望月 鏡翠
2024-01-13 12:57:47
900文字
Public 日課
 

#1237 「朝」「サボテン」「憂鬱な記憶」

#毎日最低800文字のSSを書く


 朝になると目覚ましがなくても自然に目が覚める。アラームをスヌーズにして三つも四つもセットしていた頃が、嘘のようだ。今は顔を洗って無理やり目を覚ます必要もなければ、時間に追われながら荒れ狂う髪の毛と顔面を社会性を保つことができるレベルに引き上げる必要もない。
 そもそも家からでなくてもいいのだ。
 今の私は窓辺の日当たりのいい場所で、たまに水を飲みながら微睡んでいればいい。夢のような生活だ。
 どうしてこんなことになったのか、自分でもよくわかっていない。記憶にあるのはトラックに轢かれる直前の光景。あ、死んだなと思って、目を覚ました瞬間、知らない場所にいた。
 これがよく見る異世界転生というやつか、と身構え自分のスペックをよくよく確認してみたのだが、できることは何もなかった。私が今まで生きていた時代と世界にそのまま存在していた。生まれ変わった先は、窓辺のサボテンである
 しかもそれは、私の好きな人の家の窓辺に置かれていた。
 オッケー、なるほどそういうパターンね。
 魂は存在したらしい。天国が存在するのかどうかは、行ったことがないからわからない。ともかく私の魂は、ここに憑依した。生まれ変わったわけではないということは、サボテンの年齢を考えればわかる。どうみても、今このように生を受けたような大きさではなかった。
 そういうものなのだと、すぐさま納得して飲み込む。
 置かれた場所で水と二酸化炭素を吸いながら光合成するしかない生き物に成り果てたあとでは、飲み込む以外なかったからだ。しばらくコミュニケーションを取ろうと頑張ってみたが、無理だった。
 相手がサボテンの声が聞こえる人間という稀有なことはなかったし、転生したあとにありがちな苦労もなかった。波乱も万丈もない。植木鉢をひっくり返すペットもいなければ、枯れかけることもない。
 日付を数えたりもしてみたが、日常が平和すぎて飽きてしまった。
 そのうちに自我までサボテンになって、人間だったことも過去の記憶も消えてしまうような気がする。
 社会人をしていた頃の憂鬱な記憶を奥底に封じ込める。どちらにしろもう必要がないものだ。