローバーみたいなものだろう、これは。にやけてしまう。そっと隠しておこう。
 存在の髪の毛は死ぬほどふわふわとしていた。やべえ。湿っていてもくるくるしているのに、ドライヤーを当てると無限に良さが広がっていく。
 ふわっとした匂いがやたら干した布団みたいで、つんと鼻の奥が痛くなった。最初もふわふわだったが、つやを増してくるくるしている。
 この瞬間が永遠に続けばいいのに。今から10分前を繰り返して永遠に過ごしたい。俺の願いはむなしく、作業は終わってしまった。
「できました。どう?」
 俺はうまくやったつもりだった。
 三面鏡を持っていこうとして、それは駄目だと気が付いた。どうしようか迷っていると、袖からくるっと髪の毛を出してはにかんだ。
「可愛い?」
 俺は黙って頷くことしかできなかった。
 生きよう。
 明日も生きよう。

 楽しい時間はあっという間だった。
 俺は無理やりメンバーズカードに俺の電話番号と住所と氏名と連絡先を書いて押し付けた。きょとんとしてにこにこしていた。名前を頭に叩き込み、電話番号を頭の中で暗唱していると店長にはたかれた。
 荷物を持って送り出すと、店の前に誰かが迎えに来ていた。彼氏か?
「パパ!」
「あ、ミトラ。久しぶりー」
「自分の子供をこんなに放置するなんてひどいよ! 美味しいものおごってよ~」
「何がいい?」
 俺は殺意を引っ込めて3段階くらい笑顔になった。