みがきにしん
2023-11-26 20:01:02
5882文字
Public アラン君とラド君の話
 

うそつきの医者と護衛の話

アラン君の副業と、それに付き合わされるラド君。差し迫った依頼(メインクエやサブクエ)がないときは何してる?というお話から。

 辺境。どの国にもそんな土地は存在する。今は使われていない街道の近くであったり、主要な都市から離れているためにエーテライト網が整備されていなかったり、霊災や戦争で多くの人が離れた地域であったり、かつて産出していた農産物や鉱物が採れなくなっていたりその理由は様々だ。
 ラドミールは背負っていた大きな荷物をおろし、周囲を見渡した。まさに辺境の名前にふさわしい、小さな村だ。グリダニアとは地図上の国境は近く、しかしそちらとは山脈と森とバエサルの長城に遮られ、アラミゴのいずれの街とも遠く隔たり、向かうはずの道はずいぶん細く頼りない。
 黒衣森様式に近い家々は古びて、一部は修理も追いついていないのか、壁が崩れたり屋根が落ちているところもあった。向かってくる視線の数からすればある程度の住民はいるのだろうが、周辺は魔獣も多く環境も悪い。加えてつい最近までの圧政だ。そちらにかける余裕もなかったのだろうと思われた。
 さて、そんな場所で、一夜の眠りを求めるにはどうするか。人によって差はあるだろうが、少なくともこいつは永遠に屋根に困ることはないんだろうな、とラドミールは思う。
 村で最も大きな立派な家の前。きっと村の責任者だろう住人に向かい、青年はいつも通り穏やかな表情を浮かべて、手持ちの薬をいくらか並べ、よどみなく説明する。
「私は見聞を広げるため旅をしている医者で、アランと申します。彼は護衛のラドミール」
 そうして、少し申し訳なさそうに微笑む。
「よければ、一晩泊めてはいただけませんか?」
 たいていの村ではこれで一発だ。エレゼンらしく上背があるとはいえ人当たりのよさそうな顔で、持っている荷物にも薬やその材料が入っており、武器らしい武器も携帯していない。しかも医者。泊めても問題なさそうどころか、恩恵を受けられる職業。
 それでも相手が疑り深いか迷いがあるようならば、間髪いれずにこれだ。
「もしご病気の方や怪我をした方がいれば、治療のお手伝いを致します。お代もお気持ちで構いません」
 これでも追い出される場合を、少なくともラドミールは経験していない。振り返って『うまくいったぞ』と目配せしてくる師を見て、少年は大きなため息を吐いた。こいつは本職の医者じゃない、だなんて言いまわっても仕方がない。屋根があるだけありがたいのだから。
 
 小さな村は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。交易路からも外れた地域だ。医者という職種の人間がわざわざ僻地を訪れることはまずない。せいぜい昔ながらの薬湯などを作れる薬師がいればいい方で、この村にはそんな人物もいなかったらしい。
 そんなこんなで長の家の一角を借り受けた青年はしっかり引っ張りだこになり、ラドミールも朝から走り回っている。
「ああ、これは骨がずれていますね。痛かったでしょう」
「腹痛が二週間前から? 触ってみますから、横になってくれますか」
「ひどい切り傷だ強い酒を掛けてから傷を塞ぎます、もう少し我慢してくださいね」
「咳が辛そうですね、口をあけて見せていただけますか?」
「湿疹に効く軟膏をお出しします。朝夕ひどいところに塗ってください」
 エトセトラエトセトラエトセトラ。幸いとてつもなく重症の人はおらず、医者を求める人も見物に来た人も、夕方にはいなくなった。一人で数人分の働きをした師は一息つき、ぐいと伸びをして立ち上がる。
「一通り終わったかな。手元の薬だけでなんとかなったからよかったよ。このあたりの症例も集まったし、良い日だった」
 黒衣森が近いせいか似たような皮膚病になるんだな、と呟く青年は鼻歌でも歌いだしそうに上機嫌だった。むろん彼は本職の医者ではないが、見聞を広げるための旅というのは嘘ではなく事実だ。特段急ぎの依頼がない時、青年は癒し手として得た知識を生かしてあちこちを放浪している(ラドミールが知ったのは最近だが)。曰く、その土地の病気や、まだ知らない治療法を知るためだという。ラドミールが帯同するのは今回が二度目だが、これまで長期で留守にしていた時は大抵そうしていたらしい。
 以前はふらふらして何をしているのかと怒っていたが、その中身を知ってしまえば文句もでない。秘密主義の師がなぜ急に少年を連れていくようになったのかは分からない。しかし、ラドミールにとってとかく掴みにくい青年はその実、掌から零れ落ちる命を誰より悔やんでいることを知っている。要は、これもまた彼が人知れず重ねている研鑽の一つなのだろう。
 とはいえ、これはこれそれはそれ、ラドミールは今日一日立ち働いてクタクタだった。椅子に座り込んで、荷から取り出した干し杏をおやつ代わりにかじる。甘みと酸味が疲れた体にしみた。
……今日は飯の後、さっさと寝るからな」
 ぼやけばアランは快活に笑い、ありがとう、助かったよと素直に礼を言う。常ならうっとおしいそれも、心地よい疲れに浸った体にはなんとなく面映ゆく、ラドミールは返事もせず黙り込んだ。
 と、部屋の戸が遠慮がちに叩かれる。
「お医者様、お疲れのところ申し訳ありません。急ぎ診てほしいという人間が来ておりまして
 二人は顔を見合わせた。どうやら休む暇はないらしい。
「分かりました。今行きます」
 アランは返事をしながら立ち上がり、ドアノブに手をかけた。瞬間、扉の向こうから放たれる剣呑な気配に、ラドミールは叫ぶ。
「待て、開けるな!!!」
 扉は向こうから開かれた。ラドミールが弓を構える前に、いくつもの剣と槍とがアランに突きつけられる。青年は顔を顰め、両手を静かに上げつつ問う。
……何のつもりですか」
「ここを訪れた者は、皆ダラカブ様に捧げるのが決まり。申し訳ないがお医者様とて例外はありませぬ」
 護衛の方も武器を捨てなされ。そうしわがれた声で答えたのは、寝床を提供してくれた村長だった。付き従う住人たちは、老いも若きも、今や同じく赤い衣を着て武装している。武器を持つ手は震えてもおらず、こうすることは自分たちが初めてではないことが伺えた。ラドミールは、舌打ちしながら弓と矢筒を床に放り投げる。
 アランは深々とため息を吐いた。
「最後の群民か……
 さよう、と村長は頷く。
「追われ追われて命からがらギラバニアへ落ち延びた仲間たちを治療してくださり、本当に感謝しておりますじゃ。ようやく見つけた廃村に落ち着いたものの、我らは何ももっておらなんだ」
 それでか、とラドミールは顔を顰めた。屋根や壁が崩れている家があったのは、ここがそもそも廃村だったからだ。さらに異邦人であるがゆえに、それらを修理する方法も手段も持ち合わせていなかった。
 ギラバニアは厳しい土地だ。ここ黒衣森に近い地域すら採れる作物は限られ、すぐに食べられるような獣はより少ない。森には熊、川にはワニと現れる魔獣も強く、川を離れればすぐに水に窮する。しかしそれでもこの地に生まれた人々は、自分たちの暮らしを作り、生きていくだけの力がある。単純な湿疹や怪我をして、しかしそれに対処できずにいること自体、疑うべきだったのだ。
「幸い、あなた方のようにここを訪れる人はおりましての。わしらはその方々をダカラブ様のお恵みとして生きておりますじゃ。哀れな我らを、救世神は見捨てておらんのですじゃ」
 ありがたいのう、と真っ黄色の歯を剥きだして笑うその顔を見て、ラドミールは怖気が走った。どれだけの人がここで犠牲になったのだろう、彼らが身に着けている服も靴も武器も、もしかすると先の訪問者のものかもしれないのだ。
 そうしてそれを、アランは看過するような人間では、ない。
 ラド、とこんな時でも柔らかい声が呼びかける。途端、ラドミールの背に先ほどの怖気とは別種の鳥肌が立つ。少年は内心舌打ちをしたい気持ちを抑え、師をにらみつけた。絶対にやりすぎるなと伝えるために。同時に、自分の中の興奮を抑えるために。
「しかし、やはり賢い人はおとなしくてよろしい。以前訪れた者ときたら、暴れまわって大変でしたなぁ。今宵は月がよく見えております。心配せずとも、あなた方は良き贄となろうて……
 圧倒的な暴力というのは一種の快楽を感じさせる。久しぶりの獲物なのか、武器を突き付けて嬉し気に語り続ける村長以下、扉の前に佇む住人は、今まさにその感情に酔っているのかもしれない。ああはなりたくない、ラドミールは強く拳を握りしめた。
――なぜなら、本物の暴力というものを、ラドミールは知っているからだ。
 突然、青年が崩れ折れたように床に手を付いた。きっと向こうからは、事態を理解した彼がショックを起こしたように見えていることだろう。しかし、床についた手を中心として広がっていく魔法の輝きが、それを否定する。
……裂陣法」
 瞬間、地面に展開された陣からまばゆい光とエーテルが駆け抜けた。弾けるような音を立て、突きつけられた武器ごと住人の腕が、足が、その纏った服も含めて裂ける。聞くに堪えない悲鳴がいくつも上がり、武器だったものが床に転がった。
「よくわかりました、村長。そのようなご事情であれば仕方ありません」
 先ほどまで喜色満面にご高説を垂れ流していた老人が、床に転がりのたうち回る村民を呆然と眺め、ゆっくりと立ち上がった青年を見る。
「改めて自己紹介しましょうか。俺はアランといいます。実は医者は副業でして、本職は冒険者なのです」
 村長と名乗る老人の顔がゆっくりと青ざめていく。その名前は、一部の業界ではひどく有名らしい。
「冒険者……? まさか『残党狩り』の……
……あなた方が普通の住民であることを、心より願っておりました」
 あとはお分かりになりますね? 微笑む青年の言葉に、老人の喉が小さい悲鳴未満の音を立てた。
 ラドミールは天井を仰ぐ。もしかして、ここに来た理由自体が、そもそもそういうことだったのかもしれないと思いながら。
 
 装備を整えて外に出ると、いつの間にか集落の広場には火が焚かれ、赤々と周囲を照らしていた。上り始めたばかりの月に照らされ、先ほどの悲鳴を聞いた村民が武器を構えて家を取り巻いている。
「出てきたぞ! 貴様ら何を、」
 言葉が最後まで発される前に、アランは鋭く弟子の名を呼ぶ。
「ラドミール」
 少年は中空に向かい矢を放った。エーテルによって増幅された幾本もの矢が天から降り落ちる槍となって、迫ってくる住人を貫く。
 上がる悲鳴。倒れる住民。狭まった包囲網が僅かに広がる。その緩んだ場所に青年が入り込んだ。エーテルが弾ける音と共に、範囲内にいた数人がその場から吹き飛ぶ。
……やりすぎるなよ!!!!」
 まるで散歩に行くように足を踏み出す師の背中に向かいラドミールは叫ぶ。何せ青年の『無力化』はかなり徹底的なのだ。しかして、アランは答えるようにひらりと手を振る。少年は地団太を踏みたい気持ちでまた弓を構えた。
 こうなったら自分が、可能な限り先に無力化するしかない。数本の矢をまとめてひっつかみ、青年の向かいそうな場所に先んじて打ち込む。どうせあの師には当たりはしないのだ。だから遠慮はしない。
 狙うのは腕、足、肩。明らかな急所と太い血管が通っている場所は避けて、込めるエーテルもいつもより弱めに調整する。鋭い風切り音を立てて矢が飛び、その矢がエーテルによって複製され、その場にいた数人が武器を取り落とす。倒れた仲間を背に怒りの声を上げる住人の肩を射貫く。突っ込んでくる相手の足を打ち、動きを鈍らせる。パニックに陥り、やたらめったらに魔法を放つ住人の額をかすめるように矢を放ち、詠唱を中断させる。 
 あっという間にあらかたの相手が倒れこみ、少年は安堵の息を吐く。だがどこにいたのか、壊れかけた家々から第二陣がわらわらと現れた。これでは攻撃が間に合わない。
 少年は舌打ちした。いっそ隠れたままでいてほしかった。もしくは、もう少し後に出てきてほしかった。何せ、その家のすぐそばにはすでに青年がいるからだ。
「よくも同胞を!」
……贄が逃げるな」
「彼方より来たれ、常闇のしもべよ!」
 気炎を吐きながら戦斧を振り回し師に迫る男は詠唱破棄した魔法の炎を胸にぶつけられ、淡々と槍を突き出す女は服で槍を絡めとられてその柄で腹を付かれ、異界から何かを召喚しようとする術師は、思い切り頭に向かって振るわれた拳で鼓膜を破られ昏倒した。逃げようとしている背には詠唱なしで放たれる魔法がぶつかり、複数人で飛び掛かれば裂陣法でまとめて処理される。
 あーあー。やっぱりこうなった。ラドミールは頭を抱えたい気持ちで、目の前で数ヤルム分は吹っ飛ばされていく住人を見つめた。
――どう考えても力量の差がありすぎる。

 住民は皆捕縛され、協議の末、グリダニアに引き渡されることになった。村のあったギラバニアを有するアラミゴは未だ情勢が安定していないうえ、元はグリダニアにいた最後の群民の生き残りであることが決定打だった。
 諸々の処理が終わるまで村に残ったアランとラドミールは、二国の要請もあってそれを最後まで見届けた。彼らがどこからギラバニアに入ってきたのかはこれから調査が入るだろうが、アラン曰く『地下に、国境を貫く形でゲルモラ時代の遺構があるのだろう』とのことだった。
……結局、この村に来たのは、ああいう奴らがいるって分かってたからなのか?」
 双蛇党の隊士たちが調査のため家々にせわしなく出入りしているのを、なんとなしに眺めながらラドミールは尋ねた。今日でこの村に滞在するのも最後だ。遠くから、犠牲者の遺品を発見したとの声が聞こえる。結局一週間ほどはこの血なまぐさい廃村で、いやいやながら寝起きすることになってしまった。
「旅慣れた人間が、行方不明になっているとは聞いていたよ」
 とはいえ、と青年は残念そうにため息を吐く。
「普通の村であればいいと思っていた。だから治療したのだしね」
 あーあ、とアランが伸びをした。せっかくの副業が本業になってしまった、と嘆く様子は本当に残念そうだ。ラドミールは一瞬同情しかけ、すぐにそれをひっこめた。懲りない師が、にっこり笑ってこう言ったからだ。
……まあ、旅はまだまだこれからだ。またしばらく頼むよ、護衛のラドくん」
「そもそもお前に護衛なんていらないだろうが!!!」
 少年は心の底から叫んだ。