年末年始は忙しい

さとう・しおさん宅のモリン君とシュガ君のお話です。
年末年始、とにかく忙しいモリン君は、都合が良い寝床であるシュガ君の家に潜り込むことにするが…という話。

 モリンは疲れていた。
 普段であれば役者として公演からの夜のお誘いや夜遊びなど朝飯前、なんなら一夜で数人相手をすることなど他愛ない。快楽と金と気分さえよければ、複数相手に寝ることもあるし、酒と賭博で一晩のうちに数十公演分の金をすってんてんに擦ってしまうこともある。七獄にゃ銭は抱えて行けぬ、ならば生あるうちに使い尽くし遊び尽くすのが道理というもの。
 しかしそれは体力があればのことである。
 年末年始。役者としても芸者としてもかき入れ時である。年末が迫るにつれ、年忘れ公演と銘打った興行が盛んになる。いい年であった客も悪い年であった客も年末年始となれば財布の紐が緩むから、公演は毎年大入り、チケットは飛ぶように売れ、興行主は大笑い。だが日に何度も出演する役者側としてはたまったものではない。ただでさえ年末の公演は演目も長く難しいものが多く、体力を持っていかれるのだ。
 そこにまた夜は夜でお呼びがかかる。うちの年忘れの宴会にどうだ、色は付けるぞ。くじで大勝ちしたの、あたしと一緒にいてくれない? お酒もつけるわ。おい貴様ら抜け駆けは許さんぞ、わしが先じゃ。
 折しも世の中は年末、もういくつ寝ると新年である。数少ない日数の中、たったひとつの体を巡って、客の頭の熱は上がっていくばかり。喧嘩されても困る上後にも障るから、モリンはその過密な予定の中を、尾をひらめかせ金魚のように泳ぎ回る。何せ年末年始はみな金払いが素晴らしい。
 そんなこんなで年明けからしばらく経てば、さしもの遊び人も疲労が溜まる。出される酒はこれ以上ないくらい素晴らしく、懐に突っ込まれるおひねりで財布は悲鳴を上げている。がそれはそれとして、飲みすぎれば酔いはするし、休みがなければ精力も無尽蔵とはいかない。
「んん~」
 昨夜は白銀温泉を引いているという旅館で一夜を過ごし(もちろん費用は呼びつけた客持ちだ)、朝風呂に入って少し回復したものの、伸びをしながら石畳をからころと歩いていても、やはり疲労が抜けきっていない。できれば公演までにもう少し寝たい。何せようやくモリンと過ごせたという昨夜の相手は、情熱を通り越して偏執的であったので。
 眠い頭をぽやぽやと振りながら、遊び人は早朝のクガネを歩く。ああそういえば、この辺りはあのナイトくんの家が近い。この忙しさで更に遊べるほどの余裕がないから、最近はちょっかいをかけていないが。
「ま、ちょうどいいか」
 ベッド借りよう。あのままめんどくさい客と旅館にいるのも、若干遠い家に帰るのも面倒だ。あのナイトくんは何せ堅物でお人好しだから、疲れているといえば心配こそすれ手出しされることもあるまい。
 便利便利~と呟きながら、モリンは足をシュガの家に向けた。

 シュガは驚きに声を上げそうになるのを必死に堪えた。
 ここしばらく見ていなかったモリンが、いつの間にか自分のベッドで眠っているのだ。それも、それはそれは気持ちよさそうに。
 朝の鍛錬の帰りである。素振りに打ち込みに型を一通り、それから街をぐるりと走りこんで汗をかき、一息ついたらもうすでにいた。出かけた時にはいなかったので、おそらくシュガが家を出てから入ってきたのだろう。
……
 いたずらのために入り込んできたのなら文句を言ってやろうと思い、覗き込んでも起きない。安らかに上がる寝息に、アルコールのツンとした匂いが混じっている。どうやら狸寝入りではなさそうで、ナイトの青年はふうと冷や汗を拭った。今日は昼過ぎから依頼人と会う約束があった。もし彼が起きていて、誘いをかけられていたらきっと反故にしていた。自制心がないと言われればぐうの音も出ないが、彼と会うのは久しぶりだったので。
 それにしても、とシュガは熟睡しているらしい遊び人の顔を眺めた。寝顔を見るのが新鮮に思う。何度も夜を共に過ごしてしまっていても、彼は無防備に寝顔を晒すことは滅多にない。大抵は先に起きているし、シュガと寝た後また夜の街に消えていくこともあった。
 よく見れば目の下に薄く隈ができている。美意識の高い遊び人らしくもないそれに、もしかすると多忙だったのかもしれないとナイトの青年は思い至った。
 思えば今は年の初めだ。冒険者はいつも通りで、せいぜい酔っぱらいの仲裁に駆り出されるくらいだが、役者で芸者の彼は右から左に大忙しなのかもしれない。
 外は早起きの鳥が鳴いている。眠るモリンは起きる気配もなく、すうすうとその胸は規則正しく上下している。彼が尋ねてきた日とは思えないくらいに平和な朝だ。
 いつもなら、こちらの話も聞かず要望も聞かず、後にどんな予定があろうとあっさりと主導権を持って行って事に持ち込むのに。
 シュガは汗をざっと拭いて、着替えた。平和なのはいいことだ。彼がいるのに、こんなに騒がしくない朝は初めてかもしれない。それでも。
……らしくない姿を見ると、こっちの調子も狂ってしまいますからね」

 おいしそうな匂いが鼻を擽って、モリンは目を覚ました。
 目をしぱしぱとさせながら時計を見たが、早朝と朝の間くらいの時間だ。朝日は赤い光から、ようやく白っぽい光へ切り替わる途中らしく、寝起きの目にちくちくと刺さる。
「起きましたか。おはようございます」
 寝ている間に家主が帰ってきていたらしく、ベッドの前に仁王立ちしていた。遊び人はへらへらとした笑みを浮かべる。おっと、もしかするとナイトくんの機嫌を損ねたのかもしれない。まあ別にいいか。しかし思ったような怒号はなく、代わりに少し優しい声が耳を撫でた。
「朝食があるのであなたもどうぞ。時間があるなら」
「えっ」
 大きなシュガの体を避けるようにしてテーブルを見れば、どんぶり鉢ふたつから湯気が立っている。出汁のやさしい香りからうどんだろうか。
 ゆっくり起き上がってテーブルに座ると、相手も向かい側に座り、箸を手に取る。少しおぼつかない手つきで麵をつまみ上げながら、ナイトの青年は首を傾げた。
「出前で頼んだものですから、早くしないと冷めますよ」
 たとえ横になっていても手を出さず寝かせておいてくれるとは思っていたが、都合が良すぎるだろうこのナイトくんてば。そう思えばモリンは口の端がムズムズとして、思わず笑ってしまう。
「あはは!」
 こんなことだから、この青年を揶揄うのは止められないのだ。
 モリンは箸を手に取った。もう少ししたら年末年始の狂乱も終わる。そうしたら存分にこのナイト君で遊んでやろう。そう思って。