みがきにしん
2022-07-03 10:14:19
1987文字
Public アラン君のお話
 

ある帝国兵の祈り

レベルが上がって、無傷でカストルムに入り出てこれるヒカセンを見つつ、帝国兵ってほとんどが帝国占領下となった国の人なんだよなと思いながら書きました。

――そろそろ約束の時間だった。
ああ、どうか、簡単に殺されてくれと、これ以上ないほどに強く、祈る。
……あんたと居る時間は楽しかった。
 本国のゴタゴタでこのカストルムの兵站も絞られた。指示がないからやれることもなく、だけど本国に戻ることも、当然生まれ故郷のダルマスカに帰ることもできない。首都はもう廃墟で、ほとんどの街が戦火の傷跡から回復できずにいる。
 だから帰る場所もなく、ただ毎日、この基地を排除しようと同盟軍が攻めてこないかを恐怖しながら過ごした。
 毎日見る顔ぶれは同じ。たまに他のカストルムと人員が交換されるけど、ほぼ固定されている。むしろ偶に出る逃亡兵の処理で、見知った顔は減った。逃げ出す奴に与えられる懲罰の悲鳴を聞きながら、やってられないと基地の端で耳を塞いだ。エオルゼアに来て一番皮肉だったのは、同盟軍の兵を殺すよりも味方を殺す方が多いことかもしれなかった。

 正直、逃げ出そうとする気持ちはよく分かる。
 ギリギリの均衡の上に立った、仮初めの平穏。不安に身を食い潰されないよう努力をしなければいけないのに、それが終わる日は見えない。腹の内を満たす諦観と絶望で体がドロドロと溶けるような生き物ならばよかったのに、人間は生きていけてしまう。
 その中で、出会ったんだ。あんたに。
 すり切れた服で、明らかに古びた槍だけ背中に背負って、基地の端っこで頭をひねっていた。
 最初は勿論、上官に通報しようと思ったよ。けど、見つかったとき、驚くでもなく命乞いでも恐怖でもなく、本当に困ったなあという顔でいたのが妙におかしくて、銃を下ろした。
……それからの仲だったよな。
 最初はハイ・アンド・ローを軽く。それからトリプルトライアド。あんたは基本ルールをがっちり守って、ハイレアカードを少ししか入れないから、毎回負けて肩を落として帰って行ったな。その背中が面白くて、いつもまた会おうと約束してしまってた。
 釣りをしたこともあったな。見張りの目線を縫って、水場まで走った。そこらへんの木を削って作りました、みたいな竿の先に、全然回らないリールの付いた釣り竿をあんたが持ってきてたけど、あんまりリールの回りが悪いから、基地内の工廠から油をちょっとだけ拝借して注したっけ。意外と良い型の魚が釣れたから「これ食えるのかな」って言いながら焼いて食べたよな。
 あの釣り竿、あとで他の奴に見つかってさ。実はちょっと基地内で釣りが流行ったんだぜ。気晴らしになるって。
――なあ、あんたは俺の救いだったんだ。
 あんた自身はそんな気なんてなかったかもしれないけど。鬱屈した毎日が少しだけ楽しくなったんだ。明日が来るのが怖くなくなったんだ。
 いつか終わるとは分かってた。だって俺は帝国兵で、あんたはエオルゼアの人だろう。だからいつかあんたが入ってくるのに使ってる配管の穴も塞がれるだろうし、見張りのルートも変わるかもしれない。そうなったらどうしようってずっと思ってた。見つかりませんようにって、他のやつの見張りを代わったりもしてたんだ。
……それなのに、こういう終わり方は予想してなかったよ。
 前哨基地からの配置転換した奴が持っていた似顔絵を見て息をのんだ。下っ端の俺たちにも優しくしてくれた、リットアティン陣営隊長と部下を殺し、この第XIV軍団も、第XII軍も壊滅せしめたという『蛮族の英雄』は、あんたそのものだったんだから。

なあ、あんたはずっと、俺を騙してたのか?
あんたはずっと、この基地を攻略しようと思ってきてたのか?
どうしてあの時、あんたはこの基地にいたんだ?

 分からない。何も分からなかった。けど、俺はあんたと別れた後、震える声で似顔絵を持って、見張りの結果を報告したよ。そして今、この基地で集められるだけの人員と兵器が、いつもの待ち合わせ場所のすぐ傍に詰めている。魔導リーパーにヴァンガード、歩兵も、これ以上ないほどの重装備。武器も遠距離用と近距離用の両方を持って待ち構えてる。
 これからやってくるのは、いつものように粗末な槍と旅慣れた服を着た、『英雄』と呼ばれる冒険者。
 なあ、間違いだと言ってくれ。間違いなんだろ? あんたは英雄なんかじゃなくて、だからこの基地の兵力とまともに戦うこともできないんだろ? だから、あの日困ってたんだろう?
――どうか、どうかそう思わせてくれ。
 そうしたら、そうなら俺は、英雄じゃなかったあんたを殺した罪悪感と、あんたと過ごした思い出を抱えて生きていけるから。だから、どうか頼むよ。俺の希望だった人。

 青燐水と肉が燃える酷い匂いがする中、生き残った冒険者は、真っ黒焦げの死体から零れ落ちた、ただ一つ燃え残ったカードを拾い上げる。
 英雄はそれをしばし握りしめ、焦げ臭いそれを静かに懐にしまい込んだ。