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みがきにしん
2023-02-05 21:32:22
4627文字
Public
アラン君とラド君の話
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虚像の神の齎すものは
蛮神イフリートの討伐は、滞りなく終わった。
最初聞いていた話では、多数のクリスタルと供物
――
ヒトとアマルジャ族の生け贄
――
を捧げられた、クラスで言えば「極」と呼ばれるそれだったようだが、対蛮神特務隊と超える力を持つ人員が帯同した特別対策部隊の前ではさほどの苦労もなく、神は倒れた。
何より、その超える力を持つ人員の一人が、当代の英雄であるアランであったことも大きかったのだろう。超える力持ちだということで呼ばれたラドミールの後方支援が必要だったのか分からないほどあっさりと済んでしまった。
被害と言えば、アランとラドミールはいくらかの火傷と装備の劣化。蛮神を守ろうと現れたアマルジャ族と交戦した特務隊と不滅隊隊士の怪我くらいなものだろうか。それも死に繋がるようなものではなく、依頼をしてきた不滅隊の面々は皆一様に明るい顔だった。
それもそうだろう、とラドミールは思う。蛮神討伐は国の最上位命題であるのと同時に、危険度の高い任務だ。参加する冒険者に支払われる対価は通常のモノとは比較にならないほど高額で、「命の保証はできません」という朱文字の注意書きが付く。
ラドミール自身はイフリートと何度か戦ったこともあり、他の冒険者たちと一緒に討伐したこともある。さらに言えば、今回の主戦力は少年の(不本意な)後見人だから、まあ失敗する事はないだろうと軽く構えていた。
が、特務隊と不滅隊隊士たちはそうではなかった。武の民であるアマルジャ族の練度は高く、蛮神と戦う場を確保するための戦闘さえも厳しい。また、一度でも蛮神のエーテルに当てられれば普通の人間はテンパードとなり、同僚だろうが友人だろうが関係なく、味方に襲いかかる敵と化す。
たとえ討伐経験のある人間が何人付いていたところで、元からあった意思もあらゆる決意も灰となるそれは、国を守らんとする強い覚悟がある人ほど恐ろしいらしく、往路はひどく重たい空気に包まれていた。
けれど今は、その空気が嘘のように晴れやかだった。笑い合う隊士たちからは時折軽い冗談が飛び出し、さざめくような笑いが起こる。怪我をした人員はつられて笑っては、医務官から怒られていた。
ただじっとザンラクの奥を見つめている、最大の功労者である青年を除いて。
迎えに来たチョコボキャリッジに乗り込み、一路ウルダハを目指す。おそらくこれ自体がウルダハの礼でもあるのだろう、贅沢にも特務隊や不滅隊の隊士たちとは別の車が用意されていた。
ガタガタと石の転がる道を進むキャリッジには、静かに景色を眺める青年と、ラドミールが、向かい合わせに二人きり。少年自身、負った火傷がそこそこ痛く、他人の居ない静寂はむしろありがたかった。何せ今の隊士たちは戦闘後の高揚でひどくおしゃべりだ。
二頭立てのキャリッジは速度も早く、南ザナラーンの荒涼とした景観が瞬く間に後ろに流れ去る。
討伐が終わってからそれまで、一言も発しなかった青年とふと目が合った。いつの間にか景色に目を向けるのを止めていたらしかった。
「そういえば、これまで一緒に蛮神討伐に行ったことは無かったな」
ラドミールは頷いた。「極」クラスの蛮神はそうそう現れることがない。それ以外の蛮神は超える力を持っていればそれなりに対処できるから、大陸狭しと駆け巡る多忙な英雄が出張る理由もさほどないのだ。
「ラドも随分強くなったから、結構蛮神討伐の依頼を受けてきているんだろうな」
活躍は冒険者ギルド伝いに聞いてるよ、と青年は微笑んだ。
「ああ
……
といっても、あんたほどじゃない」
神殺しの英雄様に比べれば誰だって劣るだろうけど、と珍しく褒められ僅かに舞い上がった心を諫め、ラドミールは肩をすくめる。
それこそ冒険者ギルドにいれば、嫌というほど聞く類いの話だ。最近の話は、会談の場に現れた蛮神を討伐し、その場にいた多くの人のテンパード化を防いで見せた、というものだった。見た人曰く、英雄が武器を振るうと蛮神の放ったエーテルの塊らしきものが次々に消え去った、らしい。おそらく自分のエーテルで相手のエーテルを相殺したのだろうが、咄嗟にそれができるかと言えば
……
当然そんなわけもない。
思い浮かべた話を知ってか知らずか、向かい側に座る相手は苦笑した。そう言われるのはあまり好きじゃない、と。
「ラドの言うとおり、俺は蛮神を何体も倒してきたが、あまりそれ自体好ましいことだとは思えないんだ」
だいたい、一旦倒したところで、クリスタルと信奉者がいればまた現れるわけだしね、と英雄はキャリッジの桟に頬杖をつく。
「
……
良い機会だから、覚えておいて欲しい」
そこで青年は一呼吸入れた。
青年こそがその言葉を噛みしめるように。
「蛮神を殺すということは
――
誰かの祈りを、信仰を、殺すことだと」
長く長く尾を引く、アマルジャたちの悲痛な咆哮。矢を受け、剣で切られ倒れ伏しても、立ち上がろうと砂を掻く彼らの爪。浚われテンパードと化した人々が、その息が止まるまで、途切れ途切れに恨みの言葉を吐いている。
「ラドミールも見ただろう? 蛮神を倒したところで彼らのテンパード化は解けない。それどころか、むしろ崇める相手を殺した相手を深く、恨む」
喚び降ろされたそれを倒したところで、根本的な部分で解決はしない。ただ僅かな間、人は平穏を得て生活し、アマルジャとその協力者はまた崇める神を喚ばうための活動を始める。この地が彼らの信仰と結びついており、ウルダハの民が住み続ける限り、終わりなく。
そうして際限なく神が喚ばれ墜とされるほどに、互いの間には淡々と恨みが降り積もる。砂漠を潤すほどの涙と血が流れてもなお、止まらない連鎖。
「いつまでこうすればいいのかと、たまに思うよ」
それを更に強めて継続させただけだと分かっていても、積み上がる恨みと憎しみを増やしただけだと知っていても、ただ一時の平穏がこの国には必要だ、と青年はいう。
「まあ、喚び降ろされた蛮神はエーテルを食らい続ける。地のエーテルが枯渇すれば、待っているのは諸共まとめて飢え死にだ。だから殺すほかはないが
……
そうした人間くらいは、それを覚えておくべきだと、思ってるんだ」
特務隊たちが血路を切り開いた先の祭祀場。飛び込んだ時見たのは、アマルジャの物だと思われる大きな骨の積み上がる祭壇。誰かの形見だろう、突き立つ古びた武器。生け贄に捧げられる子供の、意思のない茫洋とした瞳。
その悲しみと恐怖と絶望と狂気と憎悪を込めた祈りの果てに生み出された神の、人への怒りに満ちた炎。けれど結実したそれは、殺してしまえば何事も無かったかのように消え失せるから、せめて覚えておきたいんだ、と青年は言う。
「
……
あんたは
……
」
思い起こしても気分の悪くなりそうな光景だった。どれほどの生がそこにあったか、考えたくもないほどの、物言わぬそれら。
むしろ忘れた方がいいんじゃないのか、とラドミールは言うべきか迷った。少なくとも少年はそうしたかったし、そうした方が精神衛生上良いことは明らかだった。
それに、もしそういう営みをずっとこの英雄が続けているなら尚更だ。ラドミールが知っているだけでも彼は、両手両足の指を足しても足らぬほど、蛮神を屠っているのだから。
少年の胸にこみ上げてきたものはあったが、それは何の言葉にもならず、沈黙となって落ちた。
負った火傷が膿んできたのか、じくじくと痛む。
熱を持った傷口に手を当てる。この傷は回復魔法ですぐ癒えるだろう。けれど何時そうなるのだろう。アマルジャの、蛮族の傷は。彼らに傷つけられたヒトの傷は。
そして、それらの最前線に立つ英雄の傷も。
殺す相手の恨みと憎しみ、狂気と絶望、悲嘆と痛苦のいずれもを雨のように浴びせかけられて、それでも覚えておく必要があるのか、と少年は思う。
それは痛みだとラドミールは知っている。歴史と土地が作り上げた、深く裂けた傷。その狭間に落ちているのは誰かの死。放ってもおけず、多くの心に深く根付いたものであるが故に、その地を思うほどに逃れられもしない。
(だからあいつは死んで
――
俺は逃げてここにいる)
この青年の立場を考えれば、その傷が作り出した争いの中で戦わなければならないのは分かる。しかし、その全てを背負う必要はあるのか。それは単に余計な傷を齎すだけではないのか。
けれど、結局ラドミールは何も口に出せなかった。そうするにはあまりに彼のことを知らず、そうすべきだと決めた理由も分からなかったからだ。
だから長い沈黙の後、漸く言えたのは、ただ一言だった。
「とんでもなく馬鹿なんだな」
返答はなかった。揺れるキャリッジの中で、いつの間にか青年は桟にもたれかかるようにして眠っていた。
はあ、とラドミールは溜息をつく。目を閉じれば見えるのは先ほどの戦いだった。
街中と同じように、軽やかに踊る青年の後ろ姿。踊り子とは名ばかりの、相手を千々に切り刻むための戦闘術。
炎から目を守るためのベールが翻る。そのたび炎の楔に罅が入る。イフリートが苛立たしげに地面を叩く。炎の柱が立ち上がる。骨と肉の燃える不快な臭いと、生き物の油脂から来るべたつく黒煙。
炎柱を避けて傍に飛び込んできた青年に、火を吐こうと開いたイフリートの口内は赤々と燃えていた。ラドミールが狙いを定め、放った矢が上顎から下顎まで貫通し突き刺さる。吹き出しかかった業火がそのまま口の中を焼き、怒りと苦しみを纏った咆哮と共に蛮神が仰け反った。
その首を、青年のチャクラムが薙ぎ払う。
「
……
自分から不幸になりに行ってるようにしか、見えねえよ」
ガラガラと音を立て、チョコボキャリッジは進む。ザナラーンの陽は、水平線の向こうに消えようとしていた。
首を裂かれてどうと倒れ伏したイフリートは光となって消えた。元がエーテルでできた虚像なのだから、後にはただひとつの痕跡もない。
それでも、チャクラムが引き裂いた首からは、炎のように赤い血が吹き出た。血は体が失われるのと同時に消え、返り血の一つさえ残らなかったけれど。
恨みのこもった目でアマルジャの神官が叫ぶ。その体にはいくつもの傷が付き、流れる血は砂を赤く染めていた。声を上げるたびにその命が流れ出ているのは誰の目にも明らかだったが、けれどその声は徐々に大きくなり、乾いて張り詰めたザナラーンの空気を揺らした。
『この地は、我らが聖地! はじめに焼き清められた土地よ! ここを奪わんとする愚かなヒトよ、我らは何度でも神を喚び、貴様らを焼き払わん!」
――
祈りは神を生む。その一時であろうとも肉と血を持っていた神を誰かが殺す。また誰かが、今度は殺されぬようにと強い祈りと供物で喚ぶ。その神を、また誰かが殺す。
では、ただの一時の平穏と引き換えに、こいつはどれほど恨まれれば、いくら祈りを折れば、幾柱の神を殺せばいいのだろう。
らしくもなく考え込んでいることに気付いたラドミールは首を振って、眠気に身を委ねることにした。
理解できたところで少年にはどうしようもない。それでも、いつか分かるのだろうか、と眠りに落ちかける意識の中で思った。
たとえ己の心に傷を付ける行為だったとしても、覚えておきたいと切望する理由が。
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