四つ葉の行く先

さとう・しおさん宅のシュガ君とモリン君の話です。
依頼人の娘からシュガ君がもらったものに対し、モリン君は…

 比較的長期の依頼を終えて久しぶりに自分の部屋に帰ってくると、見知った煙草の匂いが鼻を突いた。
「お、帰ってきた」
 所作だけは美しい指先が紅珊瑚の煙管から灰を落とす。ソファに足を投げだし、自分こそが部屋の主であるかのように振る舞うモリンの纏う香りを、シュガはもう嗅ぎなれてしまっている。
……また勝手に部屋に入ってきたんですか」
 ため息をひとつ。眉根を寄せつつ、利き手に持っている小さなそれが壊れぬように、旅の荷物で重いカバンを用箪笥の上に置く。
「いいだろ別に? んで、俺ちゃんをほったらかしてナイト君はなーにしてたの」
 ごろり、モリンが寝転がる。元々着崩していた呉服がさらにはだけて、両肩が露になった。吸い寄せられるように目が行ってしまい、シュガは慌ててそっぽを向く。
……仕事ですよ。グリダニアで、旅商人を護衛していたんです」
 グリダニアには意外と盗賊団が多い。町から町へと移動する旅商人を護衛する仕事は、守りを得意とするナイトに向いていて、シュガ自身にもそれなりにお得意様がいる。
 へえ。説明を終えても、どうでもよさそうな相手が口ばかりは相づちを打つ。実際、それほど興味はないのだろう。行儀悪くも腹ばいのまま、新しく詰めた刻み煙草に火をつけている。
「興味がないなら聞かないでくださいよ……
「ん? 興味はあるぜ」
 ひと吸い、ふた吸い。煙管を手にのっそりと起き上がった遊び人は、ふう、と煙をシュガに吹き掛けた。
「その大事そうに持ってる紙っぺらのこととか……なぁ?」
 けほけほとシュガは咳込み、手の中のそれを煙から守るようにして、背に隠した。別に『これ』についてわざと黙っていたわけではない。まだ自分自身でも少し戸惑っていて、ただそれでも、粗末にはしたくなかったからだ。
……これは、その旅商人の娘さんからもらったんです。旅のお守りだって」
「ふーん。お守り、ねえ」
 小さなそれは、グリダニアに生える草の葉を、ただ紙に貼り付けただけの素朴なものだ。普通は三つの小さな葉を持つその草は、本当に時たま、四つ目の小さな葉が生えるらしく、その珍しい四つ葉は幸運の証なのだ、と渡してくれた商人の娘は教えてくれた。
 冒険者として命をかける場面もあるだろうシュガに、せめて。彼女は涙をこらえて微笑んでいた。それが思い出されて、ナイトの青年はふいと目を背ける。あんな顔をさせたいわけではなかったから。
 今回の依頼では、護衛対象は旅商人だけではなく、その年若い娘も一緒だった。彼女らとしばらく共に過ごし、時に危険を遠ざけるうちに、シュガは彼女から思いを寄せられ、別れ際に告白されたのだ。
 もちろん、青年は断った。シュガには心に決めた人がいて、何があってもその人への思いを捨てようとは思えない。だからその気持ちには答えられない、と返事をした。そうして彼女はしばらくぽろぽろと涙をこぼし、最後にその小さなお守りを差し出してきた。結局その気持ちを断れるようなシュガではない。しおりにでもしようと、手に隠すように持ち帰ってきたのだ。
「幸運の証だそうです。あとでしおりにでも……ってちょっと!」
 モリンは奇術師のようにシュガの後ろに回り込み、その手から小さな紙片を奪っていた。くるくると手の中でもてあそびながら、呆れたような顔をして、ふうっと紫煙を吐き出す。
「すこーし前に花街では流行ったんだが、まあナイト君は知らねえよなぁ」
「何をですか! 返してくださいよ!」
 コンコン。遊び人は紙片を乗せた皿に雁首を叩いて灰を落とした。火種の残った灰に触れ、端からじわりとお守りが燃えていく。
「この草の花言葉知ってる? 私のものになって、っていういじらしい意味があるんだぜ」
 モリンはその火で煙草に火をつけ、ニヤニヤと笑った。
「切りたい相手ならちゃぁんと切らなきゃ、なあ。ナイト君」
 まあ縁切るのへたくそだからなあ、と遊び人はシュガの背に手をまわし、戸惑うナイトの青年の耳を齧る。
「さて。今日の夜は、どうする?」
 じりじりと燃えた紙片は、小さくくすんで真っ黒になっていた。