やこ
2022-12-12 21:55:09
3600文字
Public dcst夢
 
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羽京くんとご飯

餌付けされヒロインと餌付けされ羽京くん

□□□□□□□□□□【1】

 しまった、すっかり遅くなってしまった。と我に返った時にはもうランチタイムはとっくに過ぎていて、午後の時間を知らせる3回目の鐘が鳴るところだった。
 今日も今日とて私はゲンくん曰くドイヒーな仕事を任されていたのだが、前日ぐっすり眠ったせいかなんだか妙に調子が良く、お昼ご飯の時間も忘れて作業に没頭してしまったのだ。いい加減、胃に何か入れないとまずい。ぐるぐると警報を鳴らすお腹をさすって誤魔化しながら、レストランまでの道を私は1人歩いていた。
「あれ、□□?何やってるの?」
「羽京くん!」
 今日のお昼ご飯は何だったんだろうか、フランソワのご飯を食べ損ねるとは惜しい事をしてしまった。ストーンワールドでは食が一番の娯楽と言っても過言ではない。せめてスープか何か余っていると良いのだけど……。などと食べ損ねたフランソワグルメに思いを馳せていると、きっと科学学園の授業の帰りだろう。教科書やら紙の束を小脇に抱えた羽京くんに出会した。
「今ちょうどお腹減って死にかけてた所。」
「もしかして、お昼食べてないのかい?」
「作業に夢中になっちゃって……。何か余ってないか、フランソワに聞きに行こうかなって……。」
「お疲れ様だね。あ、じゃあ、とりあえずコレあげる。」
 そう言って彼は紙に包まれた何かを手渡してきた。両手で受け取ってそっと包みを開くと、きつね色をした無骨な拳大の塊が鎮座している。見慣れない物体に、思わず首を傾げた。
「え、なぁにコレ?」
「カルメ焼き。」
「かるめやき……。」
「学校の授業でね、さっき子供達と作ったんだよ。」
「あー、なるほどね。ありがとう!」
 カルメ焼き。砂糖と重曹と水を混ぜて火で炙ると膨らんで固まる、理科の実験御用達のアレである。科学学園では読み書きや数学の授業は勿論の事、その名の通り科学に力を入れている。きっと実験の一環として作ったのだろう。軽く砕いて口に放り込むと、香ばしい砂糖の甘さが口に広がった。

【2】

……って事があってね!! 羽京くん大好き!! 優しい!!」
「微笑ましっ!」
「小学生の初恋エピソード?」
 南ちゃんやニッキーちゃんとのお茶会中。私が羽京君の事を好きなのは二人にはもうとっくにバレているので時々こうやって相談というか話し相手になって貰っているのだが、あれ、おかしいな。この間あった嬉しい出来事を披露したら、思ったのとは違う反応が返ってきた。
「うるさいな、良いでしょ別に。」
「アンタがチョロすぎて不安になるわ。」
「完全に餌付けされてるね。」
 散々な言われようである。失礼な。二人の意見を黙殺するように、カップに残っていたハーブティーを飲み干した。カップの底に張り付いた茶葉をぼーっと眺める。
「でも羽京くん、誰にでも優しいからな……。」
「そうかしら、アイツ結構……。」
 さっきまで浮かれていたが、よくよく考えてみると確かに。お菓子を貰って浮かれている場合ではないのかもしれない。博愛主義者の彼の事だ。きっと……
「きっと、他のお腹を空かせた人にも手を差し伸べてるんだろうな……。」
「アンパンマンか何か?」
「どんなイメージだい……。」
「私なんて、その他大勢の一人に過ぎなくて……。うわぁーん!!」
「何!? 急にどうしたの!?」
「羽京君が眩しすぎて無理……。」
「急にテンションが落ちたねぇ。」
 ぐるぐると思考が嫌な方向に逸れていって、持っていたカップからお茶が溢れるのも構わず私はテーブルに突っ伏した。
「例えば私がフランソワのパンを持っていたとして、例えばそこにお腹を空かせた羽京君がやって来たとして、私は躊躇なくそのパンを自分で食べるタイプの人間なのよ。」
 っていうか、もう既に何度かやっている。ドンマーイって言いながら食べた。美味しかった。
 だからこその、感動的な先述の話なのである。羽京くん、あなたは聖人君子か何か?
「いや何の話?」
「羽京くんが聖人すぎて私じゃ釣り合わないって話。」
「そう? アイツも割と良い性格してるわよ。」
「意外と食い意地張ってるしねぇ。」
「そんな事ないと思うけどなー。よく余ったお菓子とかくれるし……。」
「私一回も貰った事ないわ。アンタにだけでしょ。」
 南ちゃんの言葉に、反応してゆっくり視線だけを向ける。
「え? そうなの?」
「そうなの。だからほら、もうちゃんと座りなさい。」
……そうなんだ。ふーん……。」
「お、ちょっと機嫌直ったね。」
「ニヤけてんじゃないわよ。」
 緩む口元をカップで隠していると、面倒臭そうな顔をした南ちゃんに軽く小突かれた。

【3】

 そんなことがあったのが、かれこれ2週間前。
 今日の私はギリギリでレストランに滑り込んで無事に昼食を手に入れていた。ピークの時間を過ぎた店内は既に人の姿もまばらで、空席が目立つ。
 フランソワから本日の日替わりプレートを受け取って、入り口付近の席に陣取った。時間が遅かったのもあり、日替わり定食はラスイチだったらしい。中途半端に鍋に余ったシチューを、少し多めに注いで貰った。ラッキー。
……あれ? 羽京くんも今からご飯?」
「ああ、□□。午前の授業の後、子供たちの質問に答えてたら遅くなっちゃって……。」
「あら、先生は大変だね。」
 そしてまさにそのシチューを口にしようとした所で、扉からひょっこりと顔を出した羽京くんとばっちり目が合った。恥ずかしいな。めちゃくちゃ大口を開けていた。
 ふと、この間と立場が逆な事に気がついて、声は出さずに少しだけ笑った。
「なに笑ってるのさ?」
「いやいや、別になんでもないよ。」
 手をひらひらと振って誤魔化すと、羽京くん怪訝そうな顔をしつつ私のお昼ご飯を覗き込んでくる。
「お腹すいたな。今日のフランソワのご飯なんだった?」
「今日はね、焼きたての穀物パンとやぎのミルクのシチューと……。」
「あー、良いね。」
「あとサラダと、デザートに木苺のゼリーが……。」
「お腹減ってきた……。」
……ゼリーが、さっき私で売り切れました。」
「嘘でしょ!? じゃあ何で詳細を言ったのさ!?」
「私が最後だったの、言ってる途中で思い出して……。」
「はぁー……もう完全にシチューとパンの口になってた……。」
「本当に悪いことをしたと思ってます。」
 羽京くんは盛大に肩を落とすと、謝る私をよそにフランソワに声を掛けた。
 有り物と保存食を駆使して一人分のランチをパパッと作るフランソワは本当に凄い。パスタ的なペンネ的な何かを受け取ったらしい羽京くんは、改めて私の正面の席に座って遅いご飯を食べ始めた。
「それも美味しそうじゃん。」
「もちろん美味しいよ。美味しいけど、もうテンションが焼きたてパンになってた。」
 ため息をついてモソモソとパスタを食べる羽京くんを見て、そのまま自分の手元に視線を落とす。
 その手にはまだ温かさの残るパンが握られており、私はいつかの出来事を再び思い返して、思わず顔を顰める。
「うう……ぐぅ……。」
……何唸ってるのさ。」
「あ、……あげる。フランソワのパン。この間のお礼。」
 少しだけ躊躇して、苦渋の決断でパンを差し出す。
 私だって完全にパンの口になっていたが仕方がない。たまには借りを返さなければ。
「え、ありがとう……。」
 羽京くんはキョトンとしながら私に差し出されたそれを受け取って、
……え!? □□が!?」
 めちゃくちゃ失礼なことを言った。
「やっぱ返して。」
「冗談だよ。ふふ、じゃあこうしようか。」
 取り返そうと手を伸ばすが、ひょいっと簡単に避けられた。
 避けながら羽京くんは、受け取ったパンをふたつに千切る。
「はい、□□の分。」
「あ……ありがとう……。」
 戻ってきたパンを受け取って慌ててお礼を言うと、羽京くんはにこりと笑ってご飯を食べ始めた。
 少しだけぼんやりとしてから、私も慌ててサラダに手を伸ばす。戻ってきたパンをチラリと見て、羽京くんが手にしたパンを見て、私はもう一度顔を顰めた。
……なんか、羽京くんの方のパン大きくない?」
「あははー。」
「ねえってば!! 明らかに大きいって!!」
「フランソワのパン美味しいねー。」
「7割くらい取ってるじゃん!! 羽京くん!?」
 やいのやいの騒ぎながらも、お昼は結局、半分こしてふたりで食べた。パスタは美味しかったし、デザートのゼリーだけは死守したが、パンとシチューは半分以上食べられた。納得がいかない。
 羽京くんってもしかして意外と食いしん坊なの? と訊ねると笑顔のまま、□□には言われたくないなと返される。
 まあ、それはそうかと思いながら、私は残しておいたゼリーをつついた。