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みがきにしん
2023-10-08 23:25:23
8975文字
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アラン君とラド君の話
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ある平凡な復讐
ラド君と友人の配属先が少しばかり違っていたらのIFルート。
英雄への復讐に走るラド君と、それを受け入れるアラン君の話。
バッドエンドです。
こんな行為は愚かだと分かっている。死ぬことが分かっているものに、勝つ目論見もなく挑むなどというのは。
けれどほかにどうすればよかったのか。そうしなければきっと何もかも、それこそ自分さえも捨てると分かっているのに。
切られた腕が傷む。血の伝い落ちる感覚が気持ち悪い。容赦のない一閃は、あっさりとこちらの防具を切り裂いて傷を残した。太い血管こそやられてはいないが、すぐに血が止まるほど生半可なものでもない。このままでは血とともにエーテルが尽きて早晩動けなくなるだろう。ただでさえ、あちらの殺気が物理的な圧のごとく体を委縮させようと満ちているというのに。
勝てる戦いではない。そんなことは痛いほどに分かっている。それでも、逃れようもないほど胸は軋み、怒りと悲しみの熱が体を突き動かす。
ラドミールは自嘲し、反撃のために矢をつがえた。
少なくともまだ、自分は死んでいないのだ。
ノーラン、いつかまたお前と。
そう約束した。同じ属州出身のヒューラン。近所に住んでいたというだけで引き合わされ、それでも相手はラドミールの身体的特徴を理由に遠ざけるということをしなかった。本来ならば住む場所の異なるヴィエラ族だからと特別扱いをすることもなかった。それどころか、長耳と馬鹿にする他の子供に震えながらも反論し、拳の一発でもと身を乗り出すラドミールを宥めた。
聡明な友人だった。
本が好きだった。高価な本は買えないからと、養成所の大人に貸してもらってはひたすらに読んでいた。周囲の大人も賢く知識欲のある子供を歓迎し、可愛がられていた。
ラドミール自身も、きっと彼の将来は先生や偉い将校にでもなるんだろうと思っていた。そうして、賢く優しく正しく評価される彼が、友人でいてくれることがひっそりと誇らしかった。
月日が経って皇帝が代わり、帝国属州を取り巻く状況が変わり、徴兵されて配属される場所が遠く離れても、この関係はずっと続くのだとどこかで思っていた。
優秀な人材を帝国は歓迎する。むしろ、彼は自分の上官にでもなるかもしれない。そんなことさえ、漠然と思っていたのだ。
最後に話したのはいつだったか。
『僕、ドマ総督府の配属だった。君とかなり離れちゃうね』
『俺は暇で死にそうになるだろうな。ギムリトの僻地なんて、ぼーっとする以外に何ができるんだか』
『あはは。ラドは本当に変わらないなあ』
また会える日を楽しみにしてる。そういって叶わない約束をした。属州兵は栄転以外、滅多なことでは配属転換をすることはない。だから、手紙を書こうと言った。
『ノーラン、お前手紙書いてくれよ。毎回なんかお土産入れようぜ』
『いいね。届くのが楽しみになる』
本当はもう、一生会えないかもしれない。
けれど会えないのは、ままならない配属のせいであって、それ以上でもそれ以下でもないのだと思っていた。
ラドミールたちが物心つく頃から帝国は盤石だった。生まれ育った属州はすでに属州としてのあり方しか知らなかった。昔は多かったと伝え聞く反乱は悉く鎮圧され、かつての自国のありようをとうに忘れていた。
各地を同様にしてイルサバード大陸を平らげた帝国は、彼らが長じる間に東州とアルデナード小大陸の一部さえも手にし、繁栄の絶頂期にあった。
アルデナード小大陸中心部への侵攻こそ遅延させられ失敗をしているものの、それは巨大な帝国のごく一部での出来事だった。それは帝国軍内の配属などに若干の影響を与えたが、ただそれくらいで、まさかその僅かな瑕疵が帝国を揺るがすのだとは、当時の末端兵は少しも思い至らなかった。
その日までは。
『ドマが陥落した
……
?』
電波を利用した遠距離通信機器があるとはいえ、大陸東の果ての東州からアルデナード小大陸までその知らせが来るのには時間がかかった。
ドマ陥落から実に3日後、珍しくも慌ただしく集められた全隊集会で、ラドミールはそれを聞いた。
『この前まで、反乱軍の残党狩りをしてると聞いていたが』
『ドマ城は爆発してるそうだ。ほとんど水に沈んで、現地総督も行方不明らしい』
『向こうの現地軍は何してたんだ?』
『ドマはかつての君主の子供が中心になって独立宣言をしたそうだ。士気も高くて、ここで攻め返すのは無理筋だとさ』
ひそひそと囁かれる同僚たちの声が耳を通っては消えていく。体が急激に冷え込んだように感じた。倒れ込む友人の姿が脳裏によぎり、ラドミールは愕然と目を見張る。嘘だ、そんなことは。だって一か月前にはあいつから手紙が来て、半月前にその返事を出したのに。
必死に信じた。あいつはきっと生きてる。賢いやつだから、きっと途中で逃げたりしたに違いない。
けれど書いた手紙は、もう領地外ということで届けることはできなかった。その後行われた捕虜交換でも、ノーランという名前のヒューランはいなかったと聞いた。
元よりただの一兵卒、しかも属州兵の行方を気にかけるような国ではない。ラドミールが手を尽くして探し聞きまわっても、彼の行方は分からなかった。
そうしているうちに、戦乱はドマだけに留まらずアラミゴも飲み込み、やがてラドミールの駐屯していたギムリト地方さえも戦場となった。
その戦場の最中には、常にエオルゼアの英雄と呼ばれる人物がいた。
――
血と粉塵、青燐水の燃える臭いの中で救われてから、ラドミールは考え続けていた。
あの英雄が建前上の監視役兼、弟子のような扱いになって、しばらく経っている。あの暗い戦場ではこの上なく恐ろしく見えた相手も、言葉を交わすようになれば他の人とさして変わらない。
生活が昼夜逆転している。酒をマーリドほど飲んでも酔うことがない。どこか思考がずれていてデリカシーがない。外面がよく、しっかりしているように見えるけれども意外とずぼらで、本を読みながら机につっぷして寝ているときもある。歌が好きだが下手だからと、鼻歌を聞かれると恥ずかしそうにする。
そういった面を見れば見るほど、ラドミールは相手のことが分からなくなる。今の少し騒がしいが穏やかな生活と、帝国軍にいた頃の生活が、ひどく断絶してしまっているように感じる。
日々エオルゼアに慣れるほどに、ラドミールの心は揺らいだ。
帝国自体に未練はない。ヴィエラという種族は、帝国という巨大な国の中にあっても少数派で、日常生活を送るにも軽視と軽侮の対象になることがままあった。徴兵後、それはより一層ひどくなり、まともな一兵卒として扱われたことはない。単なる数合わせ、事が起これば真っ先に切り捨てられる捨て駒扱い。期待されることもなければ、大事にされることもない。だからこそやる気もなく、せめて散々ただ飯を食らってやるつもりでいた。
だから生かされ、エオルゼアに連れてこられたこと自体に文句は、ない。むしろせいせいしている。あの日々を忘れ、この地で生きて行ってもよいのかもしれないとさえ思う。
けれどただひとつ、ドマに派遣された友人のことが心配だった。同じように彼も助けられていないだろうか、そう思ってエオルゼアの中でも聞きまわった。きっと生きていると信じてやまなかった。
それでもラドミールが英雄自身にその友人のことを尋ねようという発想さえ浮かばなかったのは、あるいは無意識で封じたのかもしれなかった。心の底ではその可能性に気付いていたのに。
自分を救ったこの青年が、ノーランを殺したのだ、と。
僅か数イルム先を、白銀の剣尖が凪いでゆく。苦し紛れに放った矢では、相手の動きを牽制することもできない。
「くそ
……
っ!」
ラドミールは吐き捨て、足を切り裂かんと放たれた数条の斬撃を辛うじて避けた。さらに弓から矢を放つ勢いを利用して飛び退き、木立の後ろへ入る。
刀の届かない間合いに入られた英雄は中段に構え、落ち着き払った顔で周囲を睥睨する。まるで、存分に矢を放ってこいとでも言いたげに。
けれどその体からは逃げ出したくなるほどの殺気が放たれていて、ラドミールは体が震えないようにするので精一杯だった。
その顔は仮面のように平らかで、何の表情も浮かんでいない。だからこそ容赦も慈悲もなく、ただこれから切り捨てられるという強い予感があった。かつて戦場で見た、その時とまったく同じ確信。
恐ろしかった。この道を選んだことを、ふいに後悔してしまいそうなほどに。
けれど、とラドミールは苦く笑った。
きっとノーラン、お前も恐ろしかっただろうな。結局帝国の中で、俺たちの命は肉の盾でしかなかったんだから。相手が攻め入ってくる場所を死守しろと言われたとき、どう思った? その相手がどうしようもなく強いと知ったとき、どう感じた?
こんな風に震えただろうか。お前も、あいつが来なければあったはずの明日を思って自分を奮い立たせただろうか。
嘗めるなよ。俺を、俺たちを。
少年は震える手で、手りゅう弾の導火線に火をつけた。
手ごたえのない捜索活動の流れが変わったのは、独立戦線から逃れ、難民としてエオルゼアにやってきた元属州兵と知り合うことができたことがきっかけだった。たまたま森の中でラプトルの群れに追われていたその人は、僅かながらエオルゼア語に独特の訛りがあった。
一度縁ができたことで知ったことではあったが、実のところ、エオルゼアにはそれなりに元属州兵がいて、更に水面下にはガレマール人コミュニティもあるということだから驚くばかりだ。
出自も種族も様々な彼らはみな数奇な運命でエオルゼアにたどり着き、もう帝国には戻らない決心をして生活をしていたが、同じ身の上のラドミールにはかつての話をしてくれた。
その中の一人に、かつてドマにいた属州兵がいたのだ。
「ノーラン? 確かにそういう名前の新人兵士がいたよ」
その男はグリダニアの農場で働いていた。後遺症で左右の足の動きが違っていたが、それでもどうにかやっているとギサールの野菜を収穫しながら教えてくれた。
「あいつは確か、屋根に設置された魔導兵器搬入路に配属されていたはずだ。俺は一階にいてな
……
爆発に巻き込まれて川に流されたから、そのあとは知らないが」
だが、がりがりと男が頭を掻く。
「他の生き残りによりゃ、ドマ城はその搬入路を侵入してきた英雄と前国主の息子だかに制圧されたって聞いた。ノーランって奴も、俺たちみたいに命拾いしてなきゃ
……
」
ラドミールは押し黙った。
「
……
すまねえな。でも逆に言やぁ、俺みたいに幸運を拾った奴もいるってこった。あんたのツレもそうだって信じてるぜ」
男は勇気づけるように少年の肩をぽんと叩き、また農作業に戻っていく。けれどラドミールには、その慰めの言葉も届いてはいなかった。今まで目を背け続けていた可能性が、ぐらぐらと彼の心を揺らしていた。
自分を命を拾った青年が、ノーランを殺したのかもしれない。
その事実はラドミールの心をひどく動揺させていた。一方で考えてみれば当然のことだった。あの青年はエオルゼアの英雄であり、帝国軍相手に幾多の戦場を経験している。少年自身もあの英雄に出会ったのは戦場であったし、偶然が重なった結果救助という形で知り合えたものの、そうでなければ青年かエオルゼア同盟軍によって命を奪われていただろう。
ひやりと腹の底が冷えた。ほんの薄氷の上の巡り合わせと、それを幸運と呼んでしまいそうな自分自身の冷酷さに、ともすれば悲鳴を上げそうだった。
そうじゃないかもしれない。彼は生きていて、どこかで生きていて、同じ空の下で元気にやっているかもしれない。
それまでずっと心を慰めていたその楽観的な予想は、今となっては何の薬にもならなかった。
英雄は夕焼けの差し込む自室で、何かを広げて作業していた。どうにかグリダニアから帰ってきたラドミールは茫然としたまま、ただそれを眺めた。
テーブルの上、椅子の上、台となりそうなあらゆるものに真っ白な布を敷き、びっしりと並べられたそれは、僅かな服の一部であり、木の破片であり、金属の欠片であり、焼けた紙だった。
青年はそれらをひとつひとつ見つめ、手帳に何事かを書き込む。繊細な指先が動き、ペンがさらさらと紙の上を滑る。終わると、眺めていたものをそっとピンセットでつまみ、丁重に薄い紙片でくるみ、ラベルを付けて箱にしまった。
ラドミールの頭の中には数多くの疑問が渦巻いていたが、それらはあまりに絡まりあい過ぎていて、何かを言おうとするたびに言葉にならず、ただ時折ぱくぱくと口を動かした。
自分の名目上の監視役。命を救った恩人。エオルゼアの英雄。けれど、ただ少しばかり変わっているだけの青年。
「
……
どうして
……
」
ようやく押し出されたように、疑問が零れ落ちた。
分からなかった。ノーランを殺したのが、数多の人々を死に追いやったのが、なぜこの青年なのか。
生活が昼夜逆転していて、酒を馬鹿飲みして、外面がよくて、少しずぼらで、歌が下手で、そんな面も確かにある、
「あんたが、どうして
……
」
先ほど彼が眺めていたそれ。忘れるはずもない、ラドミールが手紙に同封し、友人に送った珍しい鳥の羽だった。ヤンサだけにいるという鳥の羽を送ってきたノーランに、ラドミールもまた、ギムリトだけにいる、輝くような翠の光沢を持つ鳥の羽を送ったのだ。
だから分かってしまった。これらは、遺品だ。彼と戦場を同じくした敵の、彼とその仲間が死に追いやった人々の痕跡だ。
背を向けていた英雄が振り返る。穏やかで、どこか笑みを浮かべているような、いつもの表情で。
「
……
『これ』が英雄狂の自慰だと言われていると教えてくれただろう?」
戦場が終わった後でそこを回り、置いて行かれた人を、己が殺した人も含めて、その人がいた証拠を拾い集める、忘れないように。それがこの英雄の悪癖であると、同盟軍兵士から噂されているのを聞いていた。
手先が痺れ、寒気がラドミールの背筋を這い上る。同時に、全力疾走をしたかのように鼓動が早くなった。
ノーランが持っていただろう羽もきっとそうして、彼の手元にあるのだ。まるで勲章のように。
ああ。口さがなく彼をそう呼ぶ人間の気持ちが、今、ようやく分かった。わなわなと体が震える。
「この
……
狂人が
……
!」
相手の行為のおぞましさへの恐怖、友を殺された怒り、そんな相手に助けられていたという絶望、そのすべての感情に背を押され、反射的に弓を構え引いていた。放たれた矢が相手の顔のすぐそばを通り過ぎ、壁に突き立つ。
しん、と部屋が静まり返った。ピンと張り詰めた空気の中、英雄は立っていた場所から微動だにせず、ただそっと手帳を閉じる。
「
……
ラドミール、君がそうしたいのなら応じよう。いつでも殺しに来てくれていい。ただ、ここではやめてくれ」
これらはもうボロボロなんだ。そう告げる声は、確かに哀願を含んでいた。
手りゅう弾を相手めがけて投げる。その爆発と同時に藪から飛び出し、弓を引いた。相手はあの爆発で死ぬような人間ではない。アームド・ウェポンのミサイルを食らってピンピンしている相手が、ただの手りゅう弾程度で死んだらお笑い種だ。
予感通り、黒煙が晴れれば、そこには五体満足の英雄がいた。体の周辺にエーテルで膜を作り、衝撃を受け流したのだろう。だがさすがにダメージが全くなかったわけではないらしく、服は破れ、皮膚が露出した部分からは創傷が覗いていた。だが、変わらず中段で構えたままでいる。
この野郎、もう少し効いとけよ。そう心の中だけで罵り、矢を放つ。その矢が、振るう刀の一薙ぎで叩き落される。軌道を読むかのように振るわれたそれは、ただ矢を切りはらうだけではなく、周囲の藪も切り割いた。緑の葉が舞い、隠れる場所が一気に失われる。
逃がさないってことか。ため息を吐く暇はない。連続して矢を放ちながらじりじりと後退する。それを時に避け、時に刀で弾きながら、英雄がラドミールに迫る。
あと一歩で当たる、その瞬間にガチン、と高い金属音がした。藪は早晩切りはらわれると考えて足元に仕込んだトラバサミだ。青年は初めて驚いたというように目を僅かに見開く。
だか、それだけではない。手りゅう弾に火をつけ、また投げた。一つでは足りないなら二つ、二つで足りないなら三つ。多量に用意したそれらを、すべて相手に投げつけた。
それらは立て続けに爆発し、足を取られた英雄にひどいダメージを負わせるはずだった。だが、爆発は予想より小さかった。動けない彼の周りには、代わりに爆薬と罠が千々に切られて落ちていた。
「ハ、化け物かよ
……
」
恐怖に足は竦み上がり、心臓は胸から飛び出しそうなほど早く脈打っている。けれどラドミールは笑っていた。ああ、それでこそ、あの時戦場で見た英雄だ。やっと来たのだ。この命を刈り取りに、彼は来たのだ。
――
心の底では、ずっと迷いがあったように思う。
ギムリトの戦場で、敵に命を救われ生き残った。帝国に未練はないとは言え、同じ隊に所属していた仲間は全員死んだ。
『
……
俺はどうしたらいい?』
ずっと泣き出しそうだった。好ましからずとも仲間は戦争で死に、故郷と言いたくなくとも生まれ育った国は傷つけられ、戦場で得たものを懐に入れるような英雄に助けられ、昨日も今日も、のうのうと生きて。
その上、ノーランはおそらく英雄に殺されている。そしてその命の証として、あの羽を拾ってきている。ラドミールが彼に贈った、綺麗なそれを。
単純に『復讐だ! 絶対に許さない!』などと言えればまだ楽だったのかもしれない。あの夕方、胸を占めた悲しみと怒りと絶望のままに、武器を手に挑みかかれれば良かったのかもしれない。
だがそうするには、ラドミールはエオルゼアに馴染みすぎていた。エオルゼアにとってガレマール帝国は侵略者であることを知り、国を焼き人を殺し争いを起こした仇であることを知った。ただの末端の一兵卒であった少年は知りようもなかったことだが、エオルゼアだけではなく、帝国に侵略された国々にも暮らしがあり、人生があった。食べるものも、着るものも、その国々から搾取されたものだった。それを知れば知るほどに、何も考えず、疑いもせず兵士になったことがどれほど愚かだったのか考えた。
そうして何より、ラドミールは青年を知りすぎていた。英雄は、知れば知るほどにただの人間だった。ひたすらに強かったが、それだけだった。噂に聞くように傷つかないわけもなく、悲しまないわけもなく、喜ばないわけもなかった。
『英雄狂の自慰』、そう呼ばれるあの収拾行為さえも、人の死を悼む心から行っていることを、少年は知っていた。帝国からも同盟軍からも捨てられてしまった彼らを、彼らがいたことを忘れないためにやっているのだと。
であれば、誰を憎めばいい? 何を恨めばいい? 誰を思って泣けばいい? どうすればこの発狂しそうな板挟みから抜け出せるのだろう?
帝国憎しといえばこれまでの人生が否定され、英雄憎しと言えば知った事実が胸を圧し潰してくる。
ノーラン、ノーラン。ラドミールは何度も胸の奥に呼びかけた。たった一人の、俺の友人。お前を失ったことは悲しい。殺した奴が憎たらしい。できるならば殺してやりたい。
でも今の俺はそれだけじゃなくなってしまった。たくさんの事を知った、俺たちが暮らしていた国の非道も知った、お前を殺した英雄の人となりも知った。
なあ、俺はどうしたらいい? お前ならどうする? 賢くて優しいお前なら。
けれど失った友人は、いつかの記憶のようにただ笑うだけだった。
英雄がトラバサミで裂かれた足で、それでも瞬時に肉薄してくるのを、ラドミールはただ見つめていた。
いつもなら目に入ることさえない抜刀術も、今は不思議とゆっくり見える気がする。何度も間近で見た技。乱れ雪月花、相手の急所を瞬時に切り捨てる、情けも容赦もない技。
それが構えていた弓を小骨のように折り、そのまま首元から胴まで通っていく。なぜか痛みは感じず、ただラドミールはどうと地面に倒れた。体が冷たい。だが震える力もない。
終わったという感慨だけがあった。復讐にかられ、けれど負けて切られ、今から自分は死ぬ。なんと道理なのだろう、胸のすく思いがするほどにすっきりしている。
「ラドミール」
青年が、ラドミールの前に膝をついていた。白み始めた視界でよく見れば、意外と彼も傷だらけだった。足はトラバサミで痛々しく裂け、腕や顔も手りゅう弾の破片であちこちが切れて血を流している。ただ急所とされる場所は避けたのか、傷がないところはさすがと言えた。
「なん、で来てん、だよ
……
」
掠れた声で、それでも少年は嫌味を言った。正しかったのは青年の方で、ラドミールは間違っていた。ただそれだけなのに。
「あ、んたは、悪く、ない」
口から血がこぼれて、ただそれだけを言うのに時間がかかった。ああ、斬撃は肺まで達していたのか、と少年は今更ながらに思った。白んでいた視界が徐々に暗くなっていって、ここで終わりなのだと納得した。
ラドミールは青年を見た。ちゃんとこれだけは伝えなくてはいけないと、もうほとんど動かない眼球を必死に動かした。
「な、ぁ、ありが、と、英雄」
だからそんな顔をしないでくれよ、と少年は思った。彼はただ、敵方の兵士を助け、だというのにその兵士から恨まれて殺されかけ、相手を切っただけだ。何も間違った行為はしていない。
だから、お前はそのままでいてくれ、頼むから。昼夜逆転していて外面が良くて、酒を馬鹿みたいに飲んで、少しずぼらで、歌が下手で。
それでも戦場で誰より強く立っている、英雄であってくれ。
青年は動かなくなった少年を抱き上げ、折れた弓を拾い、よろよろとその場を立ち去った。
「
……
ラドミール」
まるで縋るように、ただ一つ呼びかけて。
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