みがきにしん
2022-07-05 00:18:13
5255文字
Public アラン君とラド君の話
 

旅に祈りを


 サファイアアベニュー国際市場で見知った姿を見かけた。それもカウルを目深に被り、目元は大きめのバイザーで隠した完全防備姿でだ。
 別にそれだけなら、いつものラドミールなら放っておくだろう。わざわざ話しかけて面倒ごとに巻き込まれることはないと判断する。(更に言えば残念なことに、別に話しかけなくても面倒ごとに巻き込まれるときは巻き込まれるのだが)
 ただし、今日は違った。なぜならすでにその相手によって、面倒ごとに巻き込まれているのだから。
 これまた届けられた手紙によって、ラドミールは現在、冒険者兼英雄の代理業務中である。それも、今回は『○○という人まで××を届ける(ドの付くほどの辺境)』『△△の肝を取り□□で薬にしてもらい☆☆まで届ける(大陸横断)』といった、そこそこ骨の折れる依頼を遂行した帰り道である。
 かの人がお使いのプロフェッショナルと呼ばれているのは無論知っているが、プロフェッショナルというよりもただの馬鹿、更に言うなら筋金入りの馬鹿だとラドミールは思う。コストと利益が全く釣り合っていない。
 しかし悲しいかな、ラドミールもあの腹の底を見せない青年が読めてきており、ただ面倒くさがって依頼をぶん投げたなどということではなく(そもそもそういった『面倒』はむしろ彼の好むものですらある)、よって何かしらの、それもラドミールにとってメリットが大きいと踏んでそうしたというのは予想が付いた。だから真面目に飛空艇を乗り継ぎ、チョコボに乗って森も荒野も雪原も走り抜け、依頼をこなしてきた。
 そうして随分長い旅を経て漸く落ち着けるエオルゼア三国に帰ってきたというのに、その街先でこのトンデモ依頼を寄越してきた相手が怪しい姿をして市場で何かをしているのだから、流石のラドミールも我慢が出来なかったのだ。真剣な顔をして手元を見つめて座り込む相手、その気の抜けたマスタード色のフードを思い切り引き下げる。
……何してんだあんたは!」
「うわ」
 フードから零れたのは予想した通りの赤褐色の髪と声。立ち上がって振り返るその姿は、やはりラドミールの(少なくとも表向きの)後見人だ。
「随分早かったな」
「早かったな……じゃない。高名な英雄様の代わりにド僻地まで行ってきた俺に、もう少しまともな態度ってものがあるだろ」
 声真似をし、ラドミールは尖った声で苦情を付ける。何せそれなりに苦労してここに居る。
 その面倒な仕事を押し付けてきた相手は、目元を覆うバイザーをゆるゆると外す。現れたのは、穏やかな苦笑を湛える、見慣れた緑の瞳。
「おかえり、ラドミール。遠いところまで助かったよ、ありがとう」
 それを見て、ラドミールは漸く僅かに溜飲を下げた。感謝の言葉を素直に受け取められるほど、この青年との付き合いは浅くない。けれど、大抵の場合やり込められている相手に感謝されるというのはやはり悪くなかった。
 しかしそれを見せるのも癪だ。ふん、と鼻をひとつ鳴らす。
……で、人を大陸横断させておいて、あんたはウルダハで遊んでるわけか?」
 言いながら、本当にそう思っているわけではなかった。この英雄は暇だからとふらふら遊び回るような質ではないのはラドミールが一番よく知っているのだから、単なる当てつけだ。感謝一つで済ませられるほど、今回の依頼は安くない。
「まさか。それなら仕事を任せたりしない」
 断れない依頼がほかにあったんだ、と笑う青年の手元には、木の台の上に載った靴が一揃い。どうやら仕上げの最中だったらしく、中途半端に靴紐が穴に通されている。
 素朴な作りの靴だ。少なくとも目の前の相手は履かないだろうな、というようなもの。よく見れば、同じ靴の他にも服や腕輪に武器などが、広げっぱなしのカバンの中に見え隠れしている。どれもよくある冒険者用装備だ。
「服に、靴に、アクセサリー? どうするんだよこんなに」
 どれも先ほどの靴と同じく、この青年が使うようなものではない。素材も作りも、あまりにありふれている。
 冒険者の装備というのはそれそのものが死に装束になり得る。そのため、実力のある冒険者ほど装備の見た目や性能には非常に強いこだわりを持つ。
 耐寒・耐熱・耐刃・耐衝撃・魔法耐性など、それらには際限なく、当然あればあるほど高価だ。しかし、例え一イルムでも死の可能性を減らそうとするのがベテラン冒険者である。
 だがこのカバンに入っているのは、どちらかと言えば普通の市民でも手が届くようなもの。つまり、特殊な効果や高い性能を持つものではない。だというのに、それがぎっちりという表現を通り越して、カバンの形が変わるまでみっちみちに詰まっている。
 理由は全くわからないが、この青年は何かしらの理由があってウルダハに来て、これらを作っていたのだろうな、とラドミールは考える。市場だったのは仕入れがしやすいからか。
 いぶかしげな目線に気づいたらしいアランがひとつ頷き、靴紐を手に取る。
「まあ、少し待っててくれ。これだけ仕上げてしまうから」
 
 出来上がった物でパンパンになったカバンを持って入ったのはクイックサンドだった。
「あら! あなたも来てくれたの?」 
 モモディが嬉しそうに両手を広げてララフェルステップから飛び降りる。傍らの青年が苦笑しながら注釈を付けた。
「いえ、たまたまそこで。今回の件に、彼は関係ありません」
「あらまあ、そうなの。でも、よかったら手伝ってくれるかしら?」
 はぁ、と気のない返事がラドミールの口から出た。何が何だか分からないが、とにかく何かがこれから始まるらしい。
 これで数は合ってますか? と青年がカバンに詰まっていた服やアクセサリー、帽子に武器。それらを次々と取り出して並べていくのを、ラドミールは手伝った。モモディは出てくる一つ一つを確認し、時折うなずく。
 最終的に、装備は部位ごとにずらずらとクイックサンドのカウンターに積み上がった。しかし、どう見てもやはり、二束三文で売れそうな、ごく普通の武器と装備だ。けれどそれらを眺めて、モモディは満足そうだ。アランの問いかけに嬉しげに答える。
「数はこれで十分でしたか」
「ええ、問題ないわ。質もほどほどだし、大きさも各種族分あるし」
「よかった。では」
「ええ」
 並べ終わって手持ち無沙汰になっているラドミールを、青年は手招きしてテーブルに座らせる。またもカウルを目深に被りゴーグルを付けてから、食事でもしようかと笑う。
 ラドミールはそんな彼を、精々胡散臭そうに眺めるしかない。何が何だか分からないからだ。
「本当、なんなんだよ」
「まあまあ、見てれば分かる」
 注文を済ませて給仕の後ろ姿を見送っていると、クイックサンドの扉が大きく開け放たれた。入ってきたのは、一組のミコッテの男女だ。真っ直ぐにモモディの所に向かい、書類を貰って何かを書き入れる。モモディはミコッテたちに二、三何かを尋ね、彼らにアクセサリーをいくつか渡した。すると二人は何度も頭を下げ、さっと出て行く。
「なんだ?」
 二人とは入れ替わりに、しっかりした鎧を着込んだララフェルの剣術士が入ってきた。ゆっくり酒場を見渡し、堂々とカウンターに向かう。同じように書類を書き入れると差し出し、ひそひそと耳打ちする。モモディは深く頷き、ローブとシンプルな木の杖、素朴な盾を取り出す。剣術士はそれらを受け取ると、ぴしりと不滅隊式の敬礼をして去って行った。
 次にやってきたのは、ぼろぼろの服を纏った屈強なハイランダーの男だった。モモディの前に腰掛け、一つ息を吐く。書類を渡されるもしばし見つめて首を振り、それに対してモモディは気にしないでというように手を振って、書類を読み上げる。男が頷くと、モモディは最後に剣と盾、鎧、アクセサリーと身につける物を一揃い並べる。ハイランダーはそれをすべて引き取り、砂時計亭に入っていった。
 モモディの所には、次々引きも切らず人がやってくる。装備を受け取る者も受け取らない者もいたが、大抵は受け取って帰って行く。
「あれ、さっきあんたが作ったやつだよな?」
 さっき並べた装備がどんどん減っていくのを見て、ラドミールはいぶかしんだ。こうして配っていくために作ったのだろうか。
「ああ。冒険者が初めて身につける装備を依頼されたんだ」
 いわゆるウェザードとルーキー装備だな。
 ウェザード(中古)。ラドミールは目をパチパチと瞬かせた。つい先ほど市場で作った新しいものなのに?
 英雄はその表情を見て、ふむと顎に手を当てる。
……ラドミール、冒険者の初年度の死亡人数は?」
「100人居たとするとだいたい15人、だろ。耳にたこができるくらい聞いた」
「そうだ。冒険者ギルドで把握しているだけでも、それくらいは死ぬ」
 こいつに稽古(というよりも生き残るためのあらゆる訓練)を付けられるより前に、散々聞いた話だ。
 かつてエオルゼアには、都市国家同士の小競り合いや戦争に駆り出される人員として、傭兵が多く居た。彼らがガレマール帝国の侵略戦争をきっかけとして職にあぶれ、結果的に作り出した新たな職業こそが「冒険者」である。だから荒事を依頼されることが多く、故に死んだり、体の一部を欠損して引退していく人もまた多いのだ、と。
「家に誰かが待っていても、将来の夢があっても、大志を抱いていても、誰と約束をしても――死ぬ時は死ぬ」
 遠くを見るように、英雄はラドミールに向けていた目を細めた。この青年は、たまにこういう顔をする。あるいはその瞳に、もういなくなってしまった人を写しているのかもしれなかった。
「だから、ウェザード装備を渡す。ちゃんと帰ってきた冒険者が身につけていた装備を素材にし、その素材を使って装備を作って、『生きて帰ってくるように』と祈りを込める」
 冒険者ギルドの伝統だよ。他ギルドでも同じ事をしてる。一度や二度位は貰ったことあるよな、と青年は肩をすくめた。
……そんなことしたって、死ぬような事態が避けられるわけないだろ」
 ラドミールは口をすぼませた。それは単なるおまじないだ。最終的に死なないためには、それまでの努力と幸運だけが物を言う――と、目の前の誰かが過去言っていたことに近い考えを頭に思い浮かべかけて、嫌な顔になった。
 そうだな、と苦笑が返る。
「一応、理屈はあるんだ。誰かが使った装備の素材の方がエーテル伝導率がいいから、初心者向けだとかな。でもそれも、ラドの言うとおり所詮『おまじない』だとか『お祈り』の域を出ない」
 それでも人は祈って、縋らざるを得ないんだよと英雄は言う。
「冒険者は訳ありが多い。俺やラドみたいな身寄りがない孤児、未知に取り憑かれ、体より大きい欲を抱えてしまった人。貧困に追い詰められてる難民もそうだが、そういう奴に生きる選択肢はさほど多くない」
 自然と、これも耳にたこができるほど聞かされた言葉を、ラドミールは口にしていた。
「それでも、俺たちは生きていかなければならない……
 黒々とした曇りの夜の匂いがすぐ傍にあるような気配がする。今や遠く隔たったカステッルム。友人の胸に深々と刺さった矢と垂れ落ちる血が脳裏で鈍く光って、目をぎゅっと瞑った。
「だからそれを待つ人達は……ベテランでも死んでしまうような生き方を選んでしまった新人さんたちが、『また街に帰って来れますように』と祈る以外にないの。おまじないと言われようが、ね」
 いつの間にかモモディが両手に料理を載せたトレーを持って、テーブルの前に来ていた。どうやら冒険者登録はひと段落したらしい。料理を注文していたのもすっかり忘れていたが、クイックサンドは女将であるモモディが腕を振るっている。
「お礼というわけではないけど、腕によりを掛けたから、いっぱい食べていって。アランさん、報酬は別に出すから、後で取りに来てちょうだい。……それにしても似合わないのねえ、その服。すごく怪しいわ」
……いつもの格好でいたら俺目当てで装備を貰おうとする人が増える、さすがに冒険者にはそこそこ顔が割れてるって言ったのはモモディさんじゃないですか……
 がっくり肩を落とす青年と、ころころと笑う冒険者ギルドの女将を横目に見ながら、ラドミールはマトンシチューを口に運び、フラットブレッドをシチューに付ける。
 ふと、少し前のことを思い出す。初めて冒険者ギルドに赴いた日、自分を拾ったこの青年から渡された真新しい本と服、アクセサリー。あれも、もしかすると。
「ま、今更どうでもいい話か」
 こいつのせいで、もう初心者というには随分遠くまで来てしまったのだし。
 ひとまず、無茶ぶりされた依頼については、先ほどまでの話とモモディの料理で手打ちにしておこうと考えながら、ラドミールはまたフラットブレッドを千切りとった。